雨の日に子どもと行く──屋内の遊び場と、揺れる部屋
子どもと一緒の雨の日は、大人の雨の日より切実だ。体力の行き場がない。そんな日に向いた場所が、立川には駅から歩ける範囲にいくつもある。
まず、GREEN SPRINGSのPLAY!。公式サイトは、2階のPLAY! MUSEUMを「美術館と遊び場を融合した ありそうでなかった複合文化施設」と紹介している。絵本作家や絵本のキャラクターの展覧会を開き、休館は原則として展示の入れ替えと年末年始だけ。3階のPLAY! PARKは屋内のキッズパークで、3歳未満の親子のためのエリアもある。雨の日に子どもを走らせる場所を探している親にとって、「原則無休」の4文字は、たぶん一番うれしい。
旧市庁舎を生まれ変わらせた立川市子ども未来センターの2階には、立川まんがぱーくがある。蔵書は約4万冊で、靴を脱いで畳の上で読める。押入れの中にもぐって読む席まである。公式の沿革によれば、旧市庁舎が子ども未来センターとして開いたのは2012年12月、まんがぱーくの開館は翌2013年3月で、その年の7月には押入れのスペースを大きく増やしている。押入れが足りなくなる図書館というのも、珍しい。蔵書は5万冊ほどまで増やす予定だという。この館のことは特集の別の一編で詳しく書いたので、ここでは、雨の日の子どもは押入れが好きだ、という一般論だけを付け加えておく。
雨の日に、あえて災害を体験しに行く手もある。泉町の立川防災館は、正式には東京消防庁立川都民防災教育センターといい、入館は無料だ。地震体験室では本物そっくりの揺れを体験でき、3歳以上なら参加できる。2026年3月20日には地震体験のコーナーが新しくなり、マンションの地震対策を学べるようになった。休館は木曜と第3金曜などなので、雨の木曜日に行って閉まっていた、ということのないように。ただし9月1日の防災の日、10月1日の都民の日、1月17日の防災とボランティアの日は、曜日にかかわらず開いている。VRの体験は小学2年生以上で、身長100センチ以上という条件がつく。雨の日に子どもの背を測ってから出かける家庭が、立川には少しだけあるはずだ。
さらにモノレールで2駅、高松駅から歩いて10分の南極・北極科学館も、入場は無料だ。南極の氷に触れ、直径4メートルのドームでオーロラの映像を見て、南極点まで走った雪上車の実物を見上げる。外の雨は冷たいが、南極の氷はもっと冷たい。比べれば、立川の雨などかわいいものだと思えてくる。科学館の案内は、南極の氷床を、降った雪がとけずに長い時間をかけて積み重なった、過去の地球を物語る「タイムカプセル」と呼んでいる。空から降ったものが積もって残る。雨の日に見るには、ちょうどいい展示だ。2010年7月24日に開館し、来館者は2026年7月1日の時点で延べ44万5千人を超えた。休館は日曜、月曜、祝日などなので、平日の雨の日向きだ。
ここまで書いて気づいた。立川の雨の日の子ども向けの名所は、ほとんどが無料か、それに近い。雨の日に財布まで濡らさずに済む街なのである。
その事実を、大人の側から味わう場所もある。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
雨の日に大人が行く──江戸の書物、映画、夜10時の本棚
大人の雨の日に、私がいちばん勧めたいのは国文学研究資料館だ。立川市緑町10-3、モノレールの高松駅から徒歩10分、JR立川駅からなら歩いて25分ほど。日本の古典籍を集め、研究する国の機関で、1階に展示室がある。

写真: Kakidai / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
2026年10月1日から11月27日までは、特別展示「江戸・明治の書画と書簡―北野克コレクション―」が開かれている。入場は無料。開いているのは10時から16時30分で、土曜・日曜・祝日と第4水曜日は休みになる。年が明けた1月22日から3月18日には、通常展示「書物で見る 日本古典文学史」が予定されている。
雨の音を聞きながら、江戸の人が筆で書いた手紙を読む。手紙の多くは、おそらく誰かへの近況の報告や、礼状や、頼みごとだろう。百数十年前の人も、たぶん、雨のことを書いた。展示を見る前にそう想像して、見たあとに確かめる。雨の日の過ごし方として、これより贅沢なものを私は知らない。ただし平日しか開いていない日が多いので、雨の土曜日に思い立っても入れない。贅沢には、たいてい条件がつく。
映画という手もある。立川は戦前から映画館の多い街で、北口のシネマシティは「極上爆音上映」で全国から客を呼ぶ。モノレールで北へ2駅のららぽーと立川立飛にも映画館がある。上映を一本見れば、2時間はあっという間に過ぎる。映画館の来歴は特集のシネマシティの一編に書いた。
時間を気にせず本棚の前に立っていたいなら、駅ビルのルミネ立川の8階がいい。公式の営業時間によれば、8階の書籍の売り場は夜10時まで開いている。図書館が閉まったあとの雨の夜にも、本の背表紙を眺めていられる。
家具を眺めながら歩きたい人には、緑町のIKEA立川がある。JR立川駅の北口から歩いて10分、モノレールの高松駅から7分。店の中にはスウェーデンのレストランとビストロがあり、子ども向けの遊び場「スモーランド」もある。駐車場は1,500台あるが、雨の日に車で行けば、帰りに大きな箱を積んでいるはずだ。歩いて行けば、少なくとも箱の大きさで悩むことはない。
GREEN SPRINGSのTACHIKAWA STAGE GARDENは、約2,500席を持つ多摩地区最大規模のホールだ。雨の夜の過ごし方として、公演の予定を調べてみる手もある。
雨の日は、空中を走る屋根に乗る
雨の日の立川で、私がひそかに気に入っている過ごし方がある。多摩モノレールに乗ることだ。
多摩モノレールは、北の上北台から南の多摩センターまで、19駅、16.0キロを結ぶ。立川北駅から上北台までが平成10年(1998)11月27日に、多摩センターから立川北駅までが平成12年(2000)1月10日に開業した。軌道は道路の上の高い桁の上にあり、乗ってしまえば、車窓そのものが雨の街の展望台になる。
雨の日に乗る理由は、景色だけではない。会社の案内によれば、多摩モノレールは開業のときから全駅にホームドアを備え、ドアは車両のドアと連動して開閉する。ホームで足を滑らせても線路に落ちることはない、という設計である。雨の日に濡れたホームを歩く身には、ありがたい念の入れようだ。
立川南駅から南へ向かうと、柴崎体育館を過ぎて視界が開け、多摩川を渡る。軌道の下は、平成元年(1989)に開通した立日橋だ。雨の日の多摩川は、晴れた日より色が濃く、河原の広さがよく見える。北へ向かえば、2駅目の高松駅から南極・北極科学館と国文学研究資料館とIKEA立川へ歩ける。
もっとも、雨には強いモノレールにも、苦手なものがある。風だ。沿線には立日橋と高松分岐橋に風速計があり、毎秒20メートル以上で状況によって運転を見合わせ、25メートル以上ですぐに止める。台風の多い9月は、立川でいちばん雨の多い月でもある。雨の日の空中散歩は、風の弱い雨の日に限る。この線のことは特集の多摩モノレールの一編に詳しく書いた。
ここまで、屋根のある場所ばかりを並べてきた。だが最後に一つだけ、屋根の無い場所を勧めておきたい。
あえて雨の昭和記念公園へ
国営昭和記念公園の案内によれば、公園は3月から10月は9時30分から17時まで、11月から2月は16時30分まで開いている。4月から9月の土日と祝日は18時まで。緑の文化ゾーンの無料の区域は、8時30分から開いている。
案内のページには、雨の日についての特別な記述は見当たらなかった。休みは年末年始と、1月の決まった日などで、雨そのものは休みの理由に書かれていない。つまり、雨の日も、公園はいつもどおり開いている。
雨の公園を勧めるのは、私の好みでしかない。だが、晴れた日には人で埋まる原っぱも、雨の日には広さそのものに戻る。無料区域の花みどり文化センターなら屋根の下で休める。雨に濡れた砂利と土の匂いは、晴れた日には嗅げない。飛行場の跡地に降る雨は、滑走路だった土地の平らさを、いつもよりはっきり見せてくれる気がする。
ただし、雨の公園は、晴れた日の公園より確実に寒い。傘を差して広い原っぱの真ん中に立つと、自分がひどく小さく感じられる。その感覚が好きか嫌いかで、雨の昭和記念公園の評価は割れるだろう。私は好きなほうだが、靴の中まで好きかと聞かれると、自信がない。
さて、そろそろ冒頭の謎に戻ろう。雨のたびに水の引かなかった駅前が、なぜ、雨の日にいちばん頼れる場所になったのか。
雨の日の立川は、なぜ退屈しないのか
答えの半分は、人の数にある。東京都がまとめた令和2年の国勢調査の数字によれば、立川市の昼間の人口は207,832人で、住んでいる人の数183,581人より2万4千人あまり多い。昼と夜の人口の比率は113.2で、多摩の26市の中でいちばん高い。差し引きで、住んでいる人の1割を超える人が、昼のあいだだけ市の外から増える計算になる。
人が来る街は、人を雨に濡らすわけにいかない。駅前に二階の床を張り、建物を駅とつなぎ、雨の日でも人が行き来できるようにする。デッキの年表を読むと、その床は1999年から2005年にかけて、少しずつ延びていった。雨の日の過ごしやすさは、毎日やって来る人を受け止めるために、街が少しずつ身につけてきたものだった。
もう半分は、土地の来歴にある。駅の北に広がっていた飛行場と基地の跡地が返され、そこに図書館が建ち、国の研究所と資料館が移り、公園と美術館と遊び場ができた。特集でこれまで歩いてきた場所の多くが、雨の日には屋根の下の目的地になる。晴れた日には、人は公園の原っぱや多摩川へ散っていく。雨が降ると、その人たちが駅の周りの屋根の下に戻ってくる。そのとき、迎える場所がこれだけある。
雨のたびに水が引かず、町の議会に陳情が出た北口は、100年たって、雨の日に人を集める場所になった。地下道をくぐって映画館へ駆けこんだ昭和の雨宿りは、いま、二階の床を渡って図書館や科学館へ向かう雨宿りに変わった。水に弱かった地面の上に、人のための床がもう一枚ある。その床の上で、旅人は、案内所で地図をもらい、図書館で飛行場の記録を読み、無料の科学館で南極の氷に触れる。
新宿から中央線で一本、川崎からなら南武線で一本。週末の予報に傘の印が並んでも、立川行きを取り消すことはない。この街には、晴れの日の行き先と同じくらい、雨の日の行き先がある。
雨が上がるころ、デッキの手すりの向こうで、モノレールの桁から雫が落ちている。
寄り道クイズの答え
答えは(A)1か所。東京都の観光の公式サイトが挙げる6か所の観光情報センターは、都庁、バスタ新宿、羽田空港、京成上野、八重洲、そして多摩。23区の外にあるのは、エキュート立川3階の多摩のセンターだけだ。
訪ねる前に
- 駅の歩き方: JR立川駅の北口と南口には歩行者専用のデッキがあり、駅と周りの建物を二階の高さで行き来できる。デッキの屋根の有無は区間ごとに違うので、傘は持って出るのが無難。
- 東京観光情報センター多摩: 立川市柴崎町3-1-1 エキュート立川3階。月〜土 10時〜21時、日・祝 10時〜20時、年中無休(公式の案内による)。最新は公式で: https://www.gotokyo.org/jp/plan/tourist-info-center/index.html
- 立川市中央図書館: 立川市曙町2-36-2 ファーレ立川センタースクエア2〜4階。平日10時〜20時、土日祝10時〜17時(4階の児童フロアは毎日17時まで)。休館は月曜・第3木曜ほか。最新は公式で: https://www.library.tachikawa.tokyo.jp/contents?pid=32
- 国文学研究資料館: 立川市緑町10-3。モノレール高松駅から徒歩10分、JR立川駅から徒歩約25分。展示の会期と開室日は公式で: https://www.nijl.ac.jp/
- 南極・北極科学館: 立川市緑町10-3。入場無料。休館は日曜・月曜・祝日ほか。最新は公式で: https://www.nipr.ac.jp/science-museum/
- 立川防災館: 立川市泉町1156-1。入館無料。休館は木曜・第3金曜ほか。体験の時間と予約は公式で。
- PLAY! MUSEUM/PLAY! PARK: 立川市緑町3-1 GREEN SPRINGS W3棟。JR立川駅から徒歩約8分。料金と展示は公式で: https://play2020.jp/
- 国営昭和記念公園: 雨の日も開園。開園時間は季節で変わる。最新は公式で: https://www.showakinen-koen.jp/
- 遠くから: 新宿からはJR中央線快速で立川まで乗り換えなし(30分台)。神奈川からは、川崎からJR南武線で乗り換えなし(立川まで約1時間)。どちらも駅に着いた時点で、もう屋根の下にいる。時刻と所要時間はJR東日本の公式で確かめてほしい。
- 組み合わせるなら: 駅とデッキの来歴は特集の立川駅の一編、デッキでつながる百貨店と駅ビルは買い物の一編、南極の氷は南極・北極科学館の一編、まんがぱーくと防災館はそれぞれの一編へ。雨が上がったら、冬の空と夜の景色を追う夜景と朝の一編へ。
雨宿りの終わりに、立川駅北口で
雨の日に屋根の下を渡り歩くと、思った以上に体が冷える。濡れた靴下と、冷房の効いた館内と、また外の雨。図書館の椅子に長く座っていれば、肩も腰も固くなる。
立川駅の北口から歩いて1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオで行うホットヨガのスタジオだ。常温のヨガやピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもあり、ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業は8時から23時30分まで、年中無休で、どの曜日も同じ時間に開いている。雨脚が強まった夜、図書館もルミネの本棚も閉まったあとでも、まだ間に合う。
ヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。濡れた傘を一本持っていれば、ほかに用意するものは少ない。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp で確かめられる。
外の雨は、まだしばらく止みそうにない。それなら、もう少し屋根の下にいればいい。
冒頭の写真: 立川駅北口を歩行者デッキから望む。赤いアーチの奥に駅ビルが建つ。(写真: DiKnK8713 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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