
駐車場の片隅の社は、何を祈っているのか
空の神社が、なぜ駐車場の片隅にいるのか。
調べてわかったことの半分は、こうだ。もともとこの社は、立川の古い家が、自分の屋敷の守りとして祀った天神さまだった。大きな神社ではない。家の神さまである。飛行場がやってきて、空の時代が来て、町の人と軍が、その家の神さまに、空で落ちた人々を預けた。戦争が終わると、名前は太陽に変わった。屋敷が駐車場になっても、社は同じあたりにとどまった。家の神さまは、家の土地を離れなかった。片隅にいるのは、追いやられたからではなく、はじめからそういう大きさの社だったからなのだろう。
もう半分は、私の勝手な読みになる。新橋の航空神社は屋上にあり、所沢の航空神社は引っ越しを重ねて帰ってきた。京都の飛行神社は、世界じゅうの犠牲者を祀っている。どれも、空の殉職者を、どこかに「預かる」社だ。立川の社だけが少し違う。ここでは、空の犠牲者を、飛行場のすぐ隣の、ふつうの暮らしのすぐ隣に置いた。滑走路の端の外側、住宅と畑のあいだ。祀られた人たちは、自分たちが飛んだ空の真下にいた。
立川の空は、今も飛んでいる。消防と警察のヘリコプターが上がり、航空祭の日には編隊が飛び、秋には若者たちが滑走路を走る。それを、名前を変えた小さな社が、駐車場の片隅から見上げている。もし祠に目があるなら、一番よく見えているのは、たぶん、今の立川の空だ。
答えの残り半分は、私の手もとにはない。『立川史と写真銘鑑』の原典も、太陽神社への改名の記録も、まだ読めていない。郷土史を長く書き継いできた人の連載がなければ、合祀の十一氏の話にさえ届かなかった。この街には、自分の町の空の来歴を、誰に頼まれるでもなく書き残してきた人たちがいる。その仕事の上に、この一編は乗っている。
この祠を探しに来る必要はない。週末、新宿から中央線に30分ほど揺られて立川で降り、飛行場の跡の公園の外周を歩きながら、ときどき空を見上げてみればいい。羽田より先に「東京」を名乗った空が、そこにある。
寄り道クイズの答え
答えはB、東京飛行場である。百科事典の立川飛行場の項目によれば、昭和4年(1929)4月1日、日本航空輸送の定期航空が始まるにあたって、逓信省の告示によって立川飛行場は「東京飛行場」となった。昭和6年(1931)8月24日に羽田飛行場が開かれると、日本航空輸送の移転に合わせて、その名前も羽田へ移った。羽田より先に、立川が東京の空の玄関だった。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
訪ねる前に
- 来やすさ: 新宿からJR中央線で約30分(東京都環境局のリーフレットによる)、東京駅からは特別快速で40分(立川市による)。神奈川からは、JR南武線が川崎駅と立川駅を結んでいて、川崎から乗り換えなしで着く。時刻はその日の時刻表で確かめてほしい
- 航空神社(太陽神社)とされる祠: 立川市曙町1丁目の、昭和記念公園の南側にあると複数の記録が書いているが、民家の駐車場の中にあり、案内板も公開の参拝の案内もない。この記事では道順を示さない。私有地に立ち入らないこと。近くを歩くなら、公園の外周の歩道から空を見上げる程度にとどめてほしい
- 立川飛行場の来歴を知るなら: 立川市歴史民俗資料館(立川市富士見町3-12-34)。JR青梅線の西立川駅から徒歩20分。JR立川駅南口から「新道福島」行きか「富士見町操車場」行きのバスで「団地西」下車、徒歩5分(立川市による)。入館は無料。開館時間と休館日は公式で確かめてほしい: https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/bunka/1004244/1004849/1004905.html
- 飛行場の跡を歩くなら: 立川市の散歩コース「近・現代を歩く」は、立川駅北口から陸軍飛行第五聯隊の正門跡、立川飛行機の引込線の跡の栄緑地などを回る: https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/bunka/1004244/1004848/1004891.html
- 空の神社に手を合わせたいなら: 新橋の航空神社は、東京都港区新橋1-18-1 航空会館の9階(屋上)にある。参拝時間は平日9時〜19時、土日祝日9時〜17時で、年末年始や祭典の日には参拝できない時間がある(日本航空協会による)。最新は公式で: https://www.aero.or.jp/shrine/
- 所沢の航空神社は、埼玉県所沢市小手指元町の北野天神社の中にある: https://kitanotenjin.com/kouku.html
- 立川駐屯地の航空祭や、箱根駅伝の予選会の日取りは年ごとに変わる。立川駐屯地や主催者の発表で確かめてほしい
- 組み合わせて回るなら: 立川駅北口から公園のあけぼの口までは歩いて約10分で、飛行場の跡にできた国営昭和記念公園を歩ける。駅の北口には、基地の跡地に生まれたファーレ立川の109点の作品があり、モノレールで北へ行けば、飛行機をつくった会社の町・立飛がある。いずれもこの特集の別の一編で歩いている

空を見上げたあとは、立川駅北口で
空の話ばかり追いかけていると、首が上を向いたまま固まってくる。飛行場の跡の公園の外周を歩けば、足もそれなりに疲れる。その体をほぐして帰りたいなら、立川駅北口から歩いて1分の場所に、オンザショア立川店がある。東京都立川市曙町2-14-10、エトロワビルの3階だ。航空神社とされる祠と同じ曙町の、駅に近いほうの端にある。
ここは溶岩ホットヨガのスタジオで、溶岩のプレートを敷いたスタジオでヨガをする。ほかに常温のヨガ、ピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもある。ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業時間は8時から23時30分まで、年中無休で、どの曜日も同じ時間に開いている。朝に公園を歩いてから入ることもできるし、夕方、ヘリコプターが基地へ帰っていく空を見送ってから立ち寄ることもできる。
初めての人には、税込1,980円のヨガの体験レッスンがある。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれている。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
- オンザショア: https://ontheshore.jp/
- 料金: https://ontheshore.jp/price/
- 体験の予約: https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp
駅へ戻る道の上を、西の滑走路から上がったヘリコプターが、低い音を残して東へ渡っていく。
冒頭の写真: 上空から見た立川飛行場(2023年)。滑走路を緑地と市街地がぐるりと囲む(写真: ブルーノ・プラス / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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