中央図書館の地域資料──基地の書架の隣にあるもの
中央図書館が立川基地と飛行場の資料を分類番号W-3-10の書架にまとめていることは、特集の基地の回と雨の日の回で書いた。ここでは、その隣の棚と、もう少し上の階の話をしたい。
2階の入口の右手一帯が、立川を中心とする地域・行政資料のコーナーだ。図書館が公開しているレファレンスの事例を読むと、この棚に何が眠っているのかが少しずつ見えてくる。立川の古い住宅地図が見たい、という問いには、砂川地区は1967年から、立川地区は1971年からの住宅地図が保存されている、と答えている。市議会の議事録は、1972年からの会議録がある。人口の移り変わりを戦前から知りたいなら、市の『統計年報』に昭和11年からの世帯数と人口が年ごとに出ている。立川にも国宝があると聞いたがどこにあるのか、という問いもある。答えは、柴崎町の普済寺の「六面石幢」で、市の教育委員会の本に写真付きで載っている。うどのおいしい食べ方を聞いた人もいる。図書館は、うど生産組合連合会の『東京うど物語』を差し出している。
レファレンスの案内には、答えられない質問も並んでいる。法律相談、医療相談、人生相談、美術品の鑑定、そして宿題やクイズの解答。この記事の中ほどに置いた寄り道クイズの答えも、図書館に聞いてはいけない。
図書館はまた、立川について調べるための案内を12本公開している。立川基地と飛行場、立川空襲、砂川闘争、ファーレ立川のアート、統計、駅前の変遷、古い地図、普済寺、諏訪神社、立川と砂川の合併、立川の歌、多摩川。立川の歌を調べる案内まである。市の校歌や音頭や応援歌の類を、誰かが本気で探しに来るのだろう。
4階の児童資料室には、もっと意外なものがある。明治・大正・昭和前期の子ども向けの雑誌だ。図書館が公開している目録によれば、明治10年(1877)創刊の「頴才新誌」から、「少年世界」「赤い鳥」「少年倶楽部」「童話」まで、123タイトル、約1,700冊。明治期のものが22タイトル、大正期が21、昭和の戦前が39、戦後が41。
このうち複製版などを除く107タイトルは、児童文学者の乙骨淑子(おっこつ・よしこ)が長年集めたものだった。乙骨は昭和39年(1964)に『ぴいちゃぁしゃん』を発表して厚生省の児童福祉審議会の推薦と特別賞を受け、『八月の太陽を』『十三歳の夏』などを書いて、昭和55年(1980)に51歳で亡くなった。残されたコレクションを第一線の公共図書館で生かしてほしい、という遺族の意思で、立川市図書館に寄贈された。乙骨の著作69点と、児童文学やその研究書710冊も一緒に届いたという。
基地の書架から階段を二つ上がると、「赤い鳥」が並んでいる。飛行場の街の図書館の4階に、大正の子どもたちの雑誌がある。資料の保存状態から閉架とされ、複製版を除いて館内の閲覧に限られているが、目録は誰でも図書館のサイトで読める。
数字で読む立川の図書館
- 1947 — 年。都立立川図書館が開いた年。立川は、市立図書館より31年早く「図書館のある町」になった。
- 6,600 — 名。昭和50年、市立図書館を求める請願に添えられた署名の数。本を読む前に、まず名前を書いた。
- 104万 — 冊。昭和56年度の貸出冊数。公民館時代の約10倍。
- 1,700 — 冊ほど。中央図書館の児童資料室にある、明治から昭和前期の子ども雑誌。いちばん古いのは明治10年創刊。
- 999,265 — 点。令和7年度の9館の資料の総数。100万まで、あと735点。
- 9 — 館。たぬき、招き猫、おひさま、牛、めだか、あじさい、けやき、キジバト、こぶし。
旅人の寄り道クイズ
立川市の9つの図書館のうち、マークが「招き猫」なのはどこだろう。(A)上砂図書館(B)柴崎図書館(C)錦図書館。答えは最後に明かす。図書館に聞いても教えてくれないので、念のため。
マークの話から、数字の話へ移ろう。冒頭の謎の、後半の答えがそこにある。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
全国上位の貸出──数字で見る立川市の図書館
立川市図書館の事業報告の巻末に、一枚の表が載っている。人口15万人以上20万人未満の市区の公共図書館を、住民一人あたりの貸出の多さで並べた順位だ。日本図書館協会の『日本の図書館 統計と名簿』から作ったもので、対象は毎年50前後の市区になる。
立川市の欄を追ってみる。2012年から2014年は4位。2015年と2016年は3位。2017年が4位、2018年が3位、2019年は2位。2020年と2021年が4位、2022年が3位。2023年は6位だった。2012年から2022年まで、11年続けて4位以内に名前がある。表は5位以内を「ベストプラクティス」、つまり優秀事例と呼んでいる。
昭和50年、市立図書館が一館も無かった市が、半世紀後には、同じ規模の市の中で全国の優秀事例の常連になっている。6,600人の署名は、こういう形で報われた。冒頭の謎に、私はひとまずこう答えておきたい。出遅れたからこそ、市民が自分で図書館を求め、「身近なところにある図書館」を網の目のように広げた。それが借りる習慣になって、半世紀続いている。
市は図書館づくりの柱として、五つを掲げてきた。身近なところにある図書館、くらしに役立つ図書館、親しみやすく利用しやすい図書館、だれでも利用できる図書館、読書の自由を保障する図書館。地区館を先に八つ建て、中心館を最後に建てた順番は、一つ目の柱そのままである。
令和7年度の統計を開くと、9館の資料は合わせて999,265点。図書が約92万8千点、そのほか雑誌、紙芝居、CD、録音図書などが続く。中央図書館だけで53万点あまり。この一年に貸し出された資料は142万点を超え、受けた調べものの相談は2,933件だった。
新しい形の本棚も増えた。令和3年(2021)1月、パソコンやスマートフォンで電子書籍を借りられる「たちかわ電子図書館」が始まった。その年の9月に市立の小中学校の子どもたち全員に学校用の利用カードを配ると、子どもの利用が大きく伸びたという。令和4年度には、亡くなった谷重治という人から、子どもの本を充実させるための寄付金が届いた。約5,850万円のうち約4,950万円を電子書籍の購入に充て、10年計画で使うことにし、電子図書館の中に絵本を中心とした「谷重治文庫」を開いた。画面の中に、個人の名を冠した文庫がある。
中央図書館の3階には、古い映像を見る機器が老朽化して視聴サービスを終えたあと、令和4年(2022)7月に「くつろぎ読書学びコーナー」ができた。家具はイケア立川から寄贈を受けたという。都内で最初にできたイケアの家具で、市の図書館の椅子がそろう。立川らしい組み合わせだ。クラシックを中心に聞き放題の音楽配信「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」も、平成31年(2019)から使える。国立国会図書館のデジタル化資料や、歴史的な音源も館内で見聞きできる。
数字と新しいサービスがそろったところで、実際の使い方に移ろう。
立川の図書館の使い方──9館共通のカードと、隣の8市と、音大の楽譜
カードは9館共通だ。作れるのは、立川市に住んでいる人だけではない。市内に通勤・通学している人も、1か月以上通う予定があれば作れる。住所と名前を確かめられるもの、通勤・通学の人はそれを示すものを持って、どこかの館のカウンターで申し込む。登録の有効期限は3年。市内に住む人なら、郵送でも新しく登録できる。

写真: ECHIGOSENNIN / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
さらに、立川市は隣の8市と相互利用の協定を結んでいる。国立、昭島、武蔵村山、国分寺、東大和、小平、日野、福生。事業報告によれば、平成26年(2014)2月に国立市と始めたのが最初で、令和元年(2019)5月に日野市と福生市が加わって、隣り合う8市すべてとの運用がそろった。これらの市に住む人は、立川市の図書館で相互利用のカードを作れる。借りられるのは本と雑誌が5点、CDとカセットテープが1点で、期間は14日間。逆に立川市民も、8市の図書館で各市のカードを作れる。電子図書館や音楽配信、読書バリアフリーのサービスは、相互利用のカードでは使えない。
本の返し方にも、駅前の館らしい工夫がある。中央図書館のブックポストは2階の入口の脇にあり、24時間、祝日も年末年始も使える。CDや、ほかの自治体から借りた本は入れないで、と添えてある。
読書バリアフリーのサービスもある。目の不自由な人などに、点字の本や録音図書を貸し出し、対面での朗読も行う。来館が難しい人には、郵送や自宅への配本もする。令和7年度の統計では、録音図書は中央図書館に5,197点。点字の本は多摩川図書館に1,982点あり、中央より多い。めだかの館は、点字の本でも大事な預かり手になっている。
立川の街には、市の図書館のほかにも本の館がある。よく名前の挙がる立川まんがぱーくは、市の9館には数えられていない。特集のまんがぱーくの回で書いたとおり、入館料のかかる施設で、本は借りられず館内で読む。図書館とまんがぱーくは、借りて帰る場所と、靴を脱いで籠もる場所で、役目が分かれている。
緑町の国文学研究資料館の図書館は、研究資料の保存と利用のサービスを行い、資料を必要としている人はどなたでも利用できる、と案内している。史料や貴重書の閲覧は平日のみで、予約が要る。
柏町の国立音楽大学の附属図書館は、楽譜を約15万冊持っている。一般の人が使うには、まず自分が住む市の公共図書館に相談する決まりだ。図書館どうしの貸し借りで資料を取り寄せたり、複写を頼んだりできる。来館して見たいときも、公共図書館を通じた事前予約で、所蔵があって利用できる状態なら、館内で無料で閲覧できる。当日いきなり訪ねても、入れてはもらえない。つまり、立川市民が音大の楽譜を見たいなら、まず近所の図書館のカウンターへ行けばいい。めだかの館から、ベートーヴェンの初版楽譜を持つ図書館への道が通じている。
市の図書館の事業報告も、この街に国の研究機関や音楽大学が集まり、それぞれが専門的な図書資料を持っていることを挙げて、連携を目指すと書いている。
冒頭の謎を、もう一度振り返る。戦後すぐの立川には、都の図書館があった。町の人は、それを誇りにした。だが、市の図書館は遅れた。遅れた分を、市民は署名で、本の車で、9つの小さな館で取り返し、いまは同じ規模の市の中で全国の上位にいる。都の図書館が国分寺へ移ったいまも、立川は「図書館のある町」のままだ。違うのは、それがもう誰かに置いてもらったものではない、ということである。
週末に立川へ来るなら、駅の北口のデッキから中央図書館へ寄ってみるといい。旅の途中の人は本を借りられないが、4階の子どもの本の国と、2階の地域の棚は、誰にでも開かれている。
寄り道クイズの答え
答えは(A)上砂図書館。館の案内によれば、マークの猫は右手で「おいでおいで」をしている招き猫で、多くの人に来てもらえるようにという願いを込めたものだ。柴崎はたぬき、錦はけやき。
訪ねる前に
- 都心と神奈川から: 立川駅へは、新宿からJR中央線で乗り換えなしで着く。神奈川からは、川崎駅と立川駅を結ぶJR南武線で乗り換えなしで来られる。時刻と所要時間はJR東日本の公式で確かめてほしい。
- 立川市中央図書館: 立川市曙町2-36-2、ファーレ立川センタースクエアの2〜4階。JR立川駅北口から歩行者デッキでファーレ立川へ。開館時間・休館日・休館カレンダーは公式で確かめてほしい: https://www.library.tachikawa.tokyo.jp/contents?pid=32
- 9館の所在地と案内: 各館案内 https://www.library.tachikawa.tokyo.jp/menucontents?pid=31 (西砂図書館の飛行機・飛行場コーナー、多摩川図書館の空襲の記録コーナー、高松図書館のBOOK&CINEMAコーナーは各館の頁に)
- カードの作り方: https://www.library.tachikawa.tokyo.jp/contents?pid=28 / 隣の8市との相互利用: https://www.library.tachikawa.tokyo.jp/contents?pid=30
- 立川について調べる案内(12本): https://www.library.tachikawa.tokyo.jp/contents?pid=1607
- 明治・大正・昭和前期の児童文学関連雑誌の目録: https://www.library.tachikawa.tokyo.jp/contents?pid=24
- 国文学研究資料館の図書館: https://www.nijl.ac.jp/search-find/ / 国立音楽大学附属図書館(一般の人の利用): https://www.lib.kunitachi.ac.jp/riyo/riyo_gakugai/
- 組み合わせるなら: 中央図書館の地域の棚で基地の資料を読み、北口のデッキからファーレ立川の作品をめぐる(ファーレ立川の回)。雨なら、そのまま駅の二階を歩いて過ごせる(雨の日の回)。西砂図書館の飛行機の棚と、多摩川図書館の空襲の棚は、基地の歴史と空襲の回の続きとして読むとよい。
本を閉じたら、立川駅北口で
図書館で過ごす時間は、思ったより体に残る。背中を丸めて棚の下段をのぞき、閲覧席で同じ姿勢のまま一時間。本を閉じたとき、首と肩が固まっているのに気づく。
立川駅の北口から徒歩1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオでのホットヨガのほか、常温のヨガ、ピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングがあり、ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業は8時から23時30分まで、年中無休で、どの曜日も同じ時間に開いている。平日の夜、中央図書館が閉まったあとでも寄れる。
ヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。借りた本を鞄に入れたまま、身ひとつで寄れる。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp で確かめられる。
返却期限は14日後。体の方は、今夜のうちに返しておきたい。
冒頭の写真: ファーレ立川の中にある立川市中央図書館の入口。前の歩道に赤と青の彫刻が立つ。(写真: Abasaa / Public domain / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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