立川・猫返し神社(阿豆佐味天神社)と水天宮──名付け親は宮司ではなくジャズピアニストだった

立川市砂川町の阿豆佐味天神社は「猫返し神社」として全国の猫好きに知られ、境内には安産・子授けの立川水天宮も祀られている。1987年にジャズピアニストの愛猫が帰ってきた話、ただいま猫と絵馬、基地の拡張とともに砂川五番から移ってきた水天宮、砂川の総鎮守として390年余り続く祭りと太鼓まで、資料と参拝者の声でたどる立川さんぽ特集の一編。

猫返し神社には、猫を連れて行ってはいけない。

神社の公式サイトに、そう書いてある。境内には老若男女多くの人が来る、ペットを苦手とする人もいるので、ペットを連れての入場は断っている。抱っこでの入場も遠慮してほしい。

もっともな理由だ。だが、妙な話でもある。この神社にいちばん縁の深い生き物が、この神社には入れない。とはいえ、参る人の多くは、はじめから連れて来られない。猫が家に帰ってこないから、ここへ来るのである。

立川市砂川町、五日市街道沿いにある阿豆佐味天神社。その境内には、迷い猫の帰りを祈る絵馬と、生まれてくる子どもの無事を祈る安産の帯とが、同じ鳥居の内側に並んでいる。猫の神と、安産の神。どうして、この二つがひとつの境内に同居しているのか。

そもそも、なぜここで、猫が帰ってくるのか。私はその問いを抱えて、立川駅の北口からバスに乗ることにした。

立川の猫返し神社へ、行き方と境内のめぐり方

神社の公式サイトのアクセス案内は簡潔だ。JR立川駅の北口から、立川バスの1番乗り場で三ツ藤行きか箱根ヶ崎駅行きに乗り、「砂川四番」で降りればすぐ。乗っている時間はおよそ15分。車なら五日市街道沿いの「砂川四番交番前」の信号のところで、駐車場は32台分ある。東京都神社庁の案内は、西武拝島線の武蔵砂川駅から歩いて12分としている。朝日新聞のペットの情報サイトsippoの記事は、多摩モノレールの砂川七番駅から20分ほど歩くと書く。

バス停の名前が、そのまま住所の呼び名になっている。砂川の村は、江戸時代に一番組から十番組までの組に分かれていて、いまもバス停や交差点に「砂川○番」の名が残る。そのあたりの来歴は、この特集の玉川上水と砂川の記事に書いた。神社があるのは、その四番である。

境内に入ったら、まず何をすればいいのか。公式サイトの猫返し神社の頁には、ご丁寧に、お参りの順番が番号つきで書いてある。

  1. 手水舎で、手と心を清める。
  2. 正面のご本社にお参りする。
  3. 隣の蚕影神社にお参りする。
  4. 授与所で、絵馬とお守りを受ける。
  5. 絵馬を掛ける。お願い事は裏面に書く。
  6. 猫の石像を、やさしく撫でる。

六番目が、猫を撫でる、である。しかも「やさしく」と念を押してある。神社の作法書で、撫で方の強さまで指定されているものを、私は初めて見た。

撫でる相手は、境内の「ただいま猫」という石像だ。参拝した人のブログによれば、本殿の横の鳥居の前にいる。ある猫好きの情報サイトは、狛犬の代わりに猫の石像が置かれていると紹介している。番犬ならぬ、番猫である。

ただいま、と言いながら帰ってくる猫の像。撫でる人が願っているのは、もちろん自分の家の猫が、同じ顔で玄関に現れることだ。

では、この神社に「猫返し」という名前を与えたのは、誰だったのか。答えは、神社自身が公式サイトに書いている。猫返し神社、命名者はジャズピアニストの山下洋輔さん、と。

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1987年、猫返し神社の由来になったジャズピアニストの猫

読売新聞は2023年7月、この神社を取り上げた記事で、名前の由来を本人に取材している。それによれば、三十数年前、山下洋輔さんの家で長老格の猫「ミオちゃん」が姿を消した。17日間、近所を探し回っても見つからない。自宅から2キロほど離れた阿豆佐味天神社に、わらにもすがる思いでお参りすると、翌日の朝、台所のドアのところで猫がニャーと鳴いていたという。

朝日新聞のsippoの記事は、2017年の時点で、この神社が知られるようになったのは30年前、山下さんが1987年の『芸術新潮』に書いた一文がきっかけだったと伝えている。立川に引っ越し、飼い猫が行方不明になり、17日間捜し回って、偶然見つけた神社で祈ったところ戻ってきた。文章には阿豆佐味天神社の写真が添えられていたという。二つの新聞の記事が、17日という同じ日数を伝えている。

山下さんは、その後も猫がいなくなるたびにこの神社にお参りし、そのたびに猫は無事に帰ってきた。あそこは猫返し神社だ、とエッセイなどに書くうちに、愛猫家のあいだで話題になった、と読売新聞の記事で本人が語っている。

ここで、少し可笑しな話がある。sippoの記事によれば、山下さんは、古くから「猫返し神社」と呼ばれていることを知ったのはしばらく経ってからだ、と書いていた。ところが、2017年の記事で宮司は記者に、そう言われたことはない、山下さんが勝手に名付けた、と笑って答えている。

古くからの呼び名だと思っていたのは命名者だけで、神社のほうは初耳だった。名付け親が、自分で名付けたことを知らなかったのである。それでも神社は、その名前を受け入れた。猫がいなくなった飼い主が訪ねてくるようになり、猫専用の絵馬や、猫の形をしたお守りをつくった、と記事は伝える。いま、神社の公式サイトには「猫返し神社(命名者:ジャズピアニストの山下洋輔さん)」と、命名者の名前まで明記されている。勝手につけられた名前が、命名者つきで正式に掲げられている。神社の懐は、猫の額よりはだいぶ広い。

名前は、神社の外へも広がっていった。立川観光コンベンション協会の観光案内は、蚕影神社を養蚕守護の神とし、近年は「猫返し神社」とも呼ばれ、愛猫家の信仰を集めている、と書く。立川市の文化財の解説も、市指定史跡の蚕影神社跡の頁で、蚕影神社は「猫返し神社」とも呼ばれていると記し、近くに住む著名人の飼い猫が戻ってきたと雑誌に載ったことを由来に挙げている。

一人のピアニストが雑誌のエッセイに書いた呼び名が、30年あまりのうちに、観光協会の案内を経て、市の教育委員会の文化財の解説にまで入りこんだ。行政の文書は、ふつう、こういう呼び名をいちばん最後まで受け入れない場所である。猫は、役所の書類の中にまで帰ってきた。

山下さんのほうも、礼を欠かさなかった。読売新聞の記事によれば、山下さんはお礼に雅楽の「越天楽」をピアノで演奏し、録音して奉納した。そのピアノの調べが、今も境内で静かに流れているという。参拝した人のブログにも、境内に流れているピアノの曲は山下さんが猫のお礼に奉納した越天楽だ、と書かれている。

雅楽の名曲を、フリージャズの第一人者がピアノで弾き、神社の境内で流している。神様がそれをどう聴いているのかは分からない。ただ、猫一匹のお礼としては、世界でもかなり贅沢な部類に入る。

山下さんの猫の話は、一冊の本にもなっている。徳間書店の紹介によれば、1942年生まれの山下さんは、軽妙なエッセイでも長くファンを持つ。国立国会図書館の書誌によれば、その山下洋輔著『猫返し神社』は2013年12月に飛鳥新社から出版され、2017年6月には徳間文庫に入った。目次には「初代3匹、葉山での日々」「山下家のご先祖猫」「発生!『猫返し神社』事件」「リーちゃん脱走てんまつ記」「全国猫神社談議」といった章が並ぶ。ご先祖猫の章まである。この家では、猫にも家系図があるらしい。徳間書店の紹介文によれば、ジャズマンのことを英語の俗語ではCATS、つまり猫と呼ぶのだそうだ。神社に「猫返し」の名を与えたのは、英語で言えば猫と呼ばれる人だったことになる。

蚕と鼠と猫、そして絵馬に書かれた言葉

猫返し神社とは、正確には、境内にある蚕影神社のことだ。

「猫返し神社」とも呼ばれる境内社の蚕影神社(2019年撮影)
「猫返し神社」とも呼ばれる境内社の蚕影神社(2019年撮影)
写真: Quatrogatos / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

蚕影神社は、養蚕の神である。立川市によれば、幕末の安政7年(1860)に常陸国筑波郡、いまの茨城県つくば市から迎えられた。養蚕では繭が鼠に食われるため、鼠よけに猫の絵のお札を出していた、と市は書く。この話は、玉川上水と砂川の記事でも触れた。

付け加えるなら、蚕影神社は昭和39年(1964)に立川市の史跡に指定されている。かつては境内に単独の社があったが、昭和55年(1980)、境内の整備にともなって、拝殿の横に金比羅神社や疱瘡神など、ほかの境内社と一緒に祀られることになった。山下さんの猫の話が雑誌に載った1987年には、蚕影神社はすでに、いまのように他の神々と並んで拝殿の横にいたことになる。

読売新聞の記事は、地域にはもともと猫への親近感が強かったと書く。多摩地域はかつて養蚕が盛んで、蚕にとって鼠は大敵だったからだ。猫は、桑畑の村で、もともと働き者の守り手だった。それが昭和の終わりに、迷子を連れ戻す神様の使いへと仕事を変えた。鼠の番から、迷子の番へ。これほど鮮やかな転職を決めた猫は、そう多くない。

猫を大事にしてきたのは、砂川だけではない。同じ読売新聞の記事は、養蚕が栄えて「桑都」と呼ばれた八王子市の郷土資料館に、市内の高月地域に伝わる縁起物の「だるま抱き猫」が所蔵されていることを紹介している。だるまを抱いた猫。だるま市の立つ神社で猫が祀られている砂川と、どこか響き合う。多摩の桑畑の村々では、猫はどうやら、ずいぶん出世の早い生き物だったらしい。

では、いま絵馬掛けには、どんな言葉が掛かっているのか。

読売新聞の記者は、絵馬掛けに並ぶ言葉を書き写している。一日も早く家に帰ってきますように、家族みんなで待っている。そうした呼びかけや願いのあいだに、帰ってきました、ありがとうございました、ずっと一緒に暮らせますように、という喜びと感謝の絵馬が交じっている。sippoの記者が見た絵馬には、ずっとずっとさがしている、1日も早く帰ってきてね、とあった。宮司はそのとき、昨年の分は外したのに、もうこんなにたくさん、と驚いていたという。

神社の名前を背負った絵馬は、三毛猫の絵柄だと、猫好きの情報サイトは紹介している。祭りの情報を発信している会社のサイトは、この三毛猫の絵柄は神社の禰宜が描いたものだと伝えている。全国から届く願いを受けとめる猫の顔を、この神社では、神社の人が自分の手で描いているのだ。

参拝した人たちも、絵馬掛けの前で足を止めている。愛猫の健康を祈りに久しぶりに訪ねた人のブログには、絵馬のなかに、1年5か月ぶりに帰ってきたという奇跡の報告もあった、と書かれていた。1年5か月である。待つほうも待つほうだが、帰ってくるほうも帰ってくるほうだ。

別の人のブログには、こんな後日談がある。いなくなった猫が戻るように、境内の猫の像にお願いをして、猫は無事に見つかった。その翌日、家族に像の写真を見せようとしたら、スマートフォンからその写真だけが消えていた。自分でうっかり消したのだろうと書きながら、まるで「見つけたから帰るよ」といなくなったみたいだ、とその人は結んでいる。真相は、たぶんうっかりのほうだろう。けれども、そういうふうに読みたくなる気持ちは、よく分かる。

遠くに住む人のための仕組みもある。公式サイトによれば、直接お参りできない人には、絵馬を郵送している。神社あてに現金書留で1,100円を送れば絵馬が届き、裏に願い事を書いて送り返せば、神社の絵馬掛けに納めてくれる。読売新聞の記事では、神社の権禰宜が、いまでは全国から絵馬の郵送の依頼が届くこと、コロナ禍で移動が難しかった時期にはとくに多かったことを語っている。その手には、無事に猫が帰ってきたことへの感謝をつづった、北海道と岡山県からの手紙があった。お参りの最中に「帰ってきた」と電話が入った人もいた、とも話している。

それで、ご利益の源はどこにあるのか。記者にそう問われた権禰宜は、まさに「神のみぞ知る」ですね、と答えている。

これ以上に正直で、これ以上に神社らしい答えを、私は思いつかない。

数字で読む猫返し神社

  • 17 — 山下洋輔さんが猫を探し回った日数。神社にお参りした翌朝、猫は台所のドアで鳴いた。
  • 1987 — 『芸術新潮』に猫の話が載った年。猫返し神社という名前は、神社の側には初耳だった。
  • 1,100 — 円。猫の絵馬を郵送で頼むときの送料込みの金額。お礼の手紙は北海道からも岡山からも届いた。
  • 6 — 公式サイトに書かれた参拝の手順の数。最後の六番目が「猫の石像をやさしく撫でる」。
  • 0 — 境内に連れて入れるペットの数。抱っこでも不可。猫返し神社に、猫は入れない。

旅人の寄り道クイズ

山下洋輔さんが、猫が帰ってきたお礼として神社に奉納したものは何か。

  • A 猫の形の石灯籠
  • B ピアノで演奏した「越天楽」の録音
  • C 自作のジャズ組曲の楽譜

答えは、この記事の終わり近くで。

猫の謎は、まだ半分しか解けていない。そしてこの境内には、猫とはまったく別の願いを抱えて、もうひとつの社に向かう人たちがいる。腹帯を抱えた人たちだ。その社は、もとはここではない場所にあった。

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