ヨガについて

ヨガを実践していらっしゃる方々の中でも、伝統的なヨガの成熟した精神の全体像を知る機会が少ないかも知れません。美容や健康のためにヨガを生活に取り入れている方にも、その歴史や成り立ちについて興味を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。こちらでは、いつも触れているヨガ、これから初めてみたいと思っているヨガの精神的哲学的基礎や、ヨガの歴史や伝統、そして様々な流派がどのような考えに基づくのか等について、少し詳しくご紹介してまいります。

 

修行としてのヨガ

ヨガには様々な流派があり、様々な流派がそれぞれ独自のヨガの取り組みをしています。それらの異なる取り組みも、いずれも1つのある同じ目的の為にあることで一致しています。その、どのヨガにも共通する目的とは、ヨガの修練を通して修行者が、低いレベルにある自分や自我をより高い次元に引き上げることです。最終的な精神的実現についての解釈は本当に人や流派等によって様々ですが、そのような違いも、根本的には同じテーマ「精神の鍛錬」、に収斂されます。その同じ1つのテーマとは、「日々の生活や、接する世界に対する認識および関わりなどから、修行者を引き上げること」です。

このテーマは果たしてどういうことでしょうか。私たちがどのように物事を捉えるかによって、どのように物事と関わるかが変わっていきます。そしてそれら物事との関わり方が、逆に今度は私たちの物事の捉え方に影響を与えていきます。このように、私たちの考え方や行動や、態度や行いには密接な関係があります。

例えば、ある状況に対して大きな不安を感じると、人は逃げるか戦いを挑むでしょう。サンスクリット語の文献に、ロープを蛇と勘違いして逃げ出す人の逸話があります。また万が一、子どもが本人に危害を加えようと近づいてきた見ず知らずの人をいい人だと誤って判断してしまうと、例えそれが致命的なことになりかねない過ちだったとしても、子どもはその人を信頼して受け答えをしてしまうでしょう。これを、その人の世の見方に置き換えると、世を憂う人と楽観的に世を見る人とでは、全く異なる振る舞いをすることでしょう。

物質的な生活も、心身から得られる喜びも、いずれも限定された一時的なもので究極的に満たしてくれるものではないということを真に理解出来れば、我々の行動も変わってくるはずです。幸福とは神経系やそれを興奮させる刺激などとは全く異なるもので、これが全てのヨガに共通した非常に重要なメッセージです。たえまない幸福の探求は、自分が本当は何者であるのかを理解した時に初めて達成されます。それを理解してこそ、心身と自我、そして日常生活に象徴される世界の地平を超越した「自己」に目覚めることが出来るのです。こうしたことが、ヨガという言葉に込められているのです。

 

次にヨガという言葉を見ていきましょう。

ヨガ

ヨガは、サンスクリット語で広い意味で使える一般的な単語です。サンスクリット語で「ヨガ」とは、単純な「結合」という意味から、「チーム」、「群れ」、「接合」まで、様々な意味を持っています。元々「ヨガ」という言葉は、「引き具を付ける」「くびきで繋ぐ」「訓練をする」「装備する」「固定する」という意味を持つ動詞語根yujから派生しています。

男性のヨガ実践者はヨギー、女性の実践者はヨギーニと呼ばれます。また、ヨギーやヨギーニの同意語にヨガを知るもの(yoga-vid)、ヨガに従ずる者(yukta)、という言葉もあります。また、ヨガの師(yoga-yuj)と同じ意味に、ヨガの王(yoga-raj)、もしくはヨガの支配者・王(yogendra(yogaとindraをあわせた語))、という言葉もあります。

ヨガの語源であるyujはyogaとyukta以外に、くびきで繋ぐ事を意味する古サンスクリット語、yugaを産みました。Yugaとは文字通り牛にかける「くびき」や、長年にわたる苦役や負担を意味する語です。Yugaがヒンドゥー教がいうところの、たえまなく回転して歴史を作り出す、世界の4つのサイクルを表す語にあてあれたのは、この長年にわたる苦役や負担の意味においてかも知れません。

ヒンドゥー教では、現代に生きる私たちは、世界の最終段階、カリ・ユガにいるとされ、そこでは精神も道徳も最も衰退するとされています。カリ・ユガとは、突発的な大変動によって人類が一掃され、世界が終焉を迎える「暗黒時代」となります。その後、新たなる黄金時代が始まり、4つのサイクルが再び繰り返されるとされています。

(ヒンドゥー教では、現在のカリ・ユガの時代は人間の文明によって人々が神から遠ざけられて、霊的な堕落を引き起こしているとされ、暗黒時代と呼ばれています)

 

ヨガという言葉は、英語のyoke、ドイツ語のJoch、ラテン語のiugumのように多くのインド・ヨーロッパ言語と密接に繋がっており、全て同じ意味を表します。精神的な文脈において、「ヨガ」には2つの重要な意味があります。「結合」と「鍛錬」です。そしてヨガという言葉が使われる殆どの場合、この2つの意味をともに含んでいます。例えば、ディアーナ・ヨガは瞑想の結合的鍛錬、サンニヤーサ・ヨガは放棄の結合的鍛錬、カルマ・ヨガは自己超越的行動の結合的鍛錬、クリヤー・ヨガは儀式の結合的鍛錬、バクティ・ヨガは愛と帰依の結合的鍛錬、という意味です。

 

結合とは?

 

それでは上で言う「結合」とは何を意味するのでしょうか。それは内的葛藤を感じることなく、世界との調和の中に生きられるようになるまで意識とエネルギーを単純化する、鍛錬的方法論を意味しています。より明確には、多くのヨガの流派が目標としていること、つまり意識的に自己と結びつくことによって、自分の本質や自己(アートマン、プルシャ)を実現するに至ることを指します。そうした自己理解の仕方は、自己が全ての現象の気を成す唯一究極の「実存」であるとしる、非二元論者の理論に与する教えの特徴です。

しかし、二元論の流派では、異なる認識が優性です。その代表はラージャ・ヨガ、もしくは古典ヨガとして知られている、パタンジャリの「ヨガ・ダルシャナ」(ヨガの視野と体系)です。パタンジャリにとってのヨガのプロセスとは、究極の実在との結合と言うよりはむしろ、自我からの分離(ヴィヨガ)、もしくは断絶です。しかし、最終的な結果はいずれも同じです。精神修行者が自我の超越に成功すれば、その人は同時に「自己」、もしくは「精神」を理解することになるからです。

 

ヨガは宗教?神秘主義?

 

それでは、ヨガは宗教や神秘主義の1つなのでしょうか?ヨガの伝統は広大かつ複雑なため数多くのアプローチが実存し、外から見れば互いに矛盾している者さえあります。そのためこの問いにすぐ答えを出すことは不可能で、代表的なものに以下のような流派があります。完全な放棄(サンニヤーサ)を支持する流派、この世の義務的仕事を正しく実行することに固執する流派、複雑な儀式を好む流派、方法論のない自発性(サハジャ)を解く流派など。

宗教的で手の込んだ儀式、寺院崇拝、宗派としてのまとまりなどを必要とするや、神秘主義的で、個人の解脱や瞑想に力を入れた流派もあります。しかし、どの流派にも共通に当てはまるのは「精神性」です。ヨガはインド独自の精神性で、数多く存在する流派といえでも全て同じ起源を持っており、五千年もの長い歴史を共有しているのです。

これは例えるなら、一本の木からたくさんの枝が伸びているのに似ています。一見すると相反するようにさえ見える、各流派の持つ様々な要素は、考えと実践の根本のところで全て繋がっているのです。事実、流派間には理論や実践において重なる部分が多くあり、たいていの場合、そこには僅かな差異があるだけです。また同じ流派内でも様々な考えが存在します。なぜなら講師ごとにそれぞれ独自の経典解釈と固有の経験があり、それらを元に独自の理論を発展させるからです。そうしたヨガの流派を結びつける者は何かというと、それは全てを包括する目標、即ち自己実現です。

 

ヨガの師たちはこの自己実現を様々な言葉を使って説明しています。それらの一部を下にご紹介します。

 

・解放(モークシャ、ムキティ、アパヴァルガ、カイヴァルヤ)、

・覚醒(ボダ、ボダーナ、ボーディ、ジャグラクト)、

・智慧(ジュナーナ、ヴィドゥヤー、プラジュナー)、

・独立・自由(スヴァタントゥルヤ)、完全性(シッディ)、解脱(ニルヴァーナ)

 

また、ヨガの立ち人体によって認識された究極の実在にも様々な名称があります。

・至高(パラ)

・至高自己(パラマ・アートン)

・至高物(パラマ・アルタ)

・完全性(ブラフマン)

・存在(サット)

・非存在(アラサット)

・知覚・意識(チット、チッティ、チェタナ、サムヴィッド)、

・至福(アーナンダ)、

・神(デーヴァ)

・女神(デヴィ)

・主(イーシュ、イーシャ、イーシュヴァラ)

・無限大(アーナンタ)

・豊かさ(ブルナ・ブルナタ)

・空(くう)(シューンヤ、シューニャタ)

・光(ジヨティス、ブラカシャ)

・不死(アムリタツヴァ、アマーラタ)

・未生(アジャ)

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【監修者】宮川涼
プロフィール早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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