民法3 民法総則(1) 通則、自然人と能力
01 通則
民法の第一条には、「私達は、公共の福祉に適合しなければならない。②権利の行使及び義務の履行は、真偽に従い誠実に行わなければならない。③権利の濫用は、これを許さない」(民法1条)と書かれています。これが、民法の通則であり、1項は公共の福祉を定めていますが、理念的なもので、2項は「信義誠実の原則」、通称信義則と呼ばれ、3項は「権利濫用の禁止」などと略されて呼ばれます。
(1) 信義誠実の原則
信義則とは、当該具体的事情のもとで、相互に相手方から一般に期待される信頼を裏切らないよう行動すべき、という法原則をいいます。
これが登場してくるのは、かなりレアケースになりますが、法律行為や契約の解釈基準として用いられる場合や、法に明文のない場合の解釈基準となる場合などがあります。
しかし、内容が不明確(一般条項)なので、他の条文や法律で実質的に不都合が出てしまう場合の、最後のよりどころのような位置づけとなっています。
ちなみに、信義則の派生原理として、以下のような原則などが主張されることがあります。
・禁反言の原則:自己の言動に矛盾した態度を取ることは許されないという原則。
・クリーンズハンズの原則:自ら法を尊重する者だけが、法の保護を受けることができるとする原則。
・事業変更の原則:契約締結後、予測できない社会情勢の変化などにより、契約の解除などを請求できるという原則(争いあり)。
(2) 権利濫用の禁止
権利濫用の禁止とは、とは、形式的には正当な権利の行使のように見えるが、実質的に見ると権利の社会性に反し、権利行使として妥当でない行為を禁止すべきという原則をいいます。
→これも、内容が不明確(一般条項)なので、他の条文や法律で実質的に不都合が出てしまう場合の、最後のよりどころのような位置づけです。
判例 大判昭和10年10月5日 宇奈月温泉事件 |
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Xは、「宇奈月温泉」を経営するY社が、他人の土地約2坪をかすめて温泉の引湯管を引いていることを知り、この土地を買い受けた上で、Yに引湯管の撤去を求めた事件。判例は、所有権の侵害があってもそれが軽微であり、一方、侵害の除去ができるとしても莫大な費用を要する場合に、第三者が別段の必要がないのにこれを買い受け、除去を請求することは、権利の濫用になるとしました。 |
02 自然人の能力
) 民法上の能力
(2) 権利能力
・権利義務の主体となる能力。
・出生に始まり、死亡によって終了します。
・民法上は、出生は胎児が母体から完全に分離した時点をいうと解されています(全部露出説、通説)
・したがって、胎児は原則として権利能力を有しません。
(胎児の例外)以下の場合は、既に生まれたものとみなされます。
→不法行為による損害賠償請求(721条)
→相続(886条)
→遺贈(965条)【問題意識】「既に生まれたものとみなす」とは、どういうことか。
【結論】胎児の間は権利能力がないが、生きて生まれてきたときに、さかのぼって権利能力があったものとみなされる、という意味である(停止条件説、判例)
→この理解を前提に、「胎児の間は親権者が胎児を代理して法律行為ができない」という結論が導かれます。
(3) 意思能力
・自己の行為の結果を弁識するに足る精神的能力です。
・およそ6~7歳程度の精神的能力と言われます。
・意思無能力かどうかは、問題となる個々の法律行為ごとに、その難易や重大性などを考慮して「行為の結果を正しく認識できていたかどうか」を中心に判断します。
・「その行為の時、意思能力があったかどうか」を裁判所が後付けで判断することになります。
3条の2(意思能力) ※2020.4.1施行
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
→無効とは、当初から、誰の意思表示なくとも無効という意味です。
・従来、「意思能力のない者の法律行為は無効」と解されてきましたが(判例・通説)、条文が新設されました。
(4) 行為能力と未成年者
行為能力
・自らの行為により、法律行為の効果を確定的に帰属させる能力
【行為能力を制限される者(制限行為能力者)】
未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人
・成年後見、保佐、補助は、事前に裁判所が「○○開始の審判」などをして登記されることが必要。後付けで判断されるのではありません。
未成年者
4条(成年) ※2022.4.1施行
年齢18歳をもって、成年とする。
→婚姻、投票権、私法契約、準詐欺の対象年齢が変わります。
→飲酒や喫煙、競馬などの年齢制限、養親となれる年齢は、変わらず20歳
→「資格や免許」については、まちまち
5条(未成年者の法律行為)
1項 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。
2項 前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。
3項 第一項の規定にかかわらず、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも、同様とする。
・法定代理人(通常は親権者。818条、819条)の同意がなければ単独で有効に法律行為をすることができません。
・未成年者を保護するための規定です。
・したがって、取消権者は本人、または法定代理人(120条1項)。
・法定代理人は、同意権(5条)、代理権(824条)を有する。
6条(未成年者の営業の許可)
1項 一種又は数種の営業を許された未成年者は、その営業に関しては、成年者と同一の行為能力を有する。
2項 前項の場合において、未成年者がその営業に堪えることができない事由があるときは、その法定代理人は、第四編(親族)の規定に従い、その許可を取り消し、又はこれを制限することができる。
法定代理人の同意権
法定代理人の代理権
(5) 成年被後見人・被保佐人・被補助人
7条(後見開始の審判)
精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。
8条(成年被後見人及び成年後見人)
後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人とし、これに成年後見人を付する。
9条(成年被後見人の法律行為)
成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない。
10条(後見開始の審判の取消し)
第七条に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人(未成年後見人及び成年後見人をいう。以下同じ。)、後見監督人(未成年後見監督人及び成年後見監督人をいう。以下同じ。)又は検察官の請求により、後見開始の審判を取り消さなければならない。
成年被後見人
・成年被後見人とは、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」であって、家庭裁判所によって後見開始の審判を受けた者をいいます(7条、8条)。
・未成年者と異なり、同意権はありません。(事理を弁識する能力を欠く常況にあるので、事前の同意を与えても、期待通り行動するとは限りません。)
・後見人は代理が原則
被保佐人
11条(保佐開始の審判)
精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人、後見監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、保佐開始の審判をすることができる。ただし、第7条に規定する原因がある者については、この限りでない。
12条(被保佐人及び保佐人)
保佐開始の審判を受けた者は、被保佐人とし、これに保佐人を付する。
13条1項(保佐人の同意を要する行為等) ※2020.4.1施行
被保佐人が次に掲げる行為をするには、その保佐人の同意を得なければならない。ただし、第9条ただし書に規定する行為については、この限りでない。
1号 元本を領収し、又は利用すること。
2号 借財又は保証をすること。
3号 不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること。
4号 訴訟行為をすること。
5号 贈与、和解又は仲裁合意(仲裁法 (平成15年法律第138号)第2条第1項 に規定する仲裁合意をいう。)をすること。
6号 相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をすること。
7号 贈与の申込みを拒絶し、遺贈を放棄し、負担付贈与の申込みを承諾し、又は負担付遺贈を承認すること。
8号 新築、改築、増築又は大修繕をすること。
9号 第602条に定める期間を超える賃貸借をすること。
10号 前各号に掲げる行為を制限行為能力者(未成年者、成年被後見人、被保佐人及び第17条第1項の審判を受けた被補助人をいう。以下同じ。)の法定代理人としてすること。
→元、借、不、訴、贈、相、新、賃
・被保佐人とは、「精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分」であって、家庭裁判所によって保佐開始の審判を受けた者をいいます(11条、12条)。
・同意権が原則であり、代理権がないのが原則。(成年被後見人より判断能力があるので、本人が行為することを原則としています)。
・ただし、当事者等が申し立てた事項につき家庭裁判所が代理権を付与することはできます(876条の4)。
被補助人
15条(補助開始の審判)
1項 精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、4親等内の親族、後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人又は検察官の請求により、補助開始の審判をすることができる。ただし、第7条又は第11条本文に規定する原因がある者については、この限りでない。
2項 本人以外の者の請求により補助開始の審判をするには、本人の同意がなければならない。
3項 補助開始の審判は、第17条第1項の審判又は第876条の9第1項の審判とともにしなければならない。
16条(被補助人及び補助人)
補助開始の審判を受けた者は、被補助人とし、これに補助人を付する。
17条1項・2項(補助人の同意を要する旨の審判等)
1項 家庭裁判所は、第15条第1項本文に規定する者又は補助人若しくは補助監督人の請求により、被補助人が特定の法律行為をするにはその補助人の同意を得なければならない旨の審判をすることができる。ただし、その審判によりその同意を得なければならないものとすることができる行為は、第13条第1項に規定する行為の一部に限る。
2項 本人以外の者の請求により前項の審判をするには、本人の同意がなければならない。
(6) 制限行為能力者による詐術
21条(制限行為能力者の詐術)
制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術を用いたときは、その行為を取り消すことができない。
→詐術とは、制限行為能力者が相手方に行為能力者であることを信じさせるため積極的手段を用いることをいいます(大判T5.12.6)。
→単に制限行為能力者であることを黙秘しただけでは詐術に当たりませんが、その黙秘が他の言動などとあいまって、相手方を誤信させ、又は誤信を強めたものと認められるときは詐術に当たります(最判S44.2.13)。
3 相手方の催告権
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(1) 行為能力者となった本人への催告
20条1項(制限行為能力者の相手方の催告権)
制限行為能力者の相手方は、その制限行為能力者が行為能力者(行為能力の制限を受けない者をいう。以下同じ。)となった後、その者に対し、1箇月以上の期間を定めて、その期間内にその取り消すことができる行為を追認するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、その者がその期間内に確答を発しないときは、その行為を追認したものとみなす。
→1項は、行為能力を具備又は回復したときの規定。
→確答なきときは、追認したものとみなされます。
(2) 法定代理人等への催告
20条2項(制限行為能力者の相手方の催告権)
制限行為能力者の相手方が、制限行為能力者が行為能力者とならない間に、その法定代理人、保佐人又は補助人に対し、その権限内の行為について前項に規定する催告をした場合において、これらの者が同項の期間内に確答を発しないときも、同項後段と同様とする。
→制限行為能力者が「行為能力者とならない間」は、催告は、その法定代理人等に対してしなければなりません。
→確答なきときは、追認したものとみなされます。