立川の新しい文化はどこへ向かうのか。約2,500席のTACHIKAWA STAGE GARDENで開かれた国際バレエ・コンペティションの日本予選、浅田真央さんの名を冠したスケートリンク、アニメ聖地として8年連続の「学園都市」、30周年を越えたファーレ立川アート、市の第5次文化振興計画までを公式発表と計画でたどる。
2026年10月4日の午後、立川駅から歩いて8分の大階段で、約60人の若いバレエダンサーが踊る。そう発表されていた。舞台は、ふだんは買い物袋を提げた人が上り下りしている、GREEN SPRINGSのカスケードである。
彼らは観光客ではない。アメリカのニューヨークに本拠を置く教育NPOが続けてきた国際バレエ・コンペティションの、日本予選の出場者だ。勝ち進めば、その先にはアメリカでの本選がある。世界の舞台を目指す子どもたちが、その予選のために集まった場所が、新宿でも横浜でもなく、立川だった。
立川の文化と聞いて、何を思い浮かべるだろう。駅前の車止めに紛れた美術作品か、爆音の映画館か。それとも、何も浮かばないか。正直に言えば、私も長いあいだ、立川は「買い物と乗り換えの街」だと思っていた。
だが、この数年の公式発表と市の計画を並べてみると、別の絵が見えてくる。2,500人が入るホールができ、氷のリンクができ、アニメの聖地が秋祭りになり、30年前に置かれた109の美術作品が次の30年に向けて手入れされている。なぜ、世界を目指す踊り手が立川に来るのか。立川の文化は、これからどこへ向かうのか。その問いを抱えて、街の「これから」を歩いてみることにした。
立川の新しい文化はどこで生まれているか──2,500席のホールと、バレエの国際予選
答えの一つ目は、昭和記念公園の向かいにある。GREEN SPRINGSの一角に建つTACHIKAWA STAGE GARDENだ。座席は約2,500席、立ち見なら3,000人を超える。運営する側は「多摩地区最大規模」と書く。2020年に、立飛グループが開いた。
このホールには、少し変わった仕掛けがある。2階客席の後ろにある壁がスライドして開き、屋外のステージとつながる。屋内のホールが、そのまま外の広場へ息を吐くような造りだ。英語版の案内は、ここを多摩で最初の民営のライブエンターテインメント会場だと紹介し、1年365日、24時間貸し出せると書いている。夜中の3時に何をやるのかは知らないが、やろうと思えばやれるらしい。
そのホールで、2026年の9月29日から10月7日まで、国際バレエ・コンペティション「YOUTH GRAND PRIX(YGP)2027 JAPAN」が開かれた。母体のユース・アメリカ・グランプリ(YAGP)は、ニューヨークを拠点とする教育NPOで、1999年の創設以来、20万人以上のダンサーが参加し、500万ドル以上の奨学金を出してきたという。9歳から19歳の若い踊り手に、国籍を問わず機会を開くことを使命としている。
日本予選が始まったのは2002年。YGP Japanの説明によれば、当時の日本で、若いダンサーに奨学金を出す初めての欧米のバレエコンクールだった。そのコンペティションの東京での会場に立川が選ばれたのは、立飛グループが、YAGPやYGP Japan、一般社団法人熊川財団と協力して招いたからだと、立飛ホールディングスの発表は書く。後援には文化庁と立川市、立川観光コンベンション協会が名を連ねた。
コンペティションに合わせて、10月3日と4日には、GREEN SPRINGSで入場無料の「TACHIKAWA TACHIHI Ballet Festival」が組まれた。発表された内容では、噴水を舞台に、立川市内のバレエ団体が『白鳥の湖』を踊る。立川の白鳥は、池ではなく噴水で踊るのである。6歳から8歳の子どもたちが踊る「YGP MINI Project」は2回目で、前年は500人を超える客が集まったと発表にある。
私が面白いと思ったのは、この催しの並べ方だ。世界を目指す子どもの真剣勝負と、通りすがりの家族が足を止める無料の広場が、同じ週末に、歩いて数分の範囲に重なっている。本物を、垣根の外から見せる。この街の文化の「これから」を読む鍵は、たぶんそこにある。
ただ、ここで一つ、時間をさかのぼっておきたい。立川に、舞台の文化はいつから根づいていたのだろうか。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
あのころの立川の舞台──1974年の市民会館と、5年だけの芸術祭
立川市の市民会館が開いたのは、昭和49年、1974年の1月11日である。地下1階、地上5階。長く「アミューたちかわ」の名で親しまれ、2014年1月にリニューアルして開き直し、いまは多摩信用金庫が名付けの権利を持つ「たましんRISURUホール」になった。リスの名前で呼ばれる市民会館の来歴は、この特集の文化施設の記事に詳しい。
その市民会館の周りで、市民はずっと自分たちの舞台をつくってきた。市の第5次文化振興計画によれば、市民文化祭には60年を超える歴史があり、多摩地域の劇団が集う「たちかわ演劇祭」は平成3年、1991年から毎年続いている。
一度だけ、街ぐるみで大きく打って出た時期もあった。市の条例の頁によれば、平成10年度から5年間、市民と企業と学校と行政が組んで、「たちかわ夏の音楽祭」「立川国際芸術祭」「立川舞台芸術フェスティバル」を開いた。世紀の変わり目の、わずか5年の祭りである。その経験が、平成16年12月、議会の全会一致で制定された「立川市文化芸術のまちづくり条例」につながっていく。条例は「振興」という言葉をあえて名前から外し、文化の担い手は市民だと定めた。しかも、ここでいう市民には、市内に住む人だけでなく、市内で活動する学校や企業も含まれる。
あのころ、立川の舞台は市民会館の中にあった。いま、舞台は噴水の前にも、大階段にも、地下道の壁にも出てきている。そして、これからの舞台をめぐって、2026年の秋、この街の三者が一枚の紙に署名した。
音楽で結ぶ共同宣言──国立音楽大学・立飛・立川市の三者が交わしたもの
2026年9月14日、立川市役所で、国立音楽大学、立飛ホールディングス、立川市の三者が「音楽・文化を通じたまちづくりに関する共同宣言」を結んだ。市の発表によれば、三者がそれぞれの専門性、施設、人材、地域資源、ネットワークを生かし、音楽と文化芸術で地域の魅力と価値を高める取り組みを一層進めること、子どもたちをはじめ多くの市民が音楽に親しみ、学べる機会を増やすために、続けて連携することを確かめ合ったという。
名前に「国立」とある大学が、立川市の宣言に加わっている。気にする人のために書いておくと、国立音楽大学は1978年に立川市へ移ってきた大学で、キャンパスは立川市にある。
宣言にもとづく最初の大きな舞台は、2026年12月12日の「未来の大人たちへのスペシャルコンサート」だ。国立音楽大学ブラスオルケスターが、吹奏楽で「第九」を演奏し、バレエと共演する。地域の子どもたちが合唱で加わり、立川市立立川第七中学校の吹奏楽部も一緒に舞台に上がる。三者でのこの演奏会は今年で3回目になる。チケットは一般1,500円、高校生以下500円で、会場はTACHIKAWA STAGE GARDENである。
一週間後の12月19日には、同じホールで「TACHIKAWA Sound of CHRISTMAS 2026」が開かれる。オーケストラを軸に、ポップス、オペラ、ミュージカルの歌い手が並ぶクリスマスの演奏会だ。立飛の発表は、少し正直なことを書いている。前年は無料で開いたが、予想を上回る反響で、入れない客が出た。そこで今年は全席指定の有料公演にする、と。人気が出すぎて有料になる。演奏会にも、そういう出世の仕方がある。今年から名前に「TACHIKAWA」を冠し、立川の冬の恒例行事に育てたいという。
もっと身近な音楽もある。市内の広場や店を会場に、音楽やダンスの一斉ライブを行う「立川いったい音楽まつり」は、2012年から毎年開かれている。市の計画に載る数字では、出演を申し込んだ団体は2023年度に491団体。目標の500団体まで、あと9団体だった。立川の街角は、音を出したい人であふれている。
数字で読む 立川の文化のこれから
- 約2,500 — TACHIKAWA STAGE GARDENの座席数。立てば3,000人を超える。多摩でいちばん大きな器である。
- 1999と2002 — バレエの国際コンペティションYAGPが生まれた年と、日本予選が始まった年。その予選が、いまは立川で開かれている。
- 30m×60m — MAO RINK TACHIKAWA TACHIHIのメインリンク。国際規格の大きさに、1,000席の常設スタンドが付く。
- 8 — 「訪れてみたいアニメ聖地88」に、立川市が『とある科学の超電磁砲』で続けて選ばれた回数(2025年版まで)。
- 1万人以上 — ファーレ立川アート鑑賞教室で、作品を見て回った市立小学校の子どもの延べ数。立川の大人より、立川の小学生のほうが美術に詳しいかもしれない。
- 50.3% → 53.0% — 「日頃から文化芸術に触れる機会がある」と答える市民の割合の、2023年度の値と、2029年度の目標。あと2.7ポイントを、5年かけて上げにいく。
旅人の寄り道クイズ
立川市とアニメ「とある」シリーズのコラボ企画では、立川の名物を使った品が売られてきた。立川の東京うどを使ったコラボ品は、次のどれか。
- A うどいなり
- B うどパイ
- C うどラーメン
答えは、この記事の終わり近くで。
バレエと音楽の話をしてきたが、立川の「これから」には、もっと冷たい舞台もある。氷の上だ。
氷の上の新しい名所──MAO RINK TACHIKAWA TACHIHI
多摩モノレールの立飛駅から歩いて5分、立川市泉町に、フィギュアスケーターの浅田真央さんが監修したスケートリンク「MAO RINK TACHIKAWA TACHIHI」がある。2024年11月8日にオープニングセレモニーが開かれ、11月11日に一般向けに開業した。

写真: BetaU628 / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons
立飛グループの案内によれば、敷地は9,000平方メートル。国際規格の30メートル×60メートルのメインリンクに1,000席の常設スタンドが付き、24メートル×40メートルのサブリンク、バレエスタジオ、レストラン、トレーニングジムを備える。最初からアイスショーを開くことを想定して、音響の設備を整えたという。リンクの中にバレエスタジオがあるのは、氷の上の表現が、床の上の表現から始まるからだろう。さきほどのバレエの話と、ここでつながる。
開業の式典で、浅田さんは、自分の名前のリンクをつくることが子どものころからの夢だったと語り、このリンクから世界で活躍できる、世界一を取れるスケーターを生み出すことが次の目標だと話したと報じられている。世界一を目指すリンクが、モノレールの駅から5分の場所にある。週末に家族で滑りに来た子どもが、隣の練習を見て、何かを決めてしまうこともあるだろう。
同じ立飛駅のそばには、最大3,000人が入るアリーナ立川立飛がある。2026年からB.LEAGUE ONEに戦いの場を移した立川ダイスのホームで、10月3日のホーム開幕戦では、勝てば最優秀選手に立飛ビール365本が贈られると発表された。1年分である。受け取った選手は、肝臓の予定も1年分空けておかねばならない。アリーナとスポーツの話は、この特集のスポーツの記事に譲る。
ホール、リンク、アリーナ。立飛グループが立川に持つ土地は約98万平方メートルで、立川市の面積の約25分の1にあたると、立飛は書いている。もとは飛行機をつくる会社だった。飛行機の工場があった土地が、いまは踊りと氷と球技の土地になっている。
だが、立川の文化の「これから」は、大きな器の中だけで起きているわけではない。駅前の歩道や、公園の芝生や、モノレールの車窓が、そのまま舞台になる文化もある。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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