立川防災館と立川広域防災基地を歩く──首都の予備の頭脳は、なぜ立川にあるのか

予備の頭脳、立川防災合同庁舎

内閣府の年表によれば、災害対策本部の予備施設は、昭和63年9月にⅠ期の工事として本館が完成し、平成10年10月にⅡ期の工事として新館が完成した。そのあいだの平成7年1月には、阪神・淡路大震災が起きている。

門の外から見た、国の災害対策本部予備施設の白い建物と木々(2016年撮影)
門の外から見た、国の災害対策本部予備施設の白い建物と木々(2016年撮影)
写真: Doricono / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

建物は、国土交通省関東地方整備局の甲武営繕事務所が入る立川防災合同庁舎の中にある。甲武営繕事務所のページは、自らが入居する庁舎を、内閣府の立川災害対策本部予備施設が入る建物として紹介している。営繕事務所とは、国の建物を建てたり直したりする役所だ。国の建物を守る役所と、国の司令塔の予備が、同じ屋根の下にいる。

仕組みは、内閣府の説明がいちばんわかりやすい。災害の規模によって、国は災害対策基本法に基づく非常災害対策本部を置く。著しく異常で激甚な災害が起きた場合には、内閣総理大臣を本部長とし、すべての国務大臣を本部員とする緊急災害対策本部を置く。首都直下地震などのときの置き場所は、平成15年11月21日の閣議了解で、被災の状況を見ながら、一に首相官邸、二に内閣府、三に防衛省の順と決められた。そして、これらの施設が大きな被害を受けて本部を動かせないときに、立川の予備施設に政府の災害対策本部が置かれる。

平成13年版の防災白書は、その体制を具体的に書いている。予備施設は、首都直下地震などで官邸や内閣府、当時の防衛庁の中央指揮所が使えないときに、速やかに政府の緊急災害対策本部を設置し、運営できるように整えられている。約500人に及ぶ参集要員が1週間執務できる体制だという。さらに、本部が置かれるときに直ちに準備ができるよう、休日を含めて24時間、要員を配置している。

平成22年の内閣府の資料には、地震が起きた直後の動きも書かれている。まず、24時間体制で配置されている警備員が施設を点検する。さらに3名の警備員が駆けつけて、施設を点検し、本部を立ち上げる準備をする。国の予備の頭脳を、最初に起こすのは警備員なのだ。大臣たちが都心から移ってくるまでのあいだ、この建物の灯りを守るのは、名前の出ない人たちである。この一文は、白書のどの数字よりも重い。

訓練も重ねられている。内閣府は平成29年10月4日、首都直下地震を想定して、立川広域防災基地の周辺で中央省庁の災害対策本部の設置を準備する訓練を行った。参加したのは22の府省など。想定は、前日の10月3日午前10時ごろ、東京湾北部を震源とするマグニチュード7.3、最大震度7の地震が起きたというものだった。官邸の機能が立川へ移ることに備えて、各省庁の設営チームが立川の代替庁舎へ移動し、緊急通行車両の標章の交付を受け、本部の設置を準備した。訓練の会場には、予備施設のほかに、警視庁の多摩総合庁舎も使われている。

この筋書きを、映画で見たことのある人は多いかもしれない。2016年の映画『シン・ゴジラ』では、都心を襲われた政府が、官邸の機能を立川広域防災基地の中の災害対策本部予備施設へ移す。主人公たちが新しい本部で再起をはかる場面の撮影には、実際の予備施設が使われたことが、ウィキメディア・コモンズの写真の分類などからわかる。現実の想定を、虚構の怪獣が先に試してみせたわけだ。首都の予備の頭脳の在りかを多くの人に教えたのは、白書ではなく怪獣だった。

ここで、ひとつ気になることがある。国の予備の中枢がこの基地にあるのはわかった。では、ほかの機関は、何のためにここに集まっているのか。基地の地図を眺めていると、首をかしげたくなる名前が一つある。

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海のない街の、海上保安庁

陸上自衛隊立川駐屯地には、ヘリコプターを持つ東部方面航空隊がいる。警視庁の多摩総合庁舎には、第八方面本部、第八方面交通機動隊、第八方面自動車警ら隊、第三機動捜査隊、通信指令本部の多摩指令センターが入る。そのほか、警視庁の第四機動隊、総合訓練所、立川警察署。東京消防庁は、先に書いた立川合同庁舎のほかに、航空隊の多摩航空センターと、第八消防方面の訓練センターを置いている。日本赤十字社は、東京都西赤十字血液センターと東京支部の災害救護倉庫を構える。国立病院機構の災害医療センター。東京都の立川地域防災センターと多摩広域防災倉庫。防災要員の宿舎。

そして、海上保安庁である。配置図には、海上保安試験研究センターの名がある。平成22年の資料は、基地の中の海上防災関係の施設の広さを3.52ヘクタールとしている。立川市に海はない。いちばん近い海岸までは、ずいぶんな距離がある。それでも、海の安全を守る役所の施設が、多摩の真ん中の台地の上にいる。首都の大災害となれば、東京湾も被害を受ける。海の側の備えも、陸の司令塔のそばにあった方がいい、ということなのだろう。理屈はわかる。わかっていても、立川市の地図の中に「海上」の二文字を見つけるたびに、少し笑ってしまう。

東京都の施設にも、それぞれの来歴がある。都が令和8年1月にまとめた「多摩地域の新たな防災拠点の整備に向けた基本計画」によれば、立川地域防災センターは平成3年1月に完成した。地下2階、地上4階の防災棟と、地下1階、地上10階の住宅棟からなり、住宅棟には災害のときに初めに動く職員が住んでいる。災害時には都庁の防災センターの指揮のもと、情報の収集や連絡、物資の備蓄と輸送、要員の確保を担う。都の業務継続計画では、都庁の防災センターの代替の施設に位置づけられている。東大和市議会の視察報告は、ここが東京都の災害対策本部の4位の代替施設だと書いている。

国の災害対策本部の4番目の置き場所が、立川にある。そして、東京都の災害対策本部の代替も、立川にある。首都の予備の頭脳は、国の分も、都の分も、この街に置かれているのだ。

隣の多摩広域防災倉庫の来歴は、さらに意外だった。同じ基本計画によれば、この倉庫は、国が平成2年11月に「立川政府倉庫」として建てた米穀の備蓄倉庫だった。平成28年7月に都がこれを取得し、平成29年度に一部の運用を始め、改修を経て令和2年3月に全面的な運用に入った。保管の面積は約11,200平方メートル、収められる量は約5,900パレット。屋根には180枚の太陽光パネルが載っている。災害のときには、国や他の自治体や民間の事業者から届く支援物資を受け入れ、区市町村へ送り出す広域の輸送基地になる。

国の米を守っていた倉庫が、今は都民の毛布と食料と簡易トイレを守っている。中身が変わっても、倉庫は倉庫の顔をしている。

都の資料は、この基地の特性を一文でまとめている。国の災害対策本部の予備施設である立川防災合同庁舎をはじめ、陸上自衛隊や海上保安庁、警視庁、東京消防庁、災害医療センターなどの施設が、徒歩圏内に集まっている、と。徒歩圏内。災害のとき、道路が寸断され、電話が通じなくなっても、人は歩いて隣の役所に駆け込める。この「歩いて行ける」ことこそが、この基地のいちばんの設計なのだろう。

では、なぜそれが立川だったのか。冒頭の問いに、そろそろ戻らなければならない。

首都の予備の頭脳が、立川にある理由

なぜ、立川なのか。

内閣府の資料は、その理由をいくつか挙げている。一つ目は、距離だ。立川広域防災基地は、都心から約30キロ離れている。都心と同時に被災することが考えにくく、それでいて、都心の機能が戻るまでの臨時の拠点として都心へ効果的に物資や人を運べる、ほどよい距離である。

二つ目は、土地だ。比較的地盤の良い台地の上にあり、広い公園に隣接して計画的に整えられている。飛行場の跡地という、ほかでは手に入らない広さが、ここにはあった。滑走路はいまも陸上自衛隊の飛行場として生きていて、ヘリコプターが飛び立つことができる。

そして三つ目の理由を読んだとき、思わず資料から顔を上げた。風である。

内閣府の資料は、航空機を運用する観点からの特長を挙げている。東京でふだん吹く風の向きは、夏は南か南南西、冬は北か北北西。その風から見て、都心で大規模な火災が起きたときでも、立川では航空機の離着陸が煙の影響を受けにくいのだという。

私なりに読み解けば、こういうことになる。都心が燃えたとき、その煙は風に流される。夏の南風なら煙は北へ、冬の北風なら南へ流れていく。風の通り道から外れた西の立川には、どちらの季節も、煙がかかりにくい。首都の予備の頭脳の置き場所は、地図の上の距離だけでなく、東京の空を吹く季節の風まで計算に入れて選ばれていたのだ。地震の後の火事を想定し、その煙の行方まで考えて基地の場所を決める。役所の文書の乾いた一文の奥に、そこまで想像を巡らせた人たちがいた。

ただし、立川が完璧な場所だというつもりはない。国の地震調査研究推進本部は、埼玉県の名栗から東京都の青梅市、立川市を経て府中市に至る、長さ約33キロの立川断層帯を評価している。想定される地震の規模はマグニチュード7.4程度。30年以内に起きる確率は0.5パーセントから2パーセントとされ、平均の活動間隔は1万年から1万5千年程度、最後に動いたのは約2万年前から1万3千年前と見られている。予備の頭脳の足元にも、断層は眠っている。だからこそ、この基地は一つの機関に頼らず、多くの機関を歩いて行ける距離に並べ、国の予備と都の予備を重ねているのだろう。完璧な場所はない。あるのは、より良い場所と、何重もの備えだけだ。

国の予測では、首都直下のマグニチュード7程度の地震が30年以内に起きる確率は70パーセント程度とされる。2025年12月に国の作業部会がまとめた被害想定では、最悪の場合、死者は約1万8千人にのぼる。その日が来たら、資料が描く筋書きでは、都心から30キロ西の台地の上で、警備員が灯りをつけ、ヘリコプターが煙の届かない空へ舞い上がり、米の倉庫だった建物から毛布が運び出される。

答えの半分は、資料のとおりだ。距離と、土地と、風。もう半分は、私の推測になる。この土地は、100年以上前から、空と体を守る場所だった。飛行場があり、病院があった。持ち主が軍から米軍へ、そして市民へと変わっても、ここは常に「何かあったときに、真っ先に動く場所」であり続けた。返された土地に防災の基地を置くという選択は、この土地が長く担ってきた役目を、平和の時代の言葉に書き換えることだったのではないか。そう読むのは、旅人の勝手かもしれない。

立川は、地味な街だと言われることがある。だが、この国でいちばん大きな災害が起きた日、国の災害対策の司令塔が向かう先として名を挙げられているのは、この街だ。東京都の災害対策本部の代替も、東京消防庁が多摩に置くただ一つの防災館も、日本の災害医療の要の一つも、ここにある。何もないどころか、いざというときに首都が頼る場所が、この街なのである。

新宿から中央線で一本、川崎から南武線で一本。週末に子どもを連れて揺れと煙を体験し、隣の昭和記念公園で弁当を広げる。首都の予備の頭脳のそばで過ごす一日は、思いのほか、のどかだ。

寄り道クイズの答え

答えはA、米を備蓄する倉庫である。東京都の基本計画によれば、多摩広域防災倉庫は、国が平成2年11月に立川政府倉庫(米穀備蓄倉庫)として建てたものを、平成28年7月に都が取得した。米を守っていた倉庫は、今は災害のときの物資を守っている。

訪ねる前に

  • 遠くから: 新宿からはJR中央線快速で立川まで乗り換えなし(30分台)。神奈川からは、川崎からJR南武線で乗り換えなし(立川まで約1時間)。立川駅の北口からバスへ
  • 立川防災館(東京消防庁立川都民防災教育センター): 立川市泉町1156番地の1。JR立川駅北口の1番乗り場からバスで「立川消防署」下車すぐ。多摩都市モノレール高松駅から徒歩15分(東京消防庁の案内による)。地下駐車場は高さ2.1メートル未満の車で28台ぶんあるが、各種の講習を受ける人は使えない。
  • 入館料は無料。開館は9時〜17時、休館は木曜日・第3金曜日(祝日の場合は直後の平日)と年末年始。9月1日、10月1日、1月17日は曜日にかかわらず開く。体験は1コーナー約30分で、平日は4つ、土日祝日や夏休みなどは3つまで選べる。地震体験は3歳以上、消火は小学3年生以上、応急救護は小学4年生以上、救出救助は中学生以上、VRは小学2年生以上かつ身長100センチ以上が対象。最新の情報と予約は公式で確かめてほしい: https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/taiken/tachikawa/index.html
  • 所要時間の目安: 体験は1つ30分なので、4つ選べば体験だけで2時間ほど。それに自由見学の時間と、駅からのバスや徒歩の時間を足しておくとよい。
  • 動きやすい服で行くこと。サンダルやかかとの高い靴は控えるよう、公式が呼びかけている。休日と夏休みはとくに混む。
  • 立川広域防災基地の各機関は、それぞれが国や都の現役の施設である。防災館のほかに見学できるかどうかや催しの予定は、各機関の案内で確かめてほしい。外から建物を眺め、地図で配置をたどるだけでも、基地の大きさは十分に伝わってくる。内閣府「災害対策本部予備施設」: https://www.bousai.go.jp/oukyu/kunren/yobishisetu/index.html
  • 組み合わせるなら: 基地には国営昭和記念公園が隣り合っていて、同じ答申から生まれた「双子」の両方を一日で歩ける。緑町には南極北極科学館もあり、高松駅や立飛駅からモノレールで立川北駅へ戻れば、駅前ではファーレ立川のアートが待っている。

揺れを知ったあとは、立川駅北口で

防災館の体験は、思った以上に体を使う。煙の中では低い姿勢で歩き、救出の現場では身をかがめ、消火器を構えては腕に力が入る。外に出ると、肩や腰が、いつもとは違う疲れ方をしているのに気づくはずだ。

立川駅の北口から徒歩1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオでのホットヨガが中心のスタジオで、ほかに常温のヨガ、ピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもある。ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。

営業時間は8時から23時30分まで、年中無休で、どの曜日も変わらない。防災館が閉まる夕方5時のあとでも、寄る時間は十分にある。

初めての人には、税込1,980円のヨガの体験レッスンがある。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれている。

妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。

  • オンザショア: https://ontheshore.jp/
  • 料金: https://ontheshore.jp/price/
  • 体験の予約: https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp

駅へ戻るバスの窓の外を、季節の風が、今日も南北に静かに通り過ぎていく。

冒頭の写真: 上空から見た立川飛行場と周辺の街。滑走路の奥に広い緑地が続いている(2023年撮影)(写真: ブルーノ・プラス / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)

この記事の情報は2026年10月時点のものです。

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