第九講 ジャイナ教

それでは、六師外道の一人【ニガンタ・ナータプッタ(マハーヴィーラ)】そして彼が作り上げたジャイナ教についてみていきましょう。現在も少なくない数が信仰する宗教の思想とは、どのようなものなのでしょうか。

ニガンタ・ナータプッタは六師外道の一人であり、現在まで続くジャイナ教の始祖でもあります。彼には様々な呼び名があります。勝者を意味する『ジナ』、敵を滅したという意味である『アリハンタ』、そして偉大な勇者という意味の『マハーヴィーラ』などです。ここでは、一般的な『マハーヴィーラ』とします。マハーヴィーラの活動時期は、紀元前549年から同372年とされています。幅がかなり広いのは、彼の没年が仏滅から起算されているからです。ジャイナ教では、マハーヴィーラの前に23人のティッタンカラという輪廻の激流を渡り、彼岸に到達するための渡し場を作った人がいたとされます。その23代目のパーサという人はマハーヴィーラの200年ほど前に『ニガンタ派』という宗教集団を作りました。そして24代目であるマハーヴィーラとニガンタ派の改革によってジャイナ教が成立しました。

そして、24代目であるマハーヴィーラとニガンタ派の改革によってジャイナ教が成立しました。マハーヴィーラ自身はクシャトリヤ(王族)出身でしたが、30再でニガンタ派に出家し42歳で悟りに至ったとされています。ジャイナ教の思想は『相対主義』と呼べるでしょう。マハーヴィーラはバラモン教やヴェーダの権威を否定するとともに、真理に対して絶対的に考察することの危険性を解きました。そのため、何かの考察をする際に、「こうである」「こうでない」という断定的な表現を避け、「この視点から見ると~こうである」という前置きをするべきであると考えます。この相対的な考え方を【スヤード論】と呼びます。このことから、ジャイナ教徒を【スヤード・ヴァーディン】と呼称したりもします。よく、初期仏教とジャイナ教の大きな違いとして苦行が挙げられます。釈迦は自信で散々苦行をした結果、「苦行では悟りに至れない」と判断しました。一方でジャイナ教では苦行を解脱への有効な方法だと考えます。とはいえ、それは仏教史で揶揄されるような『我慢自慢』の苦行ではなく、明白なロジックによって導き出された一つの答えです。ジャイナ教には五つの大禁戒が定められています。

不殺生:生き物を気付付けないこと
真実語:嘘をつかないこと
不盗:他人のものを取らないこと
不淫:性行為を行わないこと
無所有:何ものも所有しないこと

この中でも特に『不殺生』が重要視されます。生き物を殺せば必ず殺害者にその憎しみが降りかかり、より一生輪廻に縛り付けられてしまう。そのためジャイナ教では、厳格な不殺生が求められます。ちなみに、ジャイナ教では動植物だけでなく、世界を構成する地・水・火・風といったすべてのものに霊魂を認めました。そのため、週はによっては微生物すらも殺してはいけないとされます。歩くときは路上の虫を踏まないように鈴を持って歩くこと。動物に襲われても抵抗されずに食い殺されることなど、徹底的な不殺生のエピソードが沢山残っています。18世紀の神話研究者であるアメリカのトマス・ブルフィンチの著書によると、イエズス会の伝道師たちがジャイナ教の信者が飲んでいる水を顕微鏡で拡大して見せたところ、水の中には微生物があふれていることを知った信者は、水を飲まないという選択をし、衰弱死したという話しが残っています。現に、ジャイナ教において不殺生を守る最良の方法は断食だとされ、最も理想的な死は「サンターラー」、断食を続けることでそのまま死に至ることだとされました。マハーヴィーラも72歳で断食死を迎えたと言われています。また、不殺生を表す「アヒンサー」という言葉には不害という意味があり、物理的行為以外にも例えば言葉で人を傷つけるとか、心の中で外存在に対してひどいことを考える事すら罪とされます。【不殺生】と同程度に【無所有】も重視されます。何かものを持てばそれを失いたくないという感情が生まれるし、もっと良いものを持ちたいという欲望が芽生えます。そして欲求は行為につながります。失いたくない、欲しいが動機になり、本来なかった行為が生まれるのは当然でしょう。行為は殺生などの業を生み出します。そして、業は輪廻の原因とされます。つまり、所有が輪廻への束縛の根本原因だと考えることができるため、ジャイナ教では徹底的な無所有が重視されるのです。特にジャイナ教の一つの派閥である空衣派においては、衣服も所有に含まれると考え、着衣を認めません。このように徹底した苦行・禁欲主義で知られるジャイナ教は、現在、インド国民の0.4%、おおよそ540万人が信仰しているとされています。そしてスヤード論をはじめとしたジャイナ教の思想は、インド思想史に深く影響を与え続けています。

それでは次に、マハーヴィーラと同時代、同地域を生きた釈迦が語った、原始仏教の思想を見ていきましょう。

第十講 原始仏教

それでは、原始仏教についてみていきましょう。宗教というよりも哲学色の強かった釈迦の答えとは、一体どのようなものだったのでしょうか。

これまで見てきたように、紀元前5世紀ごろ、4つのヴェーダが完成したことによって、古代インドで行われていた祭式は、バラモン教として結実しました。これが実質カースト制度の成立でもあります。 そうして、バラモンの宗教的権威が国を支配する時代が続くのですが、そんな中、馬田門教徒は思想を異にする自由思想家【沙門】が現れました。その中には、ジャイナ教の始祖である、マハーヴィーラや、アージーヴィカ教の始祖であるマッカリ・ゴーサーラなどがいました。そして釈迦も沙門の一人に数えられます。彼は35歳で悟りを開き、その思想を限られた弟子だけに背峰します。その集団が最初期の仏教集団です。ここから幾度もの分派などを繰り返すことで、現在の仏教が形作られていくのです。今回はあくまでも哲学的見地から見た思想解説なので、釈迦が修行仲間である五比丘に語ったとされる『中道』、『四諦』『八正道』についてのみ触れていきます。

まずは『中道』です。

釈迦はジャイナ教などで行われる苦行を否定したと言います。その根底になあるのが中道です。五比丘への説法では、『出家したものは二つの極端に近づいてはならない』と主張します。これらは著しく下劣で低俗なものであるため、近づかない方が良いとされます。中道を説明する際に、よく当時の苦行の形式的な旅行が例に挙げられます。元々、悟りを目指して行われいたはずの苦行は、いつも間にか苦行のための苦行になってしまっていました。

悟りに近づけば、苦しいことを苦しいと感じないはずだから、苦行に耐えられることこそ、悟りに近づいている証明だ。そのような苦行の形骸化が起こっていたと表現されます。そういったたとえ話と共に、公卿が馬鹿にされることが多いのですが、ジャイナ教のように世界をロジカルに解釈した結果、必然的な行為として現れたのが本来の苦行であると補足をしておきます。しかし、当時そのようなムーブメントがあったのは確からしく、者kもその流れに乗じて、29歳からの6年間、厳しい公卿を行いました。そのうえで、公卿では悟りに至らないと考え、公卿から離れます。このとき、修行仲間の五比丘は釈迦を脱落者と見放し、いったんは離れていったと言います。その後、菩提樹の下で悟りを開くわけですが、この時の経験が【中道】という思想につながっていると言われています。

次に【四諦】です。これは、原始仏教における4つの基本的な真理です。

【四諦】の一つ目が【苦諦】です。この世の中では一切が苦痛であるという真理です。仏教用語に【三法印】というものがあります。現象するものは、すべて生成消滅し、永遠不変ではないことを説く【諸行無常】。全てのものが諸行無常なのだから、あらゆる所有物や感情はいずれ消滅してしまう。よってこの世の中のあらゆるものが苦しみ以外のなにものでもないということを説く【一切皆苦】。そして、すべての物事は『自分(自己)』ではないと説いた【諸法無我】です。インド哲学において『生は苦である』という思想は一般的でしたが、釈迦も同じように考えていたようです。

四諦の二つ目が【集諦】で、『苦』を引き起こす原因は執着や煩悩であるという真理の事です。次は【滅諦】です。『苦』の原因である執着や煩悩を止滅することにより、悟りに至ると言う真理です。そして最後が【道諦】です。悟りを開くための正しい方法論のことです。

釈迦の思想において特筆すべきはやはり【縁起説】ではないでしょうか。彼は、物事には必ず原因と結果の関係が成り立つと考えました。親がいないとこが生まれないのと同様に、原因が無いと結果が生まれることは無い。ということはこの世の中を構成している『苦』にも必ず原因があるはずで、その原因を排除することができれば、『苦がない状態』にたどり着けるのではないか。概念的な『苦』というものに対して、物理的なロジックで立ち向かった釈迦らしい思想だと思えます。【四諦】は正に、そのロジックを言語化したものだと言えるでしょう。

そして、道諦において悟りを開くための道とされたのが【八正道】です。

つまり、八正道とは、悟りに至るためのノウハウなのです。それは、このように表現されます。

真理(縁起や四諦)を正しく認識し
それをもとに正しく考え行動し
嘘を含めた無駄な言葉を使わず
正しい生き方に反した行為を行わず
正しい仕事をし
更に正しく生きられるように精進し
自分の内面と向き合い
サマーディを完成させること

これらを真に達成できたときに悟りに至るとしたのです。

【三転十二形相】という仏教用語があります。

三転とは、示転・勧転・証転の3つの段階の事で、まずは四諦や八正道を『知って』実践する段階、次に四諦や八正道を『理解』して実践する段階。最後にこれらを『体得して』実践する段階。四諦や八正道をステージごとに3回繰り返すことから三転十二形相と表現します。

このようにして釈迦は悟りへのプロセスをロジカルに説明しました。とはいえ、彼は悟った時、『この感覚は他人に伝えても言葉では伝えきれないだろう』と思ったとされています。つまり、今回説明したロジックはある意味全て後付けの方便であり、あくまでもこれらのプロセスの中で『自分で気づく』ことが重要なのでしょう。また、釈迦はこのようなプロセスを説明するために、『世界の生成について』や『神の存在』、『死後の世界』と言った形而上学的な問いについては徹底的に語りませんでした。これを【無記】と表現し、原始仏教の特徴ともされています(ですが、どいうやら輪廻については、ある程度肯定的だったとされています)。その一部分を取ってみても、インド思想の中で、釈迦が異質な存在であったことは間違いありません。このような思想から、釈迦は自身が神格化されていることを危惧しました。その思いとは裏腹に、釈迦の死後、彼は神格化され、一つの哲学であった思想は、宗教として分派発展していくのです。

(終)

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【監修者】宮川涼
プロフィール早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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