立川の夏の過ごし方と水遊び レインボープールが眠る公園で、森は30分ごとに霧になる

立川の夏はどこで過ごすか。昭和記念公園のレインボープールは2019年度の営業を最後に休止し、いまは解体と再整備の途中にある。代わりに夏の立川で水と涼しさに出会える場所、霧が湧くこどもの森、根川緑道の水の広場、朝の花と夜の過ごし方、暑さの中の歩き方まで、公的資料でたどる夏の立川ルポ。

昭和記念公園には、時刻表どおりに出る霧がある。毎時00分と30分、森がひとつ、白くなる。

同じ公園の西の端では、かつて年に30万人以上が泳いだ虹の名のプールが、令和元年度の営業を最後に水を張っていない。国の役所の資料は、そこを少し冷たい言葉で呼ぶ。「レインボープール跡地」。跡地、である。

多摩で育った人なら、浮き輪を抱えて西立川駅から公園へ歩いた夏が、一つや二つはあるだろう。私も、立川の夏を書くならあのプールからだと思っていた。では、その夏はどこへ行ったのか。プールが眠っているあいだ、この街の子どもたちはどこで水に触れ、大人はどこで暑さをやり過ごしているのか。夏の立川を、跡地から歩きはじめることにした。

立川の夏の水遊びはどこで──レインボープールはいま休止中

先に答えを書いておく。2026年の時点で、国営昭和記念公園のレインボープールは営業していない。国土交通省の資料によれば、昭和60年度に使いはじめてから夏のシンボルとして親しまれたが、令和元年度、つまり2019年度の営業のあとに利用を休止した。老朽化のためである。令和8年度の国の事業概要には、老朽化したプールの解体・撤去工事を「引き続き行う」とある。

昭和記念公園の水鳥の池。足こぎのボートと水鳥が浮かぶ(秋の撮影)
昭和記念公園の水鳥の池。足こぎのボートと水鳥が浮かぶ(秋の撮影)
写真: Guilhem Vellut from Annecy, France / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons

夏の立川で水と涼しさに出会える場所は、ほかにある。昭和記念公園のこどもの森には、決まった時刻に人工の霧が湧く「霧の森」がある。立川市の根川緑道には、市が「子供たちが安心して遊べる水の広場」と紹介する水辺がある。公園の水鳥の池ではボートに乗れる。そして、暑さに負けそうになったら、市内に231か所の「ひと涼みスポット」がある。

プールは眠っている。だが、夏の水は、街のあちこちに散らばって残っている。この記事は、その散らばった夏を拾い集める話である。

まずは、眠っているほうのプールから始めたい。あのプールは、いつ、どこに、どんなふうに生まれたのか。

初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。

体験レッスンを予約体験専用 03-6665-0898LINE

1985年6月28日、飛行場の跡に虹のプールが開いた

昭和記念公園の公式サイトに、開園からの年表がある。昭和58年(1983年)10月26日、第一期として70ヘクタールが開園する。その次の行が、昭和60年(1985年)6月28日、「レインボープールオープン」。開園面積は82ヘクタールに増えた。一度に12ヘクタール。東京ドームの大きさでいえば2個半ほどが、夏の前に開いたことになる。開園の次の行に書かれた出来事が、プールだった。

梅雨のさなか、夏休みの直前。開業の日付からして、狙いははっきりしている。

公園の土地は、もともと米軍の立川飛行場だった。滑走路と格納庫の並んでいた平らな土地に、まず原っぱができ、その2年後に、九つの種類のプールが並ぶ巨大な水遊び場ができた。子育て情報の媒体やレジャーの予約サイトの紹介記事を見ると、流れるプールに大きな波のプール、ウォータースライダーまで、全部で9種類のプールがそろっていたことがわかる。飛行機が離着陸した土地で、今度は子どもたちが滑り台から水面へ着水する。土地の使い道としては、なかなか筋が通っている。

東京新聞の2024年の記事によれば、レインボープールは開園3年目の1985年にオープンし、最盛期には年間30万人以上が利用した。30万人という数を、私はうまく思い描けない。立川市の人口が18万人あまりだから、市民全員が一夏に一度ずつ泳いでも、まだ足りない。多摩じゅうの、いや東京じゅうの夏が、あのプールに集まっていたのだろう。

このプールには、少し可笑しな置き土産もある。百科事典のウィキペディアは、当時の朝日新聞と読売新聞の記事を引いて、こんな話を書いている。就職氷河期の1995年、公園は就職活動に苦しむ女子大生を応援しようと、8月16日を「女子大生の日」として、レインボープールに無料で招待する企画を行った。日付の根拠は、1913年8月16日に東北帝国大学が女子の合格を発表した、という認識だったという。

この日付は、その後、世間に広まった。ところが、東北大学によれば、日本で初めて女性の合格が発表されたのは8月21日だった。東北大学は2020年、8月21日を「女子大生の日」として日本記念日協会に申請し、正式に登録している。プールの企画が決めた日付を、25年後に大学が正した。プールの水は、案外遠くまで波を立てていた。

公園の水遊びは、プールだけではなかった。公式サイトの渓流広場の頁には、意外な一文がある。いまでは春のチューリップガーデンとして知られる渓流広場は、オープンした昭和63年当初、水遊びができる広場として使われていたという。渓流広場は、みんなの原っぱの西側を約700メートルにわたってゆるやかに流れる水辺である。公式の文章は、チューリップの間を流れる渓流で水着の子どもたちが遊んでいたと考えると不思議な感じがする、と自分で首をかしげている。公園の歴史を書く当事者が、いちばん驚いている。

立川市の年表をめくると、昭和の立川には、ほかにも夏の水があったことがわかる。昭和37年(1962年)、諏訪の森公園に遊園地が完成。昭和48年(1973年)には多摩川緑地公園が完成し、同じ年に「見影橋公園プール開園」の一行がある。立川基地の全面返還が決まったのも、この年だった。返還の決まった基地の街に、市のプールが一つ開いた年である。

いま、市のスポーツ施設の案内に見影橋公園の名前で並ぶのは、陸上競技場と野球場で、プールの名は見当たらない。諏訪の森公園も、市の紹介では、かつて神社を囲んでいた鎮守の森の一部が戦後に整備され、近代的な市民公園に姿を変えた場所として書かれていて、遊園地の話は出てこない。昭和の夏の水は、年表の一行にだけ残っている。

並べてみると、こうなる。

  • あのころ(昭和60年の夏): 開いたばかりの9種類のプールに、のちに年30万人以上が集まる。昭和63年、渓流広場では水着の子どもが流れに入っていた。
  • いま(令和8年の夏): プールは解体と撤去の途中。渓流広場は春のチューリップの庭になり、水着の子どもは、こどもの森の霧の中にいる。

昭和を知る人には、浮き輪の匂いと日焼けの痛みがよみがえる対比だろう。平成の終わりに生まれた人には、あの公園に巨大なプールがあったこと自体が、たぶん新しい。

かつての立川の夏は、水着で過ごすものだった。それが、なぜ、跡地になったのか。

「跡地」という言葉と、2030年代の夏

国土交通省関東地方整備局の事業評価の資料(令和5年)には、プールの現状を写した写真が載っている。見出しは「老朽化に伴うプールの休止」。写真の脇には「プール給水口の劣化状況」とある。1985年から2019年まで、35回の夏のあいだ、何十万人分の水を回してきた設備である。疲れていて当然だろう。東京新聞も、近年は利用者が減る傾向にあり、設備の老朽化も進んでいたと書いている。客足と配管が、同じころに年を取った。

同じ資料によれば、公園の昭島市側には、整備の要るエリアが集まっていた。プールのほかにも、東京都が使っていた残堀川の調節池が移転し、平成30年度末に約2ヘクタールの土地が国に返されている。公園の西の端で、更地とプール跡が並んで、次の役目を待っていることになる。プールに近い昭島口の周辺は、公園を設計した当初、基地の返還地のうち使い道の決まっていない留保地だった。だから昭島口のゲートは、脇役のサブゲートの扱いだった。ところが2018年以降、隣の立川基地跡地昭島地区で区画整理が進み、法務省の施設、住宅地、商業施設、清掃工場が次々に立った。周りに街が育ち、公園の裏口に、表玄関の役目が回ってきつつある。プールの再整備は、その流れの中にある。

公園そのものの人気が落ちたわけではない。国の令和8年度の事業概要によれば、年間の入園者はコロナ禍の前は例年400万人前後で、令和2年度には約179万人まで落ちこんだが、令和7年度には約380万人まで戻っている。人は戻ってきた。戻ってきた人を迎える夏の水だけが、まだ戻っていない。

東京新聞によれば、2024年3月、公園事務所はプールを解体・撤去し、跡地に一年を通じて水と触れ合える「親水空間」を造る再整備の方針案を公表し、意見を募った。

そして2025年3月、国は民間の資金と知恵を借りる公募設置管理制度(Park-PFI)で、事業者の募集を始めた。募集の資料を読むと、昭島口の周辺を三つに分け、そのうちの一つを「新水空間リニューアルエリア」と名づけている。親水施設とレイクサイドのレストランを置く計画で、使いはじめる目安は2030年度中とされていた。残りの二つは、新しいゲート棟とサイクリングセンター、駐車場を置く「新昭島口ゲートエリア」と、新しい遊びの施設とバーベキューガーデンを置く「新レクリエーションエリア」。事業者は施設を使いはじめてから20年間、延ばす場合は30年間運営し、そのあとは撤去して元に戻す決まりだった。20年後の夏まで見越した、ずいぶん気の長い話である。

だが、話はそう簡単には進まなかった。2025年6月16日に参加表明の受付を締め切ったところ、提出は一件もなかった。公園事務所の頁には、参加表明書類の提出はございませんでした、と正直に書いてある。夏の目玉を作り直す話に、手を挙げる者がいなかったのだ。

国はあきらめていない。2026年3月の発表によれば、公募の条件を見直し、令和8年度末の再公募に向けて準備を進めている。4月には民間事業者向けの現地説明会を開き、見学先には「現昭島口ゲート」と並んで「レインボープール跡地」が挙がっていた。説明会の案内は、35回分の夏を、さらりと見学先の一つに数えている。

国の令和8年度の事業概要は、公園が開園から42年たち、施設の老朽化を含めて公園を取り巻く状況が変わってきたことに触れ、そのために昭島口周辺の再整備を進めていると説明している。35回の夏がプールの働いた年月で、42年が公園の年齢である。

プールの跡に、いつ、どんな水辺ができるのかは、まだ決まっていない。決まっていないということだけが、いまは確かだ。

では、プールのない夏、立川の子どもたちはどこで水を浴びているのか。公園の北の端の森に、答えの一つがある。

こどもの森の「霧の森」──毎時00分と30分に、森が白くなる

昭和記念公園のこどもの森は、平成4年(1992年)10月9日に全面オープンした、子どものための森である。公式サイトには、遊び場の名前が童話の目次のように並ぶ。月の丘、地底の泉、森のとりで、虹のハンモック、空のすべり台、太陽のピラミッド、石の谷、ドラゴンの砂山。

昭和記念公園こどもの森の石の谷。大きな石が並び、奥に木の橋が架かる
昭和記念公園こどもの森の石の谷。大きな石が並び、奥に木の橋が架かる
写真: Guilhem Vellut from Annecy, France / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons

夏に私が気になるのは、その中の「霧の森」だ。公式の説明はこうである。突然、真っ白な霧がたちこめれば、そこはメルヘンの世界。霧が出るのは午前10時から午後3時まで、毎時00分と30分から15分間。湿度が高いときは5分間になる。

冒頭に書いた霧の時刻表は、これである。メルヘンの世界は、実に几帳面だ。30分ごとに15分。つまり、一日の昼間のちょうど半分、森は白く煙っていることになる。夏の日なたで汗をかいた子どもが、00分を待って森へ駆けこむ。大人は時計を見ながら、子どもの後ろ姿が霧に消えるのを待つ。

ほかの遊び場の説明も、読んでいると楽しい。太陽のピラミッドは、長い階段を登ればこどもの森がすみからすみまで見渡せる。石の谷は大きな石が並ぶ渓谷で、登ったりくぐったりできるが、「谷のはし」の下の石の壁には絶対に登らないと約束してくださいね、と公式サイトは子どもに直接念を押している。ドラゴンの砂山には大きなドラゴンが4匹いて、口を開けて待っている。ただし、遊具の安全基準が強くなって、ドラゴンには登れなくなった、と但し書きがある。登れないドラゴンが、口だけ開けて砂山で待っている。子どもに人気の怪物も、時代の決まりには逆らえない。

霧には休みもある。12月から2月は、凍結を防ぐために霧を止めるという。冬の霧は凍る。だから霧の森は、夏のための森なのだ。

こどもの森の入口、ワクワク広場でも、公式の説明によれば「ようこそ」と霧や噴水がとつぜん出むかえることがある。地底の泉は、いん石の落ちたあとのような大きなすりばち状の穴で、その底には季節によって水の量が変わる不思議な泉があるという。

森の一角には、公式サイトが「日本一の大きさのハンモック」と書く虹のハンモックが吊られている。小学生以下の専用だ。昭和記念公園の記事でも書いたので、ここでは一つだけ付け加える。2026年は、5月、7月、9月、11月と翌年1月の決まった水曜日に、終日の点検で使えない日がある。夏休みの計画を立てる人は、7月の第2水曜日を避けたほうがいい。日本一の遊具にも、健康診断の日がある。

家族で行く人のために、実用の話も書いておく。こどもの森の遊具は午前9時30分から、閉園の30分前まで使える。白いドームの「雲の海」は閉園の45分前までで、中学生以下の専用。朝露や凍結で開園時から使えない日もあるという。森の中にはインフォメーションの「森の家」があり、救護室と赤ちゃん休憩室を備え、スタッフが常駐している。ベビーカーは各ゲートで無料で借りられ、公式サイトによれば立川ゲートに12台、西立川ゲートに15台、砂川ゲートに8台ある。当日の先着順なので、夏休みの週末は早い者勝ちだ。

こどもの森は、公園の北側にある。公式の案内によれば、立川ゲートから歩いて約35分、西立川ゲートから約25分、砂川ゲートから約23分。夏の昼に立川駅から歩いて行くと、霧に着く前に自分が蒸発しかねない。立川駅北口からバスで砂川口へ回るか、西立川駅から入るのが現実的だろう。

霧の森のほかにも、昭和記念公園には夏の水がある。だが、それを見るには、霧より少し早起きが要る。

初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。

体験レッスンを予約体験専用 03-6665-0898LINE

💬 ご質問がある場合はこちらからどうぞ

オンザショアのチャットで質問する(24時間受付)

レッスン内容・料金・体験のご予約など、気になることをお気軽にお尋ねください。

1

2

Warning: Attempt to read property "show_author" on false in /home/c1531448/public_html/ontheshore.jp/wp-content/themes/heal_tcd077/single.php on line 165

関連記事

PAGE TOP
ご体験予約