免疫力を高める生活習慣(1)
眠ることは免疫力を高める
私の友人に慎重188㎝、体重110㎏を超える大男がいます。会社社長をしているこの方は、週に5日は接待のための宴会があり(コロナ前の話です)、鯨飲馬食の言葉の通り、アルコールや食事を口の中にドカドカと流し込みます。一日にタバコは30本以上吸い、運動は全くしておらず、私から見ると不健康の権化のような生活習慣と体型をもっています。
あるとき、彼から健康診断を受けた際の医師とのやり取りや結果を聞いたのですが、これが驚くことに、血圧は120/80mmHg、空腹時血糖も90mg/dl、肝臓や腎臓の検査値も全くの正常。それにこれだけ肥満体なのに、コレステロールや中性脂肪の値も全くの正常でした。また、アルコールの過剰摂取におり高くなるγ-GTP値も正常です。
おかしいなあ。生活習慣病のオンパレード、生活習慣病の叩き売りみたいな体型なのに、何の異常もない。なぜだろう。そう思っていたところ、この友人と旅行に行った時に、この人の健康の謎が解けました。
旅先で朝待ち合わせた時、眠そうな顔をして昨日は寝不足だ、9時間しか寝なかったというのです。驚いて聞き返すと、普段は毎日10時間~11時間は睡眠をとっているとの事。なるほど。つまり、この人の健康法はよく寝ることだったのです。
また以前、雑誌である有名な元プロ野球選手の食生活をはじめとする生活習慣を読んで驚いたことがありました。その方は野菜が嫌いで、脂っこいものやインスタント食品が好物なのにもかかわらず、大記録を打ち立てて、かなりの年齢まで現役で活躍をされていました。そして、この選手も1日10~12時間の長時間睡眠派でした。やはり、眠ることは免疫力を高めるのでしょう。
3時間睡眠で胃ガンになったナポレオン
我々の内臓は、我々の意思とは関係なく働いている自律神経によって調整されています。心臓や肺が正しく動き、食べると胃腸が消化活動をして、暑いと汗腺から汗が出る、などというのは、自律神経の働きによるものです。自律神経には、「緊張の神経」「昼の神経」といわれる交感神経と、「リラックスの神経」「夜の神経」といわれる副交感神経から成り立っており、それぞれがバランスを取りながら働いています。
自律神経のバランスが崩れると、免疫細胞の働きが低下して、免疫力が低下します。我々は、心身のストレスやプレッシャーを感じると、副腎髄質からアドレナリンというホルモンが分泌され、交感神経が過剰に緊張して、それが長く続くと免疫力が低下します。
睡眠中は交感神経の緊張が取れて、副交感神経が良く働き、心身共にリラックスしてきます。するとがん細胞やウイルスをやっつけるNK細胞やT細胞などの働きが活性化されて、免疫力が高まるのです。風邪をひいたり、熱を出したりすると眠くなるのも、免疫力を高めようとする身体のメカニズムなのです。
ウイルスや細菌などの病原体が体内に侵入してくると、白血球(免疫細胞)を活性化する働きのあるTNFというサイトカインが、マクロファージから分泌されます。このTNFには、睡眠を促す作用があるのです。眠らせることにより、免疫力を高めようとする身体の反応といえるでしょう。
すると、逆もまた真なりで、睡眠時間が短くなると、免疫機能が低下します。3時間睡眠で有名だったナポレオンが、52歳で胃がんでなくなったのも、睡眠不足による免疫力の低下が一因でしょう。不眠症の人は風邪をひきやすいなど、免疫力低下の症状を訴える人が多いのも頷けます。
ただ、「睡眠」といっても睡眠には、浅い眠りのレム睡眠(REM、Rapid Eye Movement)と深い眠りのノンレム(Non REM)睡眠があり、これが約90分サイクルで交互に繰り返されます。そして、免疫力が高まるのは、このノンレム睡眠の時です。睡眠によって免疫力を高めるには、深い眠りにつく必要があります。
明るい部屋では入眠が十分にできないので、就寝1時間前くらいからうす暗い部屋で過ごす方が良いですし、日中は屋外で明るい光を浴びることが、脳内のセロトニン、ドーパミンなどの快感ホルモンの分泌を促して快い睡眠へ導いてくれます。また、就寝後、体温がスーッと下がっていくときに、良い眠りに落ちることができるので、就寝前に入浴して体温を上げておくと良いでしょう。また、赤い色は興奮の色、青や緑は鎮静の色なので、寝具はうすい青や緑にするとよいでしょう。このように、睡眠は健康維持にとって極めて大切ではありますが、ただ長く眠れば眠るだけよい、といものでもなさそうな事を示す研究結果もあります。
米国のブリガム・アンド・ウイメンズ病院のナジゴ・アヤス博士は、1986年から10年間にわたり、7万1,617人の、心臓病にかかったことのない女性を対象に睡眠時間と心臓病の発生を調査しました。その結果、8時間睡眠の人の心臓病発生率を100%とすると、
・5時間以下の睡眠時間の人:182%
・6時間以下の睡眠時間の人:130%
・9時間以上の睡眠時間の人:137%
という結果が得られたそうで、「寝不足も寝すぎも心臓には悪い」と言うことを示唆しています。
寝すぎると、副交感神経の働きが旺盛になり、身体がリラックスしすぎて身体の代謝が低下し、血流も悪くなって血管(冠動脈)に血栓ができやすくなり、心筋梗塞をおこしやすくなる、と考えられます。よって、健康維持のためには昼間、ぞんぶんに仕事をして交感神経が緊張しすぎた場合、それをリラックスさせるべく、夜、十分な睡眠をとって副交感神経の働きを活性化させるという、「メリハリ」が大切ということになります。
一日中だらだらと過ごし、夜も寝すぎるようだと、かえって病気になる事もあるわけです。
ただ、寝不足が続くと免疫力が低下して病気に繋がっていくので、熟睡するコツをみていきましょう。
①早寝早起き
特に、12時以降の就寝は眠りを浅くするので要注意。
②朝の日の光を浴びる
日の光には、本来1日25時間にセットされている体内時計を24時間にセットしなおして、身体のリズムを整え、昼間の活動が十分にできるようにする働きがあります。昼間は仕事やスポーツで十二分に体を使って覚醒レベルを上げておくと夜の眠りも深くなります。
③入浴
入浴するときは、体温の低下が起こります。よって、就寝の1~2時間前に入浴して体温を上げておくと、就寝後の体温の低下も急激になって、安眠しやすくなります。ただし、熱すぎる風呂は交感神経を刺激して、興奮状態が続くので逆効果です。
④運動
日中、特に午後から夕方にかけて筋肉を存分に使う運動(散歩ほかスポーツ)を行うと、適度な疲れを誘って、体温も上昇するので(体熱を最も作っているのは筋肉)、熟睡しやすくなります。
⑤房事
房事も、身体を温めて脳内からも快楽ホルモンのβエンドルフィンが分泌されるので、精神もリラックスして、誘眠効果があります。
⑥ある程度硬い布団
ふかふかの柔らかい布団だと、身体とシーツの接触面が多くなるため、特に夏は汗をかくのでさらに、不快感が募って熟睡できません。硬い布団やタオルケットを敷いて汗を発散、吸収しやすくして眠ると良いでしょう。
⑦頭寒足熱
頭に血が上った状態では安眠できないので、健康の原則である頭寒足熱を心掛ける。冷却枕や、小豆やそばがら入りの枕がお勧めです。
また、不眠症の権威である岡山大学の森永寛名誉教授によると、「肝臓のある右季肋部を皮膚の上から温めると、睡眠物質であるLトリプトファンが増加して熟睡効果が高まる」そうです。低温やけどに気を付けて、カイロや温湿布を右季肋部に充てると、不眠症の改善につながります。
ウォーキングが免疫力を高める
明治生まれで92歳の大往生だった祖母と、幼少時に10年ほど一緒に暮らしていたことがあります。食事もご飯に味噌汁、漬物、魚くらいの粗食で、時々疲れた時に精をつけると言って、卵に酢を入れて飲んでいましたが、今の栄養学で言えば、大した栄養も取っていなかったようです。しかし、92歳で亡くなる直前までかくしゃくとしていましたし、毎朝新聞に目を通し、ボケることもなく元気に過ごしていました。
いま考えてみると、元気の秘密はウォーキングだったと思われます。祖母はとにかく元気だったのですが、唯一苦手だったのが乗り物でした。船酔いはもちろんのこと、市電や汽車にも酔い、もちろんバスやタクシーにも乗れないほど車酔いがひどかったので、買い物はもちろん、数キロ離れたとなり町に行くときも歩いていました。今でいう健康維持のための「ウォーキング」などというしゃれたものでは無く、歩かざるを得なかったのです。
私の患者さんで、169cm、75kg(71歳)の会社社長さんで、高血圧と虚血性心臓病(狭心症)で通院されている方がいらっしゃったのですが、ある時期から、血糖値がどんどん上昇し始めて、糖尿病と確診がつくほどに悪化しました。食事療法(カロリー制限)を指導しても、職業柄ほとんど毎夜宴会で、酒食の制限は不可能でした。それなら経口糖尿病薬を処方すると話したところ、薬は飲みたくないので、運動してみるのであと2ヶ月様子を見させてくださいと仰いました。
彼は、ウォーキング好きの友人を見習って、万歩計を買って毎日歩き始め、はじめのうちこそ5,000~6,000歩がやっとという状態でしたが、歩数を毎日ノートに記録していくうちに、それが励みになって、3ヶ月もすると、毎日コンスタントに1万歩のウォーキングができるようになりました。
すると、体重が7kgも減って、血糖値はおろか、以前からの血圧も正常化し、狭心症の所見(自覚症状や心電図検査の異常)もなくなってしまったのです。
マラソンの後、風邪をひきやすくなる理由
一時、健康増進のためのジョギングがブームになり、街のいたるところでジョギングをしている人を見かけたものですが、最近は少し下火になっているかもしれません。ジョギング健康法の提唱者、ジム・フィクスやクーパー博士がジョギング中に急性心不全を起こして亡くなるという事故が相次いだことも要因でしょう。
例え有酸素運動であっても、頑張る様な運動は、中高年にとっては、時として有害になることがあるようです。ゴルフ中に突然死する事故のニュースを時に耳にしますが、これも、競争心をもって頑張る気持ちが一因になることは間違いないでしょう。
よって、健康の維持や増進のためには、「軽いかな」という程度の運動、スポーツ生理学でいえば、持てる力の60%程度の運動をすることが肝要です。つまり、「運動をやりながら、イチ、ニイ、サン、と明瞭に発音できる」、または、「隣の人と談笑できる」程度の運動です。短距離走や、ウエイト・トレーニング、マラソンなどは、若い人はともかく、ある年齢に達すると、運動後にNK細胞の数や働きが急激に衰え、免疫力が低下することがわかっています。市民ランナーのマラソン後の免疫力や体調をしらべたところ、出場したグループの方が欠場したグループよりも免疫力が低下し、6倍も風邪をひきやすかった、という調査研究もあります。
しかし、「軽いかな」という程度の運動を定期的にやると、NK細胞の活性が高まり、免疫力が上がることがわかっています。ただし、軽い運動でも、2時間以上の長時間の運動は免疫力を低下させることも確かめられています。
数々の研究を総合して鑑みると、「30分くらいの運動を週3、4回、楽しみながらやる」というのが一番健康に良いようです。「楽しい」と感じる時は、脳から会館物質のβエンドルフィンが分泌され、NK細胞を活性化させることも分かっています。こう見てくると、若い時に激しい運動をした力士や野球、レスリング、バレーボール、サッカーなどの選手が、必ずしも健康長寿を保っているわけではない、という理由もよくわかります。
その点、ウォーキングには沢山の効能があります。
ウォーキングの効能
①下肢や腰など下半身の筋肉や骨を強くし、老化を防ぐ
②下半身を強化することにより、下肢、腰の毛細血管を増加させ、血圧を下げる
③呼吸・循環器系の適度な刺激となり、肺や心臓の働きを強化・促進する
④体温が上昇することにより、脂肪や糖分の燃焼が促進され、肥満、高脂血症、脂肪肝、動脈硬化、糖尿病の予防・改善に役立つ
⑤体温上昇により、NK細胞、好中球、マクロファージなどの免疫細胞の働きが活性化し、免疫力が高まる(あらゆる病気の予防・改善になる)
⑥足・腰に存在する抗重力筋(ふくらはぎ、臀筋、背筋)が鍛錬されることにより、脳が刺激を受けて、ボケ防止になる。
⑦カルシウム代謝が促され、骨粗しょう症を防ぐ
⑧気分を爽快にし、ストレスを解消させ、睡眠をよくする
⑨自律神経の働きをよくする
⑩肝血流量がおよくなり、肝機能値が改善する
それでは次に、症状別の効果的な歩き方を見ていきましょう。歩くことによって予防できることや、笑い、アルコールの効果についてもご案内します。コラムの続きはこちら
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【監修者】 | 宮川涼 |
プロフィール | 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。 |