
「とある自治体」のお茶と海苔──アニメの街の土産と、ピストル型の街
協会の「立川×アニメ」の頁は、こう書く。協会の前身の立川観光協会は2010年、立川市に似た風景の登場するテレビアニメ「とある魔術の禁書目録(インデックス)」と、初めての協力の催しを開いた。それ以来、「とある自治体の地域振興」と銘打って、この作品とその派生作品を中心に、立川市が登場するアニメや漫画との協力の事業を続けている。立川は、公式に、とある自治体を名乗っている。
その成果が、たいこばんの棚にも並んでいる。市内の茶舗が売る「佐天海苔」「小萌茶」「初春和紅茶」。それぞれ、作品の登場人物、佐天涙子、月詠小萌先生、初春飾利にちなむ名前だ。協会の紹介によれば、佐天海苔は、無添加・無着色の自家製のたれで味をつけた、有明海の海苔を使っている。小萌茶は、厳選した特蒸し茶を三角のティーパックにしたもの。どれも「とある自治体の地域振興関連グッズとして販売しております」と、念を押すように書き添えられている。
市内の和菓子屋は、どら焼きを3種類出している。作品にちなむ「ゲコ太どら焼き」、たちかわ印の「たちどら」、そしてウドラの「ウドラ焼き」。アニメのカエルと、街の印と、うどの怪獣が、同じ餡を分け合っている。同じ店には、「五路」という和菓子もある。協会によれば、市内に五差路が多いことにちなんで名づけられた、渋皮つきの大きな栗がごろごろ入った和菓子だ。五差路の多さを、菓子の名にする。地元の人が「あの交差点はややこしい」とこぼす、その愚痴が、そのまま銘菓になっている。
街のかたちそのものも、お土産になる。市内の徽章の会社が作る「立川の地図アクリルキーホルダー」は、協会の紹介によれば、ピストル型といわれている立川市のかたちを表現し、町名ごとにカラフルに色分けしたものだ。立川市の地図を、言われてから見直すと、たしかに、そう見えなくもない。同じ会社は、多摩産のヒノキで作った木のキーホルダーも出していて、こちらは立川にちなむこぶしの花をかたどっている。こぶしは、協会の別の品の紹介でも、市の花として扱われている。
薬草茶もある。たいこばんの「KARIN」と「SUZUHA」は、協会の紹介によれば、立川産の原料を使ったノンカフェインの薬草茶で、KARINは立川産のしょうがを、SUZUHAは立川産のウコンを使っている。どちらのパッケージにも、立川産の原料であることを明記し、市の花こぶしをさりげなくあしらった。コーヒーにもある。「ブレンド 立川 ドリップバッグ」は、立川市のシンボルツリーの欅を意識したブレンドで、広々としたお花畑にそびえ立つ雄大な欅を、コーヒーの味わいで表したという。欅の味。私には想像がつかないが、飲めば、たぶん少しだけ背筋が伸びる。
旅人の寄り道クイズ
「とある自治体の地域振興関連グッズ」として売られている「佐天海苔」。その海苔は、どこの海で採れたものだろう。(A)東京湾(B)有明海(C)多摩川の河口。答えは最後に明かす。
アニメの街の次は、台所の話をしたい。たいこばんには、立川の畑と鶏舎と豚舎から来た品が並んでいる。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
卵と豚と鰹節──立川の台所から来た名物
まず、豚だ。立川市西砂町の古川畜産が育てるブランド豚「柔豚(やわらとん)」。協会の紹介によれば、肉質を重視した純粋な三元豚を4か月以上育て、トウモロコシなどの配合飼料のほかに、食パンの耳や狭山茶の粉末を与えている。とくに食パンの耳を与えることで、脂の質が高まり、霜降りの多い柔らかな肉になるという。その評判から、2013年に「柔豚」として商標を登録した。パンの耳を食べて育つ豚。サンドイッチを作るたびに耳を持て余している台所からすれば、うらやましいほど無駄のない話である。
その柔豚を、市内の仕出しの店が豚すき煮にして、弁当にしている。もう一つの「I LOVE TACHIKAWA 弁当」は、柔豚の豚すき煮と季節の立川野菜の惣菜を、9つのマスに詰めた幕の内で、掛け紙には立川市内の施設や名所が描かれている。食べ終えたら、掛け紙が立川の小さな地図になる。この柔豚は、立川で開かれたスケートボードの日本選手権でも、市が上位の選手に贈る副賞のソーセージになった。
次は、卵。市内の養鶏場は、地元で50年以上の歴史がある、と協会の紹介は書く。純国産の品種の鶏「もみじ」の卵には、「たまごころ」という名がついている。多摩と、卵と、真心。名前の中に、地名と商品と気持ちが全部入っている。同じ養鶏場は烏骨鶏も育てていて、日齢に合わせて調合した飼料で育てた「東京うこっけい卵」と、海藻や魚粉を加えた飼料の「叶烏プレミアム」の2種類を、贈答用の高級卵として全国へ送っているという。
その卵は、いくつもの菓子に化けている。市内の菓子店と組んだ「とろける とりっぷりん」は、プリン1本に烏骨鶏の卵を1個使う、「飲めるプリン」として紹介されることの多い品だ。市内のホテルが作る「立川卵プリン」や「立川ブルーベリーシフォン」は、たまごころと、砂川町の農園で採れた立川産のブルーベリーを使う。立川の地図を、卵の黄身の色で塗り直したくなる。
鰹節の店もある。協会の紹介によれば、昭和9年に開店してから、立川で長く愛されてきた店の手作りの「かつおふりかけ」が、たいこばんの「多摩かつお」だ。九十年あまり、同じ街の台所に寄り添ってきた店の味である。海のない多摩の名をつけた、鰹のふりかけ。名前と中身が、気持ちよく食い違っている。
調味料なら「もとだれ」がある。市内の商店が作る、超特選の醤油、鰹節、みりんなどをもとにした濃厚な調味料で、合成保存料を使わず、甘さを控えて色を薄くしたもの。協会によれば全国から注文が入る人気商品で、2023年に食品の品評会で金賞を受けた。作り手の頁によれば、2024年11月からは、昭和記念公園の売店でも売られている。
最後に、甘いもの。たいこばんのアップルパイは、もとはりんごの問屋だった会社が作る。協会の紹介によれば、パイが四角いのは、りんごの木箱を思わせるためで、問屋だった会社の歴史を表しているという。丸いはずのアップルパイが、木箱のかたちで、会社の来歴を語っている。レモンもある。「立川レモンプロジェクト」は、立川市商店街連合会との連携で、国産レモン発祥の地といわれる広島県呉市の生産者と組み、レモンを立川の名品として育てていく取り組みで、そこからレモネードの素が生まれた。立川で採れないものを、立川の名品に育てる。立川という街の性格が、一本の瓶に詰まっている。
ここまで、新しい品ばかりを見てきた。だが、たいこばんの棚の中には、一つだけ、昔の立川そのものを売っている品がある。

昭和色の立川を持ち帰る──あのころ/いま
その品の名は、「the SOUND of Oldies in TACHIKAWA 立川の風景・昭和色アルバム」。立川印刷所が作る、写真の暦だ。協会の紹介によれば、いまでは見ることのできない懐かしい立川の街並みの写真をあしらったカレンダーで、市内の人に懐かしんでもらい、後の世にも立川の移り変わりを伝えてほしいと願って作られた。
立川印刷所の会社概要によれば、創業は昭和5年(1930)7月6日。いまの立川市柴崎町2丁目で、活版と石版の印刷所として開業した。昭和38年(1963)に富士見町に第二工場を置いてオフセット印刷を始め、昭和42年(1967)に本社を移した。90年あまり、立川の紙に、立川の文字を刷ってきた会社である。
会社の店の頁を開くと、暦の題が並んでいる。「昭和色 立川の風景」のシリーズは、年ごとに主題を変えてきた。Street。One day。Department Store。Tachikawa Clubs & Bars。Company。写真の本のほうには、シネマシティの写真による一冊や、1991年の立川基地を写した一冊、砂川闘争の写真集もある。百貨店、通り、基地の街のクラブとバー。昭和の立川を知る人には、題を読むだけで、ネオンと人いきれがよみがえるのだろう。知らない世代には、題の一つ一つが、知らない街の名前に聞こえるかもしれない。
ここで、さきほどの紙の盆栽の話に戻る。
あのころ、基地の時代の立川駅のまわりには、外国人向けの土産物の店があった。市の歴史を伝える広報紙『たちかわ物語』の第15号は、基地の町に「Souvenir Store」、つまり土産物店ができ、そうした店が駅の北口だけでなく、線路をまたいだ南口にも広がっていたと書く。店の客は、たぶん基地の米兵たちだった。彼らは立川で日本の土産を選び、海の向こうへ持ち帰ったのだろう。
いま、立川の名で売られる土産は、立川の人が自分で選んでいる。公園の中の店には、「日本を持ち帰る。Bringing Japan home」と添えられた紙の盆栽が並ぶ。作ったのは、昭和38年に錦町で始まった紙の工場だ。審査をして太鼓判を押すのは、街の観光の協会である。誰かのために土産を並べていた街が、自分の土産を自分で選ぶ街になった。
冒頭の謎に戻ろう。酒蔵のない立川に、なぜ東京の酒が集まるのか。59品を眺めてきて、私なりの答えが半分だけ見えた気がする。立川は、名物の産地として生まれた街ではない。飛行場と基地と駅の街として、人とものが集まる場所として育った。だから、この街の名物は、地面から生えてくるよりも先に、集まってくる。東京の10の蔵の酒が南口の6階に集まり、呉のレモンが立川の名品になり、アニメの中の風景が立川の地域振興になる。そして集まったものの中から、街の人が自分で選び、自分で作りはじめた。紙の器も、5本指の靴下も、飛行機の会社のビールも、その「作りはじめた」側の品だ。
新宿から中央線で一本、川崎からなら南武線で一本。週末に立川へ来たら、帰りの改札へ向かう前に、南口の6階で東京の酒を一本選んでみてほしい。蔵のない街が、蔵の酒を全部そろえて待っている。
残りの半分は、たぶん、買う人が決める。立川は、昼に2万4千人あまり人が増える街だ。夕方、その人たちが改札へ向かうとき、手に提げている紙袋の中身が、これからの立川の名物になっていく。
寄り道クイズの答え
答えは(B)有明海。協会の紹介によれば、佐天海苔は、無添加・無着色の自家製のたれで味をつけた有明海産の海苔を使っている。海のない立川の地域振興の品が、九州の海の海苔でできている。
訪ねる前に
- 「立川のたいこばん」の一覧と、それぞれの売り場: 立川観光コンベンション協会「たちかわ観光ナビ」の頁で確かめられる: https://tokyo-tachikawa.org/tourism_category/taikoban/ 。品ぞろえ、価格、売り場、店の営業日は変わることがある。
- TiSTORE(ティーストア): 国営昭和記念公園の花みどり文化センターの中(立川市緑町3173)。たいこばんの雑貨を中心に扱い、飲食を伴う品は扱っていない。公園の入園料と開園日、店の営業時間は公式で: https://tokyo-tachikawa.org/tistore/ 。昭和記念公園の歩き方は、この特集の昭和記念公園の回で。
- 東京都酒造組合の地酒の店「東京蔵元だより」: 立川市錦町1-1-23 酒造組合ビル6F。JR立川駅南口から徒歩約3分、多摩モノレール立川南駅から徒歩5分(組合の案内による)。営業日と時間は組合の頁で: https://www.tokyosake.or.jp/shop/ 。お酒は20歳になってから。
- 「タマとぼく FROM TACHIKAWA」: 立川駅2階の改札外のNewDays立川などで扱っている(協会の案内による)。取り扱いの店は協会の頁で: https://tokyo-tachikawa.org/tamaboku/
- うどの品(うどドレッシングなど)は、ファーマーズセンターみのーれ立川(立川市砂川町2-1-5)でも扱っている。うどの旬と買い方は、この特集の東京うどの回で。
- 遠くから: 新宿からはJR中央線快速で立川まで乗り換えなし(30分台)。神奈川からは、川崎からJR南武線で乗り換えなし(立川まで約1時間)。時刻と所要時間はJR東日本の公式で確かめてほしい。
- 組み合わせるなら: 南口で地酒を選んでから、根川緑道と多摩川へ下りる(根川緑道の回)。北口なら、ファーレ立川のアートを歩いてから、その絵はがきを公園の店で買う(ファーレ立川の回)。

お土産を選んだら、立川駅北口で
紙袋が二つ、三つと増えてくると、肩が先に音を上げる。南口の6階で酒を選び、公園の店で紙の盆栽を手に取り、駅の改札の前でもう一箱。立川のお土産めぐりは、案外よく歩く。
立川駅北口から歩いて1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオで行うホットヨガのスタジオで、常温のヨガ、ピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもある。ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業は8時から23時30分まで。年中無休で、曜日による違いはない。買い物を終えた夕方でも、帰りの電車の前でも、寄れる時間に開いている。
ヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。お土産の紙袋のほかは、身ひとつで試せる。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp で確かめられる。
酒とビールは、20歳を過ぎてから。紙の盆栽は、組み立ててから。60分のヨガは、身ひとつで。立川で持ち帰れるものは、紙袋の中身だけとはかぎらない。
冒頭の写真: JR立川駅の北口の駅舎と、駅前の歩行者デッキにかかる赤いアーチ(写真: DiKnK8713 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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