無行為のための行為としてのヨガ

ヨガ行者は、坐ったまま何も語らないのが基本です。心の状態も我々の日常とは異なり、瞑想してサマーディ(三昧)に入った行者は、まるで死者のようです。今日インドでは聖者たちの墓あるいは祈念碑をサマーディと呼びますが、死の状態を三昧と表現しているのです。

ヨガの理想は死に似た状態を創り出すことですが、ヨガは生者のみがなし得る行為です。しかも、安楽な行為ではありません。つまり、ヨガという行為はそれ自体行為であるにも関わらず、行為の止滅した状態を目指しているのです。無行為のための行為という矛盾めいたものをヨガは含んでいます。

だが、この矛盾こそヨガがインドの宗教の最も一般的な実践となり得た秘密なのです。無行為すなわち、俗なるものを否定するための行為、それ自身は俗なるものですが、という意味でヨガは宗教の根本行為を具現しています。

人は生きている限り行為をします。何もしないで休んでいても、眠っていても、ともかく何かをしています。行為は生きていることの証であり、人の在り方そのものです。人間の行為には、目的、現状認識(世界観)、手段の3つがあります。

行為には目的があります。もっとも無目的の行為がないわけではないですが、それはたとえば子供が無心に遊ぶというような場合でしょう。こうした行為は目的意識は低く、薄く、目的に縛られることなく遊ぶのが遊びの本質であるかもしれません。

しかし、このような無目的な遊びにおいても、遊ぶこと自体、あるいは遊びの楽しみが目的と考えることができるでしょう。遊びたいから遊ぶ、○○したいから○○するというのはトートロジーですが、それは目的と手段の距離が限りなく縮められているわけで、手段の目的化が行われているとかんがえて良いでしょう。

日常の行為においても、目的がはっきりと格別意識されていなことが多いでしょう。習慣に従って、行為が成されるときには、行為の目的が意識されないでしょう。しかしながら、習慣化されたその行為はいつかなされた行為の目的の承認に基づいており、三要素の存在が指摘され得ます。

一般には、人は行為をするときその目的を意識しています。目的が意識されたとき、われわれは自分が今どこにいるか自分の周りの状況がどのようなものであるかを朧気ながら知っていますし、より一層正確に理想とします。もっとも時間的には現状を認識した後に目的を定めるというケースが多いでしょう。

ともかく、私たちは、実際に行為に取りかかる前に、到着点としての目的と出発点としての現在の状況との距離を測るものです。自分が今どこにいるか分からなければ、これからどこへ行けば良いのか分からないでしょう。現在、何を持っているかを知ることは、将来において手に入れる物をかんがえる際にも必要です。

ようするに、ある行為によって目的を果たすためにはその前提としての現状認識(世界観)が必要です。目的が定まり、現状が認識されると手段が選ばれます。目的が実現可能であり、現状認識が正しくても、手段の選択を間違えるならば、目的を実現できないこともあります。従って、手段の選択は、現状の認識と同様あるいはそれ以上に重要です。

同じような状況になり、同じ目的を目指す場合でも、手段の違いによって、その行為の様相はかなり異なってきます。たとえば、インド国内を旅行しようとする際、その手段は一様ではありません。飛行機のみを用いることも、列車のみを用いることも、自動車で移動することも可能です。

これらをすべて併用しても良いですし、徒歩でも旅行もかんがえられるでしょう。どの手段を選ぶかによってインド旅行の行動形態が異なるのはもちろんですが、その味わい、あるいは行動の意味も異なってきます。

インド旅行の目的が商用であり、それ以外に何ら関心を持たない場合には、飛行機か列車かの違いはそれほど大きな意味は持たないでしょう。しかし、この旅行が仮に観光であったならば、交通手段は旅行の味わいを大きく変える問題になるでしょう。観光旅行は一種の遊びであり、遊びにあっては目的と手段が近い関係に置かれることから、その手段の差異は直接目的とも関わってきます。

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【監修者】宮川涼
プロフィール早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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続く)

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宮川涼
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