はじめて学ぶヨガ哲学~エクササイズとしてのヨガを超えて(3)

16 自分を分析し、理解するヨガの瞑想

『ヨーガスートラ』には「サンミャク アネーナ プラカーレーナ ニャータ イェーナ サハ サンプラニャータ・サマーディ」と書いてあります。これは、「それによって確かな知恵を理解することができるもの。それがサンプラッニャータ・サマーディ(事実を理解するための瞑想)。物事を正しく分析し、理解することによって深まる瞑想です。」という意味です。「私がいる。存在する。世界がある。物事が存在する」。「いる」「ある」「存在する」。言葉の表現はそれぞれあっても、意味に違いはありません。自分と世界は、存在という根源のベースにおいて、1つの同じ真実である、と知ることがこの瞑想の鍵です。分析に基づいて、自分を理解し、真実を確かに知るための瞑想がサンプラッニャータ・サマーディ(事実をはっきり理解するための瞑想)です。サンプラッニャータ・サマーディには4つのステップがあります。

ステップ1:ヴィタルカ・サンプラニャータ・サマーディ(物質的な世界と自分を見分ける瞑想)。世界にある物は、肉体も含めて、物質でできています。物質は、いつも私によって知覚される物。物質は、いつも私によって知覚される物。物も、他人も、肉体も、外の世界の物であっても、本当の自分自身ではありません。物も、他人も、肉体も、物質でできています。物質は、いつも私によって知覚される物。物も、他人も、肉体も、外の世界の物でもあって、本当の自分自身でありません。肉体と自分自身、この2つをはっきり見分けるための瞑想です。

ステップ2:ヴィチャーラ・サンプラッニャータ・サマーディ(感覚と自分自身を見分ける瞑想)。感覚、呼吸、体の状態は、いつも私によって知られます。私たちは自分の感覚も体の状態も知ることができます。感覚と、自分自身の違いを理解するための瞑想です。

ステップ3:アーナンダ・サンプラッニャータ・サマーディ(経験、心の状態を見分ける瞑想)。感情も、考えも、心の動きです。心はすべて私によって観られています。本当の私は、心の動きを観ている存在。心に映った経験を知る存在。自分と心を見極めるための瞑想です。

ステップ4:アスミタ・サンプラッニャータ・サマーディ(自分は経験のすべての中心だと理解する瞑想)。自分自身を深く知り、納得するための瞑想。本当の自分自身は、どの経験にもあり、変わりゆく世界、変化する体、感覚、心にありながら、そのどれにも限定されない存在ということが分析された後、自我意識ではない、本当の自分自身を理解するための瞑想がこの段階です。

そもそも、私たちは、普段「自分」と思っているのが何なのでしょうか。肉体、呼吸、五感、心、経験が自分なのでしょうか。ヨガの哲学では、これらはすべて変わりゆく物であって、本当の自分ではないといいます。本当の自分は、これら5つの変化を観て、5つを経験する者。変化する物の中にありながら、どんなことがあっても変化しない存在が自分自身。変化する物のすべてを「本当の私」だけが、変化することなく観ています。その変わらぬ存在の自分を指し示す言葉があります。インドの聖典にはさまざまな「真実の自分」を指し示す言葉がありますが、ヨガを学ぶ上で抑えておきたい代表的な言葉は「プルシャ」「アートマー」「ブラフマン」「サット・チット・アーナンダ」です。

17 ヨガを通して分析を終えた後の瞑想

アサンプラッニャータ・サマーディ(分析を終えた後の瞑想状態)について、『ヨーガスートラ』では、心の静寂さの原因である自分自身を分析する瞑想を繰り返した後、アサンプラッニャータ・サマーディが起こります。しかし、この瞑想でも、心に刻まれた過去の潜在的な記憶は残ります。本当の自分を知るために、体、感覚、心、自我意識という移り変わる物は自分ではないことを分析し、自分自身の理解に至る4段階の瞑想がサンプラッニャータ・サマーディ(事実を理解するための瞑想)でした。そして、このサンプラッニャータ・サーマディは事実を分析し、変わることはない真実とは何か、自分自身とは何かを確かめるための瞑想です。4段階のサンプラッニャータ・サマーディを練習することで、真実の分析は終わります。

その後に現れるもう1段階深い瞑想が、アサンプラッニャータ・サマーディ(分析を終えた後の瞑想)です。自分自身とは何者なのか。肉体、感覚、心の変化を観ている存在である自己に対する分析を終え、分析した事実を深める瞑想です。しかし、この段階でも、瞑想は経験、体験に他なりません。体験や経験は、真実の理解のきっかけとなり、大事な気づきを与えてくれますが、あるとき、ある場所で起こる現象に過ぎません。体験は、在るとき始まり、いつか変わり、必ず終わり、時間と場所と条件に限られる物です。

一方、人間の真実には、始まりも終わりもありません。深い瞑想を体験したとしても、人を生死の輪廻につなぐ原因のカルマのサンスカーラ(記憶)は残ります。サマーディは、輪廻から人を自由にすることが目的ではなく、あくまで心を静めるための練習です。輪廻から自由になるには、自分の無知を取り除く知恵を完全に確立するとのことです。サマーディは、自由であり続ける自分を理解する行法の一つだとパタンジャリは言います。

18 ヨガの瞑想を深めて行く

サンプラッニャータ・サマーディ(事実を理解するための瞑想)は、4つの段階で究める瞑想として説明されました。ここから『ヨーガスートラ』では、サマーディに至る存在たちが説明されます。どういった質を持つ存在がサマーディに至ることができるのかを教えてくれます。そこで、パタンジャリは、生まれつきサマーディに至る質がなくても、今回持った人生で意志と努力で瞑想ができる質は獲得できるといいます。そのためには、何が必要なのでしょうか。見極めをもって、開かれた素直な態度で、熱心に努力し、怠ることなく、何度も楽しみながらエネルギッシュに、ヨガと瞑想を続けることでサマーディは可能になります。

全体の生活と生きる姿勢を、好きなこと、快楽をくれる物、気分が欲する物を追いかけるような生き方から、自分にとって必要な物を選び、必要な努力を身につけ、不必要な物から離れる生き方に変えながら、ヨガと瞑想を続けることが有効です。目的を見据えて、まっすぐに努力を続ける生き方をすれば、たとえ生まれつき瞑想の質を持っていなくても、サマーディは成し遂げることができる、とパタンジャリは言っています。

(1)生まれつき深く瞑想できる存在

生まれながらに、深い瞑想が自然にできる質を備えているのが、天使や地上を治める神々です。前者は、ヴィデーハ(天使たち)と呼ばれ、聖典によれば、意志と努力でなるべくして特別な存在になったといいます。彼らは天使になる前、人間として生まれたときに善いカルマ(行い)やタパス(精神的修行)を重ねることによって、プンニャ(高い徳)を積み。今回特別な体と能力を得ました。過去の修行と行いによってスムーズにサマーディに至る質を持ち合わせた存在です。後者は、プラクルティラヤ(自然界の神々たち)と呼ばれ、ヴィデーハ(天使たち)よりも研ぎ澄まされた知性と力を持つ存在です。彼らもまたその地位を人間であったときに、努力と意志で手に入れました。天使たち同様、カルマ(行い)やタパス(精神修行)に加え、たくさんのウパーサナ(瞑想)をした結果が、彼らを神々の地位へ登らせたとされます。

(2)努力と練習で瞑想を究める

ヴィデーハやプラクルティラヤではなくとも、意志を努力でヨガの練習を重ねることでサマーディは達成されるといいます。天使や神々以外の人々が、ウパーヤ・プラッティヤ・サマーディ(努力によって瞑想に至る人々)と呼ばれます。こうした人々には、シュラッダー(シュラット:真実をダダーティ:与える)といわれる『ヴェーダ』の教える知恵が事実であるとし、真実として受け入れることができる態度を持ち、ヴィールヤ(熱心さ、活力)とされる知ることや瞑想することの大切さを理解し、毎日繰り返し練習できること、そして、スムルティ(忘れることなく、継続して続ける根気と忍耐)と呼ばれる三つの態度をしっかりと持っていなくてはならないとされます。

このように、特別な才能や生まれつきサマーディに至る質がなくても、心を集中し、諦めずに何度も練習することで、誰もが必ずサマーディに至ることはできるとパタンジャリは考えます。心を一つに集中し、自分のやりたいこと、成し遂げたいことの優先順位を明確にし、一番大切なことに時間とエネルギーを惜しみなく注ぎ込むことができると、瞑想は成功するとされています。もし今回の人生で、ヨガを達成したければ、ヨガの練習や瞑想を、毎日の生活に組み込み、在る一定時間、途切れなく、繰り返し集中して練習すると、必ずサマーディに近づくといわれます。

どんなことも、たった一度の練習や実践で、うまくいくという人はいません。成功している人は、よく1000時間、10000時間という膨大な時間を成功のために繰り返し練習したと言います。瞑想やヨガも同じです。1度や2度、瞑想でうまくいかないこともあるでしょう。いや、10度も20度もあるかもしれません。しかし、それでも諦めず、毎日ヨガの練習を続け、情熱をかけ続けていれば必ず成功します。次のスートラは、ヨガと瞑想の達成を望む人たちは、熱心な気持ち、真剣さ、実際の練習によってどんな風な進み方をするのかについて記されています。

19 ヨガで深い瞑想に至る

サンスクリット語では、「ムルディ マッディヤー アディ マートラヴァートタトーピ ヴィシェーシャハ」と書かれています。これはサマーディに至るスピードは、練習の熱心さによってゆっくり、ほどほど、早くとスピードに違いがあるということです。パタンジャリは、ヨガと瞑想の達成には、熱心さや理解の深さによってゴールに至るスピードが変わると言います。自分が達成したいことを鋭く見極め、ヨガの練習にすべてのエネルギーと時間を傾けることができる人は、それだけ速いスピードで達成します。もっとも速くヨガを達成する人をアディといいます。

次に、そこまで優先順位をヨガにおいているわけではないけれど、それでも毎日ヨガと瞑想の練習を続けている人は、それなりのスピードでヨガを達成できるとされます。この人たちは、マッディヤー(ほどほど)の速さで心の静けさを達成できるといいます。そして、まだ何が本当に大事な事か、心が揺れて定まっていなければ、ゆっくりと理解が進み、練習が深まり、ムルドゥ(ゆっくりしたペース)で、ゴールが達成されるといわれるのです。

また、ヨガのゴールである「心を収め、自分を知るサマーディ」は、繰り返しの練習と見極めに加えて、もう一つの秘策があります。たとえ生まれつきサマーディの才能が無くても、すべての時間とエネルギーをヨガや瞑想の練習に注ぎ込むことができなくても、繰り返しの練習や見極めの他に、イーシュヴァラ・プラニタニ(自然の摂理を深く理解すること)で深いサマーディを得ることはできるというのです。それは、自然界全体でも今も動かし続けている摂理(イーシュヴァラ)を理解することです。そして、小さな自我や苦悩を作り出す自我意識を大きな摂理へ向け開け放つことです。

イーシュヴァラは、すべてを統率する、司るという意味で、私たち一つ一つの命を生み、維持している秩序に対して、プラにダーナ(完全に近くにある存在に捧げること)することで、個としての自分、あれこれ悩み苦しむ小さな自己を開き、自然界の調和に自分だけの小さな世界、こだわりを解放することで、人は恐れを手放し、深く穏やかに瞑想することができるようになります。

穏やかな心で、確かな自分を知ることで、ヨガのゴールである悩まず、苦しまない強く自由な自分であり続けることができるのです。思い込みやこだわり、そこから生まれる個人的な偏見や苦悩、過去の出来事の残像も後悔も、不確かな未来の不安も、実体のない考えの一つでしかありません。考えはあるきっかけで現れ、変わり、流れ、やがて消える物、そんな考えに苦しみ、暗く支配されていることはありません。心は浮き沈み、動き回る考えでできています。心を客観的にみて。、きちんとケアして扱うことで、心の支配から自分を自由にすることができます。

心を収める瞑想をするためには、何を自分は治めようとしているのか。まずは知ること。つまり、心の性質をよく観ること。一人だけで勝手に抱え込んでいる考えや勝手な見方を放ち、小さな自我を大きな摂理に傾け、広い視野で物事を見ること。俯瞰した視野を持てば、広くありのままを知ることができるとパタンジャリはいいます。自分の目の前にあること、今をそのまま受け止め、うまく受け流せば、恐れや不安、苦悩の原因から自由になります。自分を生かす自然を理解することで、人は悩みの種を世界に預け、自分だけの狭く窮屈な悩みの世界から抜け出すことができます。それがヨガの成功の方法です。

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【監修者】宮川涼
プロフィール早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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