日曜日、猫が帰る神社から、基地の跡の公園へ
日曜は街の北をめぐる。出発は拝島だ。

写真: Quatrogatos / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
拝島から西武拝島線で東へ二駅、西武立川の次の武蔵砂川で降りる。東京都神社庁の案内によれば、阿豆佐味天神社まで徒歩12分。立川駅からなら、神社の公式の案内に、北口1番のバス乗り場から約15分、「砂川四番」で降りる道が書いてある。
境内に、蚕の神をまつる蚕影神社がある。いまでは全国から「猫返し神社」と呼ばれる社だ。名づけ親はジャズピアニストの山下洋輔である。いなくなった猫を17日間探し、ここにお参りした翌朝、猫は台所の戸口で鳴いていた。その話が昭和62年(1987)に『芸術新潮』に載り、神社は自分の新しい呼び名を、世間と同じころに知ることになった。いまも、迷い猫の帰りを願う人がここを訪ねる。基地の家から猫が出ていったまま帰らない家族がいたら、少なくとも心配を一度ここに置いていける。公式の案内に書かれた参拝の手順は6つあり、最後は「石の猫をやさしくなでる」である。
ペットを飼う人に、二つ大事なことがある。境内にはペットを連れて入れない。抱いていても駄目だ。猫返し神社に猫は入れない。厳しいと見るか、筋が通っていると見るかは人による。もう一つ、同じ境内には安産を願う立川水天宮があり、腹帯を手にお参りする家族がいる。ここは、暮らしの祈りの場所である。
神社の北には、江戸へ水を運んだ玉川上水の緑道が東西に走る。南へ向かえば、昭和記念公園の砂川口に出る。
昭和記念公園、滑走路のあった180ヘクタール
昭和記念公園の計画面積は180ヘクタールで、その多くが立川基地の跡地にある。公園事務所の年表は、大正10年(1921)の「陸軍飛行場の設置決定」から始まり、昭和20年9月の米軍の接収、昭和44年12月の米軍飛行場の運用停止、昭和52年11月30日の全面返還へと進む。昭和58年(1983)10月26日に最初の70ヘクタールが開園し、平成28年(2016)には累計の入園者が8,000万人を超えた。
基地の家族にとって、この公園はいくつもの用事を一度に片づけてくれる。子どもには、こどもの森と、みんなの原っぱの大きな芝生がある。原っぱの大ケヤキは、公園ができる前から、そこに立っていた。自転車は、約14キロメートルのサイクリングコースがあり、立川口、西立川口、砂川口のサイクルセンターで借りられる。借りたところへ返す決まりなので、ぐるりと回る道順を組むといい。公式の案内は、園内で自転車の練習をしてはいけないとはっきり書いている。練習は家で、走るのはここで、ということらしい。犬を連れて行くなら、ドッグランがある。毎回、1年以内に受けた3種以上の混合ワクチンの証明書と、狂犬病の予防注射の証明書か鑑札などが要る。犬の決まりのほうが、人の決まりより細かい公園である。
そして、横田から来た人にこそ見てほしい並木がある。西立川口から歩いて約7分の「かたらいのイチョウ並木」は長さ約300メートルで、米軍基地の時代から残された木々だ。11月の黄葉のころには黄金色のトンネルになり、2019年からはライトアップもしている。基地の誰かが植え、公園の誰かが残すと決めた木である。帰りは西立川口から、2分で青梅線のホームに立てる。なお、園内の昭和天皇記念館は、改修のため2026年6月1日から11月27日まで休館すると公式に案内されている。
あのころ/いま
- あのころ(昭和27年): 立川市教育委員会と米軍の「合同作戦」として、立川基地のバスが近くの子どもたちを海へ運んだ。名前は「オペレーション・シーショア」。その写真は、アメリカ国立公文書館で眠っていた。いま: 基地の子も街の子も、同じ原っぱの芝生で遊べる。作戦名は、もう要らない。
- あのころ(昭和44年): C-130が、立川の滑走路から横田へ移っていった。いま: 公園のイチョウは、隣の滑走路を使う飛行機の邪魔をしないよう、背丈をそろえて立っている。
- あのころ(昭和18年): 牛浜の仮停留場で切符を買えたのは、定期券をもつ軍関係者だけだった。いま: 誰でも乗れて、土曜の朝なら15分足らずで立川に着く。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
立川の桜と花火、二つの季節
勤務の都合で季節を選べるなら、春か、7月の終わりにしてほしい。
桜。昭和記念公園には31品種、約1,500本の桜があり、見ごろを3月下旬から4月中旬としている。咲きはじめは年によって半月ほど動くので、公園の花の便りを毎週見るといい。人の少ない桜もある。栄町の栄緑地は約1.6キロメートルの緑道で、かつて立川基地へ物資を運んだ引込線の跡だ。市によれば、基地跡地の利用の最初の一歩として整備され、昭和55年(1980)に遊歩道として完成した。植えられているのはヤマザクラである。貨物のかわりに、いまは花を運んでいる。
花火。「立川まつり国営昭和記念公園花火大会」は、昭和29年(1954)、日野橋のそばの多摩川の河原で開かれた「第1回立川納涼花火大会」に始まる。いまは7月の終わりの土曜の夜に公園で開かれ、2026年は7月25日の19時15分から20時15分だった。1時間に約5,000発。前の年には74万5,000人が集まった。青梅線の沿線に住む人に一つ伝えておきたい。実行委員会は、西立川駅がひどく混むため、報道にさえ西立川からの行き方を広めないよう頼んでいる。だから立川まで乗って、歩く。委員会の資料では駅から約15分。当日は駐車場が無い。有料の席や無料で見られる場所は年ごとに変わるので、その年の公式の案内を必ず読んでほしい。
都心に無いものが、立川にはある
立川の人は、自分の街を控えめに語る癖がある。新宿へ出る途中の、乗り換えの駅にすぎない、とでもいうように。その気持ちは分かる。だが、数字はそう言っていない。
令和2年の国勢調査で、立川の昼間人口は夜間人口の113.2%。東京の26の市の中でいちばん高い。昼の立川には、住んでいる人より2万4,000人以上多くの人がいる。JR立川駅で乗る人は1日に約15万人。首都直下地震で首相官邸、内閣府、防衛省がそろって使えなくなったとき、政府の緊急災害対策本部は、立川広域防災基地の中の予備施設へ移る。この国の非常時の司令室の4番目の席は、基地の跡地にある。乗り換え駅と思われている街が、首都のいちばん悪い日のための離れを預かっている。立川は、いまも離れづくりの街なのだ。
都心には、どうしても入りきらないものもある。駅から歩いて10分の180ヘクタールの公園。モノレールの窓から見える富士山。ただで触れる南極の氷。36の国と地域の作家の作品が並ぶ歩道。普済寺の国宝、延文6年(1361)につくられた六面石幢。そして一つの駅から、中央線で都心へ、青梅線で山の方へ、南武線で乗り換えなしに川崎へ行ける。
新宿や渋谷を下げるつもりは無い。あれはあれで見事な街だ。ただ、週末に探している場所は、1時間半先ではなく、14分先にあるかもしれない、と言いたいだけである。
寄り道クイズの答え
答えは B。昭和記念公園の公式の案内によれば、公園の隣にある自衛隊の滑走路のための高さの制限が8メートルに定められているため、カナールのイチョウは7メートルに抑えなければならない。ただ切っただけでは景色を損なうので、横と前後を刈りそろえ、箱のような形に整えた。不便な決まりが、ほかのどこにも無い並木になった。立川の空は、いまも半分は飛行機のものだ。横田で働く人なら、とうに知っていることだろう。
訪ねる前に
- 横田から立川へ: JR青梅線で福生、牛浜、拝島から。立川までの駅は、福生、牛浜、拝島、昭島、中神、東中神、西立川、立川。JR東日本の2026年10月の土曜・休日の時刻表では、牛浜から立川まで、確かめた列車で14〜17分だった。ダイヤは JR東日本の案内で確かめてほしい。
- 拝島から西武線で: 西武拝島線は拝島、西武立川、武蔵砂川の順。猫返し神社(阿豆佐味天神社)は武蔵砂川から徒歩約12分。
- 新宿から: JR中央線で乗り換えなしに立川へ。東京と青梅線を直通する列車もある。
- 土曜の歩き方: 立川北駅→モノレールで高松→南極・北極科学館(無料・原則として日曜、月曜、祝日などは休館)→GREEN SPRINGS とファーレ立川を通って駅へ→夕食は南口のラーメンスクエアか北口の横丁。
- 日曜の歩き方: 拝島→西武線で武蔵砂川→阿豆佐味天神社と猫返し神社→南へ歩いて昭和記念公園の砂川口→園内を横切って西立川口→西立川駅から青梅線で帰る。
- 公式の案内(料金・時間・休みはここで確かめる): 昭和記念公園 https://www.showakinen-koen.jp/ /南極・北極科学館 https://www.nipr.ac.jp/science-museum/ /ファーレ立川アート https://www.faretart.jp/ /GREEN SPRINGS https://greensprings.jp/ /多摩モノレール https://www.tama-monorail.co.jp/ /ラーメンスクエア https://ramen-square.com/ /阿豆佐味天神社 https://azusami-suitengu.net/ /立川まつり花火大会 https://hanabi.tokyo-tachikawa.org/
- 持ち物: 交通系 IC カードと、少しの現金。電車ではマナーモード。神社にペットは入れない。公園のごみは持ち帰る。
- 基地のこと: 基地の開放日、ゲートの通り方、撮影の決まりなど、基地にかかわることは、旅の記事ではなく基地と福生市の公式の発表に従う。
- あわせて読む: この特集の「立川さんぽ総合案内」、基地の歴史は「立川基地と砂川闘争の歴史を歩く」「立川 基地の町の文化を歩く」、横田の側からは「福生散歩」。各地の詳しい歩き方は「昭和記念公園」「南極北極科学館」「ファーレ立川」「多摩モノレール」「GREEN SPRINGS」「立川の麺」「立川の夜と横丁」「猫返し神社」「立川の桜」「立川まつりと花火」の各回に書いた。
週末の終わりに、立川駅北口で
二日歩けば、体にちゃんと跡が残る。公園で張ったふくらはぎ、見上げた作品のぶんだけ凝った首、まだスープのことを考えている胃袋。
立川駅の北口から徒歩1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオで行うホットヨガのスタジオだ。常温のヨガやピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもあり、ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。営業は8時から23時30分まで、年中無休だ。
横田のコミュニティの人たちも、長く通ってくれている。英語を話せるヨガのインストラクターは多く、オーナーの藤田尚美も、基地から来る人を英語で親身に案内することが多い。英検1級、TOEIC は満点、野村證券で翻訳と海外での通訳を担い、アラスカで3年暮らした人である。英語で丁寧に応じてくれる店はここだけだ、と喜んでくれた海外の客もいて、Google マップに口コミを書いてくれた人もいる。ただ、すべてのレッスンが英語というわけではないので、日本語が不安な人は予約のときにひと言伝えるといい。
ヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれるので、手ぶらで寄れる。妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp で確かめられる。
青梅線のホームで電車を待ちながら、西を見る。電車は、1969年に C-130が飛んでいった方へ帰っていく。大きく育った、あの離れの方へ。立川は、次の週末もここにある。
冒頭の写真: 福生市にある JR青梅線の牛浜駅の東口。横田基地の第5ゲートに近い駅(2021年撮影)(写真: Mister0124 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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