チョムスキーとソシュール-認知システム vs 社会的結晶

チョムスキーはその登場と共に言語学において多大な影響力をもった。ムーナン(2001)はチョムスキー思想が1970年代の若い言語学者らにある問題をもたらしたと指摘する。すなわちチョムスキー学説についての態度決定ということが、その後のキャリアを左右しかねない大きな問題であったということであり、「王道を歩むか、それとも袋小路で行きづまるか、その分かれ目」(ムーナン 2001; 221)であった。チョムスキーの研究目的とそれが現代言語学に及ぼした影響について、その主要著作の多くを翻訳してきた福井直樹は次のように述べる。

言語研究において一九五〇年代に起こった根本的変革——いわゆる「チョムスキー革命」――は、言語学という分野の主要な研究対象も、その研究方法も、そして何よりこの分野の最終目標を抜本的に変化させた。ノーム・チョムスキーが提起した「生成文法の企て(The Generative Entreprise)」は、言語学が対象とすべき「言語」とは人間が普遍的にもつ生物学的特性としての「言語能力(言語機能)」であると主張し、物理学を中心として練り上げられてきた近代科学の方法をもってしてこの言語能力の本質を真に説明する説明理論を探究することにより、「人間の本性(human nature)」とも呼べる概念(思考、創造性、自由)に対する根源的なレベルでの科学的理解を目指す知的試みであった。(福井 2020: 2)

ここにチョムスキーの功績の要点は非常に簡潔にまとめられている。確かにチョムスキーの生成文法理論は特に英語圏において絶大な影響力を持ち、それがゆえに多くの批判も受ける。例えば社会言語学の分野を打ち立てた人物のひとりとされるW.ラボフは、チョムスキーの理想的話者・聴者(ideal speaker-hearer)の概念とそれによる内観的な研究に対して社会的コンテクストの中でのフィールドワークの必要性とそこから得られる言語の社会的性格の重要性を主張した。あるいは生成文法の内部でも、統辞論と意味論との領域を明確に区別するチョムスキーに対して、R.ラネカーやG.レイコフは統辞論と意味論が連続したものであることを主張し「生成意味論」として新たな局面を開き、さらには認知言語学の分野確立の中心的役割を果たすに至る。

確かにチョムスキーは「言語学」の対象・方法・目標を「抜本的に変化させた」のであり、人間の本性の科学的理解を目指した。しかしながら、上で括弧にくくった部分、チョムスキーが「抜本的に変化させた」「言語学」とは何か。そこに含まれる研究者にソシュールは含まれるべきなのか。含まれるならば、言語論の「コペルニクス的転回」と称されるインパクトを与え特にフランス語圏では「現代言語学の父」と評されるソシュールの影響はわずか半世紀も経たないうちにさらに大きく変化してしまったのか[1]。ソシュールとチョムスキーを比較する上で、まずはチョムスキーの仕事をより詳細に確認する必要があるだろう。

チョムスキー革命-チョムスキーが変えたもの

チョムスキーの生成文法理論の発展は、『生成文法の企て』の「訳者による序説」[2]によれば大きく3つの期間に区別されるという。第一期は生成文法の誕生を告げたとされる『統辞構造論』Syntactic Structure (1957年)に始まり1960年代半ば頃までであり、生成文法の扱う基本問題や方法論が展開され認知科学の一部としての言語学の位置づけが示された。この時期には「文法を形式的規則系として提示することにより、生成文法は、フンボルト等の思想に内包されていた人間言語に関する洞察を厳密な科学的主張として現代に甦らせた」のであり、この形式性が他分野の研究者の注目を集めたとされる(チョムスキー 2011b; 38)。この期間はいわばI言語[3] Internalized languageが対象となっていた。Chomsky(1986)によれば「I言語とは、その言語を知る人の心の或る要素であり、学習者に習得され、話者-聴者speaker-hearerによって用いられる」(Chomsky 1986; 22)のであって、「暫定な経験の仮説tentative empirical hypothesisとして、われわれはI言語を、経験によって提示されることで固定されるところの、或る種の規則体系であり、普遍文法UGに許容される選択の特定の実現になるものだと理解されるだろう」(Op. cit.; 46)とされる。言語機能language facultyを心的器官mental organとするならば、その器官は「一次言語データprimary linguistic data」という刺激によって成長し、生まれながらに備わる「初期状態initial state」から「安定状態steady state」へと至ることで言語が獲得される。I言語とは安定状態に至った言語であり、それについての理論が「(個別)文法」とされ、対して潜在的に様々な成長の可能性を持つ初期状態についての理論を「普遍文法」と呼ばれる。

生成文法の第二期は1960年代中頃から1980年代が相当し、言語機能の一般理論としての普遍文法構築が目指された。個別文法と普遍文法とは同一の心的器官の成長段階の違いであることは上でみた。したがって、段階の初期状態が人間に普遍的であるのに対し、安定状態の方は多様性を持つ。そして「言語獲得に関する諸事情に基づいて、普遍文法が、(個別)文法の在るべき姿を規定する」(チョムスキー 2011b; 11)ことになる。この両者の関係に対しての研究が、原理(普遍文法)とパラメータ(個別文法)モデルに結実・定式化する。

さらに、1980年代からチョムスキーは「普遍文法の単純化・簡素化を行ない、同時に、普遍文法で設定されている諸原理を、さらに一般的な原理から導き出そうとする試み」(Op. cit.; 40)に着手し、90年代初めに経済性原理などを中心とする「極小性minimality」のモデルを立て、Minimalist Program (1995年)によって極小主義が提案される。これ以降を生成文法の第三期と理解される。

生成文法の発展を概観してきたが、このような発展の中、例えば用語や述語は新しいものが使用され、また理論においても新たな理論に旧来の考え方が上書きされるという頻度は高かっただろう。しかしながら、チョムスキーの思想の芯ともいうべきもの、言語とは何かという研究対象は一定である。そして、ここにはチョムスキー理論のひとつの土台が見出されている。すなわち言語が生得的であるという仮定である。普遍文法という語に新しい意味を与えることで、その理論的基盤の重要な要素としたチョムスキー。こうした基盤、すなわちチョムスキーにとっての言語という対象の内実を明らかにしなければ、ソシュールとの比較検討はできない。その基盤は言語の生得性に加えて言語使用の創造性が挙げられるであろう。以下には生成文法の発展における第一期、すなわちチョムスキーの出発点から問題意識の原点と生成文法の理論化をより具体的に確認する。

スキナー及び行動主義心理学批判

チョムスキーは、L.ブルームフィールドに代表されるアメリカ構造言語学[4]の領野でZ.ハリスの指導を受け、当初は強い影響を受けていた。ライアンズは、「彼[=チョムスキー]の初期の見解が<ブルームフィールド学派>のなかで形成されたことはもちろん、もしハリスのような学者によって彼のために下準備がなされていなかったとしたら、チョムスキーがあのように言語学の専門的進歩に貢献することはほとんど不可能だったであろう」(ライアンズ: 34)と評価する。しかし、ブルームフィールド学派の記述言語学は行動主義心理学の影響を受けており、ラネカー(1970:10)によれば「外から見ることができるあらわな行動だけが心理研究の確実な証拠だという疑似科学的な学説」であって「音体系に力点をおいて意味や統辞論のより抽象的な領域を無視する傾向を強化した」という。そうして人間の言語、特に言語習得に関してすら、刺激と反応によって説明しようとする姿勢に疑問を抱くチョムスキーは、構造言語学と袂を分かち、自らの生成文法理論を展開するのである。B.F.スキナーの『言語行動』Verbal Behaviorに対する書評論文は、そうした行動心理学批判とともにチョムスキーの言語論の一部が明示されている。

チョムスキーの理論、いわゆる生成文法理論の誕生は1957年の『統辞構造論』(Syntactic Structures)によると言われる[5]。当時のマサチューセッツ工科大学の情勢についてムーナン(2001; 222)によれば「情報理論、論理学、数学、心理学、サイバネティクス、それに加え、忘れてはならないものとして、当時の学問の交差点的な調査研究とも思われる自動翻訳の研究が、互いに隣り合い、存在していた」という。当時はA. チューリングに限らずC.シャノンやJ. フォン・ノイマンによって情報理論の基礎が成立した時期であり、シャノンの著作を引用してそれを「初歩的な言語理論」(チョムスキー 2014; 21-32)とする『統辞構造論』が当初の論敵と見ていたのは情報理論であったと推察される。この情報理論批判は言語を機械的繰り返しで再現しようとすることへの批判である。

対して、1959年のLanguage誌に発表されたB.F.スキナーの著書に対する30ページ以上に及ぶ書評論文は、生成文法理論が行動主義心理学behaviorist psychology理論と対峙し、その乗り越えを図るものであることを宣言するものであった。

チョムスキーは書評論文の冒頭で「非常に多くの言語学者及び言語に関心のある哲学者らが、彼らの研究が行動主義心理学に提供された理論枠組frameworkに埋め込まれるかもしれず、特に意味meaningが関係する扱いにくい調査範囲がそのやり方で実りある探求へと展望が開けるだろう、という希望を述べている[6]」として当時の言語研究に対する行動主義心理学の影響力の大きさに言及している。そうした中で「言語行動」を行動主義心理学の理論枠組に埋め込もうとするという意味でスキナーの著作は「注目されるに値し、かつ間違いなくされるであろう」と予測を立てる。それゆえにチョムスキーはスキナーの「言語行動」論を批判するのである。

スキナーの方法は、動物実験で得られたところの行動をコントロールする諸変数を特定し、それらを人間にも応用することで特定の言語による反応を決定するためにどのように諸変数が相互作用するかを詳述するという「関数分析」‘functional analysis’の方法で言語行動を説明しようというものであった。チョムスキーにとってこの『言語行動』の行き着く先は「話者の物理的環境を調査および操作することによって言語行動を予測・コントロールする方法を提供すること[7]」と理解された。

しかしながら外的要因から言語行動を説明することに対して、人間が刺激に対して自分の行動を組織する内的構造の知識を考慮した言語の記述も可能であるはずである。

行動の決定において外的要因と内的構造のどちらが相対的に重要であると考えるかは、言語(あるいは、他のあらゆる)行動に関する研究の方向性に大きく影響し、また、動物行動の研究からの類推としてどのようなものが人間行動の研究に対し有意義あるいは示唆的であると考えるかという問題にも重大な影響を与えるのである。(Chomsky 1959; 27=124-125)

確かに行動主義心理学の方法は、餌を得るためにレバーを押すというラットのオペラント行動[8]のような制限・単純化された環境での実験に対しては有効であるかもしれない。しかし「発話の合成と産出は、単に外部刺激と言語内連想の制御下で起こる一連の反応をつなぎ合わせるだけではないこと、また、発話の統辞組織は、発話自体の物理的構造の中に単純な形で直接表示されるようなものではないこと」(Chomsky 1959; 55=172)を認識しなければならないというのがチョムスキーの主張である。スキナーらの行動主義心理学やブルームフィールド学派に代表されるアメリカ構造言語学が言語行動を反応と刺激という「外的要因」に還元して人間と独立した現象として観察したことは、先に見た情報理論と同様に人間言語を機械人形が操る反復行動と見ることにさほど変わりがない。対して、チョムスキーは言語を人間の「内的構造」すなわち心/脳を対象としなければ統辞組織は明らかにならないという立場をとっているのである。

人間に内在的なものとしての言語

チョムスキーが言語に見出そうとする内的構造とは、生成文法の発展過程で確認したI言語や普遍文法、それらの理論化等であるが、それらは全て人間自体に内在する心的なものであると理解される。チョムスキーは心について論じることは「脳をこの機能と構造の抽象的なレベルで論じること」(チョムスキー 2004; 6)と同じであると仮定して、心/脳の「認知システム」を扱おうとする。

脳のシステムが、ある種の分化していないネットワークに過ぎず、生物界において特殊なものであるということはおそらくないであろう。むしろ、どのようなレベルで研究を進めるにしても、相互に作用し合うシステムからなる複合体の中で特定の性質をもち、特定の位置を占めるいくつかの下位システムが脳に見出されることが予想される。(チョムスキー 2004; 8)

チョムスキーはこの「下位システム」の中に「知識や信条、理解、解釈に関するシステムであり、それぞれが機能と構造に関する諸原理を有するがゆえにシステムと見なされるもの」(ibid.)として「認知システム」を同定しようとする。このシステムが「言語習得装置linguistic acquisition device」とされる「心的器官」であり、「器官」すなわち抽象ではあるが脳内における心的諸要素のうちで独立した対象として理解される。チョムスキーはこの「心的器官」の研究を「認知心理学cognitive psychology」と呼ぶ。こうした心/脳の認知システムの研究が心/身問題として哲学の問題として理解されてきたことに対し、

より一般的に言えば、デカルト派の人々は次のように論じる。動物も含めて機械の動きは、部分の構成と外的な環境によって完全に決定されるが、人間の行動は能力の範囲内で自由であり、決定されておらず、なおかつ一貫性があり、[状況に]適切である。デカルト的な言い方をすると、機械の部品があるやり方で組み立てられ、ある特定の環境に置かれれば、その機械はある特定の仕方で反応することを「強制」される。しかし、同じような条件下で人間はある反応をするよう「誘発され、気持ちが傾く」ことはあっても、強制されることはない。人間は誘発され気持ちが傾いたことをしばしば行っているかもしれないし、常にそうしているとさえ言えるかもしれない。したがって行動の統制や予測は、少なくとも統計的には不可能ではないかもしれない。しかしそれでは本質的な点が常に見逃されてしまうであろう。すなわち、われわれは能力の範囲内で異なった選択をすることもできたことを知っているという点である。(チョムスキー 2004; 12)

機械と人間とのこの差異が身体と心とを明確に区別する基盤となり、物体の相互作用の様相に限定されたデカルト力学(接触力学)に基づく身体に対するその範囲に含まれない「コギト」すなわち心が仮定され、デカルト派は心/身問題を定式化することができたとチョムスキーは理解する。この心の領域で最も際立った現象が「言語使用の創造的側面creative aspect of language use」なのである。チョムスキーの行動心理学批判もこのデカルト派の立場からの批判であるということが出来る。人間の言語行動をオペラント行動から説明しようとしたスキナーの人間観そしてその基盤となる経験主義的な人間観は、人間を環境に対する反応で説明しようとするがゆえにそれを機械として理解しているに同じであり、対してチョムスキーは人間の言語使用が学習のみから説明され得ない(それであればこれまでに聞いたことの無い文をなぜ妥当な文であるか否か判断できるのか)という事例から批判し、『デカルト派言語学』においてそうした合理主義的言語観の系譜をたどって、人間の心的側面の研究の正当性を主張したのである[9]

もちろん『デカルト派言語学』は思想史的な批判は避け得なかった。チョムスキーはデカルトとポール・ロワイヤル文法を軸としながら、そこにG.ヘルダー[10]やシュレーゲル[11]、フンボルト[12]らをまとめている。そうしたやり方をAarsleff(1982; 101-119)は思想史的に正面から批判し、また糟谷(1998; 138)は「チョムスキーが書いたのはほんとうの意味での言語思想史ではなく、生成文法の学問的正統性を主張するための宣伝文書であると考えたほうが、その本の意図を正確に理解できるだろう」として、そこに見出される様々な思想家の中でも生得的な普遍文法を仮定する生成文法理論が実は18世紀の文法家ボーゼBeauzéeの言語神授説との親和性を指摘する。

いずれにしても、チョムスキーは「心についてのデカルト理論は今まで事実上疑われたことがなかった」として、「崩壊したのは身体についてのデカルト理論の方」、つまり「接触力学」はニュートンにより乗り越えられ、「ニュートン以降の科学においては物体に関するデカルト理論は基本的に放棄された」(cf.チョムスキー 2004; 14)と主張する。ただし、デカルトの心身二元論がその力学の範囲を超える現象に対して力学以外の説明を求めていることは正当だとし、「彼らの探求は、物体に関する形而上学に深く関わっていたため、誤った方向をたどった。だが、それ以外の点では、その形而上学的二元論は彼らが発見した問題に対する合理的なアプローチであった」(チョムスキー 2004; 61)と評価する。対して現代の二元論は、ニュートン以降もはや絶対的な物体の概念は無くなり、物理学では物理世界における諸現象を説明するあらゆる概念を含む「ある種の認識論的二元論」であり「自然科学の方法によって心/身問題に取り組むことを拒むもの」(チョムスキー 2004; 62)だということになる。「したがってわれわれは、もはやある現象が「物体」の領域外に属するかどうかを首尾一貫して問うことはできない。ただ、「物体」についての現在の概念が当該現象を説明するのに適切かどうかを問うことができるだけである」(チョムスキー 2004; 14)。

したがって心/身問題は「接触力学」の古典的述語で心-物体の問題に定式化することができず、だからと言って現代において新たな概念によって定式化できるわけでもなく、むしろ「拒むもの」となっている。チョムスキーの仕事は心の現象の研究と、それと結びつく物理的機構の確定という、心的現象を自然科学に関係付けることを問題としているといえる。

人間言語は認知システムの一つであり、人間の心/脳において独自の特性と原理によって同定される一つの部門である。この仮定の下では、言語学は認知心理学の一部、究極的には人間生物学human biologyの一部であることになる。より具体的には、人間がもつ心/脳の「心的器官」の一つが言語機能language facultyであり、それによってさまざまな具体的な現れ、すなわち個々の人間言語が実現すると仮定する。たとえば、英語は言語機能の一つの可能な現れであり、日本語はまた別の現れである。(チョムスキー 2004; 16)

このように認知システムとして人間言語を理解し、人間の心/脳に含まれる心的器官のひとつとして言語機能を理解すること、それを通して現れるのが多様な諸言語であるとするのがチョムスキーの認知心理学としての言語学である。そして、こうしたチョムスキーの言語論を成立させた土台の一つがデカルトに由来すると言われる「言語使用の創造的面」であった。

以上、見てきたように、チョムスキーはアメリカの構造言語学を出身としながらも、そこにおける機械的かつ後天的な言語観による研究では「言語使用の創造的面」が扱えないために袂を分かち、自らを「デカルト派」と位置付けて生得的な普遍文法に基づいた「合理主義的」言語論としての生成文法を展開していった。この潮流は言語学から心理学、情報科学、脳科学など多様な分野にまで影響を拡大したのである。

チョムスキーのソシュール批判

さて、チョムスキーの言語は生得的かつ創造的使用を可能とする言語機能であり、それは習得段階に応じて普遍文法と個別文法に区別されることが確認された。この時点において文法性はソシュールのラングに関連するかもしれないが、創造的使用という側面はむしろパロールに関連するであろうと予想される。チョムスキーは「言語理論の現在の問題点」(1964年)において、生成文法が「ラングと呼びうるものを定義」し、話し手や聴き手は「この装置を使用する」とラングと生成文法とを結びつけており、「ラングの研究(更にはラングを記述する生成文法の研究)が論理的に優先するという古典的なソシュール式の仮定は、全く当然であると思われる」と述べている。しかし、その後に出版される『デカルト派言語学』(1966年)において、チョムスキー自身は基本的にデカルト派という立場をとりフンボルトらの系譜にあるとする。対してソシュールに関しては、ブルームフィールドを筆頭にホケット、パウル、イェスペルセンらと共に言語使用の創造性を「類推」に帰することで「人間言語に関するデカルト的観察を真剣に扱うことを逸した」(チョムスキー 1976; 17, 74)近代の言語学者のひとりとして扱われている。

さらにチョムスキーはその後の著作において多数のソシュール批判の言説を繰り返すのであるが、その論点を2点取り上げてみたい。

1.理論における文の位置がラング/パロールの間で定まらないという批判:cf.チョムスキー 2008; 2-3、チョムスキー 2011a; 308-309、チョムスキー 2011b; 56

2.ラングは要素の分類原理でしかないという批判:cf.チョムスキー 1972; 18、チョムスキー 2017; 37, 119

1の批判が明確に示されたのは『自然と言語』(チョムスキー 2008)の冒頭での批判であろう。

『講義』のある箇所では、にべもなく「究極の句型である文は、…ラングではなくパロール(parole)に属する」と述べながら、この一節の直後にパロールの定義に再度言及し、「話す主体が、自身の考えを表明する観点から、ラングの規約を利用した組み合せ方法[を含む]…意志と知性の個人的行為」とパロールを定義している。要素の組み合せの自由が文を特徴づけ、その自由こそが「パロールの特性」なのである。しかし他方では、「規則的な形式に基づいて組立てられたすべての句型、…規則的パターンに基づく一群の単語、一般様式と合致した組み合せ方法は、パロールではなく、ラングの属性に帰する必要がある」と述べている。「しかし句に関しては、集団による共通使用という基準で区分されたラングとしての事実と、個人の自由に基づくパロールとしての事実の間には、明瞭な境界が存在しないことを容認する必要がある」(p.173)。というわけで『講義』での結論としては、統語法はラングとパロールの中間に位置するということになりそうだ。このように見解がぐらつく原因は明瞭である。統語法の規則的な特質が明らかであるとはいえ、20世紀初頭のこの理論言語学者ソシュールには、思いどおりに扱える精密な手段がなく、自然言語の統語法が許容する「規範的パターン」の驚くほどの変種の数々を表現できなかったのである。(チョムスキー 2008; 2-3)

ここでチョムスキーが引用する『講義』の箇所では、ラングの共時的考察から導かれた連辞関係rapport syntagmatiqueが俎上に載せられている。チョムスキーはそうした辞項を並べて作られた文がラングに属するかパロールに属するかに関してソシュールが「明瞭な境界」を設定できないことを「[生成文法のような]精密な手段」の欠落に起因するとしている。

ここでまず指摘すべきは、ソシュールが「統辞」によって何を意味しているかである。もちろん「単語は、パロールの連鎖上で、連続的に配置される。時間的広がりを基礎とするこの組み合わせは「連辞」と呼ぶことができる。したがって連辞はいつも、2つまたはそれ以上の連続する単位により構成される」(ソシュール 2016; 172)という定義を示すことができる。この連辞の概念は単語に加えて語群やあらゆる複合的単位に適用される。その連辞が集団の使用によって固定化されればラングの辞項として扱われ、対して個人が自由に組み合わせている段階ではパロールとなる。そしてどれだけ使用されれば集団に十分利用されたか(ラングに導入されるか)を定める基準が無いということをラングの事実とパロールの事実との間に「明確な境界はない」としているに過ぎない。だからこそ最後の「その単位を作るためには、さまざまの要因が競合してきたのであり、それぞれがどの程度の割合だったのかを決定することは不可能」(ソシュール 2016; 175)、つまり当該の統辞形式が集団的か個人的かを決定することは出来ないという結論につながるのである。そしてチョムスキーはソシュールが「「文」という概念を適切に位置づけること」(チョムスキー 2011a; 308-309)ができなかったと指摘するが、それはできなかったというよりもソシュールの関心が統辞という辞項間の関係を差異という説明以上に明確化することよりも、共時的体系としてのラングとその構成要素としての諸辞項そのものに向いていたと考えるべきであろう。対してチョムスキーの生成文法にとって言語機能の現れとしての「統語法」は重要なものである。両者は求めている言語が異なるのである。

次にラングは分類原理でしかないという批判を扱おう。例えば以下のようにチョムスキーは批判する。

ソシュールは、ホイットニーと同様(おそらくはホイットニーの影響によってであろうが)ラングを、基本的には文法上の特性をもった記号の貯え、つまり、語のような要素、慣用句そしていくつかの限られた句の型の貯えとみなしている(もっとも彼の「言語の機構」mécanism de la langueというかなり不明瞭な概念が、これ以上のものを意図していた可能性がないわけではない)。(チョムスキー 1972; 18)

こうした要素を扱うことがソシュールの言語学であり、それは古典文法からの単なる文法的タクソノミーの系譜であって、言語を人間の外にリストとして構成するだけであって、実際の文法による創造性などは扱えないというのである。ここもまた上記の見解の相違ということで片が付くだろう。そもそもソシュールは人間の創造的行為という偶発的で個人的なものはラングに含まない。それを欠陥だというのであれば、それは生成文法というフレームから見た場合にのみそうなるのである。

この二つの批判からみられる両者の根本的相違は指摘されるべきであろう。つまりソシュールがラングに求めるのはあくまでも体系としての状態なのであって、チョムスキーのように人間の創造的言語使用を見るという視点に立っていない。ソシュールはあくまでも社会的結晶としてのラング、そしてその内実が対象なのである。対して言語の創造的使用を重視するチョムスキーだが、それによって使用されるものがまさにソシュールの求めるラングではないだろうか。すなわちソシュールは人間がラングを実際に使用するプロセスを(それはパロールの言語学として可能性が予告されていたのではあるが)理論化することはできなかった。対してチョムスキーは言語を人間に生得的な能力であるとみなして、その

使用という側面での文法を重視する。しかし、いくら普遍文法が生得的であるとしても、それをI言語として実現するには一次言語データが必要となり、全くの無から人間が言語を利用できるようにはならないのは生成文法理論でも認めるところであった。言語起源論を別にすれば人間が言語を利用できるようになるのは、それ以前の世代が継承してきた社会的結晶としてのラングがあるからであろう。チョムスキーとソシュールという言語学に革新をもたらした二人の巨人は、一方が他方を乗り越える関係ではなく、一方が他方の視点を補完するような相補的関係であると理解する方が生産的なのではないだろうか。

[1] 『一般言語学講義』(1916年)によりソシュールの言語論が世に出てから、生成文法理論が誕生を告げたとされる『統辞構造論』(1957年)の登場まで41年である。

[2] チョムスキー 2011; 1-41

[3] ブルームフィールド学派らや行動主義心理学者らは、行動actionsや発話utterancesあるいは意味と対になった言語形式linguistic forms(語や文)の集合のように、または言語形式や言語事象のシステムのように、言語を看做す。このように心/脳の特性と独立して理解された言語をE言語Externalized language呼ぶ。(cf. Chomsky 1986; 19-20)

[4] アメリカの構造言語学はヨーロッパの構造言語学とは一般に別ものとされる。「すべての言語にはそれ特有の文法構造があり、各言語に適した記述の[文法]範疇を発見することが言語学者の課題であるという見解」(ライアンズ:26)がアメリカ構造言語学であるとするならば、ヨーロッパの構造言語学はソシュールの体系概念に由来し、言語(ラング)を成す諸要素の共時的構造とその特性を明らかにしようというものであるといえよう。

[5] Cf. チョムスキー(2014): 325

[6] Chomsky 1959: 26=123

[7] Ibid.

[8] スキナーは動物行動を、特定の刺激に対する純粋な反射的(受動的)反応としてのレスポンデントに対して、対応する刺激が無い自発的な反応をオペラントに区別し、後者を強化・反応・刺激という概念を用いて説明する。(cf. Chomsky 1959; 28-29=127)

[9] このチョムスキーの仮説はスキナー自身からの反論を受けなかったこともあり、アメリカの言語学界において行動主義心理学の影響下で展開されたブルームフィールド学派(構造言語学)を生成文法が上書きするに至った。しかし、チョムスキーの言語生得説は批判を受けなかったわけではない。Cf. Piaget 1969; 68-81

[10] Ex.「二つのデカルトの検証(言語の所有、行動の多様性)は、ヘルデル(Herder)によって、彼の言語の起源についての懸賞論文において、独創的に関連づけられる。」(チョムスキー 1976; 18)

[11] Ex.「言語使用の創造的側面についての関心はロマン主義の時代を通じて、語の十全な意味における真の創造性という一般問題に連関して存在する。「芸術論」Kunstlehreにおけるシュレーゲル(A. W. Schlegel)の言語についての評言は、そのような展開を特徴的に表現している。」(ibid.; 21)

[12] Ex.「人間言語の本質的、定義的な特徴としての言語使用の創造的面にデカルト派が与えた強調は、一般言語学の包括的な理論を展開しようとするフンボルトの試みのうちに最も強力な表現を見出す。」(ibid.; 25)

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