
GREEN SPRINGSに世界のバレエが来る──文化の街へ
スポーツと並んで、会社がもう一つ力を入れているのが、芸術と文化である。舞台は、GREEN SPRINGS の TACHIKAWA STAGE GARDEN だ。
2026年5月の発表によれば、立飛ホールディングスは、世界最大級の若手バレエのコンクール「Youth Grand Prix 2027 Japan」を、2年続けて立川に招いた。YAGP は1999年に創設された国際バレエコンクールで、毎年、世界各地から1万人を超える若いダンサーが参加するという。各国の予選では、世界の名門バレエ学校の校長やバレエ団の監督が審査をし、出場者はアメリカで開かれる世界決選を目指す。その日本の予選の日程として発表されたのが、2026年9月29日から10月7日まで、会場は立川の STAGE GARDEN である。発表に寄せた創設者のコメントは、「立川を文化・芸術の街へ」という立飛グループのスローガンと、若いダンサーを育てるという大会の使命が重なった、と述べている。
ここで、名前と日付を見比べてほしい。2027年の大会が、2026年の秋に、立川で開かれている。世界決選の年に合わせた名前なのだろうが、カレンダーの上では、立川が1年先の未来を先取りしているように見える。
大会に合わせて、10月3日と4日には、GREEN SPRINGS の広場で入場無料の「TACHIKAWA TACHIHI Ballet Festival」を開くと発表された。出場者の特別なパフォーマンスに、噴水を舞台にしたショー、ワークショップ。夏には、無料の音楽イベント「TACHI FES」がホールと広場で開かれていて、2026年で6回目を数える。
会社と市の結びつきも、文書の形で深まっている。2024年10月、立飛ホールディングスは立川市と包括連携協定を結んだ。会社の発表によれば、立川市内に本店や本社を置く事業者と市が包括連携協定を結ぶのは、市で初めての例だという。連携の分野は、暮らしの安全・安心から、スポーツや文化、観光振興、子育て支援まで11にわたる。2025年には中央大学とも協定を結んだ。会社の沿革には、2026年9月に「音楽・文化を通じたまちづくりに関する共同宣言」を結んだという一行がある。
災害の備えも、次の10年の一部である。2025年9月、立飛ホールディングスとグループ会社は、警視庁立川警察署と協定を結んだ。大きな災害で警察署の庁舎が使えなくなったとき、STAGE GARDEN とアリーナ、ドームを、警察の管理のもとで代わりの庁舎や待機所として使えるようにするという。バレエの舞台が、非常のときには警察の拠点になる。立川らしい二重の顔だと思う。
数字で読む、立飛とGREEN SPRINGSの次の十年
- 約98万 — 立飛グループの所有地(平方メートル)。立川市域の約25分の1。立川の地図を25枚に切れば、1枚はほぼこの会社の分になる計算だ。
- 211 — THE NEXTT HOTEL の客室数。うち何室かは、犬と一緒に泊まる部屋である。
- 1,500 — 同じホテルの大宴会場の最大収容人数。立川市の人口のおよそ125分の1が、一つの部屋に入る。
- 142.73 — COMMONS TACHIKAWA TACHIHI に使われた多摩産材(立方メートル)。山の木が、駅から3分の場所で店になった。
- 365 — 立川ダイスのホーム開幕戦で、勝った試合の MVP に贈られる立飛ビールの本数。
- 60 — 立川ダイスの新しいシーズンの試合数。1試合に1本ずつ飲んでも、365本を飲みきるには6シーズンかかる。
旅人の寄り道クイズ
2027年3月にファーレ立川に開業する THE NEXTT HOTEL。発表された客室の種類の一覧に入っているのは、次のどれか。
- A 愛犬と一緒に泊まれるドッグルーム
- B 飛行機の操縦席を模したコクピットルーム
- C 砂浜に面したビーチルーム
答えは、記事の終わり近くで。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
予測を追い越した街──立川の人口のこれから
ここで、会社の話から、街そのものの話に移りたい。
立川市が2025年に策定した第5次長期総合計画の基本構想は、2023年1月1日の人口を基準に、将来の人口を推計している。それによれば、総人口は令和10年(2028年)の18万6,390人でピークを迎え、計画の目標年次である令和17年(2035年)1月1日には18万4,495人に減る見通しだった。
ところが、市の「世帯と人口」の資料によれば、2026年1月1日の立川市の人口は18万7,440人。推計のピークを、2年早く、1,000人あまり上回っていた。世帯の数は9万8,970で、10万世帯に手が届きそうなところまで来ている。
並べてみると、こうなる。
- あのころ(1977年): 立川基地が返還された年の人口は13万8,661人。
- いま(2026年): 18万7,440人。市の資料にある記録の中で、いちばん多い。
- これから(推計): 2028年がピーク、2035年には18万4,495人。ただし、現実はすでに推計を超えている。
推計が外れた、と言うと聞こえが悪い。推計とは、その時点の数字から未来を延ばした線である。線を引いたあとに、街が線の上へはみ出した。私の見立てでは、それだけ立川に住む人、移ってくる人が、思われていたより多かったということだ。
もちろん、長い目で見れば、立川も人口減少と高齢化から逃れられない。同じ基本構想は、いまは高齢者1人を約2.6人の働く世代で支えているが、2065年には約1.4人で支えることになると予測している。街が走っているのは、坂道の手前の平らなところなのかもしれない。
立川の強さを示す数字も、市の資料に並んでいる。立川駅の1日平均の乗車人員は、多摩26市にある中央線の駅で第1位、中央線のすべての駅で見ても新宿駅、東京駅に次ぐ第3位。昼間の人口が夜の人口をどれだけ上回るかを示す昼夜間人口比率は113.2で、多摩26市で第1位。100を超えるのは、立川市のほかには武蔵野市だけだという。東京都の統計でいえば、2020年の国勢調査をもとにした立川市の昼間人口は20万7,832人で、住んでいる人の18万3,581人より2万人あまり多い。人が住むだけでなく、人が集まる街である。
外国から来て暮らす人も増えている。基本構想によれば、2025年の立川市の人口に占める外国人の割合は3.26%で、多摩26市で3番目に高い。国別では、中国、韓国、ベトナム、フィリピン、ネパールの順に多い。市の新しい計画は、外国人の住民や旅行客が増えるなかで、互いの文化の違いを認め合う社会をつくる必要がある、と書いている。
基本構想が掲げた立川の将来像は、こうである。「魅力咲きほこり つどい華やぐまち 立川」。副題は「新風を吹き込み 美風を守る」。新しいホテルとバレエと、街の商工団体が作ったバスケットボールのチーム。新風と美風の両方が、ちょうどいま、北口の同じ一角で起きている。

外国から来た人へ、立川駅北口の新しい夜
海外から立川を訪ねる人にとって、この10年の変化は、そのまま使える道具になる。
食事の目的地として、立飛グループのオーベルジュ ときとは、2025年10月、世界の優れた宿泊施設を意味するミシュランキーに選ばれ、2026年にも2年連続で獲得したと会社は発表している。ヨーロッパの日本料理店を初めてミシュランの二つ星に導いた料理人を中心に開いた店だと、会社の案内にある。立川で「日本の新しい料理」に出会う、という旅程が成り立つ。
泊まる場所は、公園を望む SORANO HOTEL に、2027年からは駅前の THE NEXTT HOTEL が加わる。どちらも英字の名前で、海外の地図アプリで探しやすい。会社の公式サイトには、日本語と英語の切り替え(JP/EN)がある。立川駅の駅ナカ、エキュート立川の3階には、東京都の観光案内窓口があり、23区の外にあるのはここだけである。
海外の人がいちばん驚くのは、たぶん、この一角の成り立ちだろう。かつての軍の飛行場と飛行機工場の土地に、温泉の水を使った屋上プールと、ミシュランの評価を受けた宿と、世界のバレエの予選会場と、地元のバスケットボールチームのアリーナが並んでいる。しかも、その多くを、昔の飛行機会社がいまも持ち続けている。歴史の重なり方として、これほど説明のしがいがある街は、そう多くない。
立川の次の十年──私の見立て
最後に、少しだけ立ち止まって考えたい。
一つの会社が市の25分の1を持ち、街の顔となる施設の多くを手がける。それは、立川の強みであり、同時に一つの賭けでもあると、私は思う。長い時間をかけて一貫した街をつくれる反面、街の行く末が一社の判断に大きく左右される。会社自身が、土地の歴史と広さに起因する社会的責任を自覚する、と方針の一番目に書いたのは、そのことをよくわかっているからだろう。
すべての計画が思いどおりに進むわけでもない。2026年4月、立飛ホールディングスは、創立90周年の事業として取り組んできた戦前の練習機「赤とんぼ(九五式一型練習機)」の復元プロジェクトを、契約期間の満了をもって終えたと発表した。委託先で製作の体制を保つのが難しくなったためだという。立川の空の来歴を形に残す夢は、ここで一つ区切りを迎えた。未来の話ばかりの発表の中で、この一枚だけが、過去を見ていた。
それでも、次の10年の輪郭は見えている。2026年の秋に結婚式場が開き、2027年の3月に駅前のホテルが開く。アリーナでは新しいリーグの試合が続き、GREEN SPRINGS には世界の若いダンサーがやって来る。そして街の人口は、市の予測を追い越したまま、もう少し走り続けるかもしれない。
飛行機を作った会社の土地は、もう飛行機を飛ばさない。代わりに、人を呼び、泊め、競わせ、踊らせる。空へ向かっていた力が、いまは地上で人を集める力に変わっている。
寄り道クイズの答え
答えは(A)愛犬と一緒に泊まれるドッグルーム。THE NEXTT HOTEL の発表には、主な客室の種類として、ダブル、ツイン、スイート、ユニバーサルルーム、和室と並んで、36平方メートルと48平方メートルのドッグルームが挙がっている。コクピットルームと砂浜の部屋は、ない。砂浜なら、立飛駅の前に本物がある。

訪ねる前に
- 都心からは、JR中央線で新宿から乗り換えなしで立川駅へ。神奈川からは、JR南武線が川崎駅と立川駅を結んでいて、乗り換えなしで来られる。時刻と所要時間はJR東日本の公式で確かめてほしい。
- GREEN SPRINGS(立川市緑町3番1)へは、JR立川駅から徒歩約8分、多摩モノレール立川北駅から徒歩約4分(公式サイトの案内による)。TACHIKAWA STAGE GARDEN と SORANO HOTEL もこの中にある: https://greensprings.jp/
- 立飛駅のまわり(ららぽーと立川立飛、アリーナ立川立飛、COMMONS TACHIKAWA TACHIHI)へは、多摩モノレール立川北駅から北へ。立飛駅まで4分(多摩モノレールの案内による)。COMMONS は立飛駅から徒歩約3分、高松駅から徒歩約4分(会社の発表による)。
- THE NEXTT HOTEL は2027年3月1日に開業予定(立川市曙町2-40-15、JR立川駅北口から歩行者デッキで徒歩5分)。予約の受付時期や詳細は、会社の発表のとおり公式サイト等で案内される予定。
- 立川ダイスの試合日程は公式で: https://tachikawa-dice.tokyo /アリーナの催しは: https://www.arenatachikawatachihi.com/
- 立飛グループの開発の一覧と最新の発表: https://www.tachihi.co.jp/our-creations/development/ / https://www.tachihi.co.jp/news-release/
- 組み合わせるなら: 立飛の来歴は特集の立飛の回、GREEN SPRINGS の設計と庭は GREEN SPRINGS の回で。隣の国営昭和記念公園のこれからは、同じ第7弾の昭和記念公園の回で書いた。
立川駅北口へ戻って
ホテルの予定地を見上げ、GREEN SPRINGS の広場を抜け、モノレールで立飛まで往復すれば、立川の北口の未来を一日で歩いたことになる。気づけば、足の裏がじんと重い。
立川駅の北口から徒歩1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオで行うホットヨガのスタジオだ。常温のヨガやピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもあり、ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業は8時から23時30分まで、年中無休で、曜日による違いはない。アリーナの試合やホールの公演を見終えたあとでも、寄る時間は残っている。
ヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。身ひとつで寄れる。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp で確かめられる。
街の次の十年は、まだ半分が設計図の中にある。今日の体は、今日のうちにほどいておく。
冒頭の写真: GREEN SPRINGSのSORANO HOTEL。白い横縞のバルコニーが重なる建物が、青空の下に立つ。(写真: Kakidai / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
立川さんぽ特集のほかの記事
- 立川の空襲と戦争の記憶 北口の広場は建物疎開の跡だった。山中坂の壕と13回の空襲
- 立川の紅葉・イチョウを歩く 都が選ばなかったケヤキと、市でただ一本の天然記念物
- 立川 基地の町の文化を歩く ユーミンが歌ったゲートと、コーラの瓶を返せという通達
- 立川基地と砂川闘争の歴史を歩く──広がらなかった滑走路と、返された土地の使いみち
- 立川の銭湯と湯の文化 6円が600円になるまで、市内に残る3軒の湯けむり
- 立川防災館と立川広域防災基地を歩く──首都の予備の頭脳は、なぜ立川にあるのか
- 立川の橋めぐり 「無名橋」から二階建ての立日橋まで、橋の名前が覚えている街の来歴
- 立川シネマシティの極上爆音上映──映画館が消えた街に、東京初のシネコンが立つまで
- 立川の文化施設をめぐる──「国立」音大は立川にあり、美術館は信用金庫の1階にある
- 立川をサイクリング──昭和記念公園の14キロと多摩川へ、飛行場が選んだ平らな街を走る
- 立川の踊りと市民の祭り 立川音頭は4つある、そして「立川はフラフラだ」
- 立川ゆかりの人びと 小澤征爾は立川の小学校に通い、彗星の発見者は立川で生まれた
- 立川ゆかりの有名人 ノッポさんは立川の高校を出て、「ダバダ〜」の作曲家は立川基地で弾いた
- 立川 ファーレ立川アートの見どころと回り方──世界の巨匠が、駅前で車を止めている
- 立川の農業と直売所を歩く 23区の畑の半分を超える町で、一番広く育つのは木だった
- 立川で始まった「日本初」 世界初の量産電気自動車、全国初の女性議長、サザエさん裁判
- 立川の民話と伝説を歩く 残堀川は大蛇の血の跡と伝わり、送り狼には「ごくろうさま」を
- 立川・普済寺と諏訪神社を歩く 国宝の石と千二百年の社、立川という名が生まれた村
- 立川で働く・生まれる仕事の今と未来──昼の人口が夜より2万人多く、開業率は多摩26市で一番の街
- 立川の新しい文化と公演のこれから──バレエの国際予選も「学園都市」の祭りも駅から歩ける
- 立川の緑と環境のこれから CO2を6割減らす街の足湯と、消えては現れる緑
- 立川と外国人観光の今と未来──東京を訪ねた旅人の2.3%だけが知る街へ、羽田からバス1本
- 立川の人口と子育てのこれから 外れた予言より4万人多い未来と、2028年の峠
- 多摩モノレール延伸はいつ? 箱根ケ崎まで7駅、町田へ16km──立川が多摩の背骨の真ん中になる日
- 立川と首都直下地震のこれから──465億円の新しい防災拠点と、競輪場が避難所になる日
- 立川・昭和記念公園のこれから レインボープール跡地に、なぜ誰も手を挙げなかったのか
- 立川駅周辺の再開発とこれから 「ベッドタウンにしない」と決めた駅前の、デッキとグリーン車の未来
- 立川 GREEN SPRINGSの見どころ 一等地にヤギがいて、屋上に多摩川が流れる
- 立川観光と散歩の総合案内──国宝も南極の氷も砂浜もある、空の都の歩き方
- 立川の地形と坂を歩く 平らな街は、なぜ北から南へ50メートルあまり傾いているのか
- 立川の歴史を歩く(出典つき年表) 畑と桑の村は、なぜ百年で多摩の中心になったのか
- 立川飛行場と神風号 午前2時にロンドンへ発ち、羽田へ帰った国産機と空の都
- 立川は神奈川県だった 明治26年の三多摩東京移管と、賛成の砂川・反対の立川村長
- 立川競輪場(立川けいりん)を歩く──グランプリ発祥のバンクが、街の図書館と学校を建てた
- 立川の子どもの昭和史 駄菓子屋「デモ屋」と、基地のクリスマスに配られた3.5トンの飴
- 立川の航空神社と、羽田より先の「東京飛行場」──空に祈った社はなぜ駐車場の片隅に
- 立川・昭和記念公園のこもれびの里と日本庭園──飛行場の跡に、狛江の名主の家が建っている
- 立川の図書館を歩く──たぬきと招き猫と牛のマーク、図書館の無かった市が全国上位になるまで
- 立川のライブハウスと音楽の街 元キャバレーの舞台と、「TM」が多摩だったころ
- 立川まんがぱーくの見どころと行き方──市役所だった建物で靴を脱ぎ、畳の上の4万冊にもぐる
- 立川の花火大会と祭り 昭和記念公園の五千発は、なぜ打ち上げ場所が秘密なのか
- 昭島散歩 立川から9分、海のない街にアキシマクジラと「島」がある理由
- 福生散歩 横田基地はなぜ横田にないのか、国道16号のアメリカンな街の親は立川飛行場
- 福生の酒蔵散歩 石川酒造と田村酒造場、多摩川のそばで川の水を使わない二つの蔵
- 八王子城跡散歩 立川の武士が仕えた、1日で落ちた山城と日本でただ一つの「桑の都」
- 八王子・高尾山散歩 立川から乗り換えなしで行く「世界一」の山と、首を賭けて守られた森
- 日野散歩 土方歳三と新選組のふるさとへ、立川の岸に「日野の渡し」の碑が立つわけ
- 国分寺散歩 お鷹の道と真姿の池、武蔵国分寺跡を立川から歩く 「はけ」は立川から始まっていた
- 国立散歩 「国立」の立は立川の立──大学通り、一橋大学、谷保天満宮を立川から歩く
- 御岳山散歩 武蔵御嶽神社と御岳渓谷、山の神社は参拝の道順を立川から書き起こす
- 青梅散歩 昭和レトロの街並みと映画看板、青梅線は青梅の人が立川へ引いた線路だった
- 立川・根川緑道から多摩川へ散歩 市名の「川」はどの川か、市も知らない
- 立川・猫返し神社(阿豆佐味天神社)と水天宮──名付け親は宮司ではなくジャズピアニストだった
- 立川の夜景と朝の富士山──冬至の夕日は富士の方角へ沈む、デッキとモノレールの空の時刻表
- 立川の夜を歩く──北口と南口の飲み屋街・横丁の歴史、闇市の広場と10館の映画館
- 立川のラーメンとうどん──ラーメンスクエアと武蔵野の小麦、婚礼のご馳走はうどんだった
- 立川は23区に負けているのか 公園は区部の3倍、富士山は新宿より23キロ近い
- 立川の古い村と史跡を歩く──石碑と井戸ばかり残るのは、村が引っ越し好きだったから
- 立川・オニ公園(錦第二公園)へ子連れで──鬼門を守る赤鬼は方角を45度まちがえたのか
- 立川の公園めぐり 一人あたり都平均の2倍、二百六十の公園と「やり投げの月曜日」
- 立川の町名・地名の由来を歩く 曙町と羽衣町は、なぜ名前を取り替えたのか
- 立川で南極に触れる 入場無料の南極・北極科学館と、飛行場の跡に生まれた研究所街
- 立川 雨の日の過ごし方と時間つぶし──雨が一番多いのは梅雨でなく9月、駅の二階から歩く
- 立川市歴史民俗資料館の見どころ──国宝は複製、蚕は本物。立川の歴史を預かる小さな館
- 立川の桜・花見の名所を歩く 駅前の「玉桜」から根川の土手、基地の引込線まで、百年の花の地図
- 立川の学校と学び舎の街──制服の無い百年校、夜の教室、鐘の鳴る音大、南極を学ぶ大学院
- 立川のロケ地と作品の舞台を歩く──神様も防衛隊員も、なぜ立川へ「休みに」来るのか
- 立川の養蚕と桑畑の歴史 砂川は桑苗の生産で全国一だった、空の都の下に眠る蚕の村
- 立川はなぜ「なんでもある」のか──商業の街の百年、魚屋のスーパーから都内初のIKEAまで
- 立川・昭和記念公園の見どころを歩く イチョウ並木が四角いのは、空のせいだった
- 立川の姉妹都市サンバーナディノと世界──東京で最初の姉妹市と、国際司法裁判所長になった交換高校生
- 立川のお土産と名物──59品の「立川のたいこばん」と、酒蔵のない街にある東京の地酒の本部
- 立川のスポーツ観戦と走る場所──仮設のアリーナから日本一が二度、滑走路から1万人が走る街
- 立川駅の歴史をたどる 村はずれの停車場は、なぜ多摩でいちばんの駅になったのか
- 立川の夏の過ごし方と水遊び レインボープールが眠る公園で、森は30分ごとに霧になる
- 立川・サンサンロードを歩く──車の入れない幅40メートルの道に、冬は60万の灯り
- 立川・立飛の歴史と見どころ 飛ばなくなった会社は、なぜ「飛」の字を手放さないのか
- 立川の歴史と立川氏 街の名を名乗った武士は去り、700年前の古文書だけが帰ってきた
- 立川・多摩モノレールの景色と車窓 立川の隣の駅で、富士に日が沈む
- 立川と多摩川の水害と橋の歴史 汽車は人より37年早く川を渡った、渡し船と堤防の物語
- 立川の玉川上水と砂川を歩く 散歩の見どころと歴史、江戸の水道はなぜ川の下へ潜ったか
- 立川の名物・名産品、東京うど 地下3メートルで白く育つ野菜は、夏を高原で過ごす
- 立川の鉄道さんぽ 200メートル遠回りする「短絡線」と、横田へ燃料を運ぶ列車
- 立川の水道と井戸 蛇口の水はどこから来るのか、街の下に眠る水源井戸をたどる
- 立川はなぜ「東京初」が多いのか IKEAも伊勢丹の支店もシネコンも、西の街から始まった
- 立川の野鳥と生きもの タヌキは下水管で眠り、ホタルは公園に住み、タカの居場所は書かれない
- 立川・矢川緑地と「はけ」を歩く──真冬も15度の小川と、20年減らない湧き水の謎
- 立川の週末さんぽ 横田基地から青梅線で14分、基地の「親」だった街を案内する
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
2



