立川の文化施設をめぐる──「国立」音大は立川にあり、美術館は信用金庫の1階にある

立川にはどんな文化施設があるのか。信用金庫の本店1階のたましん美術館、2,558点の楽器を持つ国立音楽大学の楽器学資料館、リスの名で呼ばれる市民会館、茅葺きの古民家園まで。「立川」と名乗らない文化施設の来歴と見どころ、行き方を資料でたどる立川さんぽ特集の一編。

国立音楽大学は、国立市にない。住所は、立川市柏町である。

立川の文化施設を地図に並べてみると、こういうことが続く。看板に「立川」の字が、ほとんど無いのだ。

美術館は、信用金庫の本店の1階にある。名前は「たましん美術館」。世界中の楽器を集めた資料館は、先の「国立」の音楽大学の中にある。市民会館は、正式な名前こそ立川市市民会館だが、誰もそうは呼ばない。看板にあるのは「たましんRISURUホール」。RISURUとは、リスのキャラクターの名前だという。

買い物の街。乗り換えの街。立川を知る人の多くは、そう答えるだろう。文化と言われれば、隣の国立や、中央線のもう少し東の街を思い浮かべる人もいる。私もどこかでそう思っていた。だが市の資料をめくると、話は逆になる。この街には、美術館があり、楽器の博物館があり、1,201席のホールがあり、江戸の終わりの茅葺きの家があり、廃校を丸ごと使った文化の工場がある。

それなのに、なぜ立川の文化は「立川」と名乗らないのか。その問いを抱えて、駅の北口から歩きはじめる。

立川にはどんな文化施設があるのか

先に、地図を広げておく。立川には、どんな文化施設があるのか。

美術なら、立川駅北口から歩いて6分ほどの緑町に、たましん美術館がある。多摩信用金庫の本店の1階と2階で、1階が企画展の美術館、2階が若い作家のためのギャラリーになっている。音楽なら、北の柏町にある国立音楽大学の楽器学資料館が、世界中の楽器を集めて公開している。舞台なら、南の錦町に立川市市民会館、つまりたましんRISURUホールがあり、大ホールは1,201席ある。歴史なら、富士見町の立川市歴史民俗資料館と、幸町の川越道緑地古民家園がある。多摩川の近くには、閉校した小学校を使った「たちかわ創造舎」がある。

駅の周りにも、文化の施設は多い。駅北口のファーレ立川には109点のパブリックアートが街に置かれ、旧市役所を使った立川まんがぱーくには畳の上に4万冊のまんががある。GREEN SPRINGSには約2,500席のTACHIKAWA STAGE GARDENと、絵本や展覧会のPLAY! MUSEUMがある。いずれもこの特集で別に歩いた。緑町の国文学研究資料館には、江戸の書物を見せる展示室がある。

立川市のホームページの「文化芸術」の頁を開くと、項目は、絵画・彫刻、音楽、文学、ファーレ立川アート、文化施設、と並んでいる。ずいぶん間口が広い。この記事では、そのなかから、まだこの特集で歩いていない場所を選んで、順にたどる。最初は、信用金庫の1階だ。

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たましん美術館──信用金庫の1階で、一級品を待つ部屋

立川駅の北口からデッキを進み、モノレールの立川北駅を過ぎて、サンサンロードを北へ歩く。沿道に、ガラスを多く使った大きな建物がある。多摩信用金庫の本店・本部棟だ。その1階に、たましん美術館がある。

運営する公益財団法人たましん地域文化財団によれば、美術館は令和2年、2020年5月に、本店・本部棟の新築と移転にあわせて開館した。「一級の美術品を展示することを想定して空調や照明にこだわり抜いた展示室」と財団は書く。お金と同じ手つきで、絵の湿り気を管理する信用金庫である。

信用金庫が、なぜ美術館を持っているのか。その答えは、この金庫の来歴の中にある。

財団の説明によれば、多摩信用金庫の始まりは、昭和8年、1933年に開業した立川信用組合だった。その後、多摩中央信用組合と名を改め、1951年の信用金庫法の制定とともに多摩中央信用金庫になった。つまり、いま多摩一円に店を持つこの金融機関は、もとをたどれば立川の組合である。名前から「立川」が消えたのは、立川が小さくなったからではなく、商いが多摩全体に広がったからだ。そして、昭和8年に立川で看板を上げた組合の本店は、令和のいまも立川にある。

その金庫は、1974年に本店の9階にギャラリーを開いた。1975年には郷土誌『多摩のあゆみ』を創刊し、1976年にはそれらを運営する「多摩文化資料室」をつくった。1991年4月、この活動を引き継いで、たましん地域文化財団が設立される。同じ1991年の4月、国立支店の上に、たましん歴史・美術館が開館した。「地域の住民が気軽に立ち寄れる美術館でありたい」という願いからだと、財団は記している。そして2006年1月、多摩中央、太平、八王子の三つの信用金庫が対等合併し、いまの多摩信用金庫になった。財団によれば、多摩地域に80の店舗を持ち、全国の信用金庫の中でも十指に数えられる。

融資の審査と、絵の目利き。どちらも「見る」仕事である。信用金庫が半世紀かけて美術館に行き着いたのは、畑違いの道楽というより、本業の延長だったのだろう。昭和8年に立川で看板を上げた小さな組合が、いま一級の絵を預かっている。地元で長く商いを続けるというのは、こういう時間の積み方のことだ。

昭和49年、この金庫の画廊は、当時の本店の9階にあった。用のある人だけがエレベーターで上がっていく、高い階の画廊である。令和のいま、本店は建て替わって引っ越し、絵はサンサンロード沿いの1階まで降りてきて、通りがかりの人を待っている。半世紀かけて、8階分。美術が街に近づく速さとしては、悪くない。

美術館の柱は「たましんコレクション」である。2026年度の年間予定には、コレクションの柱として「日本近代美術」と「多摩の作家」の名が挙がっている。国立のたましん歴史・美術館の紹介では、絵画、古陶磁、彫刻、浮世絵が並ぶ。そのコレクションに、よその館から借りた作品を織り交ぜて、年に数回の企画展を開いている。

2026年度の予定を眺めると、この館の顔つきがよくわかる。春は、すべてを館のコレクションでまとめた「春のたましんコレクション展2026 ソウゾウのめばえ」。夏から秋は、多摩の作家が描いた異国の風景に、倉田三郎が集めた絵葉書を添えた展覧会。そして2026年10月21日から12月20日までは、「第51回全国大学版画展」が開かれる。全国の美術大学や教育系の大学、短期大学、専門学校で版画を学ぶ学生の選抜作品を集めた展覧会で、版画学会の活動の一環として半世紀続いてきた。財団の告知によれば、たましん美術館で開くのは、今回が初めてである。年が明けると、多摩を拠点にする美術家3人の展覧会が予定されている。

コレクションで美術の歴史を見せる1階と、いま生まれている作品を見せる2階。財団は2階の地域貢献スペースを、多摩の美術大学で学ぶ学生や、多摩から世界へ出ようとする若い作家の作品を見せる場所だと説明する。1階が「預かり」の部屋なら、2階は「貸し出し」の部屋だ。未来の作家に、壁を貸している。

国立のたましん歴史・美術館は、国立支店のリニューアル工事の準備のため、2024年11月12日から休館している。財団の頁は、その間もたましん美術館は開館中だと案内している。つまり2026年の秋、たましんの美術を見るなら、行き先は立川になる。

美術館の前の広場は、冬にはもうひとつの役目を持つ。サンサンロードのイルミネーションの点灯式は、この本店の前の特設ステージで開かれる。美術館の入口の前で、毎年、冬の灯りが点る。

さて、信用金庫の名前でさえ、もとは「立川」だった。では、「国立」と名乗る大学は、なぜ立川にあるのだろうか。

国立音楽大学の楽器学資料館──「国立」は立川にある

立川駅からモノレールで北へ向かい、玉川上水駅で降りる。大学の案内によれば、改札を出て右へ、西武線の線路沿いを歩いて7分。国立音楽大学のキャンパスは、東京都立川市柏町5-5-1にある。

立川市柏町の国立音楽大学のキャンパスにあるホールの建物と、その前の彫刻
立川市柏町の国立音楽大学のキャンパスにあるホールの建物と、その前の彫刻
写真: Nyao148 / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

念のために書いておくと、この大学の名前は「くにたち」と読む。国の大学ではない。そして大学は、国立市にもない。

大学の沿革は、その事情を淡々と語っている。前身の東京高等音楽学院は、1926年4月、大正15年に、東京市四谷区の仮校舎で開校した。同じ年の11月、国立大学町に校舎ができて移った。1947年に国立音楽学校と名を変え、1950年に国立音楽大学になる。そして1978年4月の項に、短い一行がある。「大学位置変更(立川市)」。

それから48年になる。大学は、生まれた町の名前をそのまま持って、北隣の立川で半世紀近くを過ごしてきた。立川の市民にとっては、毎日のように聞く名前なのに、地図の上では隣の町の名前。この、少しねじれた関係を、私はなかなか味わい深いと思う。名前で損をしているのは、たぶん立川のほうである。

ねじれているのは名前だけではない。この大学は、日本の音楽教育の「最初」をいくつも持っている。沿革によれば、1940年には私立の音楽学校として初めて、東京府から小学校の音楽の教員を無試験で認める学校に指定された。1950年に大学になったとき、教育音楽学科を日本で最初に置いた。1928年の12月には、新交響楽団、つまり今のNHK交響楽団と共演して、ベートーヴェンの交響曲第9番の合唱を担っている。そういう学校が、いま立川の北の端で、ピアノの音を鳴らしている。

楽器学資料館は、そのキャンパスの4号館の1階にある。

27点の楽器から始まった

資料館の沿革は、1966年から始まる。この年、大学は文部省の科学研究費の補助を受けて、ルネサンスとバロックの音楽を演奏し研究するための楽器を27点買った。翌1967年には、日本音楽の研究のために、雅楽、能、箏曲などの楽器を約30点と、歴史的な鍵盤楽器を買い入れた。

1976年、大学の研究機関として音楽研究所ができ、それまでに集めた124点の楽器と、公開しない展示室を持つ楽器研究部門が置かれた。翌1977年、楽器の展示室を毎週1日、公開しはじめる。1978年には展示室が290平方メートルに広がった。大学が立川へ移ったのと同じ年である。

1980年、楽器研究部門は楽器資料館と名を変え、1988年に音楽研究所から独立して、楽器学資料館になった。2016年には、耐震補強の工事にともなって、442平方メートルの展示室に、収蔵庫、工房、スタジオ、事務室を備えた新しい施設へ移っている。

そして今、所蔵する楽器は2,558点。資料館が示す2022年1月の数字である。27点から始まって、半世紀あまりで約95倍になった。

その2,558点が、どこから来たのか。資料館は所蔵の楽器を地域ごとに分けて示している。東アジア、東南アジア、南アジア、西南アジア、アフリカ、旧ソ連、ヨーロッパ、北米、中南米、太平洋諸島。そして、最後にもうひとつの地域の名がある。それが何かは、少しあとで問題にしよう。

楽器のほかにも、資料館は妙なものを持っている。楽器を測った図や音響の分析グラフが約100点。所蔵楽器のスライドが約2,000点。そして、レントゲン写真が98点。楽器の中がどうなっているかを、人の体と同じように透かして見ているのだ。

数字で読む 楽器学資料館

  • 2,558 — 所蔵する楽器の数(2022年1月)。一日に一つずつ眺めても、7年かかる。公開日だけで数えれば、一生かかる。
  • 27 — 1966年に最初に買った楽器の数。今の所蔵の、およそ95分の1。
  • 442 — 2016年に移った展示室の広さ(平方メートル)。1978年の展示室の約1.5倍ある。
  • 98 — レントゲン写真の数。楽器にも、健康診断のようなものがあるらしい。
  • 5332343 — 三味線の「体系番号」。電話番号ではない。
  • 10 — 学芸員による「楽器の10分講座」の長さ(分)。昼休みに収まる。

旅人の寄り道クイズ

楽器学資料館が、所蔵の楽器を地域ごとに分けるとき、その一覧の最後に置いている地域はどれか。

  • A 南極
  • B 月
  • C 深海

答えは、この記事の終わり近くで。

楽器とは「雑多な物体の集合」である

三味線の番号の話をしなければならない。

楽器学資料館は、楽器に二種類の番号をつけて整理している。ひとつは「分類番号」。1914年に、オーストリアの音楽学者ホルンボステルと、ドイツ出身の音楽学者ザックスが提唱した分類法による番号だ。楽器を、音の出るしくみで大きく4つに分ける。打楽器の仲間が多い「体鳴楽器」、太鼓の仲間の「膜鳴楽器」、弦楽器の仲間の「弦鳴楽器」、管楽器やオルガンの「気鳴楽器」。資料館によれば、世界の楽器のコレクションで広く使われている方法で、番号には図書館の十進分類法の考え方が使われている。

もうひとつが「体系番号」で、こちらは国立音楽大学の名誉教授で、資料館の初代館長だった楽器学者、郡司すみの分類法による。楽器を、歴史や地域ではなく、音が出るしくみや材料の種類で体系づけ、番号を振る。三味線の体系番号は「5332343」。資料館によれば、この番号で検索すると、日本の外にある、三味線と似た構造や音の出し方をする楽器を探すことができる。七桁の数字が、海の向こうの親戚を呼び出してくれるのだ。

その郡司の分類法を説明した頁に、私は思わず立ち止まる一節を見つけた。楽器とは、音を出すという人間の行為に従う道具にすぎず、「それを用いて音楽を行うことができる」という条件さえ満たせば、どんなものでも楽器になりうる。だから、楽器と呼ばれる一群のものは、それ以外には何の共通性も持たない「雑多な物体の集合」である、と。

2,558点を集めた資料館の、初代館長の言葉である。これほど身も蓋もなく、これほど愛のある定義を、ほかに知らない。

その体系では、楽器の振動するものの材料として、植物、動物、鉱物、気体、合成物質と並んで、「人体の一部」と「液体」が挙がっている。水も楽器になりうるし、私の体の一部もまた、楽器になりうる。風呂場で鼻歌を歌うたび、私は知らないうちに、七桁の番号のどこかに収まっていたわけだ。

展示室は、資料館の説明によれば、二つのエリアに分かれている。常設展示のエリアには、19世紀のフォルテピアノ、ハープシコード、クラヴィコードといった鍵盤楽器と、世界各地の民族楽器が並ぶ。「ベートーヴェンの時代のピアノって?」と、資料館の案内は問いかけている。もうひとつは、テーマを決めて期間を限って開く企画展示のエリアだ。音を出してよい楽器も用意されていて、一部の楽器は試奏もできる。

学芸員による「楽器の10分講座」は、2026年度は毎週水曜日と金曜日の12時40分から12時50分まで、展示室で開かれる。予約は要らない。ただし見学の注意として、展示室の中の撮影は一切禁止されている。目と耳で持って帰るしかない。

見学した人のブログには、守衛さんに声をかけると資料館のある建物まで丁寧に案内してもらえたこと、荷物は鍵つきの無料のロッカーに預けること、楽器の説明は所々のタッチパネルで読めることが書かれている。楽器に触って音を出せると知りながら、怖くて遠巻きに見ていたという正直な一文もある。2,558点の前では、誰でも少し臆病になる。私なら、たぶん一番安そうな太鼓を探す。

楽器の国から、もういちど立川の街へ戻ろう。駅の南には、リスの名前を持つホールが待っている。

初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。

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