
立川の歴史年表(出典つき)
出典の正式名と URL は、この下の「参考にした資料」にまとめた。年の数え方は各資料の記載に従い、和暦は西暦から確かめて併記した。
| 年(西暦・和暦) | できごと | 出典 |
|---|---|---|
| 約1万3千年前(旧石器時代) | 錦町・羽衣町の向郷遺跡に人の痕跡が残る | 市年表(〜1700年代) |
| 縄文時代 | 柴崎町大和田遺跡と向郷遺跡で集落跡が確認される | 市年表(〜1700年代) |
| 811年(弘仁2年) | 諏訪神社が信州諏訪から神を迎える | 市年表(〜1700年代)/諏訪神社「由緒」 |
| 1252年(建長4年) | 柴崎町に八幡神社が建てられる | 市年表(〜1700年代) |
| 1353年(文和2年) | 立川氏が一族の菩提寺として普済寺を開く(と伝わる) | 市年表(〜1700年代)/市「古村を歩く」 |
| 1361年(延文6年) | 普済寺の六面石幢がつくられる(1953年に国宝) | 市年表(〜1700年代)/文化庁 国指定文化財DB |
| 1455年(享徳4年) | 第一次立河原の合戦 | 市年表(〜1700年代) |
| 1504年(永正元年) | 第二次立河原の合戦 | 市年表(〜1700年代) |
| 1586年(天正14年) | 武蔵野の野火で諏訪神社の社殿と旧記が焼ける | 諏訪神社「由緒」 |
| 1596〜1615年(慶長年間) | 岸村の村野三右衛門が砂川新田の開墾を始める | 市年表(〜1700年代) |
| 1629年(寛永6年) | 砂川に阿豆佐味天神社が建てられる | 市年表(〜1700年代) |
| 1633年(寛永10年) | 砂川新田が尾張藩の鷹場になる | 市年表(〜1700年代) |
| 1653年(承応2年) | 玉川庄右衛門・清右衛門が玉川上水を開削 | 市「玉川上水」/東京都水道局 |
| 1654年(承応3年) | 玉川上水が開通 | 市年表(〜1700年代) |
| 1657年(明暦3年) | 砂川分水が開通 | 市年表(〜1700年代) |
| 1689年(元禄2年) | 砂川で検地。戸数175戸 | 市年表(〜1700年代) |
| 1736年(元文元年) | 砂川新田が砂川村になる | 市年表(〜1700年代) |
| 1737年(元文2年) | 柴崎分水が開通 | 市年表(〜1700年代) |
| 1868年(明治元年) | 柴崎村・砂川村が韮山県に編入(1871年に神奈川県へ) | 市年表(1800年代〜1924年) |
| 1870年(明治3年) | 普済寺に郷学校(現市立第一小学校)。玉川上水の舟運始まる | 市年表(1800年代〜1924年) |
| 1872年(明治5年) | 玉川上水の舟運が衛生上の理由で廃止 | 市年表(1800年代〜1924年) |
| 1881年(明治14年) | 柴崎村を立川村と改める | 市年表(1800年代〜1924年)/市「概要」 |
| 1889年(明治22年) | 甲武鉄道(現JR中央線)開通、立川停車場ができる。町村制で立川村は独立村に | 市年表(1800年代〜1924年) |
| 1893年(明治26年) | 三多摩が神奈川県から東京府へ移る | 市年表(1800年代〜1924年) |
| 1894年(明治27年) | 青梅鉄道開通 | 市年表(1800年代〜1924年) |
| 1901年(明治34年) | 東京府立第二中学校(現都立立川高校)開校 | 市年表(1800年代〜1924年) |
| 1910年(明治43年) | 砂川の製糸業が閉鎖 | 市年表(1800年代〜1924年) |
| 1921年(大正10年)秋 | 立川に飛行場をつくることが決まる | 市「立川飛行場のあゆみ」 |
| 1922年(大正11年)11月 | 立川飛行場開設。陸軍飛行第五大隊が各務ヶ原から移る | 市「立川飛行場のあゆみ」/総務省「戦災の状況」 |
| 1923年(大正12年)9月 | 関東大震災。立川の民間飛行機が取材と原稿輸送に活躍 | 市「立川飛行場のあゆみ」/市年表(1800年代〜1924年) |
| 1923年(大正12年)12月1日 | 立川村が町制を施行し立川町に | 市年表(1800年代〜1924年)/歴史的行政区域データセット |
| 1927年(昭和2年)9月 | ソ連機が飛来。立川に来た最初の外国機 | 市「立川飛行場のあゆみ」 |
| 1929年(昭和4年)7月 | 立川―大阪間で日本最初の民間定期旅客輸送が始まる | 市「立川飛行場のあゆみ」 |
| 1929年(昭和4年) | 中央線が立川まで電化、南武鉄道開通 | 市年表(1925〜1949年) |
| 1930年(昭和5年) | 石川島飛行機製作所が月島から立川へ。立川駅南口開設 | 立飛HD「沿革」/市年表(1925〜1949年) |
| 1933年(昭和8年)9月 | 民間航空が羽田へ移る | 市「立川飛行場のあゆみ」 |
| 1934年(昭和9年)3月 | 陸軍航空廠が所沢から移る | 市「立川飛行場のあゆみ」 |
| 1937年(昭和12年)4月 | 神風号が立川からロンドンへ飛ぶ | 市「立川飛行場のあゆみ」/市年表(1925〜1949年) |
| 1940年(昭和15年)12月1日 | 立川町が市制を施行し立川市に | 市「概要」/歴史的行政区域データセット |
| 1942年(昭和17年) | 富士見・柴崎・錦・羽衣・曙・高松・緑の町丁名が定まる | 市年表(1925〜1949年) |
| 1945年(昭和20年)2月16日以降 | 13回の空襲。確認された犠牲者340人 | 総務省「戦災の状況」 |
| 1945年(昭和20年)4月4日 | 山中坂の防空壕に爆弾が命中し42人が亡くなる | 総務省「戦災の状況」/市「古村を歩く」 |
| 1945年(昭和20年)9月 | 米軍が進駐し、飛行場は米軍基地に | 市「立川飛行場のあゆみ」/国営昭和記念公園事務所 |
| 1951年(昭和26年) | 市営競輪場開設 | 市年表(1950〜1970年) |
| 1954年(昭和29年)6月30日 | 砂川村が町制を施行し砂川町に | 市年表(1950〜1970年)/歴史的行政区域データセット |
| 1955年(昭和30年)5月 | 立川基地拡張計画が通告され、砂川闘争が始まる | 市「立川飛行場のあゆみ」/国立国会図書館 レファ協 |
| 1957年(昭和32年)7月8日 | 基地内民有地の測量をめぐる砂川事件 | 東京地裁判決(データベース「世界と日本」) |
| 1959年(昭和34年)3月30日 | 東京地裁が無罪判決(伊達判決) | データベース「世界と日本」 |
| 1959年(昭和34年)12月16日 | 最高裁大法廷が伊達判決を破棄 | 衆議院 質問主意書(第169回国会) |
| 1961年(昭和36年) | 全国初の女性市議会議長が選ばれる | 市年表(1950〜1970年) |
| 1963年(昭和38年)5月1日 | 砂川町を編入し、現在の立川市に | 市年表(1950〜1970年)/歴史的行政区域データセット/市史『たちかわ物語』vol.4 |
| 1968年(昭和43年)12月 | 米空軍司令官が滑走路拡張計画の中止を発表 | 市「立川飛行場のあゆみ」/総務省「戦災の状況」 |
| 1969年(昭和44年)10月 | 米軍が立川での飛行停止を発表 | 市「立川飛行場のあゆみ」 |
| 1972年(昭和47年)12月 | 陸上自衛隊が立川基地へ移駐 | 市「立川飛行場のあゆみ」 |
| 1977年(昭和52年)11月30日 | 立川基地が全面返還 | 国営昭和記念公園事務所/内閣府「立川広域防災基地」 |
| 1982年(昭和57年) | 立川駅舎・駅ビル・南北自由通路が完成 | 市年表(1971〜1985年) |
| 1983年(昭和58年)5月 | 中央防災会議が立川広域防災基地の整備推進を決定 | 内閣府「立川広域防災基地」 |
| 1983年(昭和58年)10月26日 | 国営昭和記念公園が70ヘクタールで第一期開園 | 国営昭和記念公園事務所 |
| 1985年(昭和60年)12月1日 | 歴史民俗資料館が開館 | 市「歴史民俗資料館」 |
| 1994年(平成6年) | ファーレ立川まちびらき。諏訪神社の本殿などが全焼 | 市年表(1986〜1999年) |
| 1995年(平成7年) | 普済寺が全焼 | 市年表(1986〜1999年) |
| 1995年(平成7年) | 八王子・立川業務核都市基本構想が国土庁などから承認される | 市年表(1986〜1999年) |
| 1998年(平成10年) | 多摩都市モノレール北区間が開業 | 市年表(1986〜1999年) |
| 2000年(平成12年) | 多摩都市モノレールが全線開業 | 市年表(2000〜2009年) |
| 2003年(平成15年)11月21日 | 閣議了解で、立川の予備施設が国の災害対策本部の代替に位置づけられる | 内閣府「立川広域防災基地」 |
| 2008〜2009年(平成20〜21年) | 国文学研究資料館・国立極地研究所が立川に移転。地裁・家裁の支部などが基地跡地へ | 国文学研究資料館/国立極地研究所/市年表(2000〜2009年) |
| 2015年(平成27年) | 立川市史の編さんを開始。立川断層が市内に存在しないと報告される。ららぽーと立川立飛が開業 | 市年表(2010〜2024年)/立飛HD「沿革」 |
| 2020年(令和2年)4月 | GREEN SPRINGS が開放される | 立飛HD「沿革」 |
| 2024年(令和6年)4月1日 | 人口186,076人 | 市「概要」 |
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
参考にした資料
- 立川市「立川市の歴史(1700年代まで)」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisei/gaiyo/1005930/1005948/1005962.html
- 立川市「立川市の歴史(1800年代から1924年まで)」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisei/gaiyo/1005930/1005948/1005963.html
- 立川市「立川市の歴史(1925年から1949年まで)」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisei/gaiyo/1005930/1005948/1005964.html
- 立川市「立川市の歴史(1950年から1970年まで)」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisei/gaiyo/1005930/1005948/1005965.html
- 立川市「立川市の歴史(1971年から1985年まで)」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisei/gaiyo/1005930/1005948/1005966.html
- 立川市「立川市の歴史(1986年から1999年まで)」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisei/gaiyo/1005930/1005948/1005967.html
- 立川市「立川市の歴史(2000年から2009年まで)」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisei/gaiyo/1005930/1005948/1005968.html
- 立川市「立川市の歴史(2010年から2024年まで)」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisei/gaiyo/1005930/1005948/1005969.html
- 立川市「立川市の概要」(地形・標高・面積・人口・名前の由来・主な歴史) https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisei/gaiyo/1005930/1005954.html
- 立川市「立川飛行場のあゆみ」(PDF) https://www.city.tachikawa.lg.jp/_res/projects/default_project/page/001/004/905/7tatikawahikoujou.pdf
- 立川市「立川市の散歩コース【1.古村を歩く】」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/bunka/1004244/1004848/1004889.html
- 立川市「立川市の散歩コース【3.近・現代を歩く】」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/bunka/1004244/1004848/1004891.html
- 立川市「立川市の散歩コース【4.砂川新田発祥の地を歩く】」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/bunka/1004244/1004848/1004892.html
- 立川市「立川市の散歩コース【5.砂川と玉川上水を歩く】」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/bunka/1004244/1004848/1004893.html
- 立川市「【国指定史跡】玉川上水」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/bunka/1004244/1004847/1019994/1004854.html
- 立川市「資料館刊行物」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/bunka/1004244/1004851.html
- 立川市「歴史民俗資料館」 https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisetsu/1008065/1008098.html
- 立川市 市史編さん広報紙『たちかわ物語』vol.4(2017年) https://sitereports.nabunken.go.jp/files/attach/55/55346/132527_1_%E5%B8%82%E5%8F%B2%E7%B7%A8%E3%81%95%E3%82%93%E5%BA%83%E5%A0%B1%E7%B4%99%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%8B%E3%82%8F%E7%89%A9%E8%AA%9Evol4.pdf
- 立川市 市史編さん広報紙『たちかわ物語』vol.7(2019年) https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/article/121458
- 立川市図書館「立川について調べる3 砂川闘争について調べる」(2020年) https://www.library.tachikawa.tokyo.jp/images/upload/tachishira03_202007.pdf
- 総務省「立川市における戦災の状況(東京都)」 https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/daijinkanbou/sensai/situation/state/kanto_21.html
- 内閣府(防災担当)「立川広域防災基地 災害対策本部予備施設 概要」(平成26年現在) https://www.bousai.go.jp/oukyu/kunren/yobishisetu/pdf/tachikawa.pdf
- 国土交通省 国営昭和記念公園事務所「公園の歴史」 https://www.ktr.mlit.go.jp/showa/purofile-history/history.htm
- 文化庁 国指定文化財等データベース「石幢」 https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/846
- 東京都水道局「史跡玉川上水整備活用計画の改定に係る検討状況について」 https://www.waterworks.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/waterworks/01_setsumei
- 諏訪神社「由緒」 https://suwajinja.or.jp/history.html
- 立飛ホールディングス「沿革」 https://www.tachihi.co.jp/about/timeline/
- 人文学オープンデータ共同利用センター「歴史的行政区域データセットβ版」立川村 https://geoshape.ex.nii.ac.jp/city/resource/13B0090041.html /砂川町 https://geoshape.ex.nii.ac.jp/city/resource/13B0090010.html /立川市 https://geoshape.ex.nii.ac.jp/city/resource/13202A1968.html
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「砂川闘争について知りたい」 https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000325248&page=ref_view
- データベース「世界と日本」(政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所)「砂川事件の第1審判決(伊達判決)」 https://worldjpn.net/documents/texts/JPSC/19590330.O1J.html
- 衆議院「砂川事件最高裁判決における我が国の司法権の独立に関する質問主意書」(第169回国会) https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a169550.htm
- 渡邊健「書評 砂川事件と田中最高裁長官」日本アーカイブズ学会『アーカイブズ学研究』No.20(2014年) https://www.jstage.jst.go.jp/article/archivalscience/20/0/20_137/_pdf
- 立川教育振興会 ブログ「立川歴史散歩」 https://www.tachikawakyoikushinko.com/blog/categories/tachikawa-history
- 多摩てばこネット(有限会社えくてびあん)「それって昭和?その頃の立川④ 昭和61年」 https://www.tamatebakonet.jp/town/detail/id=15223
- 国文学研究資料館「概要」 https://www.nijl.ac.jp/outline/profile/
- 国立極地研究所「沿革」(南極・北極科学館の記事の根拠に同じ) https://www.nipr.ac.jp/science-museum/

旅人の寄り道クイズの答え
1929年(昭和4年)7月に立川飛行場から飛んだ日本最初の定期旅客便の行き先は、B の大阪である。市の「立川飛行場のあゆみ」に、昭和4年7月に日本で最初の民間定期旅客輸送が立川―大阪間で始まったとある。4年後の昭和8年(1933年)9月、民間の航空は羽田へ移った。羽田の先輩は、立川である。
訪ねる前に
- 立川市歴史民俗資料館(立川市富士見町3-12-34)。昭和60年(1985年)12月1日開館。業務時間・休館日は市の施設案内で確かめてほしい。 https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisetsu/1008065/1008098.html
- 普済寺と諏訪神社(柴崎町)。諏訪神社は JR 立川駅から徒歩10分と神社が案内している。中世と江戸の立川は、駅の南口側に眠っている。 https://suwajinja.or.jp/access.html
- 国営昭和記念公園。飛行場の跡地がそのまま公園になった。あけぼの口は立川駅北口から約10分。開園時間と入園料は公式で。 https://www.showakinen-koen.jp/
- 玉川上水と砂川。江戸の村の形は、市の散歩コース【4】【5】の地図でたどれる。
- 年表の時代ごとの詳しい話は、この特集の普済寺と諏訪神社、玉川上水と砂川、立飛、昭和記念公園、ファーレ立川、多摩モノレールの各記事で書いた。

歴史を歩いたあとは、立川駅北口で
千年分の年表を歩くと、足より先に頭が疲れる。ひとつの時代から次の時代へ渡るたびに、知らない地名と年号を抱え込むからだ。そういう日の終わりには、考えるのをやめて、体のほうに戻ってくる時間がほしくなる。
立川駅の北口から徒歩1分、エトロワビルの3階に、オンザショア立川店という溶岩ホットヨガのスタジオがある。住所は立川市曙町2-14-10。建物疎開の跡につくられた北口の駅前広場から、ほんの少し歩いた先である。
床に溶岩のプレートを敷いたスタジオで、ホットヨガのレッスンを受けられる。常温のヨガもあり、ピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもある。ヨガだけで25種類以上のレッスンがそろう。営業は朝8時から夜23時30分まで、年中無休で、どの曜日も同じ時間だ。
初めての人には、ヨガの体験レッスンがある。税込1,980円で、60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルまで含まれる。妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できず、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
空の都の百年を読んだあとで、自分の呼吸の数を数える一時間というのも、悪くない。
- 店のトップ: https://ontheshore.jp/
- 料金: https://ontheshore.jp/price/
- 体験の予約: https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp
冒頭の写真: 北の上空から見た立川飛行場の一帯(2023年)。滑走路の向こうに多摩川が流れる(写真: ブルーノ・プラス / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
立川さんぽ特集のほかの記事
- 立川の空襲と戦争の記憶 北口の広場は建物疎開の跡だった。山中坂の壕と13回の空襲
- 立川の紅葉・イチョウを歩く 都が選ばなかったケヤキと、市でただ一本の天然記念物
- 立川 基地の町の文化を歩く ユーミンが歌ったゲートと、コーラの瓶を返せという通達
- 立川基地と砂川闘争の歴史を歩く──広がらなかった滑走路と、返された土地の使いみち
- 立川の銭湯と湯の文化 6円が600円になるまで、市内に残る3軒の湯けむり
- 立川防災館と立川広域防災基地を歩く──首都の予備の頭脳は、なぜ立川にあるのか
- 立川の橋めぐり 「無名橋」から二階建ての立日橋まで、橋の名前が覚えている街の来歴
- 立川シネマシティの極上爆音上映──映画館が消えた街に、東京初のシネコンが立つまで
- 立川の文化施設をめぐる──「国立」音大は立川にあり、美術館は信用金庫の1階にある
- 立川をサイクリング──昭和記念公園の14キロと多摩川へ、飛行場が選んだ平らな街を走る
- 立川の踊りと市民の祭り 立川音頭は4つある、そして「立川はフラフラだ」
- 立川ゆかりの人びと 小澤征爾は立川の小学校に通い、彗星の発見者は立川で生まれた
- 立川ゆかりの有名人 ノッポさんは立川の高校を出て、「ダバダ〜」の作曲家は立川基地で弾いた
- 立川 ファーレ立川アートの見どころと回り方──世界の巨匠が、駅前で車を止めている
- 立川の農業と直売所を歩く 23区の畑の半分を超える町で、一番広く育つのは木だった
- 立川で始まった「日本初」 世界初の量産電気自動車、全国初の女性議長、サザエさん裁判
- 立川の民話と伝説を歩く 残堀川は大蛇の血の跡と伝わり、送り狼には「ごくろうさま」を
- 立川・普済寺と諏訪神社を歩く 国宝の石と千二百年の社、立川という名が生まれた村
- 立川で働く・生まれる仕事の今と未来──昼の人口が夜より2万人多く、開業率は多摩26市で一番の街
- 立川の新しい文化と公演のこれから──バレエの国際予選も「学園都市」の祭りも駅から歩ける
- 立川の緑と環境のこれから CO2を6割減らす街の足湯と、消えては現れる緑
- 立川と外国人観光の今と未来──東京を訪ねた旅人の2.3%だけが知る街へ、羽田からバス1本
- 立川の人口と子育てのこれから 外れた予言より4万人多い未来と、2028年の峠
- 多摩モノレール延伸はいつ? 箱根ケ崎まで7駅、町田へ16km──立川が多摩の背骨の真ん中になる日
- 立川と首都直下地震のこれから──465億円の新しい防災拠点と、競輪場が避難所になる日
- 立川・昭和記念公園のこれから レインボープール跡地に、なぜ誰も手を挙げなかったのか
- 立川駅周辺の再開発とこれから 「ベッドタウンにしない」と決めた駅前の、デッキとグリーン車の未来
- 立川・立飛とGREEN SPRINGSの次の十年 市の25分の1を持つ会社と予測を超えた街
- 立川 GREEN SPRINGSの見どころ 一等地にヤギがいて、屋上に多摩川が流れる
- 立川観光と散歩の総合案内──国宝も南極の氷も砂浜もある、空の都の歩き方
- 立川の地形と坂を歩く 平らな街は、なぜ北から南へ50メートルあまり傾いているのか
- 立川飛行場と神風号 午前2時にロンドンへ発ち、羽田へ帰った国産機と空の都
- 立川は神奈川県だった 明治26年の三多摩東京移管と、賛成の砂川・反対の立川村長
- 立川競輪場(立川けいりん)を歩く──グランプリ発祥のバンクが、街の図書館と学校を建てた
- 立川の子どもの昭和史 駄菓子屋「デモ屋」と、基地のクリスマスに配られた3.5トンの飴
- 立川の航空神社と、羽田より先の「東京飛行場」──空に祈った社はなぜ駐車場の片隅に
- 立川・昭和記念公園のこもれびの里と日本庭園──飛行場の跡に、狛江の名主の家が建っている
- 立川の図書館を歩く──たぬきと招き猫と牛のマーク、図書館の無かった市が全国上位になるまで
- 立川のライブハウスと音楽の街 元キャバレーの舞台と、「TM」が多摩だったころ
- 立川まんがぱーくの見どころと行き方──市役所だった建物で靴を脱ぎ、畳の上の4万冊にもぐる
- 立川の花火大会と祭り 昭和記念公園の五千発は、なぜ打ち上げ場所が秘密なのか
- 昭島散歩 立川から9分、海のない街にアキシマクジラと「島」がある理由
- 福生散歩 横田基地はなぜ横田にないのか、国道16号のアメリカンな街の親は立川飛行場
- 福生の酒蔵散歩 石川酒造と田村酒造場、多摩川のそばで川の水を使わない二つの蔵
- 八王子城跡散歩 立川の武士が仕えた、1日で落ちた山城と日本でただ一つの「桑の都」
- 八王子・高尾山散歩 立川から乗り換えなしで行く「世界一」の山と、首を賭けて守られた森
- 日野散歩 土方歳三と新選組のふるさとへ、立川の岸に「日野の渡し」の碑が立つわけ
- 国分寺散歩 お鷹の道と真姿の池、武蔵国分寺跡を立川から歩く 「はけ」は立川から始まっていた
- 国立散歩 「国立」の立は立川の立──大学通り、一橋大学、谷保天満宮を立川から歩く
- 御岳山散歩 武蔵御嶽神社と御岳渓谷、山の神社は参拝の道順を立川から書き起こす
- 青梅散歩 昭和レトロの街並みと映画看板、青梅線は青梅の人が立川へ引いた線路だった
- 立川・根川緑道から多摩川へ散歩 市名の「川」はどの川か、市も知らない
- 立川・猫返し神社(阿豆佐味天神社)と水天宮──名付け親は宮司ではなくジャズピアニストだった
- 立川の夜景と朝の富士山──冬至の夕日は富士の方角へ沈む、デッキとモノレールの空の時刻表
- 立川の夜を歩く──北口と南口の飲み屋街・横丁の歴史、闇市の広場と10館の映画館
- 立川のラーメンとうどん──ラーメンスクエアと武蔵野の小麦、婚礼のご馳走はうどんだった
- 立川は23区に負けているのか 公園は区部の3倍、富士山は新宿より23キロ近い
- 立川の古い村と史跡を歩く──石碑と井戸ばかり残るのは、村が引っ越し好きだったから
- 立川・オニ公園(錦第二公園)へ子連れで──鬼門を守る赤鬼は方角を45度まちがえたのか
- 立川の公園めぐり 一人あたり都平均の2倍、二百六十の公園と「やり投げの月曜日」
- 立川の町名・地名の由来を歩く 曙町と羽衣町は、なぜ名前を取り替えたのか
- 立川で南極に触れる 入場無料の南極・北極科学館と、飛行場の跡に生まれた研究所街
- 立川 雨の日の過ごし方と時間つぶし──雨が一番多いのは梅雨でなく9月、駅の二階から歩く
- 立川市歴史民俗資料館の見どころ──国宝は複製、蚕は本物。立川の歴史を預かる小さな館
- 立川の桜・花見の名所を歩く 駅前の「玉桜」から根川の土手、基地の引込線まで、百年の花の地図
- 立川の学校と学び舎の街──制服の無い百年校、夜の教室、鐘の鳴る音大、南極を学ぶ大学院
- 立川のロケ地と作品の舞台を歩く──神様も防衛隊員も、なぜ立川へ「休みに」来るのか
- 立川の養蚕と桑畑の歴史 砂川は桑苗の生産で全国一だった、空の都の下に眠る蚕の村
- 立川はなぜ「なんでもある」のか──商業の街の百年、魚屋のスーパーから都内初のIKEAまで
- 立川・昭和記念公園の見どころを歩く イチョウ並木が四角いのは、空のせいだった
- 立川の姉妹都市サンバーナディノと世界──東京で最初の姉妹市と、国際司法裁判所長になった交換高校生
- 立川のお土産と名物──59品の「立川のたいこばん」と、酒蔵のない街にある東京の地酒の本部
- 立川のスポーツ観戦と走る場所──仮設のアリーナから日本一が二度、滑走路から1万人が走る街
- 立川駅の歴史をたどる 村はずれの停車場は、なぜ多摩でいちばんの駅になったのか
- 立川の夏の過ごし方と水遊び レインボープールが眠る公園で、森は30分ごとに霧になる
- 立川・サンサンロードを歩く──車の入れない幅40メートルの道に、冬は60万の灯り
- 立川・立飛の歴史と見どころ 飛ばなくなった会社は、なぜ「飛」の字を手放さないのか
- 立川の歴史と立川氏 街の名を名乗った武士は去り、700年前の古文書だけが帰ってきた
- 立川・多摩モノレールの景色と車窓 立川の隣の駅で、富士に日が沈む
- 立川と多摩川の水害と橋の歴史 汽車は人より37年早く川を渡った、渡し船と堤防の物語
- 立川の玉川上水と砂川を歩く 散歩の見どころと歴史、江戸の水道はなぜ川の下へ潜ったか
- 立川の名物・名産品、東京うど 地下3メートルで白く育つ野菜は、夏を高原で過ごす
- 立川の鉄道さんぽ 200メートル遠回りする「短絡線」と、横田へ燃料を運ぶ列車
- 立川の水道と井戸 蛇口の水はどこから来るのか、街の下に眠る水源井戸をたどる
- 立川はなぜ「東京初」が多いのか IKEAも伊勢丹の支店もシネコンも、西の街から始まった
- 立川の野鳥と生きもの タヌキは下水管で眠り、ホタルは公園に住み、タカの居場所は書かれない
- 立川・矢川緑地と「はけ」を歩く──真冬も15度の小川と、20年減らない湧き水の謎
- 立川の週末さんぽ 横田基地から青梅線で14分、基地の「親」だった街を案内する
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。


