秋はよいと祭り、冬は光の並木
その前に、立川の祭りは花火だけではない、ということを書いておきたい。

写真: 深鸣 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
秋には「立川よいと祭り」がある。主催は立川よいと祭り実行委員会、共催は立川市と立川市地域文化振興財団。平成元年(1989)に第1回が開かれ、2025年の10月12日が第37回だった。立川市の年表で1989年の項を見ると、「立川駅開設100周年記念イベントを開催」の数行あとに「第1回立川よいと祭り開催」とある。駅が100歳になった年に、街の新しい祭りが生まれた。2023年には「4年ぶりに万灯みこしの巡行を実施」と、花火の「4年ぶり」と並んで年表に記されている。会場は、立川北駅のすぐそば、多摩モノレールの下を走るサンサンロードである。2025年の案内では、朝11時から夜9時まで、10時間にわたって続いた。山車と万灯みこしの巡行、お囃子、民踊流しは、第1回から続く祭りの柱だという。そこに太鼓、松明まわし、YOSAKOI、音楽パレード、歌謡ショー、模擬店、子ども提灯の展示が加わる。モノレールの橋桁の下を、山車が練り歩く。江戸の祭りの道具立てと、空を走る乗り物が一枚の構図に収まる。お囃子の笛の上を、モノレールが音もなく横切っていく。
冬には、同じサンサンロードが光の並木になる。「たちかわイルミネーション」は、長く立川の冬を彩ってきた「Tachikawa燦燦Illumination」を引き継いで、一般社団法人たちきたエリアマネジメントが2024年に始めた。告知によれば、幅約40メートル、長さ約550メートルの自転車と歩行者のための道に並ぶ48本のケヤキに、1本につき約1万球、合わせて約60万球の明かりを灯す。2025年の冬は、11月1日から翌年の1月18日まで、夕方5時から夜12時まで点っていた。入口には「TACHIKAWA ILLUMINATION」の光のゲートが立ち、道の象徴の「BIG TREE」が輝き、12月には「TACHIKAWA WINTER MARKET」という市も開かれた。夏に原っぱで空を見上げた人が、冬には並木の下で枝を見上げる。立川の祭りは、とにかく上を向かせる。
春から初夏にかけては「立川いったい音楽まつり」がある。市民参加の実行委員会形式で、地域文化振興財団が支えてきた催しだ。その財団が発足したのは1988年で、よいと祭りが始まる前の年にあたる。2024年の第13回では、市内の12会場で約220団体が演奏や踊りを披露する予定だった。名前の「いったい」は、立川市内の「一帯」でライブを開くという意味だと、ボランティアの募集要項は説明している。市の年表の2016年の項には、この音楽まつりの前夜祭でジャズピアニストの山下洋輔のライブが開かれたことが記されている。市の公式な年表に、ジャズのライブが載る。そういう年表を持つ市は、たぶん多くない。
そして8月の終わりには、柴崎町の諏訪神社の例大祭がある。獅子舞と相撲の古い祭りのことは、この特集の別の一編に書いた。花火の会場の昭和記念公園も、春のフラワーフェスティバル、秋のコスモスまつり、11月の黄葉・紅葉まつりと、季節ごとに祭りの名のつく催しを開いている。
公園を管理する関東地方整備局の平成29年度の資料には、地元の自治体や団体と組んで開く催しの例として、写真が何枚か並んでいる。市民主導の参加型のお祭りとして立川市が主催する「たちかわ楽市」。2016年の「東京2020ライブサイト in 2016 -リオから東京へ-」。そして、箱根駅伝の予選会。正月のテレビで見るあの駅伝の、出場校を決める戦いの舞台のひとつが、この公園なのだ。花火の夜に74万人が見上げた原っぱの周りを、秋には大学の選手たちが走り抜ける。立川の原っぱは、季節ごとに主役を入れ替える大きな舞台である。
河原の納涼から始まった夏の花火、モノレールの下の山車、ケヤキの光、街じゅうの音楽、古い鎮守の獅子舞。立川の一年は、思っていたよりずっと、にぎやかに回っている。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
花火は、飛行場から上がっている
あの括弧書きに戻ろう。「打ち上げ場所非公開」。

写真: DiKnK8713 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
答えは、平成23年の、あの中止の告知の中に書いてあった。実行委員会は、中止の理由を述べる前に、これまでの開催の仕組みを説明している。立川の花火大会は、打ち上げ場所を陸上自衛隊立川駐屯地に提供してもらい、観覧場所には国営昭和記念公園を使わせてもらい、警察や消防の支援と、地域の企業や事業所からの多額の協賛金を受けて開いてきた。
打ち上げ場所は、駐屯地の中だったのだ。いまの実行委員会の資料でも、陸上自衛隊立川駐屯地は「特別協力」の欄に名を連ねている。昭和記念公園の公式サイトは、公園に隣接する自衛隊の滑走路の航空制限のために、園内のイチョウ並木の高さを7メートルに刈り込んでいると説明している。市の年表によれば、いまの滑走路は1982年に運用が始まった「新立川飛行場」のものだ。花火が復活したと伝わる、あの年である。その滑走路の側から、毎年の夏、花火が上がる。
場所を伏せる理由は、資料からも見当がつく。実行委員会は、来場者の増加で観覧場所の受け入れの限界を超え、安全を確保できなくなることを危ぶみ、警察の指導に沿ってメイン会場への誘導を進めている、と書いている。打ち上げ場所の近くに人が押し寄せれば、危ない。秘密の発射台は、物騒どころか、いちばん安全のための括弧書きだった。
立川という地名を聞いて、地味な乗換駅を思い浮かべる人もいるだろう。私も少し、そう思っていた。だが、東京都内でも数少ない一尺五寸玉が上がる花火大会がこの街にあり、一晩でこの街の人口の4倍の人が空を見上げに来る。そして、その花火が上がるのは、大正のころから空と縁を結んできた、飛行場の土地からだ。
かつて、この平らな土地からは飛行機が飛び立っていった。いまは年に一度、花火が飛び立つ。飛行場の街は、まだ空を使っている。
新宿から中央線で一本、川崎からは南武線で一本。7月の終わりの土曜日に、ゆかたのまま乗り込める距離に、都内ではなかなか見られない一尺五寸玉の上がる夜空がある。
寄り道クイズの答え
答えはB、「大人も迷子になります」。公式チラシのワンポイントアドバイスに、打ち上げ前後はスマホの通信が困難なので待ち合わせ場所を決めておこう、とあり、その後ろに括弧書きで添えられている。74万人の中では、大人も子どもも等しく迷子の候補である。
訪ねる前に
- 立川まつり国営昭和記念公園花火大会: 例年7月の終わりの土曜日の夜に開かれてきた。2026年は7月25日、午後7時15分から8時15分まで、小雨決行・荒天中止で順延なし。開催日、有料エリアと券の売り方、無料で見られる場所は年によって変わるので、必ず公式サイトで最新を確かめてほしい
- 都心と神奈川から: 立川駅へは、新宿からJR中央線で一本。東京都環境局の散策案内は、新宿から立川までを中央線で30分としている。神奈川からは、川崎駅と立川駅を結ぶJR南武線で、乗り換えなしで着く
- 行き方: 実行委員会の資料はJR中央線立川駅から徒歩15分とする。昭和記念公園の公式サイトによれば、立川駅北口からあけぼの口まで約10分、多摩モノレール立川北駅からは約8分。当日は駐車場がなく、車で来ないよう求められている。西立川駅は大変混雑するため、実行委員会は報道にも西立川駅の案内を控えるよう頼んでいる
- 当日の注意: 打ち上げの前後は携帯電話がつながりにくい。待ち合わせ場所は先に決めておく。熱中症と急な雨への備え、ごみの持ち帰りを公式が呼びかけている。公式チラシの会場図には、迷子センターと救護所の位置も示されている。開催するかどうかは、当日の朝に公式サイトと公式のXで知らせてきた。2026年の公式チラシには、当日だけつながる開催情報の自動音声ダイヤルも載っていた。会場周辺では交通規制があり、規制図は毎年公式サイトに出る
- 有料エリア: 2026年は、みんなの原っぱとその周辺が有料エリアになり、入場には事前に買って発券した紙の券が必要だった。特別協賛者観覧チケットには、イス席、レジャーシート席、団体の券がある。ふだん駐車場の立川口と砂川口は無料で見られる場所になった。運用は年で変わるので、その年の公式の案内を必ず読んでほしい
- 入園料: 花火大会の日は国営昭和記念公園の入園料が終日無料になると実行委員会の資料にある(有料の観覧エリアは別)
- 所要の目安: 打ち上げは60分。ただし入場と帰りの混雑を考えると、日中から夜まで半日がかりになる
- 組み合わせ: 昼は公園と、その来歴を描いた特集の昭和記念公園の一編へ。秋のよいと祭りと冬のイルミネーションの会場のサンサンロードは、特集の GREEN SPRINGS の一編で歩いた道で、その先に GREEN SPRINGS がある。日野橋と多摩川のほとりは、特集の根川と多摩川の一編へ
- 花火大会の公式サイト: https://hanabi.tokyo-tachikawa.org/
- 国営昭和記念公園のアクセス: https://www.showakinen-koen.jp/access/
- たちかわイルミネーション: https://tachikawaillumination.com/
- 立川市の観光とイベント情報: https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/m-kanko/1003027.html
祭りのあとは、立川駅北口で
花火の夜は、とにかく歩き、とにかく立つ。昼のうちから原っぱで待ち、帰りは人の流れに乗ってゆっくり駅へ戻る。祭りのあとの体には、思った以上に疲れが残る。そんな体をほぐしたくなったら、立川駅北口から歩いて1分のところに、オンザショア立川店がある。東京都立川市曙町2-14-10、エトロワビルの3階だ。
オンザショア立川店を営む宮川涼と、その妻でオーナーの藤田尚美も、昭和記念公園の花火大会には毎年足を運んでいるという。夏の夜空を見上げる74万人の中に、この街で店を開き、この街に支えられてきた人たちもいる。
看板は、溶岩のプレートを敷いたスタジオでのホットヨガだ。ほかに常温のヨガ、ピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもあり、ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業時間は8時から23時30分まで。年中無休で、どの曜日も同じ時間に開いている。
初めての人には、税込1,980円のヨガの体験レッスンがある。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
- オンザショア: https://ontheshore.jp/
- 料金: https://ontheshore.jp/price/
- 体験の予約: https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp
7月の終わりの夜、原っぱの向こうの暗がりから、最初の一発が上がる。その光の下には、今も滑走路がある。
冒頭の写真: 立川の花火大会の夜空。色とりどりの花火がいくつも重なって開いている(写真: ajari / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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