
宮島達男の「Luna」は、時間を数えている
宮島達男の「Luna」は、公式サイトによれば換気塔だ。発光ダイオードとプラスチックでできた面が2面ずつあり、大きな面は3.6メートル四方ほどある。そこに144個の数字の表示が並び、それぞれが1から9までを繰り返し数えている。数える速さはまちまちで、10分の1秒ごとに進むものもあれば、1時間にひとつしか進まないものもある。
宮島は1957年に東京で生まれ、1987年から発光ダイオードを使った作品をつくっている。1999年にはヴェネツィア・ビエンナーレの日本代表を務めた。
1時間にひとつしか進まない数字。その前に立っていても、それが動く瞬間に立ち会えるかどうかはわからない。立ち会うまで待てるほど、私は気が長くない。速い数字を目で追っていると、隣の遅い数字が急に重たく見えてくる。そのあいだも換気塔は、地下の空気を黙って吐き出し続けている。ただし、2019年の『美術手帖』の記事は、この作品に電気がついておらず、本来の姿で見られないと伝えていた。いま数字が灯っているかどうかは、訪ねる前に公式サイトやガイドで確かめておきたい。
旅人の寄り道クイズ
「Luna」の144の表示が数える数字のうち、決して現れない数字はどれか。
- A 0
- B 5
- C 9
答えは、この記事の終わり近くで。
時間をあつかう作品は、ほかにもある。河口龍夫の作品は、木に添えられた「つけ文」の形をしている。その名は「関係-未来・2132年」「関係-未来・2155年」「関係-未来・2157年」。宛先は、私たちが誰ひとり生きていない未来の年である。返事は、当然ながら、まだ来ていない。同じ『美術手帖』の記事によれば、この作品はもともと3本の木に掛けた3つの鉄の輪だったが、2019年の時点で残っていたのは、いちばん小さい2132年の輪だけだったという。未来への手紙のうち二通は、未来に着く前に姿を消した。
街の守り神のような作品もある。エステル・アルバルダネの「タチカワの女たち」は、一覧に道祖神と記され、街の中にいくつも立っている。ゲオルギー・チャプカノフの「立川の動物たち」も道祖神で、馬と羊と犬がいる。道祖神は、村の境や辻に置かれて、外から来るものをさえぎり、旅人を守るとされてきた。基地の跡地に生まれた新しい街の辻に、スペインやブルガリアの作家がつくった道祖神が立っている。
足元にも、頭の上にも作品がある。坂口寛敏の「バーコード・ブリッジ」はペデストリアンデッキの歩道そのものだ。フェリーチェ・ヴァリーニの「屋上の円」はペントハウスのサインで、同じ作家の「背中あわせの円」はデッキのサインになっている。おかげで作品を探して歩く人間は、上を見たり下を見たり、首を振り続けることになる。はたから見れば、道に迷った旅行者である。私の場合、実際に迷っていることもあるので、見分けがつかない。
作品の話はこれくらいにしよう。109点を前にして、旅人がいちばん知りたいのは、結局のところ、どこから歩けばいいのか、である。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
ファーレ立川アートの回り方──4つの区画を、どこから歩くか
まず、地図を手に入れる。公式サイトによれば、ファーレ立川のアートマップは4枚1組で、街を4つのゾーンに色分けし、表に作品の場所、裏にそのゾーンの作品の写真と説明を載せている。全109点が載っていて、無料で配られている。公式サイトからPDFで落とすこともできる。配布場所の一覧には、立川髙島屋S.C.の2階受付カウンター、立川市女性総合センター・アイムの1階受付、立川タクロス1階の立川市観光案内コーナー、GREEN SPRINGSのインフォメーションセンター、エキュート立川3階の東京都観光情報センター多摩などが並ぶ。
なぜ地図が要るのか。ファーレ立川の作品には、ふつう説明の札がない。2019年の『美術手帖』の記事によれば、キャプションがあるのは例外的な作品だけだ。何も知らずに歩けば、作品は換気口のまま、車止めのままで終わる。立川市図書館の資料によれば、スマートフォン向けの無料アプリ「ファーレ立川アートナビ」もあり、作品に近づくと解説が自動で表示される。札のない美術館を、案内つきの美術館に変える道具である。
地図を広げると、色分けの意味がわかる。JR立川駅に近い南西が赤、その北の北西が緑、さらに東の北東が橙、駅に近い南東が青。私が勧めたいのは、駅から北へ歩き、時計回りに巡る道だ。これは公式の推奨ではなく、地図を見て私が組んだ順番である。
最初は南西の赤の区画。立川タカシマヤ、立川TMビル、パレスホテル立川ビルの周りだ。地図では、ニキ・ド・サンファルのベンチ、ジャン=ピエール・レイノーのカフェテラス、ラウシェンバーグの駐輪場のネオン、宮島達男の「Luna」が、この区画にまとまっている。歩き始めてすぐ、有名作家の作品に続けて会えるので、ここだけ歩いて帰っても、話の種には困らない。
次に、坂口寛敏の「バーコード・ブリッジ」、つまりペデストリアンデッキの歩道そのものを渡って、北西の緑の区画へ入る。損保ジャパンのビル、中央図書館、女性総合センターの周りで、アニッシュ・カプーアの「山」、ジョナサン・ボロフスキーの「ブリーフケースをもった男」、チャプカノフの羊がいる。ドナルド・ジャッドの壁の彫刻も、地図ではこの区画にある。遺作の前では、少し歩く速さを落としたい。
それから東へ、北東の橙の区画。ファーレイーストビルやA-ONEビルの周りに、オルデンバーグの「リップスティック」とチャプカノフの馬がいる。地図には、作品を見る位置が目の印で描かれている作品がある。フェリーチェ・ヴァリーニの「屋上の円」と「背中あわせの円」がそうだ。その印の場所に立って見上げることを勧める。印のない場所から眺めても、何がどう円なのか分からない。私は分からなかった側の人間として、これを書いている。
最後は南へ下りながら、コアシティ立川の南側に並ぶ車止めの列と、ヴィト・アコンチの車止めを見て、南東の青の区画へ入る。立川ビジネスセンタービルや東京建物ファーレ立川ビルの周りには、チャプカノフの犬と、もうひとつの車止めの列がある。緑川通り沿いに7枚並ぶ長澤伸穂のトンボヒコーキを踏まないように、いや、踏んでもいいのだが、せめて足元を見てから、駅へ戻る。
全部でどのくらいかかるのか。ファーレ倶楽部が毎年10月13日に開くオープン記念日ツアーは、全109点を約3時間で巡る。109点すべてを見るなら、それが目安になる。急ぐ旅なら、赤の区画だけで有名作家に会える。時間のある旅なら、色をひとつずつ足していけばいい。
だが、これだけの作品が、30年以上も雨と排気にさらされて、なぜ今も街に立っていられるのか。答えは、雑巾を持った人たちにある。

磨く人がいて、作品は街に残る
公式サイトによれば、1997年に市民のボランティア団体「ファーレ倶楽部」が結成された。アートのガイドや清掃、ワークショップを行い、2万人以上を案内してきた。アートフロントギャラリーの記録によれば、2002年からは「ファーレ立川ぴかぴかアートプログラム」が始まり、作品の清掃と作家によるワークショップが続けられてきた。2005年からは10年ごとに、作品の修復と再生の事業が行われている。
公式サイトによれば、ガイドを務めるファーレ倶楽部のメンバーは約40名いる。ツアーにはいくつかの種類があり、毎年10月13日のオープン記念日ツアーのほか、毎年6月の夏至の日には、夏至の日にだけ見られる仕掛けをもつ作品を中心に巡るツアーがある。夏には夜に点灯する作品を中心にしたナイトツアーや夕涼みツアーが不定期に開かれ、3月と10月にはミュージアム・デーのセレクトツアーがある。依頼に応じたアレンジツアーは1名からでも受けるという。一年に一日だけ本当の姿を見せる作品が、駅前にある。その日を狙って立川へ来る理由が、ひとつ増える。
2008年からは、ファーレ立川アート鑑賞教室が始まった。公式サイトによれば、市立小学校全19校の5年生(一部は6年生)が、ファーレ倶楽部の案内で約40の作品を鑑賞する。以来、毎年続いている。2016年には、立川市と作品を所有するビルのオーナー、ファーレ倶楽部によってアート管理委員会が発足した。立川市によれば、この委員会は管理、修復、清掃だけでなく、写真コンテストやミュージアム・デーの開催にも取り組んでいる。ミュージアム・デーは春と秋の年2回開かれる。
資料も街の中に集まっている。立川市図書館の郷土資料の案内によれば、ファーレ立川の中にある中央図書館は、ファーレ立川の関連資料を特別コレクションとして一か所に集めている。1995年から1999年まで市の広報紙「広報たちかわ」に91回にわたって連載された「ファーレ立川のアートたち」の写しもあり、3階のレファレンス室には、作家ごとの経歴や代表作をまとめたファイルまである。作品の街のまんなかに、作品の図書室がある。
一方で、立川市は作品がキズつけられ、落書きされる被害にあっていることも伝えている。修繕したばかりの作品が被害を受けたこともあったという。
立川の市立小学校に通った子どもは、5年生になると、この街の美術を一度は案内される。2008年の最初の5年生は、もう30歳近い。彼らにとって、駅前の換気口が美術であることは当たり前のことだ。その当たり前を、私は少しうらやましく思う。
そろそろ、冒頭の問いに答えを出さなければならない。
車止めが美術でなければならなかった理由
なぜ、車止めは杭ではいけなかったのか。
資料をたどって見えてきた答えの半分は、こうだ。北川フラムは、街を森に見立て、機能を美術にすると決めた。ふだん誰からも見られない換気口や車止めこそ、街を動かしている本体である。そこに作家の手を入れれば、歩く人は街のつくりそのものに気づく。アコンチの作品のように、役目を果たしながら役目を疑う装置にもなる。
だが、もう半分は、私にはこう見える。ここは長いあいだ、金網の向こう側の土地だった。立ち入れない土地が返されたとき、人が最初に必要としたのは、入ってよい、座ってよい、見上げてよいという合図だったのではないか。座れるベンチ、辻に立つ道祖神、見る位置まで地図に描かれた看板。
公式のアートマップの片隅に、北川フラムの短い文章が載っている。作家たちは鳥が棲み家を見つけるように、車路の壁や歩道の舗石、排気口、サイン、照明、車止めといった機能を探して作品をつくった、とある。そして、こう続く。見るだけでなく、触ってください。ひとつひとつの作品は必死にささやいている、「友だちになって」と。
地図の言葉を読んで、私の推測は半分だけ裏づけられた。109の作品は、金網の外し方を109通りに考えた結果だったのだ。もちろん、触れることと傷つけることは違う。立川市が落書きや傷の被害を訴えているのは、友だちに対する扱いとしては、あまりにひどいからだろう。残りの半分は、ニキのベンチに座って、それぞれが考えればいい。
冒頭で、立川の駅前に何があるかと聞かれて即答できる人は多くない、と書いた。いまなら答えられる。36の国と地域の92人の作家による109点の美術が、車を止め、空気を入れ替え、人を座らせている。ミニマリズムの巨匠ドナルド・ジャッドの遺作がある。一年に一日、夏至の日にだけ姿を見せる仕掛けがある。市立小学校19校の5年生が、毎年この街で美術を習う。そして、それを30年近く守ってきた市民がいる。駅前の答えとしては、十分すぎるほどだ。
ひと巡りしてデッキへ戻ると、上を見て、下を見て、また上を見ていたせいで、肩がこわばっている。いつもと違う体の使い方をしていたのだ。
新宿から中央線で乗り換えなし、川崎からなら南武線の終点。改札から3分歩けば、世界の作家たちの作品が、入館料も閉館時間もなしに待っている。30年近く雑巾を手に作品を磨いてきた市民のおかげで、ニキのベンチは今日も座れる。週末に一度、知らずに座りに来て、知ってから帰ってほしい。
寄り道クイズの答え
答えはA、0である。公式サイトによれば、「Luna」の144の表示は、それぞれ1から9までを繰り返し数え、0は表示されない。ゼロのない時計が、駅前で空気を入れ替えている。

訪ねる前に
- 都心からは、JR中央線で新宿から乗り換えなしで立川駅へ。神奈川からは、JR南武線が川崎駅と立川駅を結んでいて(全長35.5km)、乗り換えなしで来られる。横浜方面からは、横浜線で八王子へ出て中央線に乗り換える道もある。時刻と所要時間は JR東日本の公式で確かめてほしい。
- 場所と行き方: ファーレ立川はJR立川駅北口、多摩都市モノレール立川北駅から歩行者デッキで直結。徒歩でJR立川駅北口から3分、立川北駅から2分(ファーレ立川アートの公式サイトによる)。北口のデッキを北へ進めば、すぐに南西の区画に入る
- 所要時間: 全109点を巡るファーレ倶楽部のオープン記念日ツアー(毎年10月13日)は約3時間(公式サイト)。一部だけなら、本文の4つの区画のどれかに絞るとよい
- アートマップ: 4枚1組・全109点・無料。公式サイトでPDFも見られる。配布は立川市観光案内コーナー(立川タクロス1階)、立川髙島屋S.C. 2階受付カウンター、立川市女性総合センター・アイム1階受付、GREEN SPRINGSのインフォメーションセンター、東京都観光情報センター多摩(エキュート立川3階)など(公式の設置場所一覧による。最新は公式で)
- 案内の道具: 作品には説明の札がほとんどない。無料アプリ「ファーレ立川アートナビ」は作品に近づくと解説を表示する(立川市図書館の資料による)
- ガイドツアー: 10月13日のオープン記念日ツアー、6月の夏至の日ツアー、夏の夜のツアー、3月と10月のミュージアム・デーのツアー、1名から頼めるアレンジツアーがある。申込はファーレ倶楽部の公式サイトから。日程と申込方法は https://www.faretart.jp/art-tour/program/ で確かめてほしい
- 調べるなら: 立川市中央図書館(ファーレ立川の中にある)の特別コレクション。作家ごとの資料ファイルもある
- 組み合わせて回るなら: 立川駅北口から徒歩約8分のGREEN SPRINGS、立川北駅から乗る多摩モノレール、あけぼの口まで立川駅北口から約10分の国営昭和記念公園。特集の「GREEN SPRINGS」「多摩モノレール」「昭和記念公園」の回とあわせて読むと、基地の跡地の一日がつながる
- ファーレ立川アート 公式サイト: https://www.faretart.jp/ (作品の解説、アートマップ、ツアーの予定は公式サイトで最新を確かめてほしい)
- アートマップ: https://www.faretart.jp/art-tour/art-map/
- 作品一覧: https://www.faretart.jp/art/ / 立川市の作品一覧: https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/bunka/1003079/1003104/1003121.html
- 作品は屋外にあり、無料で見られる。作品に傷をつけたり落書きをしたりしないよう、立川市が呼びかけている
作品を見たあとは、立川駅北口で
ファーレ立川の作品めぐりは、思いのほか首と肩を使う。上を見て、下を見て、ビルのあいだを行きつ戻りつするからだ。歩き終えたあと、その体をほぐしておきたいなら、立川駅北口から歩いて1分の場所にオンザショア立川店がある。東京都立川市曙町2-14-10、エトロワビルの3階だ。
ここは溶岩ホットヨガのスタジオで、溶岩のプレートを敷いたスタジオでヨガをする。ほかに常温のヨガ、ピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもある。ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業時間は8時から23時30分まで、年中無休で、どの曜日も同じ時間に開いている。朝に作品を見て歩き、そのままレッスンに入ることもできるし、夜、明かりのついた作品を眺めてから立ち寄ることもできる。
初めての人には、税込1,980円のヨガの体験レッスンがある。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれている。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
- オンザショア: https://ontheshore.jp/
- 料金: https://ontheshore.jp/price/
- 体験の予約: https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp
駅へ戻るデッキの下で、144の数字は今も、0を一度も数えないまま、それぞれの速さで時を刻んでいる。
冒頭の写真: 上から見たファーレ立川の歩行者道。赤い大きな植木鉢の向こうを、モノレールが渡る(写真: RuinDig/Yuki Uchida / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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