立川の公園めぐり 一人あたり都平均の2倍、二百六十の公園と「やり投げの月曜日」

立川の公園は昭和記念公園だけではない。市民一人あたりの都市公園面積は都平均の2倍、市が管理する公園と広場はおよそ260。いちばん広いのは多摩川の河川敷で、立川公園の陸上競技場には月曜はやり投げ、木曜からはボール遊びの日がある。鎮守の森、線路の跡、ただ一つの地区公園、西砂の水玉公園まで、統計と市の資料でたどる立川の公園めぐり。

立川市民一人あたりの公園の広さは、23区の住民のおよそ3倍ある。都民の平均と比べても、2倍だ。

立川の公園はどこか、と聞かれれば、たいていの人は迷わず昭和記念公園と答える。私もそう答えてきた。あれほど大きな公園が駅の北にあれば、ほかの公園は目に入らない。満月の夜に、星が見えなくなるのと同じことだ。

だが、市の公園案内図を開いてみて、私は少したじろいだ。地図の余白を埋めつくすように、公園の名前が並んでいる。大山公園、上砂公園、砂川七東第四公園。第四まである。西砂一みずたま公園、西砂一しずく公園、西砂一うずまき公園。水にまつわる三姉妹のような名前もある。数えていくうちに、二百を軽く超えた。

そこで、一つの問いが浮かんだ。立川は本当に公園の多い街なのだろうか。それとも、一つの巨大な公園が、街全体の緑の顔をしているだけなのだろうか。統計と市の資料を手に、昭和記念公園ではないほうの立川の公園を歩いてみることにした。

立川の公園はいくつあるのか──統計が数えた「およそ260」

まず、数を確かめておく。立川市の統計年報によれば、2024年4月1日の時点で、市内の都市公園は街区公園79、近隣公園7、地区公園1、総合公園2、広場公園4、緑地8の、合わせて101か所。これとは別に、都市公園の法律の外にある小さな公園や遊び場が157か所ある。足して258。東京都が毎年まとめる「公園調書」の2026年4月1日現在の表では、市が管理する都市公園が101、それ以外の公園が159で、こちらは260になる。年によって少しずつ増えている。立川の公園は、およそ260と覚えておけばいい。

冒頭の数字は、同じ都の表から来ている。立川市民一人あたりの都市公園の面積は9.08平方メートル。都内全体の平均は4.30平方メートル、23区の平均は2.93平方メートルだ。立川の市民は、都民の平均のおよそ2倍、23区の住民の3倍の公園を持っていることになる。市の面積に占める都市公園の割合も6.97%で、多摩の市の平均3.91%の倍近い。

ここで胸を張りたくなる。だが、表をもう一度見ると、からくりも見えてくる。立川市の都市公園の面積は合わせて約170ヘクタール。そのうち約108ヘクタールは、国営公園、つまり昭和記念公園の立川市の側の部分だ。都市公園の面積の6割強を、一つの公園が担っている。ついでに書けば、同じ表で昭島市の欄にも国営公園の約62ヘクタールが載っている。昭和記念公園の3分の1余りは、昭島市にあるのだ。立川の看板を背負った公園の、意外な戸籍である。

では、昭和記念公園を差し引いたら、立川はただの街に戻るのか。計算してみた。国営公園を除いた市立と都立の都市公園は約62ヘクタールで、一人あたりにすると約3.3平方メートル。23区の平均の2.93平方メートルを、それでもまだ上回る。巨人の陰に隠れていたが、小さな公園たちも、なかなかの働き者だったのだ。

では、その働き者の中で、いちばん大きいのはどこか。答えは、私の予想した場所ではなかった。

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いちばん広い市の公園は、川の中にある

統計年報の表には、「緑地」と分類された8か所が載っている。合計はおよそ21.6ヘクタール。そのうち柴崎町に数えられた1か所だけで、約18万平方メートルある。注記を読むと、この1か所は多摩川緑地だ。多摩川の河川敷に広がる緑地で、柴崎町の部分だけで、市が管理する都市公園の面積全体の3割を超える。

つまり、立川市が管理するいちばん広い公園は、川の中にある。駅前のビル街から南へ歩き、堤防を越えた先の、水が増えれば沈むこともある土地だ。市の施設案内を見ると、その一角にある多摩川緑地野球場の所在地は「柴崎町5-11先」と書かれている。番地の「先」。番地が尽きた、その先の土地。住所の書き方からして、ここが街の外れであることを正直に告げている。

この野球場は軟式野球や少年野球、ソフトボールのための球場で、使えるのは市内の団体だけだ。上流側の錦町には立川公園新堤防運動広場があり、少年野球やサッカーの練習に使われている。こちらも市内の団体だけの施設だ。立川の子どもたちの休日は、ずいぶん多摩川の上で過ごされているらしい。多摩川緑地からの富士山の眺めについては、根川と多摩川を歩いた記事に譲る。

この河原は、昔から立川の遊び場だった。ただし遊び方がまるで違う。市史編さんの広報紙『たちかわ物語』は、明治から昭和の初めにかけての多摩川を、こう紹介している。娯楽の少なかった時代、多摩川は水浴びや釣り客でにぎわう夏の代表的な行楽地で、屋形船に乗って鵜飼いの鮎漁を眺め、とれたての鮎を味わうのが贅沢な休日の過ごし方だった。日野橋の近く、いまの錦町には、鮎料理専門の料亭まであったという。広報紙に載った昭和の初めの写真には、河原に船の待合所を兼ねた小屋が建ち、人影が群れている。

戦後の河原には、もう少し荒々しい時代もあった。ウィキペディアの多摩川の項は、戦後、立川や調布の米軍基地の建設や高度経済成長の工事のために砂利の採掘が続き、堤防の内外に採掘の跡が点在して、雨水のたまった穴で子どもが溺れる被害も出た、と書いている。

あのころ/いま──多摩川の河原

  • あのころ(明治〜昭和初め): 屋形船、鵜飼い、とれたての鮎。河原には船の待合所の小屋。
  • あのころ(戦後): 砂利を掘った跡が、塹壕のように点在する河原。
  • いま: 少年野球の歓声と、ソフトボールのベース。住所は「柴崎町5-11先」。

鮎を眺めた河原で、いまは子どもが白球を追う。遊び方は変わっても、立川の人が夏に川へ下りていく習慣だけは、どうやら変わっていない。

川の中の公園の次は、川のほとりの公園へ向かう。そこには、曜日によって性格の変わる、奇妙な競技場があった。

立川公園の月曜日は、やり投げの日

立川公園は柴崎町と錦町にまたがる広域の総合公園で、延長約1.3キロメートルの根川緑道を背骨に、体育館や野球場、陸上競技場が点在している。根川緑道の桜や水辺については別の記事で歩いたので、一つだけ書き添える。『たちかわ物語』によれば、根川には昭和20年代までボート乗り場があり、船着き場には茶店も建っていた。桜の下でボートをこぐ風景は絵はがきにもなったという。いまの緑道を歩く若い人には信じにくい話だが、年配の人なら覚えているかもしれない。ここでは、そのほとりの陸上競技場の話をしたい。

立川公園の背骨にあたる根川緑道の遊歩道。木々に挟まれた道が奥へ続く。
立川公園の背骨にあたる根川緑道の遊歩道。木々に挟まれた道が奥へ続く。
写真: 根川孝太郎 / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

市の案内によれば、立川公園陸上競技場は、団体の予約が入っていない日に無料で個人に開放されている。面白いのは、その開放の中身が曜日で変わることだ。日曜日から水曜日までは、陸上競技専用。しかも投てき種目の個人利用は、曜日が決まっている。月曜日はやり投げ、火曜日は円盤投げ、水曜日は砲丸投げ。

週の始まりに槍が飛び、火曜日には円盤が回り、水曜日には鉄の球が落ちる。会社の朝礼で月曜日を憂鬱に過ごしている人は多いが、立川公園の月曜日は、少なくとも槍のように一直線だ。なお、個人の利用者に道具の貸し出しは無い。槍は自分で持ってくる。月曜の朝の立川には、傘より長いものを抱えて改札を出る人が、どこかにいるはずだ。

木曜日から土曜日になると、競技場の顔ががらりと変わる。インフィールドに置かれたコーンの内側が「ボール遊びゾーン」になり、サッカーや軟式のキャッチボール、バスケットボールができる。ただし、バットやゴルフクラブのような道具は使えない。受付は施設管理棟で、10人未満で使うことが条件だ。

この開放が、なぜありがたいのか。市の公園の「よくある質問」を読めば、すぐにわかる。市内の公園では、幼児がビニールなどの柔らかいボールで遊ぶ場合を除き、ボール遊びは全域で禁止されている。二百六十の公園で、少年がボールを蹴れる場所は、原則として無いのだ。その子が思い切りボールを蹴れるのは、木曜日の陸上競技場ということになる。砂川町の見影橋公園の陸上競技場も、団体の予約が無い時間には、ボール遊びのできる競技場として無料で開放されている。

もう一つ、地図の上の小さな一致にも触れておく。市の資料によれば、立川市でいちばん標高の低い地点は錦町6丁目付近だ。立川公園陸上競技場の住所も、錦町6丁目である。市でいちばん低い土地で、人は月曜ごとに槍を空へ放っている。

陸上競技場の北、柴崎市民体育館の北側には、2017年4月に開園したガニガラ広場がある。昔このあたりに蟹がたくさんいたので「がにがら」と呼ばれていたのが名前の由来だと市は書く。そして、市の環境ブック2025年版には、もう一つ、見逃せない一行がある。2021年、市民の会がガニガラの田んぼの裏の水路にゲンジボタルの幼虫を放したところ、ホタルがそこに自生するようになったという。蟹は去ったが、光るものが来た。

槍とボールの公園をあとに、北へ向かう。次に待っていたのは、神社の森だった公園と、1平方メートルずつ値段の付いた芝生である。

鎮守の森と、芝生1平方メートル6円──諏訪の森公園と諏訪の森広場

柴崎町の諏訪神社から、道路を一本隔てた北側に、諏訪の森公園がある。市の案内によれば、ここはもともと神社を取り囲んでいた鎮守の森の一部で、戦後に整備されて市民公園に姿を変えた。約1,200年の歴史をもつと伝わる神社の森は、かつて昼でも暗がりになるほど木々が生い茂っていたという。いまも園内には丈の高い木が立ち並び、緑を求めて野鳥が数多く集まってくると市は書く。立川市緑化推進協議会が2003年2月に選んだ「立川市緑の十二景」にも、諏訪神社と諏訪の森は7番目に入っている。

公園の東隣には、諏訪の森広場が続く。旧柴崎学習館の跡地につくられた広場で、2017年7月14日に芝生を含めて全面の供用が始まった。面積は3,971.71平方メートル。そのうち芝生が約1,817平方メートル。設備の一覧には、車いすに対応した水飲み場が1、ベンチが7、そして「背伸ばしベンチ」が1と書かれている。普通のベンチが7つと、背を伸ばすためのベンチが1つ。座る人と、反る人。広場は両方を想定している。

私がいちばん気に入ったのは、この広場の使用料の書き方だ。イベントなどで広場を独占して使うとき、使用料は1日につき1平方メートルあたり6円。100円に満たなければ100円に切り上げる。つまり、芝生の上にレジャーシート1枚分を独占しても、最低100円で足りる計算になる。入場料を2,001円以上取る催しなら使用料は倍になり、営業目的の撮影なら5割増し。一方で、構成員の半数以上が市内に住むか通う18歳以下の団体などは、使用料が免除される。芝生の値段の付け方に、街が何を大事にしたいかが透けて見える。

数字で読む立川の公園

  • 9.08 — 平方メートル。立川市民一人あたりの都市公園の面積。都平均の約2倍。ただし6割強は昭和記念公園の貢献。
  • 3割超 — 多摩川緑地(柴崎町の部分)が、市の管理する都市公園の面積に占める割合。いちばん広い市の公園は、川の中にある。
  • 69 — 基。市内28か所の公園に置かれた健康遊具の数。大人も、ぶら下がっていい。
  • 448 — 本。市が保護指定した保存樹木(2023年4月時点)。1本に年4,500円の補助が出る。
  • 6 — 円。諏訪の森広場の芝生1平方メートルを1日借りる値段。
  • 560 — 平方メートル。たちかわ中央公園スケートパークの広さ。管理は利用者自身の運営委員会が担う。

鎮守の森が公園になり、学習館の跡が芝生になった。立川の公園の多くは、何かの跡地である。そして、その最も大きな例が、次に歩く栄町と泉町にある。

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