ヨガをする際に学びたいインド哲学

インド哲学の核心を分かりやすく語ること。固有名詞を羅列するのではなく、専門用語に依存するのでもなく、全般的な概説をするのでもない。いにしえのインド人たちが何をどのように考えてきたのかを、ヨガに興味を持った人なら誰にでも分かるように語ること。これが本記事の目的です。

01 インド哲学の始まりと展開~ヨガをする際に学びたいヨガ哲学

本論に入る前に、まずここで、古代インドにおいて、哲学は、いつ頃、どのようにしてはじまったのかということを考えていきましょう。この世界で「哲学」そのものがはじまったのは、紀元前6世紀~紀元前5世紀頃のギリシアであるとされます。皆さんも社会や世界史などで学んだことがあるでしょう。万物の根源(アルケー)を水とといたタレスなど有名かも知れません。ただ、「哲学」ということを、「世界と人生とについての理性的な自由な反省」(野田又夫『哲学の三つの伝統』)というような大きな意味で捉えると、そのような活動は、古代ギリシアだけではなく、インドと中国でも同じ頃に起こっていたということができるでしょう。そして、よく言われることですが、そこに見られるのは「神話的思考」から「哲学的思考」への移行です。神話は、神々の所行や世界の始まり、人間の誕生について語るものである。世界に関わる事柄を神々の仕業に結びつけて説明するのが神話的思考で、インドにおいても「ヴェーダ」や「ブラーフマナ」といった文献には、神話的思考が明らかに見て取れます。これに対して哲学的思考とは、世界の背後に、普遍的な原理の働きを認め、抽象的な概念と論理的な言葉の使用によって世界の成り立ちを説明しようとするものであるということができるでしょう。

では、インドにおいて、そのような哲学的思考はいつ頃始まったのでしょうか。インド最古の文献である『リグ・ヴェーダ』は、紀元前1200年頃に完成したと言われています。ちなみに、古代インドの文献に関していえば、その成立年代が確かなものは一つもありません。多くは相対的に決定されているだけだということを覚えておいてください。さて、この『リグ・ヴェーダ』は、全部で10巻からなる千余りの詩編の集成です。そこに含まれる詩の多くが神々に捧げられたもので、長い時間をかけて完成に至りました。ヴェーダには、その他に『サーマ・ヴェーダ』『ヤジュル・ヴェーダ』『アタルヴァ・ヴェーダ』の3つがあるがありますが、最後の『アタルヴァ・ヴェーダ』が、紀元前1000年頃に成立されたとされています。それに続いて、「ブラーフマナ」や「アーラニヤカ」と呼ばれる文献群が成立してきます。これらはヴェーダ祭式の規定の説明や解釈を内容とするもので、ときに哲学的要素が見られるが、その思考はまだ神話的なものといってよいでしょう。これに対して、ヴェーダ文献の最後に位置する、それ故、『ヴェーダーンダ(ヴェーダの最後)」とも呼ばれる「ウパニシャッド」文献では、宇宙の原理や人間の本質についての探究が見られ、インドに於ける哲学的な思索のはじまりをそこに見いだす専門家もいます。ウパニシャッド文献の最古層に属する『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』や『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』の成立は、前六世紀頃までであるといわれており、仏教やジャイナ教が興り、古代インドが新しい思想的状況を迎える直前のことであったと考えられています。

02 『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』第六章

さて、ここでインド哲学の始まりについて考えていくために、ここでは『チャンードーギヤ・ウパニシャッド』第六章を取り上げることにしたいと思います。この章は「お前はそれである(タット・トヴァム・アシ)」という古来有名なウパニシャッドの文句(大文章と呼ばれます)を含むこともあって、これまでも数多くの研究者によって論じられてきました。そこで語られる内容は、先にも触れたように神話的思考段階から哲学的思考段階への移行を示すもので、インドに於ける哲学の始まりであるといわれたこともあります。ウパニシャッドを代表する思想家には、ヤージュニャヴァルキヤとその息子シュヴェータケートゥの対話として展開されています。全体は16の節から成っており、その内容について、通常は第一節から第七節までの前半と、第八節から第十六節までの後半の二部に分けられて論じられることが多いのですが、哲学的思考と言われるものがどのように表れてくるのか、本記事ではその表現にも注意しながら読み解いていきたいと思います。

ウッダーラカの教示

(1)それによっては、いままで聞かれなかったこともすべて聞かれたことになり、いままで考えられなかったことも考えられたことになり、いままで知られなかったこともすでに知られたことになる、あのアーデーシャをおまえは(師匠に)訊ねてきたか。

ウッダーラカの息子シュヴェータケートゥは、ヴェーダを学ぶために12歳で師匠の下に弟子入りし、12年間ですべてのヴェーダを学び終えて、意気揚々と父親の元に帰ってきました。その息子に父が放った言葉がこれです。世界の全ての現象を表すことができるたったひとつの数式を見付けるために、現代の物理学者たちは格闘してきました。もちろん、古代のインドにはそんな物理学もなかったし、法則を数式で表すという観念もなかったでしょう。しかし、世界のすべての現象を根源的にとらえることのできる言葉あるいは原理を手に入れるという望みを持つ者は、今から2500年前のインドにもいたに違いありません。この世界の様々な現象を、単に神々の個々の仕業として語るのではなく、その世界を動かしているひとつの原理ーたとえそれが「神」と呼ばれたとしても、その神はもはや神々のうちの神ではないだろうーや普遍的な法則によって説明しようと人がしたときに哲学が始まるのであれば、ヴェーダのこの言葉は、確かに息子を哲学へと導き入れる始業のベルとなるものであっただろう。しかし、鼻をへし折られたシュヴェータケートゥは戸惑うばありである。「そのアーデーシャとやらはいったいどんなものですか。尊敬すべき父上よ」と息子は問い返すより他なかった。この「アーデーシャ」が意味するところについては、これまで数多くの論考がなされ、様々な訳語が提示されてきました。もともとの意味は「教示」です。ただ先の文章を見ても何か特別な意味をもった語であるようにも思えます。

ここでの「アーデーシャ」の具体的な内容については、いまから見ていく文章の中で、ウッダーラカによって幾度も説明することになるから、その中で、確認できるでしょう。「アーデーシャ」の特別な意味に関して、どのような訳語が与えられてきたといえば、ウパニシャッドに特徴的に見られる考え方である<根源的一者と現象界の諸事物との同一化>との関わりでこの語を捉えて、「等値」「同値」「同置」あるいは「代置」または「代置法」さらには「神秘的同一化の原理」とか「置き換えの原理」といった文脈上の意味を考慮した訳語が与えられてきました。ただこれらの訳語で見えにくくなってしまっているのが、まず抑えておきたいのが、この語が、言葉による言明を含意していることです。つまり、ある原理的な事柄について、「それは~である」とそれと具体的な事物を結びつけて等値的に言葉によって明示すること、置き換えることが「アーデーシャ」なのです。

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【監修者】宮川涼
プロフィール早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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