リベラリズムとは何か

01 リベラリズムとは何か

リベラリズムという言葉は一般に膾炙した言葉です。より日常的には「リベラル」という風に略されて使われているかと思います。アメリカで言えば、民主党的価値観、日本で言えば、若干左派よりの人々のことを「リベラル」と称することが多いと思います。しかし、アメリカでの共和党の理解はともかく(アメリカにおいても民主党と共和党の明確な違いが昨今はわかりづらくなっていますが)、日本でのリベラル=左翼的な理解というのはかなり特殊であり、日本人の日常感覚からそういう語用がされている以上、誤りとはいわないまでも、リベラルと左翼、というのは思想史的にはイコールとは言えないでしょう。

周知のとおり、右翼とか左翼という言葉は、フランス革命時の議会での座席の位置に由来し、急進的改革派であったジャコバン派(山岳派)が議会の左上に陣取っていたことに由来します。右翼というのは、その反対概念として生まれただけです。フランス革命時でいえば、本当は穏健派であった立憲君主派のフイヤン派というのは、それ以外の真ん中あたりにいた人が右翼になるので(中道と言った方がよいような気がするように)、右翼という言葉自体が左翼から派生して生まれているので、若干無理があるところもあります。といっても、私は少なくとも国民議会も立法議会の風景を見たことがないのでこの絵(「テニスコートの誓い」)から想像することぐらいしかできませんが、これを見ると右側の椅子に立っている人の左隣の人がロベスピエールなので、右側にいるんですよね。いや、これは、議会ではないテニスコートでの絵なので、どうでもいい話ですが。

テニスコートの誓い

結局のところ、何が言いたいかというと、左翼といって必ずしもリベラルではない、ということですかね。ただ、簡単にいえば、現在の政権に対して批判的な立ち位置にいる人を左翼と呼ぶわけです。なので、現在の政権に対して批判的な立ち位置にいるという人が、必ずしもリベラリストであるわけではありません。また、リベラルといっても、それはリベラリズムを信奉する人ということになるのでしょうが、肝心のリベラリズムの中身は意外ときちんと理解されていないと思います。

しかし、それも、無理のないことで、岩波書店の『哲学辞典』で「リベラリズム」のことを解説し翻訳している井上達夫自身が「リベラリズムを自由主義と訳したのは誤訳だった」と発言しているように、非常に理解しづらい概念です。翻訳した日本の法哲学の権威ですら、なんと訳したらよいのか迷うくらいなので、すとんと理解できるような言葉ではないことはわかると思います。ちなみに、井上達夫自身は、「正義主義」と訳すべきだと、かなり自説に寄せてお話されていますが、これもちょっと無理があるのではないかと思えます。むしろ、「正義」というそれこそ論争的な言葉が出てきて、自由主義以上に混乱しかねないのではないでしょうか。

なので、リベラリズムとは何か、というダイレクトな書物を書いているイギリスの政治思想家ジョン・グレイの同著からの解説がもっともしっくりくるかと思いますので、下記に引用します。

様々な種類のリベラルな伝統すべてに共通しているのは、人間と社会についての明確な概念であることだ。その性格は明らかに近代的だ。(中略)それは個人主義的であり、いかなる社会集団からの要請に対しても個人の良心の優位性を主張する。また平等主義的であり、すべての人間の良心に同じ地位を与え、人の違いに基づく法的または政治的序列があっても、人の良心の価値とは一切結びつけない。普遍主義的であって、人類という「種」の良心はみな同じであると主張し、特定の歴史的組織や文化形式には二次的重要性しか認めない。すべての社会制度と政治的取り決めは修正可能で改善の余地があると認める点で改革主義的である。人間と社会に対するこのような考え方が、リベラリズムに明確な特徴を与え、その内部にある多様性と複雑性を乗り越えさせている。(ジョン・グレイ『自由主義』)

リベラルな社会では、個人に権利が与えられるが、その中でも最も基本的ななのが自律権、つまり言論、結社、信仰、究極的には政治的生活において自ら選択できる権利だ。自律性の範囲には、財産を所有する権利や経済取引を行う権利が含まれる。やがて自律性には、選挙権を通じて政治的権力の一部を担う権利も含まれるようになった。

言うまでも無く、初期のリベラルは、権利を持つ人間の条件を限定的に解釈していた。アメリカをはじめとする「リベラル」な体制では、当初、この条件に満たすのは財産を所有する白人男性に限定され、他の社会集団にも拡大されていくのは後になってからだ。しかしながら、こうした権利の制限は、トマス・ホッブスやジョン・ロックのようなリベラリズムの理論家の思想的著作やアメリカ独立宣言やフランス革命の「人間と市民の権利宣言」のような基本文書の中に書き込まれた人間の平等の主張に反するものであった。理論と実践の間に生じた緊張と、排除された集団による草の根運動が、リベラルな体制の進化を促し、人間の平等をより広く包括的に認めるようになった。これは、特定の人種や民族、ジェンダー、宗派、カーストないしは身分集団などの権利を明示的に制限する民族主義や宗教に基づく教義とは大きく異なるものだった。

リベラルな社会では、権利を実定法に組み込んでいるため、結果的に手続きが重要となる傾向がある。法とは、紛争の解決方法や集団的意思決定の方法を定めた明示的なルールを体系化したものだ。法は政治家が短期的な利益のために悪用できないように、政治制度の他の部分から切り離され、半ば自律的に機能する一連の司法制度の中で具体化される。これらのルールは、多くの先進的なリベラル社会において、時間の経過とともに徐々に複雑になってきた。

リベラリズムは、しばしば「民主主義」という言葉に包含されるが、厳密には、リベラリズムと民主主義は異なる原則に基づいている。民主主義とは、国民による統治を意味し、今日では、普通選挙権を付与した上での定期的な自由で公正な複数政党の選挙として制度化されている。

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【監修者】宮川涼
プロフィール早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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