キルケゴールの死生観

セーレン・キルケゴール(1813~1855年)に活躍したデンマークの哲学者です。キルケゴールは極めてキリスト教的信仰が強く、彼は実存主義者のはしりなのですが、同じく実存主義者に数えられるニーチェやサルトル、ハイデガーと比べて日本ではあまり人気がありません。私はプロテスタント系の高校に通っていましたが、もちろん、クリスチャンでもなく、実家は神道でしたので、キルケゴールは少しとっつきぐらいイメージがあります。しかし、死生観を問う場合、キルケゴールの主著『死に至る病』というタイトルであることからも死生観を考える上では避けて通れない哲学者です。哲学史的にも彼の意義は高く、これまで「世界とは何か?」「存在とは何か?」「正義とは何か?」といったふつう人間が太刀打ちできない大きな問題に気を取られがちな哲学というジャンルのなかに、普通の生活を送る人々が共感できる、いわば「日常系」を導入したのは大変注目に値すると思います。

ところで、一見仰々しくも聞こえる実存主義ですが、その哲学がどこから生まれたかというと意外なことに彼の失恋問題にありました。キルケゴールは24歳のとき、14歳だったレギーネ・オルセンと恋愛し、1840年に婚約までしましたが、翌年自分の方から婚約を破棄しています。キルケゴールからすると、レギーネのことを愛するあまり身をひたと言うことだそうですが、それにも関わらず彼はその後、レギーネに「自分のことを忘れないでくれ」と手紙で彼女に哀願しています。なんだか村上春樹の『ノルウェイの森』みたいですよね。

また、キルケゴールは複数のペンネームを使い分けて多くの著作を出版するなど、恋をして少し挙動不審になったりもしています。自分でも「なんでこうなったのだろう?」と多少なりとも思っていたのか、彼は自分自身の半生を深めた哲学を構築しはじめます。これが実存哲学の萌芽となったのです。

キルケゴールはこうした奇行ともいうべきイザコザを巻き起こす一方で、レギーネへの恋心が失われたわけではないので、大分こじらせます。また、彼は現代でいう所のパリピ(パーリーピーポー)のような生活をしてい耳朶もあり、その後回心し、キルケゴールはそれから愛する人と相思相愛になる価値を見出すことができず、婚約破棄をしたのです。このような孤独な人生を選んだ彼の行動は、キリスト教の倫理観に大いに関係していました。

キリスト教の時系列は直線的です、一度つまずいたことによる不安を取り除くと、、、、

というように、東洋哲学であるヨガの実践をしていらっしゃる皆さまへ、折を見て西洋哲学についてもご紹介していけたらと考えております。時間を見つけて更新してまいりますので、お付き合いいただけましたら幸いです。

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【監修者】宮川涼
プロフィール早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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