立川の夜景と朝の富士山──冬至の夕日は富士の方角へ沈む、デッキとモノレールの空の時刻表

立川の夜景と朝の景色を、駅のデッキとモノレールの高架、多摩川の朝靄、冬の富士山でたどる。立川から見た富士山は冬至の夕日とほぼ同じ方角にあり、日の入りがいちばん早いのは冬至ではなく12月初め、いちばん晴れる月は1月。天文台と気象庁の数字で読む、立川の空の時刻表。

立川南駅の隣、柴崎体育館駅のホームでは、毎年冬に二度、富士山の頂へ夕日が落ちる。冬至の当日を、なぜかきれいに避けて。

立川に夜景はあるか。そう聞かれたら、たいていの立川市民は首をかしげるだろう。展望台のある超高層ビルはない。港も、ベイブリッジもない。私もそう思っていた。夜の立川は、明るい駅前と、暗い基地の跡地の街だと。

だが、空の時刻表を調べはじめて、考えが変わった。立川から見ると、富士山は、冬至のころの夕日が沈む方角とほとんど同じ向きにある。さらに調べると、日の入りがいちばん早いのも冬至ではなく12月の初めで、この辺りでいちばん晴れている月は、真夏ではなく1月だった。

なぜ、夕日は冬至の日を避けるように富士の頂へ落ちるのか。その謎を抱えて、夜の立川から朝の立川まで、時間の順に歩いてみる。

立川の夜景は、駅のデッキとモノレールの高架から見る

立川の夜景を見るなら、まず駅の北口のデッキに上がるのがいい。改札を出れば、そこがもう地面より一段高い場所だからだ。

日暮れの立川駅北口。デッキのアーチの奥に、窓の明かりがともる駅ビルが見える。
日暮れの立川駅北口。デッキのアーチの奥に、窓の明かりがともる駅ビルが見える。
写真: Ludvig14 / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

立川市の年表によれば、北口と南口の駅前広場に歩行者専用のデッキが一部開通したのは平成13年(2001)、南口と北口のデッキがつながったのは平成17年(2005)。北口の駅前に時計塔とモニュメントが置かれたのは昭和62年(1987)で、デッキのアーチが塗り替えられたのは平成25年(2013)だ。夜になると、そのアーチの下を、帰りの人とこれから出かける人がすれ違っていく。

デッキの上から見る夜の駅前は、二層になっている。足元の地面にはバスの列と車のライトが流れ、目の高さには百貨店と駅ビルの窓の明かりが並ぶ。そしてその上を、モノレールの灯りがゆっくり横切っていく。北口のデッキから伊勢丹の方へ歩くと、立川北駅のホームが頭上に見えてくる。多摩モノレールの軌道は道路の上の高い桁にあり、夜の車両は、明かりのついた箱が空中を滑っていくように見える。

モノレールに乗ってしまうのも手だ。立川北駅から南へ向かえば、立川南駅、柴崎体育館駅を過ぎて、平成元年(1989)に開通した立日橋の上空で多摩川を渡る。夜の多摩川は黒い帯になり、その向こうに日野の街の灯が点々と続く。高い場所から川を渡る夜景は、多摩でもそう多くない。

昭和の駅前の夜は、明かりの種類が違っていた。このまちアーカイブスによれば、1960年代、立川駅の周りには映画館が10館あった。昭和45年(1970)には伊勢丹が新しい店に移り、立川髙島屋が開いている。昭和57年(1982)には線路の上に駅舎が載り、北口に駅ビル「WILL」が開いた。ルミネ立川に名を変えるのは平成4年(1992)だ。あのころの駅前の夜を照らしていたのは、10館の映画館と、地面から建つ百貨店の明かりだった。いま、その光は二階のデッキの高さに上がり、さらにその上を、平成10年(1998)11月27日に走りはじめたモノレールの灯りが通る。駅前の夜の光は、半世紀かけて、地面から空中へ一段ずつ上ってきた。

光の名所も、季節ごとに増える。冬には、北口のサンサンロードの48本のケヤキに、1本あたり約1万球、合わせて約60万球の明かりが灯る「たちかわイルミネーション」がある。2025年は11月1日から翌年1月18日まで、夕方5時から夜12時まで点いていた。秋には昭和記念公園で、令和元年(2019)から黄葉のライトアップが行われている。どちらも特集の祭りの一編と公園の一編に書いたので、ここでは名前だけにしておく。

サンサンロードの先のGREEN SPRINGSは、2025年の国土交通省の資料によれば24時間開いている広場だ。日が沈むと点灯し、その日の気象条件で光り方を変える作品もある。夜景と呼ぶには控えめだが、夜中に水音を聞きながら座れる駅前の広場は、そう多くない。

デッキの夜景は、派手さで言えば都心にかなわない。だが、地面と二階と空中の三段に光が重なる駅前は、立川ならではの眺めだ。そしてこの駅前の夜には、もう一つ、目に見えない特徴がある。

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昼より2万4千人少ない夜

夜の立川は、昼の立川より、人が少ない。当たり前のように聞こえるが、その差が大きい。

東京都がまとめた令和2年の国勢調査の数字によれば、立川市の昼間の人口は207,832人、住んでいる人の数は183,581人。昼のほうが2万4千人あまり多く、昼と夜の比率は113.2になる。多摩の26市でいちばん高い数字だ。昼のあいだに市の外から集まった人が、夕方になると改札へ向かい、それぞれの街へ帰っていく。

駅の数字も、それを裏づける。JR東日本の2024年度の各駅の乗車人員によれば、立川駅で1日に乗る人は平均154,091人。定期券の人が80,286人、それ以外が73,805人だ。JR東日本の駅の中で14番目に多い。住んでいる人の数が18万人あまりの市で、毎日15万人がこの駅から電車に乗っていく。朝に降りた人の多くが、夜にはまた乗って帰る。立川の夜は、毎日、この大きな引き潮から始まる。

夕方のデッキの人波は、その2万4千人の帰り道でもある。北口のデッキに立って、改札へ吸い込まれていく人の流れを見ていると、街が一日の終わりに大きく息を吐いているように見えてくる。夜景とは、建物の明かりだけでなく、人が去っていく時間の景色でもあるのだと思う。

昭和の夜の空は、いまとはまるで違っていた。このまちアーカイブスによれば、昭和25年(1950)に朝鮮戦争が始まると、立川基地は米軍の極東最大の輸送基地になり、飛行機の騒音が問題になった。米軍が立川での飛行停止を発表したのは昭和44年(1969)。年配の人なら、駅の北の空を低く横切る大きな輸送機の音を覚えているかもしれない。

いまも立川飛行場は、陸上自衛隊の飛行場として使われている。立川市が駐屯地からの情報として載せている案内によれば、飛行は通常、平日の午前8時から午後8時まで。土日と祝日は、原則として訓練の飛行をしていない。あのころ、立川の空の悩みは輸送機の騒音だった。いま、夜8時を過ぎた立川の空を走っているのは、静かなモノレールの灯りだ。若い人には信じがたい話だろうが、駅の北の空は、かつて極東最大の輸送基地の空だった。

夜の立川が静かになったのは、半世紀ほど前からのことにすぎない。その静かな空に、冬になると、もう一つの見ものが現れる。

日の入りがいちばん早いのは、冬至ではない

夜景の話をするなら、夜がいつ始まるのかを知っておきたい。国立天文台の暦計算室は、東京の日の出と日の入りの時刻を毎日分、公開している。立川は東京の基準点より少し西にあるので、時刻はわずかに遅くなるが、季節の傾きはほぼ同じだ。

その表を眺めていて、私は妙なことに気づいた。2026年の東京で日の入りがいちばん早いのは16時28分で、12月1日から13日までがその時刻だ。冬至の12月22日の日の入りは16時32分。冬至のほうが、4分遅い。

日の出のほうも、ずれている。12月22日の日の出は6時47分。ところが1月1日から13日の日の出は6時51分で、こちらのほうが遅い。つまり、昼がいちばん短い冬至の日は、日の入りがいちばん早い日でも、日の出がいちばん遅い日でもない。夕方は12月の初めにいちばん早く暗くなり、朝は1月の初めにいちばん遅く明ける。冬至はその真ん中で、少しずつ両方に譲っている。

これは地球の軌道と地軸の傾きによる、よく知られた現象らしい。だが、知識として知っているのと、自分の街の時刻表で確かめるのとでは、驚きの大きさが違う。12月初めの夕方、仕事帰りに北口のデッキに出ると、もうすっかり暗い。それが一年でいちばん早い夜なのだ。冬至を待たずに、夜はもう底を打っている。元日の日の入りは16時38分で、12月初めより10分も遅い。年が明けたころには、夕方はもう少しずつ延びはじめている。正月の夕暮れが妙に長く感じられるのは、たぶん、ごちそうのせいだけではない。

夏はどうか。2026年の東京では、日の出がいちばん早いのは4時25分で、6月6日から21日まで続く。日の入りがいちばん遅いのは19時01分で、6月24日から30日。夏至の6月21日は、日の出4時25分、日の入り19時00分だ。冬至の日と比べると、日の出は2時間22分早く、日の入りは2時間28分遅い。同じデッキに同じ時刻に立っても、夏と冬とで、見える空はまったく別のものになる。

天文台の表には、日の出と日の入りの方角も載っている。夏至の日の出は方位60度、日の入りは300度。冬至の日の出は118.6度、日の入りは241.4度。夏の太陽は北寄りから昇って北寄りへ沈み、冬の太陽は南寄りから昇って南寄りへ沈む。この241.4度という数字が、冒頭の謎の鍵になる。

春と秋の真ん中の日にも、ささやかな発見がある。2026年の春分の日、3月20日の東京は、日の出が5時45分で方位89.8度、日の入りが17時52分で方位270.5度。太陽はほぼ真東から昇り、ほぼ真西へ沈む。ところが、昼の長さを数えると12時間7分になる。秋分の9月23日も、日の出5時29分、日の入り17時37分で、12時間8分。昼と夜が同じ長さになるはずの日に、昼のほうが7分ほど長い。日の出と日の入りを、太陽の中心ではなく上の縁が地平線に触れた時刻で数えることや、大気が光を曲げることが理由だと、一般には説明されている。暦の上の「昼夜同じ」は、天文台の時刻表の上では、少しだけ昼びいきなのだ。

春分と秋分の夕方、立川の駅前から西へ延びる道に立つと、夕日はほぼ真西に落ちる。富士の方角の239度よりずっと北だ。そこから冬至へ向けて、夕日は毎日少しずつ南へ、つまり富士の方へにじり寄っていく。秋の夕暮れは、富士へ向かう太陽の旅の途中でもある。

数字で読む 立川の夜と朝

  • 16時28分 — 東京で日の入りがいちばん早い時刻。冬至ではなく、12月1日から13日。冬至はこの4分あとに沈む。
  • 4時25分 — 夏至のころの日の出。昭和記念公園の無料区域が開く8時30分まで、4時間あまり待つことになる。
  • 239 — 度。立川駅から見た富士山の方角を、私が座標から計算した値。冬至の日の入りの方角は241.4度。
  • 72.6 — キロ。立川駅から富士山頂までの直線の距離の計算値。同じ計算で新宿駅からは約95キロ。立川は、都心より23キロほど富士に近い。
  • 201.3 — 時間。府中の1月の日照時間の平年値。1年でいちばん長い。真夏の7月より50時間あまり多い。
  • 1.3 — 日。都心の観測点で1年に霧が観測される日数の平年値。朝靄の多くは、たぶん霧ではない。

では、その241.4度の方角に、何があるのか。

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