立川で生まれる仕事──開業率は多摩26市で一番
立川市の産業振興計画には、さらりと書かれているが、市民が知っておいていい一行がある。立川の開業率は、近隣の自治体と比べて高い水準を保っていて、平成28年(2016)から令和3年(2021)にかけては、多摩26市の中で1番高い開業率になっている、というのだ。計画はその背景を、創業に関する支援機関が充実していることにあると見ている。
その支援の仕組みを、順にたどってみる。
始まりは平成24年(2012)だ。この年、「たちかわ創業応援プロジェクト」が発足した。いまは立川市、立川商工会議所、多摩信用金庫、日本政策金融公庫立川支店、立川市社会福祉協議会、東京都中小企業振興公社(TOKYO創業ステーションTAMA)、西武信用金庫の7機関が連携協定を結び、立川で創業する人、立川で最近創業した人を支えている。役所と商工会議所と信用金庫と政府系の金融機関と福祉の団体が、一つの起業家を囲む。創業する側から見れば、どの窓口から入っても、ほかの窓口につないでもらえる。
令和2年(2020)には、東京都と東京都中小企業振興公社が「TOKYO創業ステーションTAMA」を開いた。場所は、立飛の土地にできた街、GREEN SPRINGSのE2棟の3階。公式の頁によれば、都内で起業を予定する人に、事業計画書の策定支援、資金調達や税務の専門相談、テストマーケティングの支援を、すべて無料で提供している。多摩の商業施設で試しに売ってみる「仮説検証の場」まである。飛行場の跡地のガラス張りの建物で、毎日、誰かの事業計画が書き直されている。
信用金庫も、場所を開いている。多摩信用金庫の「me:rise立川」は、コワーキングスペースとインキュベーションオフィスを兼ねた交流拠点で、ブース席22席、1名用の個室8室、インキュベーション用の個室が10室以上ある。市の計画によれば、立川市内に本店を置く信用金庫は、令和7年(2025)10月に、多摩の創業期、成長期、事業承継期の事業者を対象にしたファンドを設け、投資を通じた支援を始めた。お金を貸すだけでなく、事業に出資して一緒に育てる。地域の金融機関の仕事が、一歩前へ出ている。
駅の南には、もう少し小さな挑戦の場がある。柴崎町のチャレンジショップ「コラボ」は、市と立川商工会議所が運営する施設で、平成15年(2003)に商工会議所が開設した。起業に挑む人に、原則1年以内、低い家賃で店を貸す。令和8年度の入店者の一つは、世界各国で人気のボードゲームができるカフェだという。1年で巣立つことが前提の店。卒業式のある商店街である。
人前で事業を語る場も増えた。立川商工会議所のイノベーション創出委員会は、ピッチイベント「TACHIKAWA Innovation Match」を開いている。第3回は令和8年(2026)12月10日が本番で、社会や企業の課題の解決につながる新しい事業や商品、サービスを募っている。分野は、ものづくり、観光、福祉、教育、文化・クリエイティブ、デジタルと問わない。既存の会社の新規事業や個人事業主も歓迎だという。商工会議所はこの先に「Innovation Farm TACHIKAWA」という将来像を描き、中小企業も大企業も大学も行政もフリーランスも学生もシニアも、立川に関わる人がみな新しい価値を生み出し続ける環境を目指すと掲げている。実証実験の誘致や、規制の緩和にも取り組むと書く。農場と名づけたのは、たぶん、うどの都内一の産地だからではないと思うが、少しだけそう思いたい。
そして、ごく最近、世界へ出る窓口もできた。令和8年(2026)9月30日、立川市中央図書館2階のビジネス支援コーナーに、日本貿易振興機構(ジェトロ)の専門相談員が海外展開を相談に乗る窓口が開いた。相談は無料で、原則として毎週水曜日と木曜日。開所の記念セミナーの題は「越境EC市場の動向と公的支援」だった。図書館の本棚の脇で、輸出の相談をする。立川の中小企業が世界で売る話は、本を借りるついでに始められる。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
市の産業振興計画が描く未来──スタートアップの生態系と、まだ無い拠点
立川市は令和8年(2026)、新しく産業振興計画をつくった。期間は令和8年度から令和11年度までの4年間。目的は、多様な産業の集積を生かし、地域経済の活性化やイノベーション創出を推進し、一層の産業発展を支えること、とある。

写真: Altomarina / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
計画は三つの基本方針を立てる。イノベーションの創出と魅力ある創業環境づくり、事業者や来訪者が集い活力を生み出す場づくり、持続的発展に向けた経営基盤づくり。施策は、イノベーションの推進、創業支援の強化、産業集積の維持・発展、商業の活性化、経営力強化の推進、多様な人が活躍できる環境づくりの六つだ。
いちばん目を引くのは、スタートアップの扱いである。計画は、産学官のさまざまな支援機関のネットワークを生かした「立川市版スタートアップ・エコシステム」を構築し、スタートアップの増加と地域経済の活性化を図ると書く。スタートアップや大企業、投資家、大学などの研究機関が集まり、自然の生態系のように共存して、先端産業を育てる環境のことだという。そして一行、こう続ける。将来的には、イノベーション・スタートアップ支援のシンボルとなる拠点の整備を目指す。
まだ無い建物の話だ。どこに、いつ、どんな姿で建つのか、計画には書かれていない。だから、これは確定した予定ではない。だが、市が「目指す」と文字にしたことは、覚えておいていい。計画は参考として、東京都が都心に開いたスタートアップの支援拠点「Tokyo Innovation Base」を紹介している。都心にあるものを、多摩の真ん中にも。そう読める。
伸ばしたい産業の名前も、計画は挙げている。経済産業省が世界的に成長が見込めるとする、コンテンツ産業を中核としたエンタメ・クリエイティブ産業だ。映像、アニメ、ゲーム、出版、音楽、ファッション、アート、デザイン、食、伝統工芸品。駅前にゲーム会社があり、アニメの学園都市のモチーフで、109点の美術が街に立つ立川にとって、これは身の丈に合った目標だと思う。計画は、情報通信業や学術研究、専門・技術サービス業といった知識集約型の産業についても、まだ集まる余地があると書いている。
交通も変わる。計画によれば、2030年代には多摩モノレールの上北台から箱根ヶ崎までの延伸が予定されている。多摩の人の流れが大きく変わることが想定される、と計画は書く。モノレールの北の終点が延びれば、立川へ通う人の範囲も広がる。
計画の成果を測る物差しは、意外に地味だ。法人市民税を納める義務のある法人などの数を、令和6年度の7,370者から、令和11年度には7,640者にする。4年で270者。数字としては控えめだが、会社の数が増えることを目標の真ん中に置いた点は、はっきりしている。参考として、純付加価値額、昼夜間人口比率、事業所数、従業者数も見ていくという。
計画が自分で書いた弱点
この計画のよいところは、自分の弱点を数字で書いていることだ。
まず、働く人の伸びが鈍い。事業所の数は全国や多摩の平均より伸びているのに、従業者の数の増え方は、令和3年の時点で全国や多摩より低い。
ものづくりは細っている。製造業の事業所は令和3年で248、従業者は5,267人で、どちらも減る傾向にある。工業用地の面積は、30年前の半分以下になった。工場の跡が住宅になり、工場と住宅が混じり合う場所も出てきた。
駅前にも変化がある。立川駅の周り、曙町や柴崎町、錦町の商業地域では、商業用の床面積こそ保たれているものの、土地の使い方は少しずつ集合住宅に変わっている。核になる商業の機能が、長い目で見ると弱まるおそれがある、と計画は書く。買い物客を外から呼ぶ力を示す小売吸引力指数も、平成6年(1994)からずっと1.0を超えてきたが、平成28年から令和3年にかけて下がった。
大学や研究所との距離もある。近くに大学や研究機関がたくさんあるのに、市内の事業者で、大学との連携のしやすさを「評価している」と答えたのは1割に満たず、3割を超える事業者が「評価していない」と答えた。南極と統計の研究所が隣にあっても、町の会社の相談相手にはまだなっていない。
市の支援策そのものの知名度も、高くはない。融資のあっせん制度を知っている事業者は4割を超えたが、ほかの施策はどれも3割を下回る。事業を継ぐことに課題があると答えた事業者は36.2%で、その中身は「後継者の育成」が6割を超える。開業率が高い街でも、続けることと継ぐことには、別の難しさがある。
これだけ正直に弱点を並べた計画は、読んでいて信用できる。直すべき場所が書いてあるということは、直す気があるということだからだ。
私の見立て──「通う街」から「始める街」へ
ここから先は、私の見立てである。
立川はこれまで、人が「通う」街だった。多摩じゅうから人が通い、支店に勤め、買い物をして帰る。昼夜間人口比率の1位は、その通う力の勲章だ。
これからの立川は、人が何かを「始める」街になれるかどうかが問われるのだと思う。その下地は、思ったよりそろっている。開業率は多摩26市で1位。創業の窓口が7つの機関で手を組み、都の創業支援の拠点がGREEN SPRINGSにあり、信用金庫がファンドをつくり、商工会議所がピッチの舞台を用意し、図書館で輸出の相談ができる。足りないのは、市の計画自身が書いているとおり、それを一つの場所で見せる「シンボル」なのだろう。
もう一つの手札は、通ってくる人そのものだと思う。毎朝2万4千人あまりが、立川の外から来る。研究所には日本語や統計や南極の専門家が、駅前のビルにはゲームをつくる人が、支店には多摩じゅうを歩く営業の人がいる。その人たちが昼休みに同じ店で隣り合い、ふとした会話から何かを始める。生態系という言葉は、たぶん、そういう偶然の数を増やすことを指している。
そして、外へ開く目。基地の時代、立川は英語の看板の下で働く街だった。いま、図書館の2階で越境ECの相談ができ、研究所に海外の研究者が泊まり、駅前で生まれたゲームが北米と欧州で売られている。働くことを通じて世界とつながる、という意味では、この街は案外、昔から国際都市だったのかもしれない。
夜より昼に人が多い街。その昼の人たちの中から、次の立川の仕事が生まれてくる。
寄り道クイズの答え
答えは(A)Innovation Farm TACHIKAWA。立川市の産業振興計画に載る立川商工会議所の「2023ビジョン」によれば、立川を中心とする広域都市圏でイノベーションが次々と生まれる肥沃な生態系を目指し、その将来像を「Innovation Farm TACHIKAWA」と名づけた。
訪ねる前に
- 立川市産業振興計画(令和8年度〜令和11年度。本編・概要版): https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisei/sesaku/1024458/1024465/1026920.html
- 立川市の創業支援窓口(たちかわ創業応援プロジェクトの7機関の連絡先): https://www.city.tachikawa.lg.jp/sangyo/shokogyo/1003810/1023318.html
- TOKYO創業ステーションTAMA Planning Port: 立川市緑町3-1 GREEN SPRINGS E2 3階。多摩モノレールの立川北駅から徒歩約4分、JR立川駅から徒歩約8分(GREEN SPRINGSの案内による)。開いている曜日と時間は限られるので公式で確かめてほしい: https://startup-station.jp/tn/
- 海外展開サポート窓口(ジェトロ): 立川市中央図書館2階 ビジネス支援コーナー、原則毎週水曜・木曜。最新は市の頁で: https://www.city.tachikawa.lg.jp/sangyo/shokogyo/1003806/1028310.html
- 創業イベント(ピッチイベント、セミナー)の最新情報: https://www.city.tachikawa.lg.jp/sangyo/shokogyo/1003810/1003836/index.html
- 都心からは、JR中央線で新宿から乗り換えなしで立川駅へ。神奈川からは、JR南武線が川崎駅と立川駅を乗り換えなしで結ぶ。
- 組み合わせるなら: GREEN SPRINGSとファーレ立川(駅の北側を歩いて回れる)、緑町の研究所街の一角にある南極・北極科学館。開館日は公式で確かめてほしい。
働いたあとは、駅の北口で
立川で働く人の一日は、たいてい駅から始まり、駅で終わる。朝は北口のデッキを渡り、夕方には同じデッキを戻る。肩と首には、パソコンの画面を見続けた一日がそのまま残っている。
立川駅の北口から徒歩1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオで行うホットヨガのスタジオだ。常温のヨガやピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもあり、ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業は8時から23時30分まで、年中無休で、曜日による違いはない。始業前の朝にも、残業のあとの夜にも、寄れる時間がある。
ヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。仕事の鞄ひとつで寄れる。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp で確かめられる。
昼の人口が夜より多い街で、昼の終わりに一度、呼吸を整える。明日もまた、2万4千人と一緒に、この駅に降りるのだから。
冒頭の写真: 基地の跡地に生まれた業務地区ファーレ立川に建つパレスホテル立川。左にはガラス張りのビルがのぞく。(写真: Abasaa / Public domain / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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