御岳山散歩 武蔵御嶽神社と御岳渓谷、山の神社は参拝の道順を立川から書き起こす

立川から青梅線で御嶽駅へ。御岳山と御岳渓谷を歩く散歩ルポ。関東一の急勾配のケーブルカー、狼を神とする武蔵御嶽神社、20を超える宿坊と御師の暮らし、川合玉堂が晩年を過ごした渓谷、そして立川の駅前に本社を置く会社が敷いた線路まで、立川との縁を一次資料でたどる。

標高929メートルの山の上の神社が、参拝の道順を、ある駅の名前から書き起こしている。武蔵御嶽神社の公式サイトの、交通の案内だ。

「JR中央線またはJR南武線で JR立川駅 →(約30分)→ JR青梅駅 →(約20分)→ JR御嶽駅」

新宿でも東京でもない。関東有数の霊山の神社が、道順の一行目に立川を置いている。

考えてみれば当然かもしれない。中央線で来ても、南武線で来ても、御岳山へ向かう人は立川で青梅線に乗り継ぐ。立川は、この山への入口なのだ。けれども、入口のほうがそれを知らない。立川の駅で、「ここが御岳山の玄関です」と言われた覚えは一度もない。

立川から始まる道は、どこまで山へつながっているのか。その先には何があるのか。立川駅の青梅線のホームから、確かめに行ってみることにした。

御岳山散歩の入口、立川から御嶽駅まで

立川から青梅線に乗り、まず青梅駅へ向かう。神社の案内では約30分。そこで奥多摩行きの電車に乗り換え、約20分で御嶽駅に着く。

JR青梅線の御嶽駅の駅舎。瓦屋根を載せた、社寺のような造りの建物。
JR青梅線の御嶽駅の駅舎。瓦屋根を載せた、社寺のような造りの建物。
写真: Mister0124 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

かつては立川から奥多摩まで、一本の電車で行けた時代があった。鉄道史の記録によれば、2023年3月のダイヤ改正で、青梅から先は4両編成のワンマン運転となり、中央線方面からの直通は青梅駅までに短くなった。いまは青梅で一度乗り換える。ホームの向かい側で待っている短い電車に乗り移ると、窓の外の景色が一気に山の色になる。

休日の行楽列車の歴史も長い。記録によれば、青梅線は開業時の線路幅の関係で中央線との直通ができなかったが、線路幅を広げ電化した昭和10年代には、観光の臨時列車が中央線から直通したとされる。それがのちの「ホリデー快速」の源流だという。御嶽駅を始発とする「ホリデー快速みたけ」も走っていたが、2001年を最後に運転されていない。御嶽駅のホームが広いのは、ここが行楽客を迎える終着駅だった時代の名残だ、と記録は書く。年配の人には、休日の朝、新宿や立川から乗り換えなしで山へ向かった電車の記憶があるかもしれない。若い人にとっては、青梅での乗り換えが当たり前の景色だろう。同じ線路の上で、世代によって「御岳山への行き方」が違っている。

青梅から先の区間には、「東京アドベンチャーライン」という愛称が付いている。鉄道史の記録によれば、2018年9月に付けられた名前だ。東京で冒険と言われても、と都心の人は思うかもしれない。だが、二俣尾を過ぎるあたりから、線路は多摩川の谷の縁を縫うように走り、冒険の看板に偽りはないことがわかってくる。

御嶽駅の駅舎は、瓦屋根に唐破風のような飾りを載せた、お寺か神社のような姿をしている。記録によれば、平成11年(1999)に「関東の駅百選」に選ばれ、その理由は「ホームが山の斜面に位置し、駅舎が古風な神社造りの駅」だったという。駅そのものが、もう参道の一部になっている。

この駅には、立川との縁がもう一つある。

青梅線の前身は、明治27年(1894)に立川と青梅のあいだで開業した青梅鉄道だ。その会社が社名を青梅電気鉄道と改め、昭和4年(1929)9月に二俣尾から線路を延ばした先が、この御嶽駅だった。会社が国に買い上げられる昭和19年(1944)まで、御嶽は立川から始まる私鉄の終着駅だったのである。立川の駅を出た線路が、最後にたどり着いた山の駅。それがここだ。

では、御嶽から先の線路は、誰が敷いたのか。答えは、意外なほど立川の近くにある。

初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。

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立川の駅前に本社を置く、山の線路の会社

御嶽から奥多摩駅までの約10キロの線路を敷いたのは、奥多摩電気鉄道という会社である。

いまの社名は奥多摩工業。同社の公式の歩みによれば、浅野セメントが奥多摩の日原地区に露出していた石灰岩層を開発し、その石灰石を運ぶ目的で、昭和12年(1937)に奥多摩電気鉄道が生まれた。7年をかけて9.76キロの鉄道を敷いたが、戦時中で、完成からほどなく政府に買収され、昭和19年7月から国鉄青梅線として走り出した。会社は奥多摩工業に名を変え、工場から石灰石を運ぶ貨物列車は、1998年まで青梅線を代表する風景として親しまれたという。

奥多摩工業の会社概要を開くと、本社の住所はこう書いてある。「東京都立川市曙町一丁目18番2号」。

立川駅の北口から歩いてすぐの場所だ。奥多摩の山で石を掘り、御嶽の先の線路を敷いた会社の本社が、立川の駅前にある。立川で毎日ビルの前を通る人のうち、何人がこの会社の線路の上を通って御岳山へ行ったことがあるだろうか。私は、その一人になるはずなのに、今日まで知らなかった。

線路と石の話は、ここまでにしよう。御嶽駅の改札を出ると、目の前に多摩川の谷が口を開けている。山へ向かう前に、まずは水のほうへ下りてみる。

御岳渓谷、立川へ流れていく水の上流

御岳渓谷は、御嶽駅のすぐ下を流れる多摩川の谷である。青梅市観光協会によれば、御嶽駅を中心に、多摩川の両岸約4キロにわたって遊歩道が整えられている。上流は御嶽駅と川井駅の中間あたりから、下流は軍畑駅の少し上流まで。遊歩道を通って、玉堂美術館や小澤酒造をめぐることができる。

青梅市は、御岳渓谷が昭和60年(1985)に名水百選に選ばれたと書く。川の両岸には大きな岩が転がり、水は岩のあいだで白く泡立ち、淵では深い緑に沈む。新緑と紅葉のころは、とくに人が多い。

ここで、私はこの水の行き先を考える。

多摩川は、山梨県の笠取山に源を発し、東京湾に注ぐ。長さ138キロ。事典によれば、青梅のあたりで山を出て大きな扇状地をつくり、昭島の付近で秋川を合わせ、武蔵野台地と多摩丘陵のあいだを流れ下る。立川の南の縁を流れる、あの多摩川である。根川の緑道から眺める河原の水は、この渓谷を通ってきた水なのだ。

同じ水は、もう一つの道でも立川へ来ている。小学館のデジタル大辞泉は、青梅の項で「御岳渓流は江戸以来の上水道源」と書く。御岳渓谷を下った水の一部は、羽村の取水口で玉川上水へ引き込まれる。玉川上水は立川市の北の縁を約5.6キロにわたって流れ、市内の幸町にある小平監視所までの区間は、江戸の開削以来、いまも東京の水道の原水を運んでいる。玉川上水の記事で書いたとおりだ。

つまり、立川の北を流れる上水と、立川の南を流れる多摩川の、どちらの水も、この渓谷を通ってきている。立川の人は、知らず知らずのうちに、御岳渓谷の水に二方向から挟まれて暮らしている。

渓谷には、水と闘った記録も残る。ケーブルカーの麓、西東京バスの折返場のそばにある「滝本の洪水防石」は、江戸時代後期の砂防の遺構だ。青梅市によれば、滝本川は寛保2年(1742)と安政6年(1859)の氾濫で周辺に大きな被害をもたらした。名主だった北島左門が、安政の大洪水のあと、住民の安全を願ってこの石を据え、二度の大洪水の事実を銘文として刻んだという。立川の根川のほとりにも、多摩川の水害の記憶は残る。上流と下流は、同じ川の恵みと怖さを分け合ってきた。

数字で読む御岳山と御岳渓谷

  • 929 — メートル。御岳山の標高。立川駅のホームから、日帰りで行ける神域の高さである。
  • 25 — 度。ケーブルカーの最高斜度。御岳登山鉄道はこれを「関東一の急勾配」と書く。斜めに立つと、それだけで少し修行になる。
  • 6 — 分。そのケーブルカーで、麓の滝本駅から標高831メートルの御岳山駅まで。
  • 330 — 段ほど。ケーブルカーの駅から神社へ向かう最後の階段。6分で稼いだ高さの分、ここで足が払う。
  • 20 — 軒を超える。山の上に並ぶ宿坊の数。山小屋ではなく、宿坊に泊まれる山である。
  • 4 — キロ。御嶽駅を中心に、多摩川の両岸に整えられた渓谷の遊歩道の長さ。

旅人の寄り道クイズ

武蔵御嶽神社の「おいぬ様」の御札では、狼の目に何がかたどられているか。(A)三日月(B)星(C)太陽。答えは、この先の山の上で見つかる。

渓谷の水の音を背中に聞きながら、バスでケーブルカーの麓へ向かう。ここから先は、斜めの世界だ。

関東一の急勾配、御岳山のケーブルカー

御嶽駅前から西東京バスで約10分、終点のケーブル下で降り、坂を少し上ると滝本駅がある。御岳登山鉄道のケーブルカーの麓の駅だ。

御岳登山鉄道は、このケーブルカーを「関東一の急勾配ケーブルカー」と紹介している。平均勾配22度の沿線を一気に上り、最高斜度は25度。滝本駅からわずか6分で、標高831メートルの御岳山駅に着く。鉄道史の記録によれば、線路の長さは1,107メートル、標高差は423.6メートル。6分で東京タワーより高いところまで持ち上げられる計算になる。

車両の床は、階段のように段々になっている。乗ってみるとわかるが、立っていると、体がゆっくり後ろへ引っ張られる。記録によれば、車内に運転席は無く、運転士は山の上の御岳山駅で運転の操作をしている。乗っている車両を動かしている人は、ずっと上の駅にいるのだ。乗客は、見えない人に命を預けて斜めに昇っていく。参道の入口としては、なかなか気の利いた演出である。

会社の設立は昭和2年(1927)11月20日と、同社の会社概要は書く。記録によれば、ケーブルカーが開業したのは昭和9年(1934)の12月31日。大晦日の開業である。初詣の客を山へ運ぶのに、これ以上の日は無い。戦争中の昭和19年には不要不急の路線として休止され、昭和26年(1951)に運行を再開したと記録されている。

このケーブルカーには、ほかでは見かけない乗客が乗る。犬だ。山の上の神社が狼を神として祀っていることから、愛犬を連れて参拝する人が多い。御岳登山鉄道によれば、車両の最前部と最後部に「ペットスペース」が設けられ、大型の犬も一緒に乗れる。記録によれば、年間1万頭以上の犬が乗車しているという。斜めの車内で、人と犬が並んで同じ景色を見上げている。

ここで、少し昭和の話をしておきたい。

御岳登山鉄道は、2026年7月から、2008年まで青を基調とした車体で走っていたケーブルカー「青空号」を復刻した箱菓子を売り出したと発表している。鉄道史の記録によれば、昭和43年(1968)から2008年まで走った2代目の車両には、「日出」と「青空」という名前が付いていた。年配の人なら、白い車体の下半分が赤い「日出」と、青い「青空」が、斜面の途中ですれ違う姿を覚えているかもしれない。

あのころ、青空号は人を乗せて山を昇っていた。いま、青空号は菓子の箱になって、売店の棚に並んでいる。姿は変わっても、名前は山を下りていない。

狼を神とする武蔵御嶽神社

御岳山駅から神社までは、徒歩でおよそ25分。武蔵御嶽神社の案内によれば、道は舗装されていて、6〜7分ほどは平坦だが、宿坊の立ち並ぶ集落に入るとまもなく急な坂道が続き、土産物店の並ぶ小道を過ぎると、約330段の階段が待っている。ヒールの高い靴やサンダルは向かない、と神社は親切に書いている。私なら、そこに「息切れも向かない」と書き足したい。

御岳山の山上、武蔵御嶽神社の境内に建つ社殿の一部。朱色の柱と白壁が青空に映える。
御岳山の山上、武蔵御嶽神社の境内に建つ社殿の一部。朱色の柱と白壁が青空に映える。
写真: Guilhem Vellut from Annecy, France / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons

神社の由緒は古い。公式サイトによれば、創建は第10代崇神天皇7年と伝わる。文書に残る最古の記録は、天平8年(736)に僧の行基が東国の鎮護を祈って金剛蔵王権現像を安置したというもので、これ以降、蔵王信仰・修験道・山岳信仰の地として知られるようになった。鎌倉時代には有力な武将たちに信仰され、畠山重忠は鎧・鞍・太刀などを奉納したと伝えられる。宝物殿に納められた国宝の赤糸威鎧は、その伝畠山重忠奉納の鎧である。

江戸時代、この山は江戸の守りにもなった。天正18年(1590)に徳川家康が関東に入ると、神社には朱印地30石が寄進された。慶長11年(1606)、家康の命で大久保長安が普請奉行として社殿を改築し、それまで南を向いていた社殿を、江戸の「西の護り」として東向きに改めた。現在の幣殿と拝殿は、元禄13年(1700)に5代将軍綱吉の命で造営されたものだ。

神社の向きを変えた大久保長安は、同じ年、青梅の石灰を江戸へ運ぶために青梅街道を整えた人物でもある。山の神社は江戸を守るために東を向き、山の石は江戸城を白く塗るために東へ運ばれた。この山は、江戸のほうを向いて暮らしてきたのだ。

そして、この神社の主役は狼である。

神社によれば、日本武尊が東征の折、この山で邪神の化けた白鹿に道を塞がれ、霧の中で道に迷った。そこへ白狼が現れ、軍を西北へ導いた。尊は白狼に、大口真神としてこの山に留まり、すべての魔物を退治せよと命じた。江戸時代の天保のころから、大口真神は魔除け・盗難除けの神として広く知られ、親しみを込めて「おいぬ様」と呼ばれるようになったという。

神社は、この「おいぬ様」は実はニホンオオカミだと明かしている。御岳山では一昔前まで、狼と人が共存していた。狼は怖い存在でありながら、畑を荒らす獣を食べてくれるありがたい存在でもあった。本殿の狛犬は唐獅子ではなく、ニホンオオカミをかたどったもので、江戸時代のブロンズ製、天明3年(1783)の作と記されている。社殿の前の狛犬は、長崎の平和祈念像の作者でもある北村西望の作で、昭和60年(1985)に奉納された。

青梅市郷土博物館には、ニホンオオカミの頭骨が市の有形民俗文化財として残っている。市によれば、信仰の対象やお祓いの道具として使われていたと考えられ、付属の版木は武蔵御嶽神社の御札を刷るために使われたもので、裏に文政2年(1819)の年号が刻まれている。200年前、山の上で刷られた狼の御札が、里の家々の戸口を守っていた。

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