ヨーガ・スートラのキーワード

ヨガの聖典であるヨーガスートラのキーワードについて解説します。ヨガの実践と会わせてぜひ知ってみてくださいね。ヨガを学び実践するならば、本場インドの環境を再現した立川エリア唯一の溶岩ホットヨガスタジオ「オンザショア」へお越しくださいませ。

アートマン:永遠不滅の“本当の自分”

一元論でブラフマン(宇宙の最高原理)と同じものとされる“真実の自己”のこと。ブラフマンが「梵、大宇宙」と訳されるのに対して「我、小宇宙」と訳される。ウパニシャッドの時代になると、祭祀中心のベーダの宗教では、本当には幸せになれないと気がついが人々が本当の幸せを探すために自分って何?と深く見つめるようになった。その結果、自分の奥深い所に「英会陰に無くならない何かがある」と気がついた。それを表す言葉を探した結果、それまで「自己」と言う意味で使っていた「アートマン」ということばをあてた。アートマンを一度でも実感すると不安や悩みは無くなって、心身が宇宙と一体になったような安らかな気持ちになると言われる。

アシュターンガ・ヨガ:「ヨーガ・スートラ」の実践ノウハウ

「ヨーガ・スートラ」の第2章28節~第3章8節に書かれているヨガの実践ノウハウ。直訳すると「8つの部分からなるヨガ」と言う意味で、ヤマ(禁戒)、ヤニマ(動戒)、アーサナ(坐法)、プラーナーヤーマ(調気法)、プラティアーハーラ(制感)、ダーラナー(凝念)、ディヤーナ(静慮)、サマーディ(三昧)、の8つの学習(実践法)がある。

イーシュバラ:「ヨーガ・スートラ」にしか出てこない登場人物

サーンキヤ哲学の二元論を取り入れている「ヨーガ・スートラ」は、理論面のほとんどの部分がサーンキヤ哲学と同じだが、サーンキヤ哲学では認められていない自在神の存在を認めている点だけ異なる。イーシュバラとはこの自在神のことで、ここでいう神とは宇宙を創ったり人に罰を与えたりするような神様ではなく、“心霊(優れた魂)”の様なもの。プルシャ(真実の自己)とプラクリティ(根本原理)のほかに、イーシュバラの存在を認めてしまうと二元論ではなくなってしまうため「ヨーガ・スートラ」はイーシュバラを特別なプルシャと位置付けている。

一元論:すべてのものは1つである

「あらゆるものは1つである」という理論。ここではブラフマン(宇宙の最高原理)とアートマン(真実の自己)は本来同じものであると言う考え方。ウパニシャッドの中心となる概念で梵我一如とも呼ばれる。「本当はすべて1つのものなのに、自己と他を別のものだと思っているから、迷ったり悩んだりするのだ」と考えられていて、それに気付くためには“知恵”が大事とされている。

ヴェーダ:現世利益を願ってひたすら祭祀

紀元前12~10せいきごろからインドに住むようになったアーリア人が作った宗教。現存するインド宗教の中では一番古いもので、信仰の対象は、自然を神格化した神様が中心。家畜の増産、戦争の勝利、長寿など、今日でいえばお金が欲しい、いい結婚がしたいといった現世利益を願う宗教。神様に願い事をかなえてもらうために祭壇を作り、火を焚き、賛歌を捧げ、マントラを唱え、供え物を行うなど儀式を中心とするのが特徴。これらの行事はすべてバラモンが取り仕切った。密教系の仏教の「護摩」と同じもので、「護摩」と言う言葉は「ホーマー(火を使う儀式)」の音訳である。また、この祭祀や儀式に関する「知恵」や、その知識をまとめた「いろいろな聖典」をヴェーダと呼ぶこともある。聖典は、神々への賛歌集である「リグ・ヴェーダ」と「サーマ・ヴェーダ」、祭祀で唱えられる祭詩をまとめた「ヤジュル・ヴェーダ」、個人的な呪文を集めた「アタルヴァ・ヴェーダ」の4つがある。さらにこの4つのヴェーダはそれぞれ次の4つの文献群でできていて、数百年かけて①から順に作られていった。①神々への賛歌やマントラが書かれた「サンヒター(本集)」、 ②ヴェーダの祭祀や儀式の説明書的な「ブラーフマナ(祭祀書)」、③哲学的な話が少し登場する「アーラニヤカ(森林書)」、④本格的な哲学の話が色々書かれた「ウパニシャッド(奥義書)」。①はヴェーダの中心的な部分で、ヴェーダというと、このサンヒターの部分を指すこともある。②は祭祀中心の思想を持ち、古代インドの中で祭祀が砕石の時の文献。③は祭祀中心のベーダが哲学的な面を持ったもので、ウパニシャッドへの橋渡し的な文献。そして④のウパニシャッドでは深遠な哲学が説かれるようになる。ウパニシャッドの登場が、儀式中心のヴェーダと言う宗教から智を重視する哲学への転換点となった。

現世利益重視のベーダと魂の成長重視派のヨガは流れは同じでも内容は真逆である。ただ一つだけつながりがあり、インドの歴史でヨガと言う言葉が初めて登場したのが「リグ・ヴェーダ」の中。神様が展開から人間界に降りてくる場面で「馬と馬車を“つなぐ”」と言う意味でヨガと言う言葉が使われている。

ヴェーダーンタ:ある意味ヴェーダの最高峰

ウパニシャッドの別名。ヴェーダーンタとは「ヴェーダの末尾」の意。六派哲学のヴェーダーンタ学派とはウパニシャッドの中でも特にブラフマン(宇宙の最高原理)とアートマン(真実の自己)について研究し、知恵による解脱を目指した学派の事。そこで生まれたヴェーダーンタ哲学はサーンキヤ哲学と並びインドの二大哲学と言われている。

ウパニシャッド:必読のインド哲学が分かる文献群

ヴェーダ聖典の中で最後に書かれた文献群の総称。文献は全部で108との説や、数百あるなど諸説あるが、成立の古い13(もしくは14)の作品は特に大切とされ、通常ウパニシャッドと言うとこの部分を指す(古ウパニシャッドとも呼ばれる)。さらにウパニシャッドは、成立した年代によって初期、中期、後期と分けられるが、共通して語られているのは「本当の幸せをつかむために、とことん自分をみつめていこう」と言う考え方である。内容はアートマン(真実の自己)とブラフマン(宇宙の最高原理)の話を中心に、ヨガの定義や聖音オーム、プラーナの意味など、インド哲学やヨガを学ぶ上で大切なことが記載されている。そのためインド哲学の源泉とも呼ばれている。

ヨガについては初期の「タイッティリーヤ・ウパニシャッド」で何らかの行法として登場するが、意味はまだ確立しておらず、中期の「カータカ・ウパニシャッド」になって初めて、「心の統一」を目指すヨガが登場する。「シュヴェーターシュヴァタラ・ウパニシャッド」では実践時の姿勢や環境など具体的なノウハウが、また後期の「マイトラーヤナ・ウパニシャッド」では「ヨーガ・スートラ」の八支則の見本になったと思われる「六つのヨーガ」が説かれている。

カータカ・ウパニシャッド:本日に続くヨガがここで初めて登場

中期ウパニシャッドの1つで、ヨガが今日遣われて入りう「心の統一」の意味で初めて登場した文献である。「瞑想をすると心が普段では味わえないほど段々と深い境地に入っていく」と言う話が、違う言葉で3回出てくる。全てヨガ行者の体験談で、この心が深まっていく過程を記した部分は「ヨガの心理学」とも呼ばれ、後のサーンキヤ哲学の基になっている。

古代インド:紀元前後までのインド。ヨガも登場。

一般的にはインダス文明が始まる前から紀元前後までの時代を古代インドと呼び、ヨガとのかかわりが深い。インダス文明の遺跡から瞑想をしているように見える人(もしくは神)の印章が発見されている。またヴェーダの宗教が興ると聖典の1つ「リグ・ヴェーダ」に初めてヨガ等言葉が登場。更に後年に登場したウパニシャッド文献の中でヨガは「心の統一」の方法として初めて紹介されている。

サーンキヤ哲学:「ヨーガ・スートラ」哲学の基礎

カータカ・ウパニシャッドの影響を受けて生まれたとされる哲学で、ヴェーダーンタ哲学と並ぶインドの二大哲学と言われる。一元論のヴェーダーンタとは反対に二元論を支持する。「ヨーガ・スートラ」の哲学はこのサーンキヤ哲学をほとんどそのまま持ってきたものであり、プルシャ(真実の自己)や、プラクリティ(根本原理)だけでなく、「ヨーガ・スートラ」を学ぶにはサーンキヤ哲学の理解が欠かせないといえる。

サンスクリット語:ヨガに関する言葉に多く使用

古代インドの公用語。デーヴァナーガリーという文字で書き表される。ヴェーダなどの聖典をはじめマントラやヨガの教典、アーサナの名前などヨガに関する言葉の多くに使用されている。インドに入ったアーリア人が話していたヴェーダ語が発展したものとされ、紀元前4世紀ごろ、パーニニという文法家により文法が完成し、九ぷ他王朝時代にインド中で使われるようになった。古典言語であり、現在日常的に話すインド人はほとんどいない。

二元論:この世のすべてのものはプルシャ(真実の自己)とプラクリティ(根本原理)の二つの原理でできている

サーンキヤ哲学の中心となる概念で、万物を「精神と物質」に分けて考える西洋哲学の二元論とは違い、サーンキヤ哲学の二元論は「この世のすべてのものはプルシャ(真実の自己)とプラクリティ(根本原理)の二つの原理でできている」と考える。すべての苦しみは、本来2つのものであるプルシャとプラクリティを1つのものだと勘違いしているのが原因とする。そのため「プラクリティからプルシャを引き離そう」と説く。二元論の「ヨーガ・スートラ」で目指すゴールも同じで、プラクリティからプルシャを引き離すために様々なヨガの行法が用いられる。これらの考えはヴェーダーンタの一元論とは正反対の考え方。

バガヴァッド・ギータ―:今でも多くのインドの人々に親しまれる在家のヨガ

「ヨーガ・スートラ」と並ぶヨガの代表的な教典と言われている宗教作品。古代インドに書かれた「マハーバーラタ」という有名な叙事詩の第6巻に収められている。戦争で身内と争う事になって悩む主人公、アルジュナ王子をクリシュナ神が励ます物語で700の韻文からできている。その中で初めて登場するのがジニャーナ・ヨガ、カルマ・ヨガ、バクティ・ヨガで「ヨーガ・スートラ」が世俗から離れて行う出家的なヨガを説いているのの大使「バガヴァッド・ギーター」に出てくるのはあらゆる人が普通に仕事を持ち、日常生活を送りながら解脱が出来ると説く在家のヨガで、そのため本日でも多くのインドの人々に親しまれている。

ハタ・ヨガ・プラディピガー:ハタ・ヨガの教典。体を使って解脱

16世紀ごろにスヴァートマーラーマが書いたハタ・ヨガの教典。アーサナ、プラーナーヤーマ、ムドラー、ラージャ・ヨガの4つの章から成る。本文にハタ・ヨガはラージャ・ヨガへのステップであると書かれているが、ここでいうラージャ・ヨガとはサマーディ(三昧)のことで、「ヨーガ・スートラ」の説くラージャ・ヨガのシステムのことではない。ハタ・ヨガとラージャ・ヨガではテクニックも哲学もかなり異なり、特にラージャ・ヨガは一元論を、ハタ・ヨガは二元論を取り入れている点が大きく異なる。

バラモン:司祭階級

インドのカースト制度のトップに居る司祭階級のこと。バラモンとは日本語訳で、正確にはブラーフマナと言う。古代インドではベーダの祭祀を取り仕切ることを職業とした。賛歌やマントラに詳しく、それが持つ神秘的な力を操ることができるとされ、古代では人々の異形と尊敬の的だった。ただ、必ずしも人格的な崇高さとは比例するわけではない。

プラクリティ:真実の自己を除くすべてのものの大元

二元論で2つあると言われている原理の1つ。「根本原理」と訳される。プルシャを除いてそのほか全てのものはこのプラクリティが変身したもので、この中には食べ物や洋服、建物、自然、肉体など身の回りにあるあらゆる物質や、心や意識、感覚、エゴなど目に見えないものも含む。

ブラフマン:宇宙の最高原理

ウパニシャッドの一元論でアートマン(真実の自己)と同一のものと言われる“宇宙の最高原理”のこと。「この世にあるすべてのものを作っている力、万物の背後にある力」で、「梵、大宇宙」と訳われる。今ではそのような意味で使われているが、古代インドでは、ベーダの賛歌やマントラに込められている神秘的な力のことをブラフマンと言っていた。神様への祈りが通じるのはこの力のお陰と考えられていた。

プルシャ:真実の自己

サーンキヤ哲学の二元論のプラクリティ(根本原理)に対するもい1つの原理。「真実の自己」とい意味で、アートマンとも呼ばれる。日本では真我、神我、純粋精神、純粋観照者など様々に訳されているが、私たち一人一人が持っている個人の“核”の様なもの。原子ぐらいの大きさをしているとの説もある。プルシャとプラクリティは同時に存在するが、プルシャ自体は何の活動もせず、プラクリティが行う事を、“ただ見ている”だけのきわめて消極的な存在。

マントラ:真言

マントラとは、敬虔な思想、祈り、賛歌、真言、呪文と言う意味で、古代インドではマントラには神秘的な力(ブラフマン)があると考えられていた。そのためヴェーダの宗教では神様に願い事を叶えて貰いたいときは必ずマントラを唱えた。このように、歴史的に見てもマントラはインドの宗教の中ではメインの存在で、今日のインドでも日常生活に欠かせないものになっている。ヨガで使われるマントラは大きく分けて二つあり、一つはグル(指導者)が直接弟子に授けるものと、もう1つはヴェーダやウパニシャッド、ヨガの教典などに書かれている伝統的なマントラで、よく耳にするオームやシャーンティがこれに当たる。

ヨガ:エリート限定のヨガから開かれたヨガへ

インドでヨガと言う言葉が使われたのは「リグ・ヴェーダ」が最初。今のヨガにつながる形として登場するのは中期ウパニシャッドができた紀元前4世紀ごろで、この時代には瞑想による「心の統一」をヨガと呼んでいた。「この神を信じなさい」とか「この哲学書を読んで」と言う決まりは一切なく、ただ座って心を統一すればよかったので、色々な宗教や哲学の中で実践された。この実践的なヨガが後にサーンキヤ哲学と結びついてヨガ学派となる。その教典が「ヨーガ・スートラ」。ちなみにこの瞑想を中心とするヨガには、後付けでラージャ・ヨガと言う名前が付いた。インドのあらゆる宗教や哲学のゴールはこの世の苦しみから解放される“解脱”だが、紀元前はラージャ・ヨガがその唯一の道だった。その後、「バガヴァッド・ギーター」の登場によって、ジニャーナ・ヨガ、カルマ・ヨガ、バクティ・ヨガという新顔がヨガ界に仲間入りする。更にずっと後になると、心のほかに身体も使うハタ・ヨガが誕生する。以上4つのヨガは出家をし、瞑想によって心を直接コントロールしていくラージャ・ヨガに比べると、幾分楽な道であるため、その登場をきっかけにヨガは沢山の人々に広がっていた。

ヨガ学派:実践のみだったヨガが学派として独り立ち

六大哲学の1つで教典は「ヨーガ・スートラ」。ヨガ学派ができるまでのヨガは、ひたすら瞑想をする、実践だけのものだった。実践こそがヨガの本質だが、なぜヨガを行うのかと言う理由の説明がなされず、そのため説得力に欠けたと考えた当時の実践者たちが、その裏付けとしてサーンキヤ哲学と合体し理論を加え、ヨガ学派を作った。

ヨーガ・スートラ:ヨガ学派の教典

紀元前4~6世紀ごろに成立したヨガ学派の教典。伝統的にはパタンジャリによって編纂されたと言われているが、本当のところは不明。書かれているヨガはラージャ・ヨガで、ウパニシャッドの流れをくむ一番古典的なヨガ。「心の統一」の為の方法として瞑想を中心とするヨガを行う。「ヨーガ・スートラ」は新しく書かれたものでは無く、既にあったウパニシャッドやサーンキヤ哲学など様々なヨガに関する教えをまとめたもの。アシュタンガ・ヨガ(実践)とサーンキヤ哲学(理論)という2つの柱があって考え方の基本はプルシャ(真実の自己)とプラクリティ(根本原理)の二元論。詩のように短い195の教えが4つの章(三昧章、禅那章、自在力章、独在章)に分けて説明されている。成立した正確な年代や作者については不明な部分が多いが、三昧の話が違う言葉で何回も出てくるなど、いろいろと矛盾点があることから一人の人物が書いたものでは無いと言われている。また、第1章から順番に書かれたのではなく、アシュタンガ・ヨガについて書かれた部分が一番古くに成立したとの説もある。「ヨーガ・スートラ」はかなり簡素な表現で書かれているため、インドでは注釈書や解説書を読みながら学ぶのが一般的となっている。

六派哲学:ヨガ学派を含む6つの学派

グプタ朝時代にまとめられた、バラモンとヴェーダの毛にを何らかの形で認める6つの学派のこと。サーンキャ学派、ヨガ学派、ヴァイシェーシカ学派、ニヤーヤ学派、ミーマーンサー学派、ヴェーダーンタ学派からなる。このうちのヨガ学派の教典が「ヨーガ・スートラ」。サーンキヤ学派の哲学もほぼそのままの形で「ヨーガ・スートラ」に取り入れられている。

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