国分寺散歩 お鷹の道と真姿の池、武蔵国分寺跡を立川から歩く 「はけ」は立川から始まっていた

東山道武蔵路、幅12メートルの古代の直線道路

武蔵国分寺の僧寺と尼寺のあいだを、一本の道が南北に貫いていた。東山道武蔵路である。

武蔵国分寺跡の北方地区に整備された古代の官道、東山道武蔵路の跡
武蔵国分寺跡の北方地区に整備された古代の官道、東山道武蔵路の跡
写真: Saigen Jiro / Public domain / Wikimedia Commons

国分寺市の観光サイトによれば、東山道武蔵路は上野国と武蔵国府を結ぶ古代の官道だった。いまの群馬県から府中まで、都の命令や税や人が、この道を通って行き来した。

その道が見つかったのは、平成7年(1995)のことだ。歴史公園ガイドブックによれば、西国分寺駅の南東、旧国鉄の中央鉄道学園の跡地を再開発する際の発掘調査で、東西両側に側溝を持つ幅約12メートル、南北約340メートルの直線道路が発見された。当時、古代の官道がこれほどの規模で見つかることは全国的にも稀で、事業計画を変えて道路の部分は地下に保存されたという。

幅12メートル。私は最初、数字を読み違えたのかと思った。いまの住宅街の道路よりずっと広い。1300年前の武蔵野に、まっすぐな大通りが一本、何キロも続いていたのだ。

現在、市役所の向かいに整備された東山道武蔵路跡では、発見された側溝の跡が舗装の色で表されている。東山道武蔵路跡は平成22年(2010)に国の史跡に追加され、史跡の名前は「武蔵国分寺跡 附東山道武蔵路跡」になった。

道の上に立って北を見る。まっすぐな線の先に、昔は上野国があった。南を見れば、府中の国府がある。国の命令は、この幅12メートルの道を、崖の上から下へと運ばれていった。

ところで、この道が眠っていた土地は、なぜ昭和の終わりまで手つかずで残っていたのか。それは、そこに国鉄の学校があったからだ。

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昭和の国分寺、国鉄の学校と横に飛んだロケット

百科事典によれば、中央鉄道学園は西国分寺駅の南側にあった日本国有鉄道の教育機関だった。前身の中央鉄道教習所が昭和28年(1953)に本所を国分寺へ移し、昭和36年(1961)に中央鉄道学園と改称した。当時の国鉄総裁、十河信二は、ここを「国鉄大学」にして、高校を出た国鉄職員に大学卒業の資格をとらせようと文部省と交渉したという。大学の認可は下りなかったが、学生は国鉄職員として雇われ、学園の中では国鉄の制服を着ていたと伝わる。

あのころ、国分寺と国立のあいだの中央線の南側には、制服姿の若い鉄道員たちが学ぶ広い敷地があった。いま、その敷地の一部は都立武蔵国分寺公園になり、湧き水を守る水源林にもなっている。そして地下には、奈良時代の大通りが眠っている。昭和の鉄道員たちは、自分たちの足の下に古代の幹線道路があったことを知らずに、鉄道の勉強をしていたことになる。道を学ぶ人の下に、道があった。

学園は、昭和62年(1987)の国鉄分割民営化の際に閉じられた。その跡地の再開発が、東山道武蔵路の発見につながった。

西国分寺駅そのものも、昭和の後半の駅である。開業は昭和48年(1973)4月1日、武蔵野線の開通と同時だった。百科事典によれば、それまで国分寺駅からは、多摩川の砂利を運ぶために明治43年(1910)に開業した東京砂利鉄道を前身とする下河原線が府中方面へ延びていたが、武蔵野線と経路が重なるため、その前日に旅客の営業を終えた。砂利の線路が消え、新しい環状の線路と新しい駅が生まれた。昭和48年の春は、国分寺の鉄道の地図が書き換わった春だった。

昭和の国分寺には、もう一つ意外な「日本初」がある。国分寺市の観光サイトは、昭和30年(1955)、日本初のロケット発射実験が国分寺で行われ、宇宙開発が始まったと書く。百科事典によれば、東京大学の糸川英夫を責任者とするペンシルロケットで、全長は23センチ。半地下式の銃器発射場を改造した施設で、水平方向に発射された。4月12日には報道関係者の立ち会いのもとで公開試射が行われたという。

日本の宇宙開発は、空ではなく、横へ飛ぶところから始まったのである。23センチの鉛筆のようなロケットが、地面と平行に、張られたスクリーンを次々と突き抜けていく。宇宙はまだずいぶん遠かったが、誰かがどこかで最初の一本を飛ばさなければならない。それが国分寺だった。市はいま、4月12日を「国分寺ペンシルロケット記念日」として催しを開いていると、百科事典は伝える。

同じ昭和30年、国分寺崖線の起点のある立川の砂川では、米軍立川基地の拡張に反対する運動、いわゆる砂川闘争が始まっている。立川市のウォーキングマップがそう記している。崖の始まりで滑走路をめぐる争いが起き、崖の通る国分寺の街では、日本初のロケットが横に飛んでいた。同じ一本の崖の上で、同じ年に、空をめぐる二つの出来事が起きていたのである。

武蔵国分寺跡にも、昭和の傷がある。歴史公園ガイドブックによれば、金堂には新田義貞の手植えと伝わる大きなアカマツがあり、長く史跡の象徴として親しまれてきた。だが、行楽客が根元で焚き火をしたためにアカマツは枯れ、昭和40年(1965)6月7日に伐採された。昭和43年に史跡を訪れてこのことを知った前橋市の文化財調査委員が群馬県に連絡し、同年4月5日、群馬県から県の木のクロマツ2本が寄贈されたという。

焚き火をした行楽客は、まさか600年あまり前の武将の手植えと伝わる松を枯らすことになるとは思わなかっただろう。そして知らせを受けた群馬県は、県の木を贈った。600年あまり前の武将が、昭和の県同士の松のやりとりを取り持ったわけだ。百科事典はまた、昭和39年(1964)に尼寺の地区で無許可の大規模な宅地開発が行われ、講堂があったと推測される一帯が調査されないまま壊されたと記している。古代の寺は、昭和の開発の波打ち際に立っていた。

崖の上と崖の下、殿ヶ谷戸庭園と協創の森

国分寺駅の南口のすぐそばにも、崖を生かした庭がある。殿ヶ谷戸庭園だ。

国分寺駅南口のそばの殿ヶ谷戸庭園。石灯籠と色づいた木の葉(12月撮影)
国分寺駅南口のそばの殿ヶ谷戸庭園。石灯籠と色づいた木の葉(12月撮影)
写真: Pcs34560 from jawp / Public domain / Wikimedia Commons

国分寺市の観光サイトによれば、ここはもともと実業家・江口定條の別荘で、昭和4年(1929)に三菱の創業者・岩崎彌太郎の孫にあたる岩崎彦彌太が買い取り、和洋折衷の回遊式庭園に整えた。崖の上の芝生と、崖の下の湧き水と池を結び、数寄屋造り風の茶室「紅葉亭」を建てた。園内の高低差は約10メートル。崖から湧き出す水は次郎弁天池に流れ込み、湧水源の水温は年間を通じて15〜18度だという。

この庭も、昭和に危機があった。昭和40年代、駅前を商業地にする開発計画で存続が危ぶまれ、庭園を守る住民運動が起きた。昭和49年(1974)に東京都が買い取って都立公園にし、平成23年(2011)には国の名勝に指定された。

約200本のイロハモミジが植えられ、例年11月下旬から12月上旬に紅葉が見ごろを迎える。秋に訪ねるなら、ここがいい。モミジを崖の上から見下ろし、崖の下から見上げる。高低差10メートルの庭は、一本の木を二度楽しませてくれる。

崖の上の東恋ヶ窪には、もう一つの森がある。都建設局によれば、野川は国分寺市東恋ヶ窪の日立製作所中央研究所の敷地内の大池に源を発する。国分寺市の観光サイトは、昭和17年(1942)に中央研究所として創設されたこの研究拠点の庭園を「協創の森」として紹介し、春と秋の年2回だけ一般に公開されると書く。創業社長の小平浪平の「よい立木は切らずによけて建てよ」という意志で、もとの木々が残されたという。

研究所の真ん中に、野川の源流がある。木を切らずに建物のほうをよけた結果、川の始まりが守られた。日本の研究所の中で、川の源流を抱えているところは、そう多くはないだろう。

はけは立川へ帰る

国分寺を一日歩いて、冒頭の謎に戻る。

国分寺崖線は、立川の砂川九番のあたりから始まる。古多摩川が立川面をつくったときに武蔵野面を削ってできた崖だ。その崖の下、立川の名を持つ段丘面の上に、奈良時代の人々は武蔵国分寺を建てた。崖から湧く水と、前に広がる平地と、西を走る大通りがそろっていたからである。崖が国分寺の名で呼ばれるのは、その崖のいちばんの見せ場に、寺が建ったからだ。

立川は崖の始まりを持ち、国分寺は崖の見せ場を持つ。二つの街は、同じ一本の段差の、端と真ん中にいる。

そして明治22年の同じ日、二つの街に同じ鉄道の駅ができた。その線路は、いまも崖のそばを通って、立川と国分寺を結んでいる。

立川に戻ったら、砂川のほうを眺めてみるといい。平らな畑と住宅の続くその先で、はけは、ほとんど誰にも気づかれないまま始まっている。30キロ先で世田谷の渓谷になる崖の、最初の一歩である。

国分寺と立川を、中央線の別々の駅としか覚えていない人には、一度この崖を歩いてほしい。新宿から来るなら国分寺で降り、崖の下を西国分寺へ抜け、そのまま立川へ。週末の一日で、一本の段差の真ん中と始まりを、両方踏むことになる。

寄り道クイズの答え

答えは(B)約60メートル。国分寺市の観光サイトによれば、武蔵国分寺の七重塔は高さ60メートルほどあったと考えられている。承和2年(835)に落雷で焼け、十数年後に再建された。おたかの道湧水園には、10分の1の推定復元模型がある。

訪ねる前に

  • 行き方: JR立川駅から中央線で国分寺駅へ。快速なら国立、西国分寺の次。中央特快は立川を出ると次は国分寺に停まる(停車駅は列車によって違うので、JRの案内で確かめてほしい)。武蔵国分寺跡に近いのは西国分寺駅で、立川から二つ目の駅。
  • 都心・神奈川から: 新宿から国分寺・立川へはJR中央線(立川まで快速で30分台)。川崎からはJR南武線で乗り換えなしの約1時間で立川に着くので、立川から中央線の上りで国分寺へ向かい、逆回りに歩いてもよい。
  • 歩く道順: 国分寺駅の南口から南西へ下り、お鷹の道・真姿の池湧水群(国分寺市東元町3、西元町1)、おたかの道湧水園と武蔵国分寺跡資料館、国分寺の薬師堂と仁王門、武蔵国分寺跡(僧寺)、東山道武蔵路跡、武蔵国分尼寺跡と歩き、西国分寺駅へ抜けると、崖の下を一筆書きで回れる。国分寺市の観光サイトによれば、資料館から武蔵国分寺跡までは約300メートル、徒歩5分ほど。
  • おたかの道湧水園は有料の公園施設。開園時間・休園日・入園料は国分寺市の公式で確かめてほしい。市民ボランティアによる無料の史跡ガイド(要申し込み)もある: https://www.city.kokubunji.tokyo.jp/culture-sports-tourism/culture/1011900/1024896.html (歴史公園ガイドブック)
  • 国分寺市立歴史公園・史跡武蔵国分寺跡: https://www.city.kokubunji.tokyo.jp/shisetsu/kouen/1036960/index.html
  • 国分寺市観光シティプロモーションサイト(散歩コース・スポット情報): https://kokubunji-citypro.jp/
  • 東京の名湧水57選「お鷹の道・真姿の池湧水群」(東京都環境局): https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/water/conservation/spring_water/tokyo/place_38.html
  • 殿ヶ谷戸庭園は国分寺駅南口のすぐそばの都立庭園。紅葉は例年11月下旬から12月上旬。日立製作所の協創の森は春と秋の公開日だけ入れる。いずれも公開日と入園料は公式で確かめてから。
  • 組み合わせるなら: 行きか帰りに立川の砂川へ寄り、国分寺崖線の始まりのあたりと玉川上水を歩くと、この特集の玉川上水と砂川の記事、矢川とはけの記事と一本の線でつながる。

帰り道は、立川駅北口で

崖を下りて、また上る。お鷹の道から武蔵国分寺跡、西国分寺まで歩けば、足は思ったより使っている。湧き水のそばの小道は、夏でもひんやりしていて、秋から冬には体が冷えていることもある。

中央線で立川に戻ったら、北口から徒歩1分のところにオンザショア立川店がある。住所は立川市曙町2-14-10、エトロワビル3階。溶岩プレートを敷いたスタジオで行うホットヨガのスタジオで、常温のヨガやピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもある。ヨガだけで25種類以上のレッスンがそろう。

営業は8時から23時30分まで、年中無休。殿ヶ谷戸庭園の紅葉を見てから戻っても間に合う。

はじめての人のヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。

料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp から確かめられる。

崖の始まりの街に帰ってきて、温かい部屋でゆっくり息を吐く。はけが水を吐くように。

冒頭の写真: 名水百選のお鷹の道・真姿の池湧水群のうち、国分寺市西元町の真姿の池(写真: Miyuki Meinaka / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)

この記事の情報は2026年10月時点のものです。

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