立川市の約25分の1、約98万平方メートルを持つ立飛ホールディングスの開発のこれから。2027年3月開業のTHE NEXTT HOTEL、結婚式場、木造の商業施設、B.LEAGUE ONEへ進む立川ダイスとアリーナ、世界のバレエが集うGREEN SPRINGS、そして市の推計のピークをもう超えた立川の人口まで、会社の発表と市の資料で追う。
立川市の地面の、およそ25分の1を、一つの会社が持っている。
立飛ホールディングスの開発の案内には、そう書いてある。所有地は約98万平方メートル。会社はそれを「社会資本財」と呼ぶ。自分の土地を、自分だけのものではない財産だと言っているわけだ。
その会社が、この10年あまりで立川の北側の景色を塗り替えてきた。ショッピングモール、アリーナ、砂浜、昭和記念公園の隣の GREEN SPRINGS。そしていま、次の10年に向けた発表が、また続いている。ファーレ立川には新しいホテル、立飛駅の近くには結婚式場、アリーナではプロバスケットボールの新しいリーグ。
一方で、立川市の資料を開くと、妙なことに気づく。市は2023年に、この街の人口が2028年に約18万6千人でピークを迎えると推計した。ところが2026年の1月1日、立川市の人口はすでにその数を超えていた。予測よりも先に、街のほうが走っている。
一つの会社の次の十年と、走りだした街。その二つは、どこで重なっているのか。会社の発表と市の資料を、一枚ずつめくってみることにした。
立飛とGREEN SPRINGSの次の十年──立川市の25分の1という土地
あのころの話から、短く始めたい。立飛グループの前身は、飛行機を作っていた立川飛行機である。戦後、会社の土地の多くは米軍に使われ、1976年に返還された。そこから長いあいだ、会社は土地を貸す仕事を中心に歩んできた。この来歴は、特集の立飛の回に詳しく書いた。

写真: ITA-ATU / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
転機は2012年11月だった。グループの事業の再編が終わり、持っている不動産をまとめて開発する検討が始まる。2014年2月28日、会社は「不動産開発の基本方針」を定めた。3つの原則がある。所有する不動産の歴史、立地、面積に起因する社会的責任を自覚し、再開発では地域社会との調和を図ること。持続的に地域へ貢献できる事業基盤を確立すること。そして、グループが主体性をもって開発を進めること。
方針には、こんな一文も添えられている。敷地が広大なこと、利用契約の制約が複雑なことから、必然的に長い期間にわたる開発になる、と。会社自身が、最初から「これは長い話になる」と宣言していたのである。
いま、つまり2026年の立飛の土地には、その長い話の前半が並んでいる。2015年12月に「ららぽーと立川立飛」、2017年10月に「アリーナ立川立飛」。2015年2月には、会社のもともとの所有地から離れた、立川駅の北側の国有地、約3万8,878平方メートルを取得し、2020年4月に GREEN SPRINGS として開いた。同じ年に、SORANO HOTEL と、約2,500席のホール TACHIKAWA STAGE GARDEN が開業している。2023年にはオーベルジュ ときと、2024年11月には浅田真央さんが監修するスケートリンク MAO RINK TACHIKAWA TACHIHI。
建物は、外からの評価も受けた。会社の沿革によれば、GREEN SPRINGS は2021年10月にグッドデザイン賞を受け、2022年8月には建築の賞である第63回 BCS賞を受けている。そして2024年11月、立飛グループは創立100周年を迎えた。1924年に飛行機を作るために生まれた会社が、2世紀目に入ったところである。
数え上げると、10年で街が一つできている。しかも、その多くが一社の手による。ここまでが前半だ。後半の10年は、どこへ向かうのか。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
木造の商業施設と、立飛駅のそばの結婚式場
後半の始まりを告げる建物は、意外なことに、木でできていた。
2025年の夏、立飛駅の西側に「COMMONS TACHIKAWA TACHIHI」が開いた。会社の発表によれば、木造2階建ての建物2棟が、広場や屋外の席を共有する商業施設である。コンセプトは「come on commons」。前の道路から大きく下がった場所に広場と植え込みを置き、公と私の境目をなくして、誰もがふと立ち寄りたくなる場所を目指したという。
木の量が、具体的に書かれている。柱や梁、外壁の板張りに、国産材を383.50立方メートル使い、そのうち142.73立方メートルが多摩産材だという。森を育て、伐り、使う。その循環に貢献したいと、発表は説明している。飛行機を作っていた会社の土地に、多摩の山の木が運ばれてきて、店になった。ロゴの青は、幸せを運ぶ鳥として知られるコマドリの卵の色だと、わざわざ書き添えてある。
もう一つ、まもなく姿を現すのが結婚式場である。2025年9月の発表によれば、立飛ホールディングスは立川市高松町に、結婚式場「LUDENS GARDEN」を建てる。敷地は約6,011平方メートル、地上1階建て、最高の高さは9.37メートル。1つのチャペルと3つのバンケットを持ち、立飛駅から徒歩約6分。竣工は2026年10月20日、開業は2026年11月ごろの予定とされている。コンセプトは「Fusion with Nature」、自然と光に包まれた隠れ家の邸宅だという。
飛行機を作っていた会社の土地で、これからは「誓います」の声が響く。立川という土地は、いつも何かを始める場所になってきたが、人生を始める場所にまでなるとは思わなかった。
ここまでは、立飛駅のまわりの話である。だが、次の10年でいちばん大きな建物は、会社のもともとの土地から少し離れた、立川駅の目の前に建とうとしている。
THE NEXTT HOTEL──2027年3月1日、ファーレ立川に開くホテル
2026年5月20日、立飛ホールディングスのグループ会社、立飛ホスピタリティマネジメントは、新しいホテル「THE NEXTT HOTEL(ザ・ネクストホテル)」の開業日を2027年3月1日と発表した。場所はファーレ立川、立川市曙町2-40-15。JR立川駅の北口から歩行者デッキでつながり、徒歩5分、多摩モノレールの立川北駅からは徒歩3分である。
発表に並ぶ数字は大きい。建物は地下2階から地上12階、延床面積は約2万5,800平方メートル。客室は211室で、6階から12階に並ぶ。4階には、最大約1,500人を収容できる約1,050平方メートルの大宴会場。3階に中宴会場が1室、小宴会場が5室。発表は、多摩エリア最大級のバンケットだと名乗っている。宴会場の予約は2026年の夏ごろ、宿泊の予約は秋以降に受付を始める予定だという。
客室の種類の一覧を読んでいて、私は一行で手が止まった。ダブル、ツイン、スイート、ユニバーサルルーム、和室。そして「ドッグルーム」。愛犬と一緒に泊まれる部屋が、36平方メートルと48平方メートルの2種類ある。立川駅前の12階建てのホテルで、犬が窓から街を見下ろす日が来る。館内には、オールデイダイニングやベーカリー、個室のあるレストラン、バーも置くという。泊まらない人も、パンを買いに寄れるホテルになりそうだ。
名前の由来も、発表に書かれている。「立川の次の憧れとなる場所でありたい」という思いを込めた、と。NEXT ではなく NEXTT と、最後の T が二つ重なっている理由までは、発表は語っていない。立飛の T と、立川の T だろうか。これは私の勝手な想像である。
コンセプトは「CASUAL but SPECIAL」。2025年12月の第一報は、多摩エリアの人々はもちろん、スポーツやイベント、観光で立川を訪れる国内外の客に、特別な滞在の体験を届けたいと書いていた。国内外、という言葉に注目したい。立川のホテルが、はっきりと海外からの客を数に入れ始めている。
いま、立川駅の北側で泊まるといえば、GREEN SPRINGS の SORANO HOTEL がある。会社の案内によれば、全室が昭和記念公園を望むパークビューで、最上階には独自に掘った温泉の水を使ったインフィニティプールがある。2027年からは、駅の目の前に、もう一つの泊まる場所が加わる。公園を眺めて泊まるか、駅前で宴会をして泊まるか。立川で一泊するという選択肢が、二つに増える。
宿泊が増えるということは、日帰りの街だった立川が、泊まりがけの街になるということでもある。では、泊まった客は夜に何を見るのか。答えの一つは、アリーナにある。
アリーナとプロバスケット──「B3最後の王者」が次の舞台へ
アリーナ立川立飛は、最大で3,000人を収める多目的のイベントホールで、2017年10月に運用が始まった。ここを本拠に戦うのが、プロバスケットボールの立川ダイスである。

写真: BetaU628 / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons
立川ダイスの生まれは、少し変わっている。立飛ホールディングスの発表によれば、2016年に、立川商工会議所、立川市商店街振興組合連合会、立川観光協会、立川青年会議所など、立川の経済団体が集まって、3人制のプロチームとして設立した。街の商工団体が作ったプロチームなのである。2018年には3人制の「3×3.EXE PREMIER」で優勝し、2021年に5人制のチームを作り、2022-23シーズンから B.LEAGUE の3部、B3 に参入した。チームは、参入の壁が低く長続きする新しいスポーツ運営の形をつくり、立川にスポーツを文化として根づかせたい、という理念を掲げている。
そして2026年5月19日、立川ダイスは B3リーグ2025-26シーズンの年間優勝を果たした。レギュラーシーズンは6位で終わり、誰も優勝を予想していなかった、とキャプテンは語っている。クラブ史上初のプレーオフで勝ち上がり、決勝で香川ファイブアローズを破った。
ここで、少し可笑しな勲章がつく。B.LEAGUE は2026年から仕組みを改め、立川ダイスは新しい「B.LEAGUE ONE」に舞台を移した。だから立飛の発表は、立川ダイスを「B3リーグ最後の王者」と呼んでいる。最後の王者。もう二度と誰にも奪われない称号である。
2026-27シーズンは9月26日に開幕すると発表された。ヘッドコーチに迎えたのは、東海大学の男子バスケットボール部を2000年から2024年まで率い、全日本大学選手権で7回優勝した陸川章さん。シーズンは60試合あると、本人が語っている。10月3日のホーム開幕戦では、立川ダイスが勝てば、試合でいちばん活躍した選手に「立飛ビール1年分(365本)」を贈る、という企画まで用意された。1日1本、ちょうど1年。計算は合っているが、選手の体調管理とどう折り合いをつけるのかは、私にはわからない。
アリーナには、バスケットボールのほかにも人が集まる。2026年8月30日には「令和8年夏巡業 大相撲立川立飛場所」を、アリーナで開く予定が発表されていた。立飛の土地では、氷の上ではフィギュアスケート、砂の上ではビーチバレー、木の床ではバスケットボール、土俵の上では相撲。床の素材ごとに、競技が違う。
会社の発表を読んだ範囲では、新しいアリーナを建てる計画は見当たらなかった。変わっていくのは、建物よりも中身のほうである。街の商工団体が作ったチームが、新しいリーグで60試合を戦う。泊まれるホテルが増えれば、遠くのチームの応援団が立川に一泊する日も来るかもしれない。これは、私の見立てである。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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