ヨガの定義と目的を理解しよう
もう少し基本に戻ってヨガの説明をしましょう。
「ヨガと出会ってから、人生が変わりました!」という受講生の方は多いですし、皆さんも身近な方でそんな話を聞いたことがあるかもしれません。
こういうと何かヨガがスピリチュアルな魔法のように聞こえてしまうかもしれませんが、それは全く違います。ヨガとは生きていくためのプラクティカルな実践を重視した心穏やかで幸せな生き方へ至るまでも手順、方法論についての述べているだけなのです。
現在、日本では、ヨガは、もはやヨガの本来の目的を忘れてしまい単なるエクササイズや今時のリモート環境でオンラインレッスンなどが行われています。実際多くの皆さんも、
(1)ダイエットしたい
(2)健康になりたい
(3)ストレスを軽減したい
(4)自分磨き
(5)冷え性や持病などを治したい
と思ってヨガやホットヨガ、ピラティスのスタジオに通われているか、通いたいと思っているかと思います。いわば、運動や身体のメンテンアンス的な要素の目的が強いと思うのです。
しかし、昨今話題の暗闇フィットネスやらゴールドジムなどでの筋肉トレーニング、ダンススクールや水泳やエアロビクスなどの運動とヨガの違いはどのようなものなのでしょうか?
多くの方は、フィットネス目的でヨガを始めることが多いのですが、本来のヨガの意味とフィットネスはやはり違います。
ヨガの目的
ヨガの目的は、その経典「ヨーガ・スートラ」に最初に書かれているように、「心の作用を止滅させることが、ヨーガ」であるのです。
といきなり言われても意味わかりませんよね?心を殺してしまうとか、心を消すことを意味しているわけではありません。
具体的にいうと、ぐちゃぐちゃに散らばっているあたまの中身、思考を止めることで、自分自身の本質を見ることが、「心の作用を止滅すること」です。
私たちは、社会的な立場(たとえば、サラリーマンであったり、OLであったり、主婦であったり、学生であったり、親であったり、姉であったり、妹であったりと)はさまざまです。
日常たわしたちは、そうした社会的立場を背景に、思考だけではなく、体についてまで認識しています。でも、ここでお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、あなたは一体誰なんでしょうか? WHO IS YOU?
「IT系のサラリーマンです」、「上場企業でCS(カスタマサクセス)部門を担当しています」、「二歳の子供がいる主婦です」、「東京大学に通う学生です」、「自閉症の妹がいる姉です」という回答が返ってくるかも知れません。
これは本当にあなたなのでしょうか?
あなたは単ある肩書きでしかないのでしょうか?違いますよね。ヨガで考える自分(難しく言うと真我)とは、本来の私たちの姿は限りなく純粋で、外的な要因に一切影響さえない存在だと考えます。
実際、もしあなたが「主婦」でしかないのなら、あなたと同じ人が数億人もいることでしょう。
心の作用を止滅させること
「心の作用を止滅させること」とは、隠されていた私たちの核にある自己の本質/本来の自分プルシャに自覚することです。
ヨガの文献でのこのことについての言葉を確認してみましょう。
「成功または失敗に対する執着を捨てなさい。その平等の極地をヨガと呼ぶ」
(バガヴァッド・ギーター2章48節)
「物質的な苦からの解放がヨガである」
(バガヴァッド・ギーター6章23節)
この「平等の極地」というのは少しわかりにくいかもしれませんが、平等の極地とは、物質的な変化に心が揺り動かされない状態のことです。
私たちの本質であるプルシャ(真我)、、またはアートマン(我、個の根源)は「私のもの」という自我を持ちません。
好ましいもの、好ましくないもの、どちらにも影響を受けることがありません、よって、すべてのものを平等に捉え、常に平穏でいることができるということせす。
実は、ヨガの状態、つまりアートマンの本来の姿は海に似ています。立川発イタリア溶岩ホットヨガ&ぴれしつ『オンザショア』の語源でもあります。
海は、水に流れ込んで満たされ、またあるときは、水が流れ落ち、海のかさは減ります。だが、海は海として何ら変わることなく、不動を保っています。
同じようにヨガの智恵のある人は、富や、不幸を経ても、心を穏やかに保つことが出来るのです。
このように、ヨガでは、いかなるものにも動揺せず、純粋さをけがされない本来の自己(真我)に達することが大事なのです。