最新の体験料金は料金ページ、最新のスケジュールは体験予約ページでご確認ください。体験レッスンは、ヨガ・ピラティスが1,980円(税込/税抜1,800円)、キックボクササイズが4,980円(新規の方限定)です。
ケヤキとこぶしの道──サンサンロードの四季
サンサンロードの主役は、木である。

写真: DiKnK8713 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
立川観光コンベンション協会が2024年のイルミネーションの案内で書いた紹介によれば、この道は、ケヤキを中心に木々が並ぶ、立川市を象徴するにぎやかで特別なエリアだ。同じ案内は、サンサンロードを代表するケヤキを48本と数えている。
ケヤキは、立川の市の木である。そして、この街の暮らしの中で長く頼りにされてきた木でもある。市の北の幸町にある古民家園には、江戸の末から明治の初めごろに建てられたと推定される、砂川の旧家の三階建ての質蔵が移されている。市の説明によれば、その蔵の梁や板壁には、高価なケヤキがふんだんに使われているという。かつては梁になり、蔵の壁になった木が、いまは駅前で、48本並んで人を待っている。蔵の奥で質草を守っていた木が、駅前で待ち合わせの目印になった。出世である。
春、まだ肌寒いころに、白い花が咲く。市のパンフレットが、季節には市の花のこぶしが咲くと書いている、あの花だ。こぶしは葉が出る前に花を開くので、冬の枝の先に、急に白い灯りがともったように見える。ケヤキは、そのあとで芽吹く。
夏は、影の季節になる。モノレールの軌道と、ケヤキの枝が二重に日を遮る。千葉大学の報告は、グランドレベルのレストランやカフェがテラス席を出して、街ににぎわいをもたらしていると書いている。同じ報告は、この一帯の特徴として、立ち止まりたくなるベンチや木陰、まちに溶け込んだ車止めやベンチ、見つけて楽しい看板や外国の人にもわかりやすい案内のサインを挙げている。日なたを避けて歩く人にとって、この道は、駅前でいちばん涼しい通路のひとつだろう。サンサンと名のつく道で、真夏の人は日陰を探して歩く。
秋になると、ケヤキが色づく。この道の西側に建つGREEN SPRINGSの上の階から見下ろすと、モノレールの軌道の下で、赤や黄色に染まった木々の帯が北へ延びていくのが見える。そして冬、ケヤキは葉を落とし、枝だけになる。その枝が、冬の主役の舞台装置になる。
数字で読む サンサンロード
- 40 — 道の幅(メートル)。都市計画では「40m以上」の区分に入る。車は一台も入れないのに。
- 約550 — 道の長さ(メートル)。端から端まで、急げば10分かからない。急ぐ人は、まずいない。
- 1,865 — 愛称の応募の数。採用は一通だが、「サンサン」と書いた人は一人とは限らない。
- 48 — サンサンロードを代表するケヤキの本数。冬は一本に約1万球を背負う。
- 約60万 — 冬のイルミネーションの電球の数。48本に1万球ずつ配っても、まだ12万ほど余る。勘定の合わない分は、名もない木たちが黙って背負っている。
- 2003年4月5日 — 開通の日。この道は、成人式をとうに過ぎている。
旅人の寄り道クイズ
サンサンロードの正式な名前「立8・1・1号都市軸線」。その最初の「8」が表しているものはどれか。
- A 8車線分の幅があること
- B 自転車歩行者道であること
- C 8番目に計画された道であること
答えは、この記事の終わり近くで。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
道は祭りの舞台になる
広い道は、人を集める器でもある。
市のパンフレットが、この道で開かれる催しの代表として名を挙げるのが、立川よいと祭りだ。立川観光コンベンション協会によれば、山車やお囃子、万灯みこし、民踊流しは、平成元年、1989年から受け継がれてきた。2026年が第38回なので、勘定も合う。サンサンロードの開通は2003年。祭りのほうが、道より14年も年上なのである。38回。山車を引き、万灯を担ぎ、お囃子をさらう地元の人たちが、平成元年からその数まで、この祭りを運んできた。広い道ができたのはあとからで、祭りのほうが先に、この街の秋を知っていた。
2026年は、第38回が10月11日の日曜日に開かれる。会場はサンサンロード、時間は13時から21時まで。万灯みこしと山車の巡行、お囃子、民踊流し、太鼓、YOSAKOI、松明回し、歌謡ショー。今年は立川にゆかりのある落語家のトークショーや、猿まわしも予定されている。主催は立川よいと祭り実行委員会で、市と立川市地域文化振興財団が共催する。副題は「光と音のシンフォニー」。協会の告知は、昼のにぎわいから、万灯みこしやお囃子が繰り広げられる夜までを楽しんでほしいと書いている。モノレールの下で、万灯の灯りが揺れる。この道が光の道になるのは、冬だけではない。
民踊流しには、事前の練習会まである。財団の案内によれば、2026年の練習会の曲目は、新立川音頭、東京音頭、炭坑節、そして橋幸夫の「恋をするなら」と三波春夫の「チャンチキおけさ」。練習会の会場は、立川競輪場の集合棟の3階集会室だった。競輪場で、盆踊りの稽古をする。立川らしい、いい組み合わせだと思う。持ち物は、タオルと飲み物。
秋のサンサンロードには、ほかの顔もある。2026年10月のファーレ立川アートミュージアム・デーでは、10日と12日にサンサンロードでクラフトアートなどのマーケットが開かれる。催しの一つとして、多摩川の近くの文化施設「たちかわ創造舎」を拠点にする劇団が、子どもたちと一緒に、巨大な人形を使ったシアターパレードでこの道をねり歩く。協会のイベントの一覧には、2022年と2023年に「サンサンロードオープンカフェ」が開かれた記録も残っている。2004年の指針が「強く求めた」オープンカフェは、少なくとも催しとしては、この道に来ていた。
祭りが終わると、道はしばらく静かになる。そして11月の最初の日に、もう一度、目を覚ます。
冬のたちかわイルミネーション──48本のケヤキに60万の灯り
協会の2024年の案内によれば、サンサンロードには、長い間、立川の冬を彩ってきた「Tachikawa燦燦Illumination」というイルミネーションがあった。燦燦。ここで、道の名前の謎の半分が、少しだけ照らされる。少なくとも冬のあいだ、この道は名前どおりに燦燦と光る。
2024年、そのイルミネーションは装いを改め、「2024 たちかわイルミネーション 星の並木」として開かれた。期間は2024年11月1日から2025年1月13日まで。主催は一般社団法人たちきたエリアマネジメントで、立川商工会議所、立川観光コンベンション協会、立飛ホールディングスが協力し、立川市が後援した。案内によれば、サンサンロードに立ち並ぶ木々を約60万球で飾り、サンサンロードを代表する48本のケヤキには、一本につき約1万球の灯りがともった。南の端にあるモミの木は「BIG TREE」として、光の入口になった。並木を星空に見立てて、「550mの星の並木」と案内は呼んでいる。
2025年は、11月1日から2026年1月18日まで。点灯式は、多摩信用金庫の本店前の特設ステージで開かれた。立川市の頁によれば、この年の点灯式には、立川にゆかりのあるキャラクターが13体も集まった。市のくるりん、立飛グループのたっぴくんとたっぴちゃん、信用金庫のRISURU、モノレールのタマオ、壽屋のウドラ。点灯式というより、ちょっとした同窓会である。特別ゲストは、アイドルグループのロージークロニクル。協会の紹介によれば、東京都立川市が舞台になっているテレビアニメ『かいじゅうせかいせいふく』の主題歌を歌っている。立川を舞台にしたアニメの歌が、立川の並木に灯りをともした。そのアニメのキャラクターも、点灯式に顔を出す予定として名が挙がっていた。
そして2026年。たちかわイルミネーションの公式サイトと協会の告知によれば、今年の会期は2026年11月1日から2027年1月17日まで、点灯は17時から24時まで、サンサンロードが約60万球で彩られる。11月1日の点灯式は、今年も多摩信用金庫の本店前の特設ステージで、17時30分から始まる予定だ。ゲストは昨年に続いてロージークロニクルで、公式サイトによれば観覧は抽選、申し込みの締め切りは10月15日の20時。点灯式のあとは、ダンスやゴスペルのステージが続く。会期中は、写真を投稿するフォトキャンペーンや、周遊クーポンも用意される。
12月18日から20日と、24日と25日の5日間は、キッチンカーやマルシェ、音楽のステージが並ぶ「TACHIKAWA WINTER MARKET」が開かれる。公式サイトに並ぶステージの顔ぶれを見ると、この街の層の厚さがわかる。アンサンブル、金管八重奏、ピアノとヴァイオリン、オペラのアリア、キッズダンス、チアダンス。プロスポーツのトークショーには、立川の名を持つチームを含む八つのクラブや団体の名が並び、競輪の選手会の東京支部まで加わっている。出演者の中には「柴崎カーリング協会」という名前もある。演目の欄には「バンド」とある。カーリングの石の代わりに何を滑らせるのか、私は少し気になっている。公式サイトの最初の一行は、こうだ。「ここは、冬の天の川。」
ただし、イルミネーションは毎年同じではない。名前も期間も、年によって変わってきた。行く前には、その年の公式サイトで必ず確かめてほしい。
立川を歩いた人のブログには、駅からIKEAの方へ続く遊歩道としてサンサンロードを挙げ、夕方から夜の散歩を勧める一文がある。夜のライトアップもきれい、と。その一文は短いが、冬にこの道を歩いた人なら、たいてい同じことを言うだろう。
冬の夜、灯りの下を歩いていて、ふと気づく。この道には、車のヘッドライトがない。光っているのは、木と、モノレールの窓と、人の手元のスマートフォンだけだ。エンジンの音がしない光は、こんなにも静かなのか。頭の上を、ときおりモノレールが、灯りの帯をなでるように滑っていく。
車の入れない道を、なぜ駅前につくったのか
冒頭の問いに戻ろう。なぜ立川は、駅前の一等地に、車の通れない40メートルの道をつくったのか。
資料をたどって見えてきた答えの半分は、こうだ。この道は、基地の跡地に街を組み立てるための「軸」として引かれた。片側に駅前の商業、片側に業務の街、奥に国営の公園。そのあいだを、人が歩いて行き来できるように、モノレールの下の空間を、そっくり人に渡した。2004年の指針は、その軸の上にオープンカフェと「多摩オンリーワン」の施設を夢見て、入札の空振りに耐え、16年かけて、ほぼその通りの街を手に入れた。
数字も、ひとつ手がかりをくれる。市のパンフレットが引く2015年の国勢調査によれば、立川市の夜間人口は176,295人、昼間人口は201,294人。昼間人口を夜間人口で割った昼間人口指数は114.2である。毎日、市の外から7万4千人あまりが立川へ入ってきて、4万9千人あまりが出ていく。昼の立川は、夜の立川より2万5千人ほど多い。よそから来た人が、歩いて、待ち合わせて、腰を下ろす場所が、この街にはどうしても要る。
もう半分は、私にはこう見える。車の道は、通り過ぎるための道だ。人の道は、立ち止まるための道だ。祭りの山車が通り、マーケットのテントが並び、巨大な人形がねり歩き、冬には並木が星になる。そのどれも、車の道ではできない。立川は、駅前のいちばん広い場所を、通り過ぎる人のためではなく、立ち止まる人のために取っておいた。乗り換えの街と呼ばれる立川が、乗り換えずに立ち止まる場所をつくったのだと思う。旅人の勝手な読みである。残りの半分は、ケヤキの下のベンチに座って、それぞれが考えればいい。
十一月から一月の週末なら、夕方に新宿から中央線に乗るといい。30分ほどで立川に着き、北口の階段を下りれば、ちょうど灯りがともるころだ。川崎からなら、南武線に揺られて乗り換えなしで来られる。都心の並木の灯りを見慣れた人でも、車の音のしない550メートルの光の帯は、たぶん初めてである。
寄り道クイズの答え
答えはB、自転車歩行者道であることだ。立川市の「都市軸沿道地域まちづくり誘導指針」によれば、「立8・1・1」の「8」は区分で「特殊街路=自転車歩行者道」を、次の「1」は規模で「道路幅員=40m以上」を表す。8車線の道ではなく、車線がひとつもない道の番号が「8」なのである。
訪ねる前に
- 来やすさ: 新宿からJR中央線で約30分(東京都環境局のリーフレットによる)、東京駅からは特別快速で40分(立川市による)。神奈川からは、JR南武線が川崎駅と立川駅を結んでいて、川崎から乗り換えなしで着く。時刻はその日の時刻表で確かめてほしい
- 場所: JR立川駅北口から歩行者デッキを渡り、多摩都市モノレールの下へ。緑川通りを起点に、モノレールに沿って北へ約550メートル続く。モノレール立川北駅からすぐ。協会の案内では「立川駅北口徒歩3分」
- 歩く時間の目安: 公式の所要時間は示されていない。端から端まで約550メートルなので、立ち止まらなければ10分もかからないが、立ち止まるための道なので、時間は多めに見ておきたい
- 2026 たちかわイルミネーション: 2026年11月1日〜2027年1月17日、17時〜24時(公式サイトの告知による)。点灯式やWINTER MARKETの内容、雨の日の扱いは公式で確かめてほしい。https://tachikawaillumination.com/
- 第38回立川よいと祭り: 2026年10月11日(日)13時〜21時、荒天中止(立川観光コンベンション協会の告知による)。https://tokyo-tachikawa.org/event/16759/
- 催しの最新情報: 立川観光コンベンション協会 たちかわ観光ナビ https://tokyo-tachikawa.org/event/
- 組み合わせて歩くなら: 道の西側にGREEN SPRINGS、東側にファーレ立川アートの作品群、北の先に国営昭和記念公園がある。沿道の多摩信用金庫本店1階にはたましん美術館がある。昼に公園と美術館を回り、日が暮れてからサンサンロードの灯りの下を駅へ戻ると、冬の立川を一日で味わえる
- 道は自転車と歩行者の専用道路で、自転車も通る。催しの日は混み合うので、周りに気を配りたい
灯りの下を歩いたあとは、立川駅北口で
冬のイルミネーションを見て歩く夜は、思いのほか体が冷える。上を見上げて、首をすくめて、ゆっくり歩くからだ。駅へ戻る前に、その体を温めてほぐしておきたいなら、立川駅北口から歩いて1分の場所にオンザショア立川店がある。東京都立川市曙町2-14-10、エトロワビルの3階だ。
ここは溶岩ホットヨガのスタジオで、溶岩のプレートを敷いたスタジオでヨガをする。ほかに常温のヨガ、ピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもある。ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業時間は8時から23時30分まで、年中無休で、どの曜日も同じ時間に開いている。点灯の17時を待つあいだにレッスンを受けて、灯りのともったサンサンロードへ出ていくこともできる。
初めての人には、税込1,980円のヨガの体験レッスンがある。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれている。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
- オンザショア: https://ontheshore.jp/
- 料金: https://ontheshore.jp/price/
- 体験の予約: https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp
駅へ戻るデッキの上から振り返ると、モノレールの下に、光の帯が北へ延びている。車の一台も通らない道が、今夜もいちばん明るい。
冒頭の写真: モノレールの高架の下を北へ延びるサンサンロード。両側に木が並ぶ(2026年7月)(写真: 深鸣 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
立川さんぽ特集のほかの記事
- 立川の空襲と戦争の記憶 北口の広場は建物疎開の跡だった。山中坂の壕と13回の空襲
- 立川の紅葉・イチョウを歩く 都が選ばなかったケヤキと、市でただ一本の天然記念物
- 立川 基地の町の文化を歩く ユーミンが歌ったゲートと、コーラの瓶を返せという通達
- 立川基地と砂川闘争の歴史を歩く──広がらなかった滑走路と、返された土地の使いみち
- 立川の銭湯と湯の文化 6円が600円になるまで、市内に残る3軒の湯けむり
- 立川防災館と立川広域防災基地を歩く──首都の予備の頭脳は、なぜ立川にあるのか
- 立川の橋めぐり 「無名橋」から二階建ての立日橋まで、橋の名前が覚えている街の来歴
- 立川シネマシティの極上爆音上映──映画館が消えた街に、東京初のシネコンが立つまで
- 立川の文化施設をめぐる──「国立」音大は立川にあり、美術館は信用金庫の1階にある
- 立川をサイクリング──昭和記念公園の14キロと多摩川へ、飛行場が選んだ平らな街を走る
- 立川の踊りと市民の祭り 立川音頭は4つある、そして「立川はフラフラだ」
- 立川ゆかりの人びと 小澤征爾は立川の小学校に通い、彗星の発見者は立川で生まれた
- 立川ゆかりの有名人 ノッポさんは立川の高校を出て、「ダバダ〜」の作曲家は立川基地で弾いた
- 立川 ファーレ立川アートの見どころと回り方──世界の巨匠が、駅前で車を止めている
- 立川の農業と直売所を歩く 23区の畑の半分を超える町で、一番広く育つのは木だった
- 立川で始まった「日本初」 世界初の量産電気自動車、全国初の女性議長、サザエさん裁判
- 立川の民話と伝説を歩く 残堀川は大蛇の血の跡と伝わり、送り狼には「ごくろうさま」を
- 立川・普済寺と諏訪神社を歩く 国宝の石と千二百年の社、立川という名が生まれた村
- 立川で働く・生まれる仕事の今と未来──昼の人口が夜より2万人多く、開業率は多摩26市で一番の街
- 立川の新しい文化と公演のこれから──バレエの国際予選も「学園都市」の祭りも駅から歩ける
- 立川の緑と環境のこれから CO2を6割減らす街の足湯と、消えては現れる緑
- 立川と外国人観光の今と未来──東京を訪ねた旅人の2.3%だけが知る街へ、羽田からバス1本
- 立川の人口と子育てのこれから 外れた予言より4万人多い未来と、2028年の峠
- 多摩モノレール延伸はいつ? 箱根ケ崎まで7駅、町田へ16km──立川が多摩の背骨の真ん中になる日
- 立川と首都直下地震のこれから──465億円の新しい防災拠点と、競輪場が避難所になる日
- 立川・昭和記念公園のこれから レインボープール跡地に、なぜ誰も手を挙げなかったのか
- 立川駅周辺の再開発とこれから 「ベッドタウンにしない」と決めた駅前の、デッキとグリーン車の未来
- 立川・立飛とGREEN SPRINGSの次の十年 市の25分の1を持つ会社と予測を超えた街
- 立川 GREEN SPRINGSの見どころ 一等地にヤギがいて、屋上に多摩川が流れる
- 立川観光と散歩の総合案内──国宝も南極の氷も砂浜もある、空の都の歩き方
- 立川の地形と坂を歩く 平らな街は、なぜ北から南へ50メートルあまり傾いているのか
- 立川の歴史を歩く(出典つき年表) 畑と桑の村は、なぜ百年で多摩の中心になったのか
- 立川飛行場と神風号 午前2時にロンドンへ発ち、羽田へ帰った国産機と空の都
- 立川は神奈川県だった 明治26年の三多摩東京移管と、賛成の砂川・反対の立川村長
- 立川競輪場(立川けいりん)を歩く──グランプリ発祥のバンクが、街の図書館と学校を建てた
- 立川の子どもの昭和史 駄菓子屋「デモ屋」と、基地のクリスマスに配られた3.5トンの飴
- 立川の航空神社と、羽田より先の「東京飛行場」──空に祈った社はなぜ駐車場の片隅に
- 立川・昭和記念公園のこもれびの里と日本庭園──飛行場の跡に、狛江の名主の家が建っている
- 立川の図書館を歩く──たぬきと招き猫と牛のマーク、図書館の無かった市が全国上位になるまで
- 立川のライブハウスと音楽の街 元キャバレーの舞台と、「TM」が多摩だったころ
- 立川まんがぱーくの見どころと行き方──市役所だった建物で靴を脱ぎ、畳の上の4万冊にもぐる
- 立川の花火大会と祭り 昭和記念公園の五千発は、なぜ打ち上げ場所が秘密なのか
- 昭島散歩 立川から9分、海のない街にアキシマクジラと「島」がある理由
- 福生散歩 横田基地はなぜ横田にないのか、国道16号のアメリカンな街の親は立川飛行場
- 福生の酒蔵散歩 石川酒造と田村酒造場、多摩川のそばで川の水を使わない二つの蔵
- 八王子城跡散歩 立川の武士が仕えた、1日で落ちた山城と日本でただ一つの「桑の都」
- 八王子・高尾山散歩 立川から乗り換えなしで行く「世界一」の山と、首を賭けて守られた森
- 日野散歩 土方歳三と新選組のふるさとへ、立川の岸に「日野の渡し」の碑が立つわけ
- 国分寺散歩 お鷹の道と真姿の池、武蔵国分寺跡を立川から歩く 「はけ」は立川から始まっていた
- 国立散歩 「国立」の立は立川の立──大学通り、一橋大学、谷保天満宮を立川から歩く
- 御岳山散歩 武蔵御嶽神社と御岳渓谷、山の神社は参拝の道順を立川から書き起こす
- 青梅散歩 昭和レトロの街並みと映画看板、青梅線は青梅の人が立川へ引いた線路だった
- 立川・根川緑道から多摩川へ散歩 市名の「川」はどの川か、市も知らない
- 立川・猫返し神社(阿豆佐味天神社)と水天宮──名付け親は宮司ではなくジャズピアニストだった
- 立川の夜景と朝の富士山──冬至の夕日は富士の方角へ沈む、デッキとモノレールの空の時刻表
- 立川の夜を歩く──北口と南口の飲み屋街・横丁の歴史、闇市の広場と10館の映画館
- 立川のラーメンとうどん──ラーメンスクエアと武蔵野の小麦、婚礼のご馳走はうどんだった
- 立川は23区に負けているのか 公園は区部の3倍、富士山は新宿より23キロ近い
- 立川の古い村と史跡を歩く──石碑と井戸ばかり残るのは、村が引っ越し好きだったから
- 立川・オニ公園(錦第二公園)へ子連れで──鬼門を守る赤鬼は方角を45度まちがえたのか
- 立川の公園めぐり 一人あたり都平均の2倍、二百六十の公園と「やり投げの月曜日」
- 立川の町名・地名の由来を歩く 曙町と羽衣町は、なぜ名前を取り替えたのか
- 立川で南極に触れる 入場無料の南極・北極科学館と、飛行場の跡に生まれた研究所街
- 立川 雨の日の過ごし方と時間つぶし──雨が一番多いのは梅雨でなく9月、駅の二階から歩く
- 立川市歴史民俗資料館の見どころ──国宝は複製、蚕は本物。立川の歴史を預かる小さな館
- 立川の桜・花見の名所を歩く 駅前の「玉桜」から根川の土手、基地の引込線まで、百年の花の地図
- 立川の学校と学び舎の街──制服の無い百年校、夜の教室、鐘の鳴る音大、南極を学ぶ大学院
- 立川のロケ地と作品の舞台を歩く──神様も防衛隊員も、なぜ立川へ「休みに」来るのか
- 立川の養蚕と桑畑の歴史 砂川は桑苗の生産で全国一だった、空の都の下に眠る蚕の村
- 立川はなぜ「なんでもある」のか──商業の街の百年、魚屋のスーパーから都内初のIKEAまで
- 立川・昭和記念公園の見どころを歩く イチョウ並木が四角いのは、空のせいだった
- 立川の姉妹都市サンバーナディノと世界──東京で最初の姉妹市と、国際司法裁判所長になった交換高校生
- 立川のお土産と名物──59品の「立川のたいこばん」と、酒蔵のない街にある東京の地酒の本部
- 立川のスポーツ観戦と走る場所──仮設のアリーナから日本一が二度、滑走路から1万人が走る街
- 立川駅の歴史をたどる 村はずれの停車場は、なぜ多摩でいちばんの駅になったのか
- 立川の夏の過ごし方と水遊び レインボープールが眠る公園で、森は30分ごとに霧になる
- 立川・立飛の歴史と見どころ 飛ばなくなった会社は、なぜ「飛」の字を手放さないのか
- 立川の歴史と立川氏 街の名を名乗った武士は去り、700年前の古文書だけが帰ってきた
- 立川・多摩モノレールの景色と車窓 立川の隣の駅で、富士に日が沈む
- 立川と多摩川の水害と橋の歴史 汽車は人より37年早く川を渡った、渡し船と堤防の物語
- 立川の玉川上水と砂川を歩く 散歩の見どころと歴史、江戸の水道はなぜ川の下へ潜ったか
- 立川の名物・名産品、東京うど 地下3メートルで白く育つ野菜は、夏を高原で過ごす
- 立川の鉄道さんぽ 200メートル遠回りする「短絡線」と、横田へ燃料を運ぶ列車
- 立川の水道と井戸 蛇口の水はどこから来るのか、街の下に眠る水源井戸をたどる
- 立川はなぜ「東京初」が多いのか IKEAも伊勢丹の支店もシネコンも、西の街から始まった
- 立川の野鳥と生きもの タヌキは下水管で眠り、ホタルは公園に住み、タカの居場所は書かれない
- 立川・矢川緑地と「はけ」を歩く──真冬も15度の小川と、20年減らない湧き水の謎
- 立川の週末さんぽ 横田基地から青梅線で14分、基地の「親」だった街を案内する
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
2




