
線路の跡と、雑木林と、ただ一つの地区公園
栄町の南東の端から北西へ、芋窪街道まで、町を縦に貫く緑道がある。栄緑地だ。延長は約1.6キロメートル。市によれば、立川基地の時代、ここは物資の輸送に使われた引込線で、基地の跡地利用の第一歩として整備され、1980年に遊歩道として完成した。線路の来歴は特集の別の記事に詳しいので、ここでは一つだけ足しておく。同じ経緯を、市史編さんの広報紙はもう少し細かく書く。大正11年の飛行場の建設とともに貨物専用の引込線が敷かれ、戦後は米軍も使い、昭和52年に基地が全面返還されると線路が撤去されて、昭和55年に遊歩道へ生まれ変わった。昭和の終わり近くまで、ここは鉄の道だったのだ。この緑道の南砂小学校の北には、市の一覧によれば、健康遊具も置かれている。かつて貨車が通った道で、いまは大人が腹筋をしている。
公園が「昭和の町の仕事」だった例も、富士見町にある。富士見町1丁目の富士塚公園だ。市史の民俗調査によれば、戦後、米軍の駐留にともなう風紀の乱れから青少年を守るために、町会が主導して児童会館を建てたのがこの場所で、塚の上に浅間様を祀ったのをきっかけに周りを公園にする計画が持ち上がり、昭和27年に完成した。いまもこの公園は町会の祭礼の拠点だという。役所ではなく町の人が、子どものために公園をこしらえた。そういう時代が、立川にはあった。
健康遊具とは、市の言葉を借りれば、青空の下で気軽に運動し、体を鍛えるための大人向けの施設だ。2025年12月1日現在の一覧表には、28か所、69基が並ぶ。十字懸垂ベンチ、かべ渡り、フライングリング、ツボ押し、トレーニングタワー。中には西砂六南公園の「ちょいトレぴょんぴょん」という遊具まである。名前を読み上げるだけで、少し体が温まる。
雑木林が見たければ、幸町の川越道緑地へ行く。五日市街道の北、平成新道沿いにこんもりと茂る木立で、遠くから眺めると小さな森のように見える。コナラ、クヌギ、ケヤキ、エゴなどが自生する雑木林で、市はここを、かつての武蔵野の姿を色濃く残す場所だと紹介する。地形の上では武蔵野段丘と立川段丘の境にあたり、一帯は傾斜地になっている。落ち葉が積もって腐葉土になっていく、その営みに直に触れられる場所だとも書いてある。緑地の中には、市指定文化財の小林家住宅と須﨑家内蔵が移された古民家園があり、無料で見学できる。
川越道緑地がある幸町の周辺は、市が武蔵野の樹林地を重点的に守ってきた地域でもある。市の保護指定の制度を読むと、樹木の場合、地上1.5メートルでの幹回りが1.5メートル以上、高さ10メートル以上などの基準を満たすと保存樹木に指定され、所有者には1本あたり年額4,500円の補助金が出る。市は五日市街道沿いに残されたケヤキを中心に保護に努め、2023年4月1日の時点で448本を指定している。樹林地のほうは、幸町周辺を中心に約1.55ヘクタール。年に4,500円。大ケヤキが自分で受け取るわけではないが、立川の老木には、ささやかな年金がある。
緑の十二景には、五日市街道沿いの屋敷林として「若葉町の大ケヤキ」が入り、空っ風を防いできた木だと紹介されている。12番目は松中団地のケヤキ並木で、見どころは「市の木ケヤキ並木のトンネル」。立川の木は、公園の外の道端でも立派に働いている。
さて、統計年報の表で、私が最後まで気になっていた行がある。地区公園、1か所、15,000平方メートル。所在地は泉町。市の案内図で泉町を探すと、公園は一つしか載っていない。泉町西公園だ。立川市でただ一つの地区公園は、ここということになる。泉町は、かつての立川飛行場と米軍基地の跡地に、昭和記念公園や消防署などの新しい施設が並ぶ町だ。案内図では、泉町西公園にバリアフリーのトイレと男女別のトイレの印が付き、健康遊具の一覧にもこの公園の名がある。
旅人の寄り道クイズ
立川公園陸上競技場で、月曜日に個人で練習できる投てき種目はどれだろう。(A)砲丸投げ(B)円盤投げ(C)やり投げ。答えは最後に明かす。
町の真ん中を抜けたら、今度は西の端まで行ってみる。立川でいちばん標高の高い町には、水の名前の公園が並んでいた。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
西砂の水玉、砂川の番号──公園の名前を読む
立川の公園の名前には、はっきりとした癖がある。町名と丁目を取り、方角を付け、足りなければ「第二」「第三」を足す。砂川七東公園、砂川七東第二公園、砂川七東第三公園、砂川七東第四公園。富士見六公園、富士見六東公園、富士見六西公園、富士見六南公園、富士見六北公園。東西南北が全部そろった丁目もある。迷子になったとき、公園の名前で自分の居場所がわかる。実に実用的な命名法である。
その几帳面な名簿の中で、ときどき名前が急にやわらかくなる。柏五さくら公園、富士見五ひまわり公園、幸四そよご公園、一番四クローバー公園。そして西砂町1丁目の三つ、みずたま公園、しずく公園、うずまき公園だ。案内図では、西砂一みずたま公園にバリアフリーのトイレの印があり、健康遊具の一覧には平均台が載っている。案内図には、江の島公園という名前まである。立川で江の島。海は、ここからはずいぶん遠い。
西砂町4丁目付近は、市でいちばん標高の高い場所だと市の資料は書く。市の西の端は、高くて、水の名前の公園が並んでいる。西砂六南公園の「ちょいトレぴょんぴょん」も、この町だ。西砂町の総合リサイクルセンターの中にある運動広場には、踏み台昇降の健康遊具まである。ごみを資源に変える施設の中で、人は自分の脂肪を何かに変えようとしている。
砂川町に戻ると、砂川公園には背伸ばしベンチ、脇腹伸ばし、ツボ押し、ぶら下がりの4基がそろう。砂川町3丁目の見影橋公園には、野球場と兼用の陸上競技場がある。市の公園の「よくある質問」には、市が管理する公園に駐車場は無いと書いてある。ところが、スポーツ振興課の見影橋公園陸上競技場の案内には「駐車場有り」とある。同じ公園の名を持っていても、答えは窓口によって違う。役所の案内を読み比べるのも、公園めぐりの小さな楽しみだ。
市の北西部の公園は、玉川上水にも近い。見影橋の上流と下流の上水の話は、玉川上水と砂川を歩いた記事に詳しい。
二百六十の公園の名前を読んだら、次は公園の決まりごとを読む番だ。市の公園の規則集は、読みものとしても、なかなか味わい深い。

公園のルールブックを読む──花火、キノコ、スケートボード
立川市の公園に関する「よくある質問」には、16の問いが並んでいる。答えは、ほとんどが「禁止」だ。バーベキューなどの火を使う行為は禁止。ドローンやラジコン飛行機は禁止。公園内で自転車を乗り回すのは禁止。釣りや魚の捕獲も禁止で、放流も、外来魚か在来魚かを問わず禁止。そして、市が管理する公園には、駐車場も、ドッグランも無い。
だが、全部が「だめ」で終わるわけではない。昆虫を捕ってもいいかという問いには、自分で飼える程度の量にすること、捕まえたあと放してあげることなどの配慮をお願いしたい、とある。大量に採ることは禁止だ。虫捕り網を持った子どもに、市は「ほどほどに」と言っている。夏休みの公園らしい、やさしい答えだ。
花火にも、小さな変化が起きている。市は花火を種類を問わず全ての公園で禁止としてきたが、2026年度から試行として、一部の公園で手持ち花火の使用を認めている。どの公園で、どう使えるのかは市の案内で確かめてほしい。線香花火の小さな火の玉が、長いあいだ公園の外に追い出されていたのが、少しだけ戻ってきた。
2026年9月25日には、市が注意を呼びかける短いページを出した。市内の公園などで、毒キノコの「オオシロカラカサタケ」とみられるキノコが確認されているという。夏から秋にかけて、公園の芝生や草地に生える毒キノコで、誤って食べると嘔吐や下痢、腹痛を起こすことがあるそうだ。公園の芝生に白いキノコを見つけても、拾って帰ってはいけない。立川の公園は、キノコ狩りの場所ではない。
スケートボードやインラインスケート、BMXも、市の公園では禁止だ。その代わりに用意されているのが、緑町の、たちかわ中央公園スケートパークである。多摩モノレールの高松駅の南側にあり、広さは約560平方メートル。泉市民体育館の窓口で利用者登録をすれば使える。面白いのは、運営のしかただ。市の案内によれば、このパークは、利用者の代表でつくる運営委員会を中心に、利用者が自主的に管理し運営する施設だという。
利用のルールも、その運営委員会の顔が見えるような書きぶりだ。ヘルメットとプロテクターを必ず着けること。小学3年生以下は保護者が付き添うこと。飲食と飲酒は禁止で、水分補給の飲み物はふたの閉まる容器で。他人が捨てたごみも片づけること。そして、こう書いてある。「衣服を身に着けない方(半裸含む)の利用はできません」。夏のスケートパークで何があったのかは、書かれていない。書かれていないことを想像するのも、また読書である。
体の大きさや障がいの有無にかかわらず遊べる場所も、少しずつ増えている。2024年11月、市は錦町3丁目の錦中央公園に、インクルーシブ遊具を置いた。障がいの有無や能力の違いにかかわらず、誰でも使える遊具のことで、複合遊具とブランコの2種類がある。
もう一つ、変わった場所でのスポーツの話を書き添えておく。緑町の自治大学校の構内には、砂入り人工芝のテニスコートが4面あり、市内在住・在勤・在学の5人以上のグループなら、土曜日に限って借りられる。当日は、学校の入口の警備事務所で使用承認書を見せ、受付簿に名前を書いて入る。テニスをするために、学校の警備事務所の前を通る。立川という街は、ときどき、こういう不思議な扉を市民に開けてくれる。
ルールを読み終えたら、最初の問いに戻る時間だ。立川の緑は、一つの巨人なのか、それとも二百六十の小さな公園なのか。
謎の答え──巨人の肩の上の、二百六十の小さな庭
答えは、両方だった。
立川の都市公園の6割強は、昭和記念公園という一つの巨人が担っている。統計年報によれば、昭和記念公園には2024年度に約351万人が訪れた。月別でいちばん多いのは11月の約59万人で、いちばん少ないのは8月の約10万人。人は紅葉には集まり、炎天下には集まらない。巨人の人気は、季節に正直だ。
だが、巨人を差し引いても、立川の市民一人あたりの公園は23区の平均を上回る。川の中の18ヘクタール、月曜にやり投げができる競技場、1平方メートル6円の芝生、線路の跡の緑道、年金の出る大ケヤキ。名前に第四まで付いた公園も、水玉としずくとうずまきの公園も、それぞれの町で、それぞれの役目を果たしている。
公園の名前を眺めていて、もう一つ気づいたことがある。立川の公園の多くは、何かの跡地だった。鎮守の森の跡、学習館の跡、引込線の跡、基地の跡。昭和27年には、町会が子どもを守るために公園をこしらえた。昭和55年には、米軍の貨車の線路が遊歩道になった。屋形船の河原は、少年野球の球場になった。そして、ただ一つの地区公園は、飛行場の跡にできた若い町にある。この街は、何かが終わるたびに、その場所を公園にしてきたのかもしれない。
緑の十二景を選んだ人たちは、その結びで、これがすべてだとは考えていない、市民がそれぞれの目で自分の十二景を選んでくれたら、と書いている。二百六十の公園があれば、二百六十通りの十二景がつくれる。
新宿から中央線で一本、川崎からなら南武線で一本。週末に昭和記念公園へ来たら、帰りに一つだけ、名前の気になる小さな公園へ寄り道してほしい。巨人の肩の上には、まだ二百五十九の庭がある。
夕方、どこかの小さな公園で、背伸ばしベンチに誰かが背中を預けている。
寄り道クイズの答え
答えは(C)やり投げ。立川公園陸上競技場の投てき種目の個人利用は、市の案内によれば、月曜日がやり投げ、火曜日が円盤投げ、水曜日が砲丸投げと決まっている。個人の利用者への道具の貸し出しは無い。

訪ねる前に
- 立川公園(根川緑道・ガニガラ広場): 立川市柴崎町・錦町。JR立川駅南口から徒歩約15分、多摩モノレール柴崎体育館駅から徒歩約1分(立川市の案内による)。 https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/sports/1002924/1003007.html
- 立川公園陸上競技場の無料個人開放: 団体予約の無い日時のみ。曜日ごとの使い方、受付方法、雨天時の扱いは市の案内で必ず確かめてほしい。 https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/sports/1002923/1002944/1021320.html
- 諏訪の森公園・諏訪の森広場: 立川市柴崎町1丁目。JR立川駅南口3番乗り場から「拝島営業所」行きのバスで「柴崎学習館」下車すぐ(市の案内による)。普済寺と諏訪神社を歩いた記事の道筋と組み合わせられる。 https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/sports/1002924/1003004.html
- たちかわ中央公園スケートパーク: 立川市緑町105-3、多摩モノレール高松駅の南側。利用には事前の利用者登録が要る。利用時間は市の案内で確かめてほしい。 https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisetsu/1008063/1002958.html
- 川越道緑地(古民家園): 立川市幸町4丁目65番地。開館時間・休館日・入館料は市の案内で確かめてほしい。 https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/sports/1002924/1003005.html
- 市内の公園の場所: 市が管理する公園の概略図(立川市内公園案内図)が公開されている。位置と面積は概略とされている。 https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/sports/1002924/1022863.html
- 公園の決まりごと: 花火の試行、ボール遊び、ペットなどは「公園に関するよくある質問と答え」で。 https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/sports/1002924/1002999.html
- 遠くから: 新宿からはJR中央線快速で立川まで乗り換えなし(30分台)。神奈川からは、川崎からJR南武線で乗り換えなし(立川まで約1時間)。時刻と所要時間はJR東日本の公式で確かめてほしい。
- 組み合わせるなら: 立川公園は根川と多摩川の記事、諏訪の森は普済寺と諏訪神社の記事、川越道緑地は玉川上水と砂川の記事の道筋と重なる。子ども連れなら、錦町のオニ公園の記事も役に立つ。
公園を歩いた体を、駅の北口で
二百六十の公園のうち、いくつを歩けるかは人それぞれだが、一つめぐるたびに、思ったより歩いていることに気づく。背伸ばしベンチで背中を反らせたくなったら、それは体からの合図かもしれない。
立川駅の北口から徒歩1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオで行うホットヨガのスタジオだ。常温のヨガやピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもあり、ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業は8時から23時30分まで、年中無休で、曜日による違いはない。月曜日にやり投げを見物した帰りでも、木曜日にボールを蹴った帰りでも、寄る時間はある。
ヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。公園帰りの身ひとつで寄れる。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp で確かめられる。
公園の背伸ばしベンチと、駅前のビルの3階のマット。立川では、背中を伸ばす場所に困らない。
冒頭の写真: たちかわ中央公園スケートパーク。柵の向こうに滑走面があり、左手にモノレールの高架が見える。(写真: 運動会プロテインパワー / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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