「水と緑のエントランス」へ──2030年度末を目指す見直し
説明会の資料は、見直しの方向をいくつも示している。どれも、令和8年4月時点の検討状況で、今後の意見を踏まえて変わりうると断ったうえでの話である。

写真: Hotate Chan / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
まず、エリアの考え方が変わった。前回は、新しい昭島口のゲート、プール跡の「親水空間」、調節池跡の「新しいレクリエーション」の3つに分けていた。見直し案では、ゲートとプール跡を一つにまとめ、「水と緑のエントランスエリア」と名前を改める。入口の機能を主役に据え、そのなかで親水の機能を一定程度確保し、水のゾーンという位置づけを受け継ぐ、という。調節池の跡地は「STEP2」に回し、整備の時期は未定とした。
次の一行に、私は目を留めた。エントランスの機能を強めるため、このエリアを無料区域にすることを検討している、とある。昭島市側と、JR西立川駅側からの人の流れを強め、西立川駅から新しいエントランスへの道も新しく整える構想が、図に描かれている。
いま、昭和記念公園で入園料なしに入れるのは、立川駅側のあけぼの口に広がる「みどりの文化ゾーン」が中心だ。もし見直し案のとおりになれば、公園の東の玄関と西の玄関の両方に、無料で入れる広場が置かれることになる。公園の両端に、ふらりと立ち寄れる縁側ができる。
役割分担も、大きく入れ替わる。資料と質疑応答によれば、次の公募では、ゲート棟や親水施設、駐車場、主な園路など、公園の基盤となる施設の大半を国が直轄で整備する予定だという。民間には、公園での滞在や体験の質を高める「集客・収益施設」を担ってもらう。広場などの整備費に対する国の負担は、8割以下から9割以下へ引き上げる予定とされた。エリアの基本計画を国が先に描き、施設の配置や規模を示してから提案を求める。前回の「おまかせ」をやめ、「たたき台」を先に出すわけだ。
民間に求める施設のイメージも、資料に書かれている。業種は特に限らない。ただ、春と秋に人が集中し、猛暑で外出が控えられ、年に数回以下しか来ない人が多い、という公園の傾向を踏まえて、一年を通じて来たくなるサービス、閑散期の利用を促すサービス、日常的に来たくなるサービスを求めたい、という。見本として並ぶ写真の中には、生成AIで作った画像が混じっていると、注記がある。役所の資料に、未来の公園の想像図をAIが描く時代になった。
予定も示されている。令和8年の秋ごろに基本計画と公募の案を公表し、民間と対話する「サウンディング調査」を行う。令和8年度末に公募を始め、供用は令和12年度末を想定する。つまり、早ければ2031年の春には、プールの跡に新しい入口が開くことになる。国の資料による予定であり、決まった話ではない。
数字で読む、昭和記念公園のこれから
- 94 — 計画面積のうち、開園している割合(%)。開園42年目の公園に、まだ「残り6%」がある。
- 1億 — 開園からの累計入園者数。2022年4月8日に突破した。日本の人口に近いが、同じ人がかなり重複している。
- 2.3 — 令和7年度の入園者に占める外国人の割合(%)。約9万人。上昇傾向にあるが、資料自身が「まだまだ割合は低い」と書いている。
- 24 — 2026年4月の現地説明会に参加した事業者の数。前回の公募の参加表明はゼロだったから、少なくとも、話を聞きに来る人は増えた。
- 3,986 — 新しい収益施設にかかる使用料(円/平方メートル、令和7年度の値)。広いお店ほど、払う額も広くなる。
- 0.5 — 民間に求める予定の「管理協力費」(売上の0.5%以上の提案額)。公園で売れたコーヒーの一部は、公園の手入れに回る。
旅人の寄り道クイズ
国の説明会の資料によれば、レインボープール跡地の隣にある調節池の跡地で「音や光を抑えた運営」が必要とされている理由は、次のどれか。
- A 近くの住宅地からの苦情を避けるため
- B 希少な猛禽類を保護するため
- C 自衛隊の飛行場の夜間訓練に配慮するため
答えは、この記事の終わり近くで。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
夜と火曜日──公園の新しい使われ方
公園のこれからは、建物だけの話ではない。使われ方そのものが変わりつつある。
一つは、さきほど書いた夜である。秋の夜散歩に30日で約33万人、夏の夜間開園。説明会の資料は、猛暑の時期など閑散期の魅力をつくること、開園時間外の取り組みを充実させることを、公園の課題としてはっきり挙げている。新しいエントランスエリアの民間施設についても、営業時間は「制限なし」、公園の開園時間外に営業する場合は、警備や戸締りなどの管理を引き継ぐ、と条件が示されている。夏の夜間運営を民間に期待する、とも書いている。
夜の公園。昔の昭和記念公園を知る人には、少し不思議な響きだろう。あのころの公式の開園時間は、夕方の閉園で一日が終わる昼の公園のものだった。これからは、夕方が始まりになる日もあるのかもしれない。
もう一つは、運動の場としての使われ方である。説明会の資料には、誰でも気軽に参加できる定期開催のプログラム「Park Fitness」の写真が並ぶ。木登りのツリーイング体験、初心者のバスケットボール教室、そしてパークヨガ。180ヘクタールの芝生の上で、朝の空気を吸いながら体を伸ばす。広さを、そのまま体の伸びしろにしてしまう使い方だ。箱根駅伝の予選会が開かれる公園でもある。走る人と、ゆっくり伸びる人が、同じ芝生を分け合っている。
そして、もう一つ、地味だが利用者には大事な変化が、資料の隅に書かれている。新しいエリアの営業条件の欄に、令和9年度以降の公園の休園日として、6月から9月と12月から2月の毎週火曜日(祝日なら翌日)、12月31日と1月1日、1月の第3月曜日から金曜日までの5日間が挙げられているのだ。いまの公式サイトの案内では、休園日は年末年始と、1月の第4月曜日とその翌日だけである。
つまり資料のとおりなら、2027年度からは、夏と冬の火曜日に公園が閉まることになる。私が調べた範囲では、一般向けの正式な告知はまだ見当たらなかった。夏と冬の火曜日に遠くから訪ねる人は、そのころになったら公式サイトの休園日を必ず確かめてほしい。昭和記念公園は、年中開いている公園から、週に一度、深呼吸をする公園に変わろうとしているのかもしれない。
外国から来た人は、どこで足を止めるのか
外国人の入園者は、令和7年度で約9万人、全体の2.3%。数字だけ見れば、まだ少ない。だが、国の再整備方針は、これまで親しんできたファミリー層や若い世代に加え、周りのまちづくりで生まれる新しい利用者や、インバウンドを含む多様な人々が安心して楽しめる公園にする、と明記している。外国からの客を、正式に「これからの来園者」として数え始めたのである。
では、海外から来た人は、この公園のどこで足を止めるのか。国の整備・管理運営プログラムには、ヒントが一行ある。日本庭園の中の盆栽苑は、国風盆栽展に並ぶような格の盆栽を展示していて、近年、外国人などに人気がある、と書かれているのだ。説明会の資料は、この盆栽苑を「初の公営盆栽展示施設」と紹介している。日本庭園のほうは、首都圏で戦後に造られたものとしては最大規模だという。
ここに、立川の人も意外と知らない、ちょっとした誇りがある。日本の役所が初めて公の施設として盆栽を見せた場所が、飛行場の跡の公園の中にあった。BONSAIという言葉は、英語でも、そのまま通じる。
海外の人に伝えたい実用の情報もある。公園の英語の名前は「Showa Kinen Park」。公式サイトの言語の切り替えでは、英語、中国語(簡体字)、韓国語の自動翻訳を選べる。事業評価の資料によれば、立川口、西立川口、砂川口のゲートでは、Suicaなどの交通系電子マネーでそのまま入園できる。切符を買わずに、駅の改札と同じ要領で公園に入れるわけだ。JR立川駅の駅ナカ、エキュート立川の3階には、東京都の観光案内窓口の一つがあり、23区の外ではここが唯一だと、東京都の観光公式サイトの一覧から読み取れる。
海外の旅行者が驚くとすれば、たぶん広さだろう。都心から電車で一本の場所に、東京ドーム何十個分もの芝生と森が広がり、そのなかに、盆栽と、戦後最大の日本庭園と、農村の風景を再現した里がある。しかも、そのすべてが、かつての軍の飛行場の上にある。ガイドブックの一行では、この重なり方は伝わらない。
私の見立て──「未完の6%」が、公園の未来を決める
ここからは、資料ではなく、私の見立てである。
昭和記念公園の「これから」を決めるのは、すでに完成した94%ではなく、残りの6%だと思う。理由は、資料に書かれた課題の並びにある。駐車場の満車、二つのゲートへの集中、季節と場所の偏り、猛暑。どれも、公園の東側に人が集まりすぎていることの、別の顔である。西の端に、無料で入れる二つ目の玄関ができ、夏の水辺が戻り、夜にも開く場所が生まれれば、人の流れは東と西に分かれる。6%の工事が、残りの94%の居心地まで変えることになる。
もちろん、楽観はできない。前回の公募は参加表明ゼロに終わり、資材の値段も人手不足も、すぐには解消しないだろう。国の負担を増やすということは、税金の使い道としての議論も避けられない。猛禽類の静けさと、人のにぎわいを、どう両立させるのか。答えは、まだ誰も持っていない。
それでも、私は少しだけ明るい気持ちで資料を閉じた。前回の失敗の理由を、国が自分の言葉で書き、民間の話を聞く場を開き、そこに24の事業者が集まった。説明会の資料の最後には、「緑の回復と人間性の向上」というこの公園の使命に共感してくれる人とともに、公園づくりを進めたい、と書かれている。公園は、作り直されるたびに、使命を思い出すものらしい。
もう一つ、忘れてはならない役目がある。この公園は、立川市と昭島市の広域避難場所であり、立川市の帰宅困難者の一時滞在施設でもある。2011年3月11日の東日本大震災の夜には、最大で約1,000人の帰宅困難者を受け入れ、約600人が翌朝まで過ごした。新しいエントランスについても、国の再整備方針は、災害時の避難場所としての機能に留意した広場空間を求めている。にぎわいの玄関は、非常のときには、逃げこむための玄関にもなる。
寄り道クイズの答え
答えは(B)希少な猛禽類を保護するため。国の説明会の資料は、前回の公募が中止になった要因の一つとして、調節池の跡地では希少な猛禽類を守るために、音や光を抑えた運営が必要なことを挙げている。都心から電車で来られる公園の西の端で、静けさを必要とする鳥が暮らしている。
訪ねる前に
- 都心からは、JR中央線で新宿から乗り換えなしで立川駅へ。神奈川からは、JR南武線が川崎駅と立川駅を結んでいて、乗り換えなしで来られる。時刻と所要時間はJR東日本の公式で確かめてほしい。
- 国営昭和記念公園は東京都立川市と昭島市にまたがる。JR立川駅北口からあけぼの口まで徒歩約10分、多摩都市モノレール立川北駅からあけぼの口まで約8分。西立川口はJR青梅線西立川駅から約2分、昭島口はJR青梅線東中神駅から約10分(いずれも公式サイトのアクセス案内による)。レインボープール跡地と、これから再整備される昭島口周辺は、公園の西の端にあたる。
- プールの跡地は解体と撤去の工事中で、新しいエントランスの姿は、令和8年秋ごろに公表予定の基本計画で示される見込み(国の説明会資料による)。
- 開園時間・入園料・休園日は変わることがあり、令和9年度以降は休園日が変わる可能性がある(上の節を参照)。最新は公式サイトで確かめてほしい: https://www.showakinen-koen.jp/
- 公式サイトは、上部の言語の切り替えで英語・中国語(簡体字)・韓国語の自動翻訳に切り替えられる(英語名 Showa Kinen Park)。
- 再整備の公式の情報は、国営昭和記念公園事務所の頁にまとめられている: https://www.ktr.mlit.go.jp/showa/showa_00298.html
- 組み合わせるなら: 公園の歩き方の全体は特集の昭和記念公園の回、プールの来歴と夏の水辺は夏の回で。公園の東隣にはGREEN SPRINGSがあり、立川駅北口からの行き帰りにそのまま歩ける。
歩いたあとは、立川駅北口で
昭和記念公園を端から端まで歩けば、180ヘクタールの広さは、そのまま脚の重さになって残る。駅へ戻るころには、ふくらはぎがすっかり張っているだろう。
立川駅の北口から徒歩1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオで行うホットヨガのスタジオだ。常温のヨガやピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもあり、ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業は8時から23時30分まで、年中無休で、曜日による違いはない。公園の閉園時刻を過ぎても、まだ十分に間に合う。
ヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。公園帰りのリュックひとつで寄れる。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp で確かめられる。
公園は、2030年度の完成に向けて、まだ少しずつ育っている。歩いた体も、伸ばしてやれば、また明日の分だけ育つ。
冒頭の写真: 国営昭和記念公園のみんなの原っぱ。秋晴れの芝生に、大きな木と散策する人々が点々と見える。(写真: Carles Tomás Martí / CC BY 3.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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