なぜ腹筋をしてもお腹が凹まないのか②
どのくらい運動をすればよいの?
それでは、実際にどのくらいの有酸素運動を行えば、効果があるのでしょうか。(前編『なぜ腹筋をしてもお腹が凹まないのか①』はこちら)
1つの判断基準として、アメリカスポーツ医学協会では1日30分の運動を推奨しています。20分以上続けて有酸素運動をしないと脂肪は燃えないと聞いたことのある方も多いでしょう。しかしこの説は今ではほとんど聞かれなくなりました。
20分以上運動しなくても、今このように座って文章を読んでいる時も私たちの体の中で脂肪はエネルギーとして使われて行きます。人間の主なエネルギー源は「糖質と脂質」です。こうして読書をしている時も、運動をしている時も、脂質と糖質は同時に使われてるのですが、それぞれがどのくらいの割合で使われているのかは運動強度によって左右されます。ウォーキングであれば歩くスピードや坂道などの勾配がそれにあたります。
実は読書をしているような安静時など、運動強度が低い場合ほど脂質がエネルギーとして使われる割合が多くなります。そして、激しい強度の高い運動になればなるほど糖質が使われる割合が多くなります。安静時は消費するエネルギーの80%程度を脂質でまかないますが、ウォーキングなどの有酸素運動では50%程度です。
それならば、ウォーキングなんかしないでじっとしている方が体脂肪が減るのではないか、と考えてしまいますよね。ところが、残念ながらそうはいかないのです。
確かに安静j胃の方が脂質の使われる割合が高くなるのですが、ウォーキングに比べると全体の消費カロリーが低くなってしまうのです。
実際に計算してみていきましょう。
平均的な成人男性が安静時に消費するカロリーは1日約1,800㌔calです。そのうちの80%が脂質で賄われているので、 1,800㌔cal ×0.8=1,440㌔calの資質が1日に消費されます。
1時間当たりに換算すると 1,440㌔cal ÷24時間=60㌔calです。食事からとる脂質のエネルギーは1グラム9㌔calなのですが、体脂肪は1グラム7.2㌔calなので、60㌔cal÷7.2㌔cal≒8.3グラム。つまり安静にしているだけの場合、1時間当たり約8.3㎏の体脂肪が減少するという計算です。
ではウォーキングの場合はどうでしょうか。速度等にもよりますが、例えば30代成人男性・体重65キロの方が分速90メートル(時速5.4キロ)で1時間行った場合の消費カロリーは約339㌔calです。この339㌔calの約50%が脂質で賄われているので、安静時と同様に計算していくと、339㌔cal×0.5≒170㌔cal、170㌔cal÷7.2㌔cal≒23.6グラム。すなわち安静時の約3階近くの体脂肪が減少すると言うことが分かります。
運動時は安静時に比べて脂質が使われる割合は減るけれど、時間ごとに消費するカロリーが多いので、体脂肪を多く減らせるのです。当然、ランニング等更に強度の高い運動であれば消費カロリーも多くなるので、5倍・6倍とより多くの脂肪を燃焼し減少させることができます。
では強度をどんどん上げていけばよいのかというと、そうとも限らないのが難しい所です。あまり強度を上げすぎてしまうと今度は息が上がってしまい長時間行うことができないため、結果、総消費カロリーがあまり増えずに効率が悪くなってしまうからです。
体感的な尺度として、効率的に脂肪を燃焼できる、適度に負荷があってある程度の時間継続して行うことができる運動の目安は、「ややキツイ」と感じる強度、「息が弾むぐらい」の強度であると一般的には言われています。
このように安静時にも脂肪は燃焼しカロリーが消費されています。20分以上運動を継続しなければ脂肪が燃えないというわけでは決してありません。さらには、20分間運動を継続するのと、10分間の運動を2回行うのとでは、実は脂肪の燃焼量に大差ないと言うことも明らかになってきました。
と言うことは、推奨される1日30分の運動とは、朝会社の最寄りの一駅手前で降り10分歩いて会社へ行き、昼休みに少し遠い所まで10分歩いてランチに行き、帰り買い物がてら10分歩いて帰宅すると、小分けの30分でも速度が同じであれば30分連続してウォーキングするのと消費するエネルギーの量は変わらないことになります。20分以上続けて運動をしないと脂肪が燃焼しない、そんな時間はないから運動ができないという言い訳は、通用しないのです。
腹筋運動で痩せない訳
腹筋運動をする場合、皆さんは果たしてどれだけの時間動き続けることができますか?また、ウォーキングの様な有酸素運動とどちらの方が長時間動き続けることができますか?
有酸素運動という言葉を聞くと、無酸素運動という反対の言葉を思いつく方もいらっしゃるかもしれません。実は腹筋運動は、無酸素運動のように思われるかもしれませんが、正確に言うと有酸素運動に分類されます。100メートルダッシュなど、短時間で大きなパワーを出すようなハードで瞬発的な運動に限って、エネルギー源を主に脂質から摂る無酸素運動に分類されます。どんな運動でも継続して数をこなせば有酸素運動になるのです。完全なる無酸素運動、つまり酸素がエネルギー代謝に全く関与しない動作というのは、日常生活ではほとんどあり得ません。腹筋運動であっても連続して行えば、立派な有酸素運動になります。
しかし、腹筋運動という動作を分析すると、腹直筋というごく小さな筋肉の身に重力という負荷を与えて動かしていることが分かります。たった一つの筋肉の身に負荷をかけ続ければ、すぐに疲労して動かなくなってしまいます。
ウォーキングを例に見て見ましょう。歩くときは、もも周りや臀部、ふくらはぎなど沢山の大きな筋肉を動かします。それに対して腹筋運動を続けて行えるのは、人にもよりますが、せいぜい20回ぐらい、時間にしても1~2分程度でしょう。それに対してウォーキングはより多くの時間、より少ない疲労で動かし続けることができるのです。
お相撲さんは内臓脂肪が無い?
力士はあれだけ身体が大きいのに、またあれだけ沢山の食事をしているのに、CTスキャンで腹部を輪切りにして見ると、想像するほど内臓脂肪はついていないそうです。力士は毎日6~7時間も稽古を行うそうです。これは『なぜ腹筋をしてもお腹が凹まないのか①』でご紹介したマウスの実験のように、過剰にエネルギーを摂取しても6~7時間も稽古で動き続けるので内臓脂肪としてほとんど蓄積されず、皮下脂肪としてたまるからだと考えられます。もちろんあの体型とパワーを維持するための筋肉も相当必要でしょう。筋肉と皮下脂肪であれだけ大きな体を作っていると言うことです。
しかし筋肉が多いと言うことは、基礎代謝量も多く当然皮下脂肪も落ちてしまいやすい訳で、それに負けないだけ食べなければならないため、食べるのも稽古のうちといわれるのでしょう。もちろん、毎日力士のように6~7時間も運動をしましょうと言っているのではなく、力士ほど沢山食べているわけではないので、そこまで運動を行う必要はありません。
太るしくみ、痩せるしくみ
脂肪がつく(蓄積される)仕組みは簡単です。摂取カロリーが消費カロリーを上回ると、余分なカロリーが内臓脂肪や皮下脂肪といった体脂肪として体に蓄積される。それだけです。
摂取カロリーと消費カロリーが同等、つまりエネルギーの収支が適正であれば太らない。消費カロリーが摂取カロリーを上回れば、その分体脂肪がエネルギーとして使われて減少する、つまり痩せる、というわけです。
人間の消費エネルギー量の内訳は以下の通りです。
基礎代謝:約60%
身体活動:約30%
食事誘発性熱産生:約10%
上記はあくまでも一般的な内訳ですが、このように基礎代謝が過半数の割合を占めています。ちなみに基礎代謝とは呼吸や体温維持、内臓の働き、細胞の再生などの新陳代謝で使われるエネルギー、つまり何も活動しなくても生きているだけで消費されるエネルギーの総計です。
身体活動には仕事や家事などの日常生活、スポーツ、トレーニングなどが含まれます。前述の通り、痩せるためには消費する量が摂取する腸を上回る必要がある訳で、それを実現するためには、消費エネルギーを増やして摂取カロリーを抑える、この2つの策を講じなければなりません。
腹部の筋肉を鍛えても基礎代謝量はそれほど上がらない
消費カロリーを増やすには、基礎代謝と身体活動による消費量をそれぞれ増やせばよいわけです。
最近は昔に比べてあらゆるものが便利になった反面、身体を動かす必要が減ってきています。そして年齢とともに経済的な余裕が出てくれば、タクシーを使う様になったり、車を所有したりと、さらに身体活動は減少していきます。今はクリック一つでお米が家に届く時代です。全く家から出なくても食べて生きていくことができるのです。
それは裏を返せば、生活スタイルの一つ一つを見直していくことで、改めてスポーツを始めなくても、身体活動によるエネルギー消費量を増やすことができると言うことです。例えばタクシーを使わずに電車と徒歩にする、エレベーターを使わずに階段を利用する、ネットショッピングではなく実際に買い物に出るなど、ちょっとした生活スタイルの変更で消費エネルギーは簡単に増やすことができます。
では、1日の消費カロリーのうち、最も多くの割合を占める生きているだけで消費される「基礎代謝」を上げるためにはどうしたらよいのでしょうか。
下は基礎代謝の内訳、つまり部位別によるエネルギー消費量の割合を示したものです。
骨格筋:約22%
肝臓 :約21%
脳 :約20%
心臓 :約9%
腎臓 :約8%
脂肪組織:約4%
その他(骨・皮膚など):約16%
ご覧の通り骨格筋の占める割合が最も多くなっています。骨格筋とは簡単に言うと、内臓などの筋肉ではなく、骨格を動かすための筋肉、つまり腕や脚、背中や胸などの筋肉の事です。ということは、筋肉量が多い人と少ない人では基礎代謝に大きな差が出ると言うことです。脳や内臓で使われるエネルギー量を増やすことは難しいですが、骨格筋(筋肉)は自分の努力次第でどうすることも可能です。つまり筋肉量を意図的に増やせば、日常生活で消費される基礎代謝が上がり脂肪の燃焼しやすい体になるというわけです。
では、効率よく筋肉量を増やすにはどうすれば良いでしょうか。
効率よく筋肉量をふやすには
実は、一般的に腹筋と呼ばれている筋肉は存在しないのです。正式には『腹筋群』と言い、腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋の4つの筋肉で構成されている「筋群」が一般的に言われる腹筋です。そして、この4つの筋肉が層のように重なり合って、肋骨と骨盤の間の腹腔と呼ばれる空間を覆う膜の様な層になっているのです。
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【監修者】 | 宮川涼 |
プロフィール | 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。 |