ヨガの心理的効果

1.ヨガとは

インダス川流域の5,000年まえの遺跡から,ヨガ行者のようなあぐら姿勢で座っている人物像が彫られている印が発掘されています。このことから,インダス文明の時代には,ヨガ行者が社会で認知されていたと考えられています。このように,ヨガははるか昔から行われていましたが,それは一般社会のなかではなく,厳しい訓練を受けたヨガ行者によって,ヒマラヤ山中の厳しい環境のなかで行われていたものであったと考えられます。近年になって,ヨガは,おもに先進国において,一般人の健康法として急速に実践されるようになってきました。たとえば,米国の調査では,1998年時点で米国民の 1,500 万人がヨガを経験したことがあるとみられています。

2.ヨガの身体機能への影響

1)身体への弛緩効果

ヨガには,緊張した身体をリラックスさせる効果があると分かっています。ヨガ呼吸法にもとづいた循環瞑想(Cyclicmeditation)は,単なる横臥休息と比べて,酸素消費量と呼吸数が低下し,呼吸量が増加するため,より高いリラクゼーション効果があることが示されています。また,いくつかの研究によって,ヨガの実践によって辺縁脳と反射脳が沈静化したことが確認された。この変化は,ヨガによって意識の集中または平穏がもたらされたと考えられる結果であった。

2)ヨガの身体機能への効果

リラクゼーションは人間の身体に好影響を及ぼしますが,ヨガによって身体機能が向上することが,多くの研究で観察されています。ある研究では,ヨガインストラクターらは,免疫機能指標であるNK細胞とT細胞系の機能が一般成人よりも高いことがわかっています。また,実験では,ヨガ実践歴5年以上の成人女性10名が,安静15分,ヨガ呼吸15分,回復安静30分の,計60分間のレッスンを行い, その間の身体機能指標の変化が測定されています。その結果, 30 分間の回復期に,神経機能,内分泌機能,免疫機能の活動が高まり,レッスン開始時点よりもレッスン後のほうがそれらの機能が増進したことがわかりました。

このように,ヨガによって心身のリラクゼーション効果が得られるとともに,筋肉増強,血行改善,ホルモン分泌機能と免疫機能が改善することが,多くの医学関連の研究から明らかになっています。

3)ヨガの身体的疾患への治療効果

ヨガは内分泌機能や免疫機能など重要な身体機能を活発にするため,特定の身体的疾患に対する治療効果があるといわれています。ヨガによる治療効果として,卒中患者における手足の運動機能および失語症機能の症状の改善,ぜんそく患者におけるヒスタミン反応性の増加,てんかん患者における身体機能の向上,膝関節のリューマチ患者における体の柔軟性と筋力の増加ならびにQOLの向上などが確認されています。

3.ヨガの心理的機能への影響

1)心理的健康感を向上する効果

ヨガは,心理的健康にも好影響を与えることが,多くの研究で示唆されている。海外の研究では,ヨガ,水泳,コンピューター授業などの活動(週1回90分,1年間)に参加した女性教師147名を対象にして,毎週の活動前後の気分の変化を調べました。その結果,ヨガ,水泳などの参加者たちは,コンピューター授業の参加者たちにくらべ,状態不安(stateanxiety)も主観的な心理的健康感(subjective well-being)も有意に改善していました。また,国内での研究では,女性外来に通院する女性患者 22 名を対象にして,ヨガセッションの前後の心理的変化を,Profile of Moods States(POMS: McNair et al.,1992)によって測定しています。その結果,「緊張―不安」「うつ―落ち込み」「怒り―敵意」「疲れ―混乱」の下位尺度得点が軽減するとともに,彼女たちの8割以上が,「リラックスできた」と回答したそうです。これらの結果は,ヨガの心理面における短期的な改善効果を示すものです。

Olkin(1986)の研究では,妊娠している女性たちが,子宮の胎児に意識を集中してお腹をふくらませたりへこませたりしながら,ゆったりとヨガの深い呼吸をしたところ,胎児に対して暖かいつながりの気持ちを育むことができたことが分かっています。また,Matsudaetal.(2007)では,生後1か月から15か月までの乳幼児をもつ母親たちがヨガクラスに参加し,その前後での心理状態の変化がPOMSによって測定されました。母親たちの心理状態は,「緊張―不安」「うつ―落ち込み」「怒り―敵意」「疲れ―混乱」の4つの下位尺度において向上していました。これらの研究は,乳幼児のケアという重い負担をもつ母親たちの心理的健康に,ヨガが役立つことを示唆するものです。

2 )強迫神経症,不眠症,過敏性大腸症候群への治療効果

Shannahoff-Khalsa(2003)の実験では,12 名の強迫神経症患者からなる実験群が,12 か月にわたってクンダリーニ・ヨガを実践しました。10名の強迫神経症患者において,同じ期間にBenson(1975)によるリラクゼーション・レスポンスと,Kabat-Zinn(1990)によるマインドフルネス瞑想を実践しました。すると,実験群のほうが,症状の向上度が有意により大きく,ヨガには強迫神経症の症状を軽減する効果があることが観察されました。

Khalsa(2004)の研究では,慢性的な不眠症に悩む20名の成人たちが8週間にわたってヨガを毎日行ったところ,寝床に入ったまま眠れない時間の長さの平均は,ヨガ開始時の 2.6 時間から,8週間後には1.9時間に減っていました。睡眠時間は 5.4 時間が 6.0 時間に増え,さらに,睡眠の質についての 5 段階主観評定は,2.7から 3.0 に向上していました。この結果は,慢性不眠症患者たちの症状の重さと長さをかんがみるとき,目覚しいものだといえるでしょう。Kuttneretal(.2006)は,過敏性大腸症候群という,不安と緊張が原因となって腹痛や下痢を起こす疾患をもつ11歳から18歳の思春期男女28名を,ヨガを行う実験群と,とくに何の実験操作も行わない統制群に分け,ヨガの効果を検証しました。実験群の青年たちは,ヨガ・ビデオにしたがって4週間にわたって毎日,家庭でヨガを行いました。その結果,実験群の男女は統制群の男女よりも,IBSによって生活に支障をきたす程度である「機能的障害Functional Disability(Walker & Greene, 1991)」,および不安が低下していたことが分かりました。このように,ヨガは思春期男女の IBS の緩和に効果があることが観察されているのです。

3)精神科患者への治療効果

Lavery et al.(2005)は,精神病棟の入院患者113名(気分障害38%,統合失調症および関連疾患32%,境界例人格障害8%,適応障害4%,その他18%)を対象に,ヨガの効果を検証しました。被験者たちは毎週,およそ 45 分間のヨガ・クラスに参加した。そのクラスは,優しく体を伸ばすゆっくりとした動きのなかで,さまざまなポーズをとりながら身体の感覚と呼吸に注意を集中するものでした。クラスは毎週何度も開催され,被験者たちは何回でも好きなだけ参加することが許されました。被験者たちは毎回のクラスの前後にPOMS に回答し,気分の変化が測定されました。その結果,被験者たちは,「緊張―不安」「うつ―落ち込み」「怒り―敵意」「疲れ―混乱」の4つのPOMS下位尺度において気分が向上したということがわかりました。気分の変化を,被験者の性別と病名別に検討したが,いずれも違いはありませんでした。このことから,精神科入院患者たちの性別,病名にかかわらず,ヨガの気分向上効果が認めらました。同様に,Platania-Solazzo et al.(1992)は,精神科入院病棟の40名の少年・少女たちを対象に,週2回,60分のリラクゼーションクラスを取り入れました。すると,自己報告による不安は著しく軽減し,気分が向上しました。また,リラクゼーションクラスのあとは,彼らの不安そうな行動が減少したことが,スタッフたちによって観察されています。

4)集中力に問題をもつ少年・少女への治療効果 ヨガが,注意欠陥・多動性障害(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder; ADHD)の少年・少女たちに効果があることも,観察されている。Harrisonetal.(2004)の研究では,ADHD の診断を受けた子どもたちとその親(父親または母親のいずれか)が,クリニックでの週 2 回のヨガ瞑想クラスに参加するとともに,家庭で 6 週間にわたって毎日瞑想を行いました。ADHDの精神科薬を投与されていた20 名の子どものうち,11 名について薬の量が減ったし,さらに,参加した親の92%は,ヨガ瞑想が子どもに効果があったと答えました。Pecketal.(2005)は,教員らから「集中力に問題がある」として相談された小学校 1~3 年生の子どもたち10名(うち7名が女子)を対象に研究を行いました。子どもたちは家庭で,子ども向けの 30 分間のヨガ・ビデオを見ながら,週 2 回の頻度で 3 週間にわたってヨガを行いました。そして,子どもたちの集中力の変化を,被験者の子どもが,学校において教師と視線を合わせていられる時間,および学習課題に取り組んでいるときにその課題を見ている時間,として測定しました。また,同じ時期に,とくに集中力に問題のない子どもたちを対照群として選び,実験群の子どもたちと比較しました。すると,対照群の子どもたちの集中力は実験期間中変化がなかったのに対し,実験群の子どもたちの集中力は有意に向上しました。さらに,その向上の度合いについて Cohen(1992)のeffect sizeを算出したところ,学年によって1.51~2.72の値になりました。これは,Cohenが提案した目安によると,「大きな効果」の範囲に入る変化でした。クスマノ(1990)は,ヨガについて,「感情と気分に良い影響を与える。正しい呼吸によって体の中の感情の流れはよくなり,ストレッチングによって筋肉の緊張感はとかれ,よりよい気分状態になる」(p.156)と主張しており,多くの研究が彼の主張を支持しています。

このようにヨガを行うことは心理学的にプラスの高価があることが様々な研究でわかっているのです。

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【監修者】宮川涼
プロフィール早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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