一つの駅で、都心と多摩と山へ
立川市の概要によれば、立川駅にはJRの中央線、青梅線、南武線、五日市線が乗り入れ、多摩モノレールが南北を結んでいる。東京駅から立川駅までの線路の距離は37.5キロ、特別快速で40分。

写真: Tx-re / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
東へ乗れば、都心の真ん中まで40分。南武線に乗れば、乗り換えなしに神奈川の川崎まで行ける。モノレールで南へ下れば多摩ニュータウン、北へ上れば東大和のほうへ。そして西へ向かう青梅線に乗れば、山に行ける。武蔵御嶽神社の案内によれば、立川駅から青梅駅まで約30分、青梅から御嶽駅まで約20分。ケーブルカーに乗り継げば、標高929メートルの御岳山の山頂のそばまで上がれる。中央線を西へ乗り続ければ高尾駅に着く。標高599メートルの高尾山への入口だ。
一つの駅のホームから、東京駅と、神奈川の海側の街と、標高900メートルの山の三方向へ、乗り換えの手間を最小にして出かけられる。都心の大きな駅は、都心どうしをつなぐのが得意だ。立川駅は、都心と多摩と山をつなぐのが得意だ。役割がちがう。
ちなみに、立川市の中で「山」と呼ばれているものは、市のウォーキングマップによれば、高さ10メートルほどの金比羅山ただ一つで、市みずから「山」と書いている。市内の山は10メートル、駅から1時間足らずで929メートル。立川の人は、山を近所に持たないかわりに、山への切符を持っている。
この駅の力は、乗る人の数にも表れる。JR東日本の2024年度の数字で、立川駅の1日平均の乗車人員は15万4,091人。多摩地域の駅で最も多い。だが、駅の数字より雄弁なのは、昼と夜の人口の差のほうだった。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
昼に人が集まる街——昼夜間人口比率113.2
東京都がまとめた令和2年(2020)の国勢調査の数字で、立川市に住んでいる人は18万3,581人。昼間に立川にいる人は20万7,832人。昼のほうが2万4千人ほど多い。昼夜間人口比率は113.2で、多摩の26市でいちばん高い。
同じ表で23区を一つずつ見ていく。千代田区の1,355.4のような、桁のちがう数字が上のほうに並ぶ。都心の区は、昼にだけ膨らむ街だ。だが、表を下までたどると、23区のうち13の区は、昼夜間人口比率が立川の113.2より低い。区部全体では126.8だから、立川が23区全体を上回るわけではない。それでも、昼に人を引き寄せる力で比べれば、立川は23区の半分以上の区より上にいる。
地域経済の分析システムの数字を紹介した2017年の記事によれば、ある10年分の集計で、立川に住む人の雇用者所得は4,758億円、立川で働く人の雇用者所得は6,275億円だった。差は1,517億円。よその街に住む人が、それだけ立川で働いている。
平成5年(1993)に地理学者の山下博樹が書いた論文には、上場企業の支所がどこに集まるかを論じたくだりで、立川などについて「県庁が所在しないハンディはあるものの」という一節がある。東京都なのだから県庁が無いのは当たり前なのだが、学者の目には、立川はほとんど県庁所在地のように見えていたらしい。引け目を持つ側の街が、外からは「県庁の無い県都」に見えていた。なかなか愉快な食い違いだ。
数字で読む「23区に負けない立川」
- 9.08 — 平方メートル。立川市民ひとり当たりの都市公園の広さ。区部は2.93。23区のどの区よりも広い。昼寝の場所には困らない。
- 73 — キロメートル。立川駅から富士山頂まで(筆者の計算)。新宿駅からは95キロ。23キロぶん、富士山のご近所である。
- 7,675 — 人。立川市の1平方キロメートルあたりの人口。区部は15,883人。肘のぶつかり方が、およそ半分。
- 113.2 — %。2020年の昼夜間人口比率。多摩26市で1位、23区のうち13の区より上。昼の立川は、借りてきた人で賑わう。
- 60 — 時間。府中の観測点と東京の観測点の、年間の日照時間の差(平年値)。1年で、まる2日半ぶん長く晴れている。
- 10 — メートル。市が「山」と呼ぶ金比羅山の高さ。本物の山へは、青梅線で行く。
旅人の寄り道クイズ
立川市が令和8年(2026)春に行った市政のアンケートで、「これからも立川市に住み続けたいと思う」「どちらかといえば思う」と答えた人は、合わせて何%だったか。
(A)約62% (B)約77% (C)約92%
答えは、この記事の終わり近くで明かす。
立川の暮らしの手ざわり——住み続けたい、と市民は答える
数字の最後に、住んでいる人自身の声を聞きたい。
立川市は毎年、無作為に選んだ18歳以上の市民3,000人に、郵送で市政のアンケートを送っている。令和8年(2026)4月の調査には1,112人が答えた。その設問の一つに、これからも立川市に住み続けたいと思うか、という問いがある。
答えの数字は、ここではまだ伏せておく。ただ、自由記入欄に書かれた市民の言葉のほうは、少し紹介してもいいだろう。報告書には、匿名の書き込みがそのまま載っている。
ある人は、自然が豊かで、畑や公園が身近にあり、子育てをするには良い地域だと書いた。別の人は、都心と比べると文化資本が足りていない気がする、古書店やアートギャラリーなど、と書いた。耳の痛い一言だが、こういう声がそのまま載る報告書は、信用していいと思う。そして、私がいちばん長く眺めた一文はこれだった。
「立川大好きなので住み続けたい。あまりオシャレにならず、地方の県庁所在地みたいな雰囲気を損なわないでほしい」
33年前の地理学者が「県庁が無いハンディ」と書いた街の住人が、いまは「県庁所在地みたいな雰囲気」を守ってほしいと書いている。立川の人は、自分の街が東京の一部であることより、ひとつの街として完結していることのほうを、案外気に入っているのかもしれない。
外からの評価も、少しずつ追いついてきた。リクルートの「SUUMO住みたい街ランキング2025 首都圏版」で、立川は15位に入った。
だから、なのだと思う。23区との比べっこで負けたように感じるのは、物差しを都心の側に置いたときだけだ。高い建物の数、深夜まで開いている店の数、文化資本の厚み。その物差しで測れば、都心が勝つ。それは正しい。だが、公園の広さ、空の広さ、富士山までの距離、昼に人が集まる力、住んでいる人の「住み続けたい」で測れば、立川は23区のどこにも見劣りしない。物差しが一本しかないと思いこんでいたことが、引け目の正体だったのではないか。
引け目を、誇りへ——東京の真ん中は、ここにもある
冒頭の問いに戻る。なぜ立川の人は「23区じゃないから」と言ってしまうのか。
資料で確かめられたことを並べると、こうなる。立川は明治26年に神奈川県から東京へ移ってきた三多摩の街で、都下と呼ばれ、市外局番は03ではなく042だった。戦後の人口急増で道路や下水道が追いつかず、区部との差に「三多摩格差」という名前がつき、都と市町村は昭和50年に格差の8課題を立てて、平成12年までにそのかなりの部分を解消した。格差が消えたあとも、23区への憧れは言葉の癖として残った。
数字で確かめた立川は、その癖とはずいぶんちがう顔をしていた。ひとり当たりの公園は区部の約3倍。富士山は新宿より23キロ近い。一つの駅から都心と神奈川と山へ出られる。昼夜間人口比率は多摩で1位、23区の半分以上の区より高い。
もう一つ、数字を足しておく。東京都が発表した令和7年(2025)の国勢調査の速報で、多摩の市町村に住む人は合わせて約427万人。百科事典によれば、多摩より人口の多い道府県は、神奈川、大阪、愛知、埼玉、千葉、兵庫、北海道、福岡の8つしかない。立川は、その427万人の玄関口に立っている。
この特集の別の回でも引いたが、立川市の概要は、立川の位置を「東京都のほぼ中央、西よりに位置しており」と書いている。地図の上で東京都を東の端から西の端まで眺めれば、そのとおりだ。23区の側から地図を見るから、立川は西の外れに見える。東京全体から見れば、立川は真ん中の少し西にいる。
新宿から中央線で一本。川崎からなら、南武線で乗り換えずに終点まで来ればいい。週末に一度、立川の駅で降りて、昭和記念公園の原っぱに寝転んでみてほしい。冬の晴れた夕方なら、多摩川の土手に立ってみてほしい。23区と比べるための物差しが、一本ではなかったことに気づくはずだ。
東京は、23区で終わらない。立川の人は、いつか「都内へ行ってきます」を、「都心へ行ってきます」と言い換えるだろう。都内には、もう住んでいるのだから。
寄り道クイズの答え
答えは(C)約92%。立川市の「令和8年度市政に関するアンケート集計結果(令和7年度実績)」で、「これからも立川市に住み続けたいと思いますか」という問いに、「思う」が56.8%、「どちらかといえば思う」が35.5%、合わせて92.4%だった。令和4年度から4年続けて、92%台を保っている。
訪ねる前に
- 来やすさ: 東京駅から立川駅までは37.5キロ、中央線の特別快速で約40分(立川市による)。神奈川からは、川崎駅と立川駅を結ぶJR南武線で乗り換えなしに来られる。八王子で中央線に乗り換えれば、横浜線の沿線からも来られる。
- 公園の広さを測るなら: 国営昭和記念公園。JR立川駅からあけぼの口まで歩いて約10分、JR青梅線の西立川駅から西立川ゲートまで約2分。公式 https://www.showakinen-koen.jp/ (開園時間・入園料・休園日は公式で確かめてほしい)
- 富士山を探すなら: 多摩川緑地(関東の富士見百景)は、冬の晴れた日が狙い目。案内 https://www.ktr.mlit.go.jp/chiiki/fujimi0057.html 。冬至の前後には、多摩モノレールの多摩センター駅から立川南駅のあたりでダイヤモンド富士が見えることがある(天候しだい。モノレール公式 https://www.tama-monorail.co.jp/ )
- 山へ足をのばすなら: 青梅線で青梅駅へ約30分、御嶽駅へさらに約20分(武蔵御嶽神社の案内による)。
- 数字の出どころ: 公園の表は東京都建設局の「東京都都市公園等区市町村別面積・人口割比率表」、昼夜間人口は東京都総務局統計部「東京都の昼間人口」、市民の声は立川市の「市政に関するアンケート」の報告書で、いずれも公開されている。
- 組み合わせるなら: 午前は昭和記念公園のみんなの原っぱで空を測り、昼に駅の北口へ戻って街の賑わいを確かめ、夕方はモノレールで多摩川を渡って富士山の方角を眺める。一日で、公園と昼の人口と富士山の三つを、自分の足で確かめられる。
歩いたあとは、立川駅北口で
公園の広さを足で測り、富士山の方角を探して土手を歩くと、思ったよりも体が冷え、ふくらはぎが張る。広い街は、歩く距離も23区より少しだけ長い。
立川駅の北口から歩いて1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオで行うホットヨガのスタジオだ。常温のヨガやピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもあり、ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業は8時から23時30分まで、年中無休で、曜日による違いはない。朝の公園の前にも、夕方の富士山のあとにも、寄る時間はある。
ヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。身ひとつで寄れる。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp で確かめられる。
この店は、立川と近くの街の人たち、そして立川で長く商いを続ける人たちに支えられてきた。都心へ出なくても、ここで汗をかいて、深く息を吐いて、また立川の広い空の下へ戻ればいい。
冒頭の写真: 昭和記念公園の大ケヤキと木立。その上に、立川の広い空がひらける(写真: Yoshikazu TAKADA from Tokyo, Japan / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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