砂浜とモールとアリーナ、工場の跡に並んだもの
始まりは2012年11月だ。沿革によれば、この月にグループの事業再編が終わり、所有地をまとめて開発する検討が始まった。その第一弾として発表されたのが、立飛駅の南東側に大型商業施設を誘致する計画だった。

写真: MaedaAkihiko / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
建設の用地に転じるため、会社は2013年9月、30年あまり続けてきたゴルフ練習場の事業を閉じている。江ノ島工場の事業が終わった半年後のことだ。飛行機を作っていた会社の土地で、戦後のある時期から、今度は白い球が空へ打ち上げられていた。この土地は、何かを飛ばしていないと落ち着かないらしい。
計画は、2015年12月10日に「ららぽーと立川立飛」として開業する。開業の効果は、隣を走る空の道の帳簿にまで表れた。多摩都市モノレールの経営改革プランは、駅に直結する大規模商業施設が2015年12月に開業したことで、その年度の営業収益が前年より6.8%増えた、と書いている。飛行機の会社の土地にできたモールが、モノレールの収入を押し上げたのである。グループの紹介によれば、立飛駅に隣接する大型ショッピングモールで、240の店舗が営業し、映画館を併設している。所在地は立川市泉町935番地の1。
2017年10月には「アリーナ立川立飛」の運用が始まった。最大で3,000人を収容できる多目的のイベントホールで、立飛駅から歩いて1分。バスケットボールやフットサルの大会のほか、フェンシングや体操などの教室も開かれ、アリーナの予定表にはプロバスケットボールの試合が並ぶ。2018年8月には、隣に「ドーム立川立飛」が完成した。このアリーナでは、ときに不思議な大会も開かれる。多摩モノレールの公式サイトにあるPR担当キャラクターの活動記録には、アリーナ立川立飛で開かれた「立川最強マスコット選手権」が、2025年10月の第4回まで並んでいる。立川には、マスコットの最強を決める大会がある。それを、かつて戦闘機を作っていた会社の土地の上でやっている。
そして、砂浜である。TACHIHI BEACH。公式サイトは、立飛駅から徒歩1分にある日本最大のビーチBBQ場だと名乗っている。所在地は立川市泉町935。ららぽーとと、番地の数字がほとんど同じだ。砂浜とショッピングモールが隣どうしに住んでいる。郵便を配る人が、水着とモールの紙袋を取り違えないかと、余計な心配をしてしまう。グループの開発紹介では、海がないはずの立川でリゾート気分を味わえる場所とされ、ビーチバレーボールやビーチサッカーの大会も開かれるという。海のない市の砂浜が、日本最大を名乗る。比べられた相手の砂浜が、どこでこの知らせを聞いたのか、私は知らない。
砂浜のまわりには、ほかにも工場の跡らしからぬものが並ぶ。沿革によれば、2021年12月には立飛麦酒醸造所、立飛ブルワリーが開いた。2022年のWorld Beer Awardsで銀賞と銅賞、同じ年のInternational Beer Cupでベルジャンホワイトが金賞、2023年のWorld Beer Awardsではピルスナーが金賞。飛行機の会社のグループが造ったビールが、世界のコンクールで金を取っている。2024年11月には、浅田真央さんが監修するスケートリンク、MAO RINK TACHIKAWA TACHIHIが開業した。グループの紹介によれば、9,000平方メートルの敷地に、1,000席の常設スタンドを備えた国際規格の30m×60mのメインリンクと、24m×40mのサブリンクがある。飛行機を作った会社の土地の一角で、いまは人が氷の上を跳んでいる。
夏の午後、砂は熱を持ち、裸足で立てば足の裏がじりじりと焼ける。夕方になると、砂の表面だけが冷えて、指でかき分けた下にはまだ昼の温かさが残る。どこの砂浜でも出会いうるその感触が、ここでは内陸の空の下、モノレールの高架の脇にある。
週末の夕方、試合を終えた観客がアリーナからあふれ出し、駅へ向かって歩いていく。その足音を思い浮かべるとき、私はもう一度、42,332という数字を思い出す。かつてこの土地に毎朝向かっていた人の群れと、いまここへ遊びに来る人の群れ。同じ土地が、働く場所から集まる場所へと、役目を変えた。
ここで、ひとつ寄り道をしたい。
旅人の寄り道クイズ
立飛グループの広報部で働く公式キャラクター、たっぴくんとたっぴちゃん。二人の好きな食べ物として、キャラクターサイトに書かれているのはどれか。
- A 焼きそばとラムネ
- B オレンジとシュワシュワ(立飛ビール)
- C 月島のもんじゃ焼き
答えは、謎の答えと一緒に。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
「飛」の字の行方
最初の問いに戻ろう。飛ばなくなった会社は、なぜ「飛」の字を手放さないのか。

写真: Hunini / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
沿革を最後まで読むと、この会社が飛行機の記憶を、思いのほか大事に抱えていることがわかる。2014年4月、会社は「R-53型軽飛行機」と「R-HM型軽飛行機」の2機を修復して一般に公開した。自動車の専門誌の記事によれば、公開は4月17日から20日までの4日間、立川市で行われた。戦後に自分たちの手で作った小さな飛行機を、60年ほどたってから直し、人に見せる。江ノ島工場を閉じた翌年に、である。ものを作るのをやめた会社が、最初にしたことの一つが、昔作ったものを直すことだった。
2018年4月には、企業主導型の保育所を開いた。名前は「Fuji赤とんぼ保育園」。かつて2,398機を作った練習機の通称が、子どもを預かる場所の看板になっている。空を習うための飛行機の名を、地上で育つ子どもたちが受け継ぐ。もっとも、ここの子どもたちがまず身につけるのは操縦ではなく、靴を自分で履くことだろう。
決定的なのは、2024年11月1日に迎えた創立100周年である。記念サイトには、記念の催しが並ぶ。2024年11月3日のホセ・カレーラスのテノール・リサイタル、11月21日から24日の立川立飛歌舞伎の特別公演、12月8日の「歓喜の歌」のスペシャル・コンサート。2025年10月にも、歌舞伎の特別公演が続いた。世界的なテノールの声と歌舞伎の見得が、飛行機工場の町の100歳を祝ったことになる。沿革には、グループのオーベルジュを舞台にした記録映画「ときと 革新の料理人たち、540日の記録」が、2024年10月に第40回ワルシャワ国際映画祭で世界初上映されたことまで書かれている。記念サイトのトップメッセージで、会社は自らを「立川飛行機を前身とする会社」と名乗る。記念のロゴには、倉庫建物の「のこぎり屋根」で100thを表し、社名の横には立飛の「飛」の文字をあしらったコーポレートマークを添えた、と説明がある。重工業の歴史と街づくりの未来が共生する、という言葉も添えられている。会社は「飛」の字を、ただ惰性で残しているのではない。わざわざ図案にして、掲げているのだ。
謎の答えは、たぶんここにある。会社のサイトは、わたしたちの歴史は飛行機づくりから始まった、と書き、いまは所有する広大な不動産を社会資本財として、教育や文化、芸術、スポーツを通じて地域に新しい価値を生み出している、と続ける。作るものが飛行機から街に変わっても、ものづくりの会社であるという自己像は手放していない。「飛」の字は、その自己像の、いちばん短い署名なのだろう。
そして、その署名には、いまや顔までついている。しかも、よく跳ぶ。グループの広報部で働くたっぴくんとたっぴちゃん。キャラクターサイトによれば、二人の仕事は立飛の取り組みを多くの人に伝えることで、そのために日々立飛のことを勉強しているという。楽しいときや嬉しいときは、ジャンプする癖があるらしい。飛ばなくなった会社の広報部員が、うれしいと跳ぶ。私はこの設定を、この会社のいちばん正直な自己紹介だと思う。
もうひとつ、おまけの符合がある。多摩モノレールが多摩川を渡る立日橋は、東京都の広報によれば「たっぴばし」と読む。同じモノレールの線をたどって南へ下れば、たちひの町の先の多摩川に、たっぴの橋が架かっている。似た字を似ていない音で読み、似ていない字を同じ音で呼ぶ。立川は、どうやら言葉の上でも、少しだけ宙に浮いている町らしい。
クイズの答えは、Bのオレンジとシュワシュワ(立飛ビール)である。キャラクターサイトには、金曜日は1週間がんばったご褒美に、シュワシュワを楽しんでいるらしい、とまで書いてある。100年前に飛行機を作っていた会社の広報部員が、いまは金曜の夜に、世界のコンクールで金を取ったビールで一週間を締めくくる。時代は、そういうふうに変わる。
立川には何もない、と言う人に、この記事で拾った事実を並べてみせたい。日本の空を飛んだ練習機と戦闘機を、1万機近く作った工場があった。そこから出た技術者たちが、戦後の日本の乗用車の源流のいくつかに加わった。2日半、同じ空を回り続けた飛行機もここで生まれた。戦後の国産第一号とされる軽飛行機も、ここで組み上げられた。そしていま、その会社の土地の上に、海のない町の砂浜があり、世界のコンクールで金を取ったビールがあり、マスコットの最強を決める大会がある。何もない町では、たぶんない。
新宿から中央線で立川へ、そこからモノレールで4分。飛行機の町の100年は、それだけの距離にある。海の無い町の砂浜で、飛行機工場の末裔が造ったビールを飲む。そういう週末の過ごし方が、東京の西にはある。
訪ねる前に
- 都心からは、JR中央線で新宿から乗り換えなしで立川駅へ。神奈川からは、JR南武線が川崎駅と立川駅を結んでいて(全長35.5km)、乗り換えなしで来られる。横浜方面からは、横浜線で八王子へ出て中央線に乗り換える道もある。時刻と所要時間は JR東日本の公式で確かめてほしい。
- 立飛エリアへは、JR立川駅の北側にある多摩モノレール立川北駅から北へ。高松駅まで3分、立飛駅まで4分(多摩モノレールの運賃・所要時間表)。立飛駅の改札を出れば、ららぽーと立川立飛は駅の隣、TACHIHI BEACHとアリーナ立川立飛はそれぞれ徒歩1分。
- 組み合わせて歩くなら、多摩モノレールの車窓(北へ向かう左手の窓が西側)、立川駅北側のGREEN SPRINGS、立川北駅から徒歩8分ほどの国営昭和記念公園。半日あれば、飛行機の会社の土地と、飛行場の跡の公園を続けて歩ける。
- TACHIHI BEACHは立川市泉町935、立飛駅から徒歩1分。駐車場はないので公共交通で。料金・予約・営業時間は公式で確かめてほしい: https://www.tachihi-beach.com/
- ららぽーと立川立飛は立川市泉町935番地の1。営業時間は公式で: https://mitsui-shopping-park.com/lalaport/tachikawa/
- アリーナ立川立飛は立飛駅から徒歩1分。催しの予定は公式で: https://www.arenatachikawatachihi.com/
- 立飛グループの沿革: https://www.tachihi.co.jp/about/timeline/ / たっぴくん・たっぴちゃんのサイト: https://character.tachihi.co.jp/
- 多摩モノレールの運賃・時刻表: https://www.tama-monorail.co.jp/
立川駅北口へ戻って
立飛の駅前から立川北駅へ戻り、JR立川駅の北口へ下りると、そこから歩いて1分のところに溶岩ホットヨガスタジオのオンザショア立川店がある。住所は立川市曙町2-14-10、エトロワビル3F。朝8時から夜23時30分まで開いていて、年中無休だ。砂浜で日に照らされた日も、アリーナで声を出した夜も、帰り道に寄れる時間に開いている。
スタジオの床には溶岩のプレートが敷かれ、その上でホットヨガを行う。常温のヨガ、ピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもあり、ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
初めての人向けには、ヨガの体験レッスンがある。60分で税込1,980円。バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれているから、何も持たずに行ける。妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師に運動を止められている人は利用できない。
一日歩いて重くなった脚を、床の温かさの上でゆっくり伸ばす。飛行機の町の散歩の終わりに、呼吸の数をかぞえてみるのも悪くない。
- 店のトップ: https://ontheshore.jp/
- 料金: https://ontheshore.jp/price/
- 体験の予約: https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp
立飛の空には、もう飛行機を作る音はしない。ただ、広報部員の二人は、今日もどこかで跳んでいる。
冒頭の写真: 青空の下、高架の軌道に抱えられるように建つ多摩モノレール立飛駅の駅舎(写真: MaedaAkihiko / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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