憲法7 人権総論(5)在監者の人権、私人間効力

01 在監者の人権

在監者とは、講学上、従来用いられてきた用語であり、文字通りなら「監獄」に在る者をいいます。かつては、「監獄法」があったので、こう呼ばれています(現在の法律では、内容が見直され、「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」となりました)。講学上は、現在も「未決勾留者」「受刑者」その他「死刑確定者」を含めてこう呼ばれています事例をみてみましょう。

事例)刑事事件で未決勾留中のXは、新聞を購入して閲読していたが、拘置所長は新聞の中の特定の記事については黒塗りにして配布した。そこでXは、これを違法だとして争うため、国を相手に慰謝料を請求する訴訟を提起した。

①未決勾留者による人権の主張

→一般人とは異なる制約はあるのか?

②新聞閲読についての制限

→閲読の自由についてはどうか?

在監者の人権制約について、古くは「特別権力関係理論」から説明された。しかし、現在はこのような理論は前記事でも述べたように認められていません(有力説)。なぜなら、制約の根拠から個別具体的に、制約の可否を考える必要があると考えるからです。それでは、在監者の閲読の自由(人権制約の根拠)について、在監者の人権(ここでは,閲読の自由)はいかなる根拠により,いかなる制約を受けるのか、考えてみましょう。まず、憲法自身が,在監関係の存在と自律性を認めているため(18条,31条)、一般国民と異なる制約はあると考えます。

それでは,どの程度の制約まで許されるのか?そこで、閲読の自由を認め、違憲方向として考えた場合、①閲読の自由は,表現の自由保障の派生原理として,自己実現自己統治の価値を有する②民主政の過程の瑕疵は自己回復が困難であると考えます。結論としては、LRAの基準を用い、①目的が正当で,②目的達成のためにより制限的でない制約手段が他にない場合,合憲と考えます。

判例では、最大判昭和58年6月22日(よど号ハイジャック記事抹消事件)があります。

本件は、公務執行妨害等で逮捕、起訴された日本赤軍学生Xが、私費で購入した読売新聞の中の「よど号ハイジャック事件」に関する記事を黒塗りにされた事件です。

未決勾留者は、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として、その居住を監獄内に限定されるものであるから、その限度で身体的行動の自由を制限されるのみならず、必要かつ合理的な範囲において、それ以外の行為の自由をも制限されることを免れない、とした。さらに、監獄内部における規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持する必要もあるとして、身体的自由及びその他の行為の自由に一定の制限が加えられることは、やむをえない、とした。ただし、その制限を加えるには、一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、具体的事情のもとにおいて、放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が必要であり、かつ、必要かつ合理的な範囲にとどまるべきだとした。

もっとも、具体的場合においては、監獄の長による裁量的判断にまつべき点が少なくないから、その判断に合理性が認められる限り、長の右措置は適法として是認すべきだとして、結論としては、本件の黒塗りは適法だとした。整理すると、

①未決拘禁者の、一般人と異なる制約は?

→一般人と異なる制約はある

→ただし、未決拘禁者は「無罪の推定」を受ける者

②閲読の自由についてはどうか?

→表現の自由そのものではなく、条文に明記なし

→しかし、21条1項の派生原理として保障

→LRAの基準で判断(有力説)

→判例は制限を比較的広く認める

と考えます。

02 私人間効力

元来、人権は国家権力との関係で保障される権利と考えられてきました。しかし、現在では私的団体にも強大な影響力をもつものがあり、これらによって人権が脅かされている現状があります。そこで、現代では、人権規定の効力(人権保障)を私人間においても及ぼすべき場合が増えてきています。ここで、憲法の人権規定が、私法関係において持つ効力を私人間効力と呼んでいます。

憲法上、私人間に直接適用されることにほぼ争いがない条文もあります(15条4項、18条、27条3項、28条など)。ここでは、それ以外の条文についての一般論を述べていることに注意。

「すべての選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問われない」(15条4項)

「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服されない」(18条)

「児童は、これを酷使してはならない」(27条3項)

「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これは保障する」(28条)

憲法の人権規定は、私法関係(私人間)においていかなる効力を持つのかが問題となる。反対説としては、憲法は最高規範であるから、私人間でも直接適用されるとも思える(直接適用説)とします。しかし、通説では、私法の一般条項を介して憲法を間接的に適用すべきと考えるべき(間接適用説)とし、間接適用説の理由として、私人間にも直接適用されると考えると、私法の大原則である「私的自治の原則」「契約自由の原則」が否定されかねないとし、その結果、結論としては、私法の一般条項(民90条など)を解釈する際に、憲法の趣旨を取り込んで解釈し、間接的に適用すべきと考えます。

03 私人間効力の具体例

Xは、大学生時代に学生運動を熱心にしていたことを秘して、「学生運動をしたことはなく、興味もなかった」旨の虚偽の申告をして、Y会社に就職した。しかしY会社はXの過去の経歴に気づいて、入社3か月の試用期間終了後、Xを本採用しなかった。そこでXは「当該不採用は思想・良心の自由(憲19条)に反して無効」と主張し、Y社の社員としての地位確認と給与の支払いを求めて訴訟提起した。

間接適用説によれば、会社による不採用が、民法90条(公序良俗に違反する法律行為は無効)に反して無効かどうかという問題になる。また、判断基準は比較衡量論(人権の制約によってもたらされる利益と、人権を制約しない場合にもたらされる利益を比較して決する) ※「考量」「較量」と書いても同じです。

最大判昭和48年12月12日(三菱樹脂事件)では、憲法の規定は、「国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。」として、直接適用を否定した。そして、「私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によつて、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。」として、間接適用説とみられる判断を示した

もっとも、この判例は、「企業者は…経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであつて、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない」として、結論的には、本件不採用を違法だとした原審を破棄して差し戻しました。(差し戻し後の控訴審で和解が成立しました。)

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