ヨガで大切にされている八支則を詳しく見ていきましょう。ヨガをやっているのに八支即を知らないという方もいらっしゃるかもしれませんが、ヨガを行う上で、心構えとして知っておくとヨガを進める上でも大変有意義だと思います。

ヨガの八支則は、「ヨーガ・スートラ」の中の第二章と第三相に書かれています。八支則とは、ヨガを志す人のルールです。八支則は様々なヨガの基礎となっています。

  • ヤマ=禁戒

自分や他人や社会にしてはいけないこと。非暴力、正直、不盗、禁欲、不貪

  • ニヤマ=勧戒

自分や他人や社会にすべきこと。清浄、知足、苦行、読誦、自在神への祈念

  • アーサナ=坐法

瞑想のための坐法とポーズ

  • プラーナヤーマ=調気法

気をコントロールする事

  • プラティヤーハーラ=制感

感情をコントロールすること

  • ダーラナ=凝念

集中する事

  • ディヤーナ=静慮

瞑想状態

  • サマディ=三昧

至福の状態

ヤマとニヤマ

ヤマは修行者にとっての社会に向き合う5つの慎むべきルールで、「禁戒」と訳されています。ニヤマとは自分自身が務めるべき5つの生活習慣で、「勧戒」と訳されています。

ヨーガ・スートラにある八支則は、出家修行者の間で古くから守られてきた様々な戒律を、仏教においてカリキュラムとしてまとめた「八正道」が基になっています。ヨーガ・スートラには、第一章の有名な句「ヨーガとは心の働きの止滅である」の止滅をはじめ、仏教特有の表現が多く見られます。仏教にはインドの伝統的な要素が色濃く生きているので、ヤマ・ニヤマが私たち日本人にとってそれほど違和感が無いのも、不殺生や不偸盗など仏教の戒律がと、同じ根っこでつながっているからでしょう。

ヤマ・ニヤマで得られるのはヨガを続ける単に求められる資質で、心の強さ、静けさ、そして謙虚さです。これらを忠実に実践しようとすればいかに大変な事かを知るので、何かを他人に要求する前に自分のふがいなさに気が付き、謙虚になれるはずです。ヤマ・ニヤマを意識すれば、日常生活がいかに満たされているかという事にも、すぐに気づくことができます。食べ物には不自由していないし、物質的には持て余すほどのものを手にしています。人はついそれに鈍感になってしまうのです。

戦後の日本人は絶対的な善悪の基準を失ったまま受け入れた「自由」、「平等」という考え方の下で、不安の海を漂流しているかのようです。そこに自分自身を律する目安を持つ必要があります。政治も経済も不安定で、人間関係が揺らいでいる今は、他人の価値観や風潮に惑わされずに、自分が主体的に守るべきポリシーを確立する好機だともいえます。人類の普遍的な規律であるヨガのヤマ・ニヤマを学んで実践することから、ご自身の生活に規律・戒律を築くことを目指してみてはどうでしょうか。

私たちが具体的にできるヤマ的な生活には、食事で肉類を減らし、食べすぎず飲みすぎず、持っているものに満足をする。常に笑顔のあいさつを心掛けて、嘘を言わず、異性に貪欲にならない。自分の身の丈に合った生活をして借金をしない事などが挙げられます。

ニヤマ的な生活は、毎日の掃除や感謝を忘れない事、時々プチ断食を行う、名作と呼ばれる本を読んで仏壇やお墓に手を合わせる。神社や寺への参拝は願いごとをするのではなく感謝をささげる機会としましょう。ヨガの教えに出会えたことで得られるのは、あなたが想像できるご利益を遥かに超えるものです。

恋愛についてもヤマ・ニヤマの態度を保つことができたなら、素敵な関係が築けることでしょう。相手のいる人ならサントーシャ(足るを知る)の考えで、相手のありのままに満足をしましょう。ヤマ・ニヤマは他の誰でもなく自分に向けられているものであり、相手の欠点こそが自分を成長させてくれる恵みなのです。まずはこの状況に満足をする事ができるため、パートナーに期待をしすぎて喧嘩をするなど、余計なエネルギーも使わずに済みます。

ただ、そのうえで注意すべきなのは、遠慮は満足する事とは違うという点です。遠慮は嘘の始まりでサティア(正直)とは自分にも相手にもうそをつかない事。思いは相手に素直に伝えて、自分の考えや願いの通りにならなくても受け入れる。それがヨガ的なパートナーとの関係の築き方といえるのではないでしょうか。

アーサナ(坐法)

アーサナとはポーズのこと。その種類は流派によって様々ですが、形作るまでにはあらゆる観察が必要です。それはマインドをアーサナの中に参加させて、ポーズをする中で身体はどうなっているのかを常に意識し、観察をすることです。そしてそれこそがアーサナの本質といえるでしょう。

「ヨーガ・スートラ」に、アーサナは、“強い身体”と“柔軟な筋肉”とは書かれていません。それではただのエクササイズになってしまいます。アーサナであるためには、肉体だけでなく、マインドの安定性がとても重要です。例えば、ランニングマシーンに乗って30分体を動かしたとします。でもその間ずっとテレビを眺めながら走っていれば、そこにマインドはありません。マインドを身体とつなげるには意識を自分の内へ向ける必要があります。

日常生活には情報があふれていて、意識は常に外側に引っ張られています。だからアーサナを行うときは、五感のすべてを自分の身体に向ける必要があります。腕を上げる時も「腕」の定義を具体的にして、どこまでも意識的に行いましょう。胸骨から始まる上腕、前腕、手、指、爪と捉えてそのすべてに意識を通します。体や骨、皮膚、筋肉だけでなく、呼吸や心の動きにまで意識を広げます。すると次第にマインドの識別能力が高まり、外からの情報に惑わされず、自分との対話の中から答えを識別し始めます。ただ、その識別には批判や評価はなく、あくまで感じるだけでいいのです。

アーサナは自分の内側に意識を向けるものです。逆に内側から外を見ることもできます。外側から見ようとしても表面的なものしか見えませんが、中心から見るともっと広く物事が見えてきます。

アーサナは努力しないとできないものですが、その努力が自然に発揮されて、努力と感じなくなるとき、習得されると言われています。これはカラダだけでなくマインドにも言える事でしょう。マインドの識別能力を高めるためにも努力は必要です。例えば、エゴ。もう少し鼻が高ければいいなと感じた時にはまず、自分が自分の鼻を低く評価していることに気付くことが大切です。気づきは次への成長へつながります。体とマインドがつながって、本来誰の身体にも備わる可能性に気付くことができます。自分の内にある“観察者”とつながる能力を育てることがアーサナなのです。

プラーナーヤマ(呼吸と調気)

「プラーナ」とは息や生命エネルギーのことで、コントロールするという意味の「アーヤマー」という言葉とあわせて、呼吸法・調気法という意味になります。私たちは息をするとき、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出しますが、プラーナーヤマでは、光やエネルギーなども身体を出入りする対象になります。

呼吸の状態は、心の状態を現すと言われています。イライラした人の呼吸は早く、安定した人の呼吸はゆっくりしています。呼吸と心は連動しているため、心の状態が呼吸を変えてしまうように、呼吸をコントロールすることで自分の心を制御できるのです。呼吸には「吸う(プーラカ)」、「吐く(レーチャカ)」、「止める(クンバカ)」という3つの状態があります。エネルギーが充満していくプーラカ(吸う)、思考や感情までも空っぽにしていくレーチャカ(吐く)、止まったエネルギーを活性化していくクンバカ(止める)です。

なかでも最も重視しているのがクンバカ(止める)です。ぴたりと静止した水面のように動かない状態の呼吸は、安定した心と強い意志になります。呼吸が静かで繊細なものになっていくと、吸っているのか吐いているのかさえも分からない、まるで消えたような状態になります。息の出入りが消えると言う事は、体の内側と外側を繋ぐ橋が消えると言うこと。そうなれば、自分に影響を与えるすべての外的なものを超越し、何物にも乱されない安定を得られるのです。呼吸の状態は心の状態を現すといいましたが、こうして呼吸を保つことで、内側のゆらぎがなくなって行きます。そうすれば、やがては「心の動きを止滅させる」というヨーガスートラの目的に到達できるのです。

プラーナーヤマによって気を得ることができれば、エネルギーに満ちて力強く生きられます。疲れにくく燃費の良い身体になり、集中力や気力も高まります。心を落ち着けるテクニックとしてプラーナヤーマを知っておけば、どんなに状況が変化しようと乱れないため、安心感をもって生きられます。依存や執着のない、強い意志を持つことができ、煩悩も取り除かれて、青空のように澄んだ悩みのない生活が送れるようになります。

プラティヤーハーラ(制感(感覚のコントロール))

八支則はそれぞれが循環しているように感じています。瞑想が深くなると心の本質が見えてくるので、例えばヤマにある非暴力の本当の意味が分かるようになる。階梯が積み重なる様にあるけれど、それは円環して相互に高め合うようになっていると感じます。八支則は1つの行動目標でそれを全部果たしたら次へ行けるかといったら、そういう構造ではなく、深まるほど前に戻ったり、先に飛んだり複雑に入り組んでいる相互的的な輪だと思っています。プラティヤーハーラは、体作りの後の違う次元への入り口です。心の向きを外から内へ、ベクトル返還させるだけなのです。感覚制御とか遮断とも言いますが、目的は自分の心と向き合うことです。心そのものを観る。光も闇も、多層にある自分の心を深く知っていくために、感覚を感じないようにします。感覚には内臓の感覚なども含み、カラダの内側で起こる熱やクンダリーニ(ヒンドゥーの伝統において、人体内に存在するとされる根源的な生命エネルギーを意味する言葉)の上昇なども、感覚的なものなので意識してはいけません。感覚的変化に心を奪われていてはプラティヤーハーラになりません。プラティヤーハーラは、心そのものと向き合う事なのです。

心理学に感覚遮断実験というのがあります。体温と同じ温度にした比重の高い水のフロータンクに浮かび、暗くして、上下左右、重力、熱、光も分からなくすると、深い記憶が出てくるという実験で、プラティヤーハーラはこの状態。感覚がなくなると、向かうのは自分の内側しかないのです。だから一気に内面の情報が噴出してきます。最初に出てくるのは個人的無意識で、それは無意識や観たくないコンプレックスです。それが出てくると瞑想が嫌いになったり、うつ状態になったりする人もいますが、そこと向き合わない限り、心は閉ざされたままになってしまいます。では、どうすればいいのでしょうか。そういうものが出てきたときは、「そうなんだ」と受け入れるしかありません。例えば木を見る時に名前を考えたり何かを連想したりせず、ただそのものとして観るのと同じように、ただ心を観るのです。

心と向き合うのは辛い事です。だから覚悟しなくてはいけません。しかし、この個人的無意識を自覚していくと、その先の深い心が自覚できる。プラティヤーハーラはそういうステップです。

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【監修者】宮川涼
プロフィール早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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