
昭和の昭島──SLの煙と、立川消防署の出張所
昭島市の公式ページには「市のあゆみ」という年表があり、5年ごとに区切って、その年の出来事を淡々と並べている。読みはじめると止まらなくなる。昭和の昭島の手ざわりが、一行ずつ立ち上がってくるからだ。
昭和34年(1959)、昭和前駅が昭島駅に改称され、同じ年に拝島駅から東京駅へ直通の電車が走りはじめた。昭和36年(1961)には多摩川でクジラが掘り出され、同じ年に拝島公園が開園した。昭和39年(1964)、東京オリンピックの聖火と自転車のロードレースが市内を通過する。昭和42年(1967)、成隣小学校の前に市内で初めての横断歩道橋が完成した。クジラの化石が運びこまれた、あの小学校の前である。昭和43年(1968)、西武拝島線が開通。昭和45年(1970)、八高線のSLが廃止された。昭和46年(1971)、昭和公園にD51機関車が展示される。走るのをやめた蒸気機関車が、翌年には公園の主になった。昭和48年(1973)には、のちの昭島市民くじら祭となる「第1回市民納涼の集い」が開かれている。
年表には、立川の名前もたびたび出てくる。昭和32年(1957)、立川消防署拝島分遣所を設置。昭和41年(1966)、立川消防署昭島出張所が完成。昭和43年、立川消防署拝島出張所の新庁舎が完成。昭和59年(1984)、立川消防署大神出張所を開設。昭和のあいだ、昭島の火事に駆けつける消防車の多くは、「立川消防署」の名を背負っていたはずだ。昭和34年には、し尿処理場が立川市と共同で完成している。暮らしのいちばん地味で、いちばん欠かせない部分で、二つの市はずっと隣どうしの手を貸し合ってきた。
そして昭和52年(1977)。年表には、立川基地の三分割・有償払い下げに反対する運動が始まったこと、東京都と立川市、昭島市の地元案が決まったこと、立川基地が全面返還されたことが、同じ年の欄に並んでいる。昭和58年(1983)の欄には、昭島駅の橋上駅舎と南北の自由通路の完成と、国営昭和記念公園の開園が並ぶ。
あのころ、昭島駅の駅名標には「昭和前」と書かれ、八高線の鉄橋を蒸気機関車が煙を吐いて渡り、市の火事には立川の消防署の出張所が走った。いま、駅は橋上駅舎になり、鉄橋の下のクジラの河原は運動公園になり、立川と昭島の境には、二つの市が分け合う180ヘクタールの公園が広がっている。飛行場だった土地が庭になり、飛行機の会社の前の駅が市の名を名乗る駅になった。昭和の昭島を覚えている人には、年表の一行一行が、たぶん「そうそう、あった」の連続だろう。知らない若い人には、立川駅から9分の街に、ついこのあいだまでSLが走っていたこと自体が、ちょっとした事件に聞こえるはずだ。
クジラを見たことのない子どもがいるなら、週末に一度、立川で青梅線に乗り換えてみてほしい。昭島駅から歩いて10分のところで、13.5メートルの骨格が待っている。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
深層地下水100%の街を歩く
昭島を歩いて喉が渇いたら、駅前の水を飲んでみるといい。
昭島市の水道局によれば、昭島市は東京都の区市町村で唯一、深層地下水だけを水道の水源にしている自治体だ。地下70メートルより深い層を流れる深層地下水をくみ上げている。山に降った雨や雪が、およそ10年から50年をかけて地層にしみこんだ水で、土がフィルターの役目を果たすため、浄化処理をしていない。水道法で義務づけられた最低限の塩素を加えているだけだ、と市は書く。
なぜ昭島にだけ、そんな水があるのか。市の説明では、多摩川の水の長い働きで、水を通し、ためる砂利の層が厚くできた。その厚い砂利層の上に街があるから、地下水が豊かなのだという。
ここで、私はアキシマクジラのことを思い出した。200万年前、昭島の半分は海で、浅瀬にはクジラがいた。その海が川の運んだ土砂で埋まり、多摩川がさらに砂利を積み重ねた。クジラを眠らせた地層と、いま街の人が飲んでいる水を育てた地層は、同じ川と海の、長い仕事の続きなのだ。
市は「ちかっぱー」という水道のキャラクターまで持っていて、市制65周年の令和元年(2019)に、市の公式キャラクターに昇格させた。水の妖怪が、市の顔になった。昭島はどうやら、地面の下から出てきたものを大事にする街らしい。クジラも、水も。
アキシマエンシスの郷土資料室の頁には、いまも小さなお願いが載っている。昭和36年の発掘の際に一緒に見つかったサメの歯などの化石や、アキシマクジラの化石の一部を探している。持っている人、行方を知っている人は連絡してほしい、と。
65年たっても、街はまだ、クジラのかけらを探している。
寄り道クイズの答え
答えは(B)鎌倉の大仏(台座を含む)。昭島市のアキシマクジラの案内は、「13.5mって、どのくらいの大きさ?」という問いに、この大仏で答えている。子ども向けの頁では、大型バスと同じくらい、とも書いている。

訪ねる前に
- 立川からの行き方: JR青梅線で立川から4つ目が昭島駅。昭島市によれば昭島駅から立川駅まで9分。拝島駅は立川から5つ目で、青梅線のほか五日市線、八高線、西武拝島線が集まる。
- 都心・神奈川から: 立川までは、新宿からJR中央線快速で30分台、川崎からはJR南武線で乗り換えなしの約1時間。立川で青梅線に乗り継ぐ。
- アキシマエンシス(アキシマクジラの原寸大レプリカと郷土資料室): 昭島市つつじが丘3-3-15。JR昭島駅北口・JR中神駅北口から徒歩10分、Aバス「アキシマエンシス」降車すぐ(公式のアクセス案内による)。エントランスに13.5メートルの全身骨格レプリカ、郷土資料室に実物化石の一部と頭蓋のレプリカがある。2026年は発見65周年の企画展「過去と未来をつなぐアキシマクジラ」を7月20日から10月24日まで開催(市の案内による)。開館時間や休館日は公式で確かめてほしい: https://www.akishimaensis.jp/
- アキシマクジラの出土地: 多摩川の河川敷、JR八高線多摩川鉄橋の下流側。昭島市「あきしまの史跡めぐり」Eコース(多摩川自然散策・約5.6キロ)の途中にある: https://www.city.akishima.lg.jp/bunka/bunkazai/1004617/1004623.html
- 拝島のフジ・大日堂・日吉神社: 拝島公園(昭島市拝島町1-10)。JR昭島駅から徒歩約20分、拝島駅から約30分。バスならJR立川駅北口10番乗り場から「拝島操車場行」「拝島駅行」「福生営業所行」で「拝島大師」下車3分(市の案内による)。フジの見頃は例年4月中旬から5月上旬。専用の駐車場は無い: https://www.city.akishima.lg.jp/bunka/bunkazai/1008365/index.html
- 拝島大師のだるま市は正月2日・3日(市の案内による)。
- 組み合わせるなら: 国営昭和記念公園の昭島口(JR東中神駅から約10分・公園公式の案内による)から公園に入り、立川側へ抜ければ、昭島と立川を一日でつなげる。玉川上水沿いのFコースは、拝島駅から立川市境の松中橋まで約2.8キロ。
- アキシマクジラの総合案内(昭島市): https://www.city.akishima.lg.jp/bunka/kujira/index.html
歩き終えたら、立川駅の北口へ
多摩川の河原を歩き、拝島の境内を抜け、昭和の森のいちょう並木をくぐる。市の計算を信じるなら、一日で数百キロカロリーは使っている。青梅線で9分、立川に戻るころには、脚がほどよく重くなっているはずだ。
立川駅の北口から徒歩1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオで行うホットヨガのスタジオだ。常温のヨガやピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもあり、ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業は8時から23時30分まで、年中無休で、曜日による違いはない。朝のうちにフジを見て、昼に化石を眺め、夕方に立川へ戻っても、寄る時間は十分にある。
ヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。散歩の荷物のまま、身ひとつで寄れる。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp で確かめられる。
200万年前の海の上を歩いた一日の終わりに、駅前のビルの3階で、ゆっくり息を吐く。右利きのクジラのように、少し体を傾けてみてもいい。
冒頭の写真: 昭島市のアキシマエンシスの吹き抜けに吊られた、アキシマクジラの全身骨格レプリカ。(写真: 漱石の猫 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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