立川の学校と学び舎の街──制服の無い百年校、夜の教室、鐘の鳴る音大、南極を学ぶ大学院

鐘の鳴る音大──国立音楽大学は、夜間部とともに立川へ来た

国立音楽大学のキャンパスは、立川市柏町にある。名前に「国立」とあるのに立川にあることは、特集の文化施設の回で書いた。ここでは、その引っ越しを、少し別の角度から眺めてみる。

立川市柏町の国立音楽大学の講堂。正面の広場に、鐘を何段も連ねたカリヨンが立つ。
立川市柏町の国立音楽大学の講堂。正面の広場に、鐘を何段も連ねたカリヨンが立つ。
写真: Nyao148 / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

大学の沿革によれば、前身の東京高等音楽学院が四谷の仮校舎で開いたのは大正15年(1926)、国立大学町に校舎を建てて移ったのが同じ年の11月だ。昭和25年(1950)に国立音楽大学になる。そして昭和30年(1955)4月、二部、つまり夜間部が置かれた。声楽、器楽、作曲、教育音楽の4つの学科である。

昼は働き、夜に声楽を学ぶ。そういう学生のための音楽大学の夜間部が、日本にあった。私はこの一行を読んで、しばらく考えこんだ。楽器の練習は、昼の仕事の疲れとどう折り合いをつけたのだろう。沿革はそこまでは書かない。

昭和41年(1966)4月、大学は「上水台校舎」で授業を始めた。玉川上水のほとりの台地、という意味の名前だろう。引っ越しは一度にではなく、少しずつ北へ向かっていたのだ。昭和48年(1973)4月、二部は学生の募集を止める。昭和53年(1978)4月、大学の位置が立川市に変わる。翌昭和54年(1979)6月、二部は廃止された。大学の所在地が立川に変わったとき、夜間部はまだ名簿の上に残っていたのである。

昭和57年(1982)11月、講堂が完成した。大ホールは1,290席。正面には、大学が日本有数の設備と書くパイプオルガン、グランドコンサートオルガンがある。フルオーケストラも合唱もオペラも、入学式も卒業式も、ここで行われる。500席の小ホールもある。

講堂の前には、大学のシンボルがある。カリヨン、つまり大小47の鐘だ。コンサートなどの催しがあるたびに、開場の合図として鳴らされるという。立川の北の住宅地に、開演を告げる鐘が鳴る。学校のチャイムが47個の鐘でできていると思えば、この大学の格の違いがわかる。

大学はまた、附属図書館を持っている。音楽資料を中心に40万の資料を持ち、ベートーヴェンの初版楽譜や近世日本音楽などの貴重な資料もそろう。大学自身が、日本の音楽研究の中枢と言っても過言ではない、と書く。図書が約15万冊、楽譜が約15万冊、視聴覚資料が約8万点。本と同じだけの楽譜がある図書館、というのは、なかなか想像しにくい。

大学は平成28年(2016)7月、市民が大学の教育や研究に加わり、外へ発信することをまとめて企画する「国立音楽大学コミュニティ・ミュージック・センター」をつくった。音楽で地域の文化を生み出すことを目指す、と大学は書く。大学のサイトは、国立音楽大学を、東京の多摩地域で唯一の音楽大学だと紹介している。そして令和8年(2026)、創立100周年を迎えた。百年のうち、立川で過ごした年月は、もうすぐ半分になる。

数字で読む立川の学び舎

  • 18 — 名。府立二中、明治38年の第1回卒業生。いまなら一クラスにも満たない。
  • 400 — 台。立川高校の駐輪場の収容台数。伝統校の朝は、ブレーキの音で始まる。
  • 17時20分 — 立川高校定時制の授業が始まる時刻。昼の生徒の自転車が去ったあとに、教室の明かりがつく。
  • 6,700 — 名あまり。立定の卒業生。夜の教室は、一つの町ほどの人を送り出した。
  • 47 — 国立音楽大学のカリヨンの鐘の数。学校のチャイムとしては、かなり多い。
  • 1,290 — 席。国立音楽大学の大ホール。入学式も第九も、同じ椅子に座る。

旅人の寄り道クイズ

都立立川高校の定時制課程、通称「立定」は、いつ開かれたのだろう。(A)明治34年、府立二中の開校と同時(B)昭和12年、夜間中学として(C)昭和23年、新制高校になったとき。答えは最後に明かす。

音大の鐘の話から、緑町へ移ろう。そこでは、南極と日本語を学ぶ人たちが、博士論文を書いている。

初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。

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南極と日本語を学ぶ大学院──緑町の学び舎

基地の跡地に国の研究所が集まった立川の緑町のことは、特集の南極の回で歩いた。だが、そこが大学院でもあることは、あまり知られていない。

立川市緑町の国文学研究資料館。白い外壁の大きな建物の前に、若い並木が続く。
立川市緑町の国文学研究資料館。白い外壁の大きな建物の前に、若い並木が続く。
写真: Tamago915 / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

総合研究大学院大学の2026年版の案内を開くと、立川市緑町の住所が四つ出てくる。日本文学研究コースは国文学研究資料館を基盤とし、コースに属する学生は立川市にある国文学研究資料館で学び、研究する。日本語言語科学コースは国立国語研究所。統計科学コースは統計数理研究所。そして極域科学コースは国立極地研究所で、院生は立川市にある極地研究所で学ぶと書かれている。

極域科学コースが掲げるのは、南北両極や高山などの極域に現れる自然現象の原理の探究だ。修了したあとの進路には、大学や国立研究所の研究者が挙がっている。日本文学研究コースは、文献を主とした一次資料を研究の対象にする。古典籍を読む院生と、極域の自然を追う院生と、統計学の院生が、同じ町の歩いて行ける距離で学んでいる。キャンパスの名前すら持たない大学院が、立川の街区の中に静かに埋まっている。

立川駅から北へ歩くと、緑町には国立病院機構の災害医療センターがある。その敷地には、東京医療保健大学の立川看護学部がある。大学の案内によれば、災害看護学のコースの中心となる立川キャンパスが、平成28年(2016)4月、災害医療センターの敷地内に開かれた。災害看護学に特化した学部が、国の防災拠点の町にある。この組み合わせは、偶然には見えない。

大学院生と看護学生。どれも、駅前の人混みの中では目立たない。立川が学生の街に見えない理由の半分は、ここにあるのかもしれない。

小中高の十二年と、学生の乗り換え駅

立川には、公立で全国初の学校もある。都立立川国際中等教育学校は、都立北多摩高校を母体に、平成20年(2008)4月に開校した。そして令和4年(2022)、附属小学校が開いた。学校の案内は、公立としては全国初の12年間一貫教育校と書く。附属小学校の校章は、母体の北多摩高校の校章のデザインを受け継ぎ、そこに小中高一貫を表す「P-12」を加えたものだという。6歳から18歳まで、一つの学校で過ごす子どもたちがいる。この話と、校地の大半が隣の国立市にはみ出していることは、特集の「日本初」の回に書いたので、ここでは一つだけ付け加えておく。母体の高校の校章が、小学1年生の胸にも受け継がれているということだ。

それでも、立川駅前で大学生の姿を探すと、多くはモノレールの改札へ向かっている。多摩都市モノレールの路線図を北から南へたどると、立川北、立川南を過ぎて、中央大学・明星大学という駅がある。駅の西側に中央大学の多摩キャンパス、東側に明星大学の日野校があり、デッキで直結している。その先には大塚・帝京大学という駅もある。大学の名前を冠した駅が、立川から一本の線でつながっている。立川は大学の街ではなく、大学へ向かう人が乗り換える街なのだ。

乗り換える街は、目立たない。通り過ぎる人は、そこで学んでいるとは数えられないからだ。それでも、楽器のケースを背負った人や、参考書を抱えた高校生が改札ですれ違う光景は、この駅ではたぶん珍しくない。私はそう想像する。

冒頭の問いに戻ろう。立川は学生の街か。

昼の時間割だけで数えるなら、答えは「否」に近い。大学の名を冠した駅は市の外にあり、駅前を歩くのは勤め人が多い。だが、時計の針を夕方の5時20分に合わせれば、90年灯った夜の教室がある。昭和30年代から40年代に合わせれば、夜に声楽を学ぶ音大生がいた。緑町に地図を寄せれば、南極と日本語と統計学の大学院生がいる。立川の学び舎は、街の目立たない時間と場所に分散している。だから、まとめて見えないだけなのだ。

立川の人が、この街を「学校の無い街」と思う必要はない。明治の府立二中の時代から、この街は多摩の子どもを集め、夜に働く人を学ばせ、国立の名の音大を迎え、南極の研究者を育ててきた。自慢をするなら、静かな声でいい。その方が、制服の無い学校の流儀に合っている。

週末に立川へ来るなら、玉川上水駅まで足を延ばして、音大の前の線路沿いを歩いてみるといい。運がよければ、どこかで鐘が鳴っている。

寄り道クイズの答え

答えは(B)昭和12年。立川高校の学校のあいさつによれば、定時制課程は昭和12年(1937)、東京府立第二中学校の夜間中学として開かれた。府立二中の開校から36年後のことで、令和7年度から生徒の募集を止めている。

訪ねる前に

  • 心構え: 学校はどこも在校生の学びの場で、校内には入れない。門の前を通るだけにして、写真を撮るときは生徒が写らないようにしたい。演奏会や公開講座、学校説明会など、外の人が入れる日は各校の公式で確かめてほしい。
  • 都心と神奈川から: 立川駅へは、新宿からJR中央線で乗り換えなしで着く。神奈川からは、川崎駅と立川駅を結ぶJR南武線で乗り換えなしで来られる。時刻と所要時間はJR東日本の公式で確かめてほしい。
  • 都立立川高校: 東京都立川市錦町2-13-5。JR立川駅の南口側の町にある。公式サイト: https://www.metro.ed.jp/tachikawa-h/ 沿革: https://www.metro.ed.jp/tachikawa-h/our_school/history.html
  • 都立立川高校 定時制課程: https://www.metro.ed.jp/tachikawa-he/
  • 都立立川緑高校: 立川市錦町。学校の案内によれば、JR西国立駅から徒歩12分、JR立川駅から徒歩21分。学校パンフレット: https://www.toritsuko.metro.tokyo.lg.jp/wp/wp-content/uploads/2025/07/東京都立立川緑高等学校 学校パンフレット.pdf
  • 国立音楽大学: 東京都立川市柏町5-5-1。大学の交通案内によれば、西武拝島線・多摩モノレールの玉川上水駅から、西武線の線路沿いに徒歩7分。演奏会の予定は大学の公式で: https://www.kunitachi.ac.jp/
  • 緑町の研究機関: 国文学研究資料館(立川市緑町10-3)など。多摩モノレールの立川北駅やJR立川駅から北へ歩く。南極・北極科学館など公開施設の時間は各機関の公式で確かめてほしい。
  • 組み合わせるなら: 午前に玉川上水駅で降りて音大の前と玉川上水の緑道を歩き(玉川上水と砂川の回で歩いた道)、モノレールで立川北駅へ戻って緑町の研究所街と昭和記念公園へ。夕方に南口の錦町へ回れば、昼と夜の学校の町を一日でつなげる。

学び舎の街を歩いたあとは、立川駅北口で

学校の門の前は、どこも長い塀と並木が続く。音大の線路沿いから緑町、錦町まで歩くと、思いのほか足が張る。肩には、教科書ではなく地図の重さが残っているだろう。

立川駅の北口から徒歩1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオでのホットヨガのほか、常温のヨガ、ピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングがあり、ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。

営業は8時から23時30分まで、年中無休で、どの曜日も同じ時間に開いている。夜の教室が灯る時刻を過ぎても、まだ間に合う。

ヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。身ひとつで寄れる。

妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。

料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp で確かめられる。

学ぶことに時刻の決まりが無いように、体をほぐすのにも決まった時刻は無い。立川の夜は、まだ長い。

冒頭の写真: 都立立川高校の正門。植え込みの奥に校名の石碑と、淡い桃色の校舎が見える。(写真: Abasaa / Public domain / Wikimedia Commons)

この記事の情報は2026年10月時点のものです。

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