立川で何がある? 目的別の案内(乗り物・子ども・雨の日・夜・食)
乗り物と空
立川の空には、飛行機の記憶がある。1924年創業の石川島飛行機製作所、のちの立川飛行機は、練習機「赤とんぼ」や戦闘機「隼」をつくった。飛行機をつくらなくなったいまも「飛」の字を名乗る会社が、市の約25分の1の土地を持つ。(立飛をゆく)
いま空中を走るのは、多摩モノレールだ。全長16.0km、19駅。1998年に立川北と上北台のあいだが開業し、2000年に多摩センターまでつながった。立川南駅から南へ乗ると、立日橋で多摩川を渡る。(多摩モノレールに乗って)
地上の乗り物なら、自転車がある。昭和記念公園には約14kmの自転車専用コースがあり、多摩川沿いにはサイクリングロードが延びる。(自転車で走る立川)。曙町には競輪場もある。市史編さんの広報紙によれば、戦災復興の財源をまかなうため競輪に乗り出す自治体が多かった時代に、立川市でも1949年に市議会が自転車競技場設置の請願を採択し、1951年に開設の認可を得た。2016年12月には、競輪場がリニューアルオープンしている。(立川けいりん)
子どもと
子ども連れなら、まず昭和記念公園の広さがある。南北約400m、東西約300mの「みんなの原っぱ」は、走り出した子どもを呼び戻すのに声がかれる広さだ。GREEN SPRINGSのPLAY! PARKは屋内の遊び場で、3歳未満の親子専用のエリアもある。
錦町の立川市子ども未来センターの2階には、立川まんがぱーくがある。東京都の観光サイトは、まんがの蔵書を約4万冊と紹介している。(立川まんがぱーく)
泉町の立川防災館は東京消防庁の施設で、立川消防署に隣接し、入館は無料、地震の体験室がある。飛行場の跡地には国の広域防災基地もある。国の中央防災会議幹事会が2026年7月にまとめた首都直下地震の応急対策の計画では、陸上自衛隊立川駐屯地が、患者を空路で運ぶための航空搬送拠点の一つに挙げられている。都心の南で大地震が起きた場合、立川駐屯地の周辺は比較的被害が少なく、周りの医療機関が働いている可能性が高い、とも書かれている。飛行場の街の平らな土地は、いざというとき東京を支える側に回るのである。この二つを合わせて読むなら防災館と広域防災基地へ。
雨の日に
雨の日の立川は、屋根の下に名所が多い。南極・北極科学館は入場無料で、南極の氷に触れ、直径4mのドームでオーロラの映像を見られる。南極点往復に使われた大型雪上車の実車まで置いてある。休館日が日曜・月曜・祝日などなので、予定を立てる前に確かめたい。(南極北極科学館と緑町の研究所街)
GREEN SPRINGSのPLAY! MUSEUMは、美術館と遊び場を合わせた施設だ。立川まんがぱーくも屋内である。そして映画館。前の節で触れた「立川キネマ」から数えれば、この街の映画好きには百年近い年季が入っている。(シネマシティと映画の街)
夜の立川
夜の立川は、光の置き方が面白い。ファーレ立川には、宮島達男のLED作品「Luna」が換気塔として立ち、144個の数字が1から9をくり返す。0は出ない。速いものは10分の1秒ごとに、遅いものは1時間にひとつずつ、数字は進んでいく。GREEN SPRINGSは24時間開放されている広場で、夜にライトアップされる彫刻もある。秋の昭和記念公園では、2019年から黄葉と紅葉のライトアップが行われてきた。夜の街歩きを何年も記録し続けている地元のブログがある。通し番号はもう4,900を超えていて、その中には、立川崖線のゆるやかな凹凸とガードレールの歪みから生まれる複雑な地形を「美しい」と書いた一編がある。昼の観光案内には載らない立川の顔は、たしかに夜の段丘にある。駅の周りの小さな飲み屋の路地は、夜の横丁の一編に任せたい。
食べる
立川の名産といえば、東京うどである。養蚕が衰えた昭和20年代に、冬の農閑期の収入源として始まり、昭和30年代に本格化した。あのころの立川の農家は、桑の葉の代わりに、地下の暗がりで白い茎を育てることを選んだのだ。いま、その白い茎は都内1位の生産量になり、パイにまでなっている。うど室の中は年間を通して18〜20度ほどに保たれ、作業する人は、酸欠を防ぐためにロウソクの炎で酸素の有無を確かめながら潜るという。東京で、いまもロウソクで安全確認をしている農業はそう多くないだろう。旬は12月中旬から4月で、市内の飲食店ではうどラーメンなどの料理も生まれている。市の認定土産品「立川のたいこばん」には、うどパイやうどドレッシングがある。(東京うどの話)。ラーメンをはじめとする麺の話は、立川の麺で。
祭りと季節
立川の一年には、決まった山場がある。2月はうどの品評会。春は根川と玉川上水の桜。夏は昭和記念公園の花火大会と、8月の諏訪神社の例大祭で、獅子舞と大太鼓が出る。秋は公園のコスモスまつり(9〜10月)と黄葉・紅葉まつり(11月)、ファーレ立川では春と秋にミュージアム・デーが開かれる。冬は、地下の室でうどが伸び、晴れた日には多摩川の向こうに富士山が見える。(祭りと花火)
ここまでで、立川に何があるかの地図はおおよそ描けた。では、実際にどう歩くか。4本の道筋を示す。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
立川観光のモデルコース4本
ここに書く時間は、公式に示された徒歩の目安だけを足したものである。寄り道と休憩の時間は含んでいない。立川の場合、寄り道のほうが本題になりがちだということも、先に白状しておく。

写真: Kakidai / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
コース1 駅から半日、北口の街歩き
順路: JR立川駅北口 → ファーレ立川 → GREEN SPRINGS → 国営昭和記念公園あけぼの口(みどりの文化ゾーン) → 多摩モノレール立川北駅 → 高松駅 → 南極・北極科学館
- 立川駅北口から歩行者デッキでファーレ立川へ。駅から徒歩3分。109点の作品は区画のあちこちに散らばっているので、ここはゆっくり歩いて探す。
- GREEN SPRINGSの公式の案内にならい、北口のデッキからモノレールの下の通路を進み、サンサンロードに降りてまっすぐ進むと左手にGREEN SPRINGSがある。駅から徒歩約8分。カスケードの水音を聞きながら、2階の広場へ上がる。
- 昭和記念公園のあけぼの口は、立川駅北口から約10分。入ってすぐのみどりの文化ゾーンは無料区域で、緑に覆われた花みどり文化センターの屋上庭園を歩ける。
- 立川北駅から多摩モノレールに乗り、立川北駅から1駅目の高松駅へ。駅から徒歩10分で南極・北極科学館に着く(立川駅北口から歩けば約25分)。
北口の半日で、アート、緑、空中の乗り物、南極の氷までを一度に味わえる。飛行場の跡地を、北へ北へと歩く順路でもある。科学館が休みの日曜・月曜は、4を省いて公園で長く過ごすとよい。
コース2 昭和記念公園を軸にした一日
順路: JR青梅線西立川駅 → 西立川ゲート → 水鳥の池 → みんなの原っぱ → 日本庭園 → こもれびの里 → あけぼの口 → JR立川駅北口
- 西立川駅から西立川ゲートまでは約2分。駅を出るとすぐ公園である。
- 水面積約5haの水鳥の池をめぐり、中央のみんなの原っぱへ。真ん中の大ケヤキは、公園ができる前からこの場所にあった木だ。原っぱの設計は、この1本を中心に決められた。
- 首都圏で戦後最大規模という約6haの日本庭園で、池のまわりを歩く。
- 昭和30年代の武蔵野の農村を再現したこもれびの里へ。農家の主屋や長屋門が移築されている。
- あけぼの口から出て、立川駅北口へは約10分。
一日では歩ききれない広さなので、乗り物を混ぜてもよい。公式の案内によれば、汽車型のパークトレインは公園内を約50〜60分で一周する。レンタサイクルなら約14kmの自転車専用コースを走れる。季節の花の見頃は、公式サイトの「花だより」で確かめてから出かけたい。公園の北側には、JA東京みどりの直売所「みのーれ立川」もあり、冬から春なら東京うどに出会えるかもしれない。
コース3 水と歴史の南側をめぐる半日
順路: JR立川駅南口 → 諏訪神社 → 八幡神社の大欅 → たんす横町 → 普済寺 → 根川緑道 → 貝殻坂橋 → 多摩川(日野の渡し碑) → 多摩モノレール柴崎体育館駅
- 立川駅から諏訪神社までは徒歩10分。811年に勧請されたと伝わる、柴崎の古社である。
- 神社の南の鳥居から西へ約200mで、八幡神社の大欅。そこから普済寺へ通じる道は、たんす職人が多く住んだことから「たんす横町」と呼ばれ、柴崎村の中心街として栄えた。
- 普済寺で国宝の六面石幢の覆屋を見る。寺は多摩川の段丘の上にあり、春には根川沿いの桜並木が眼下に見える。
- 段丘を下り、根川緑道へ。親水の池や湧水をたどって、吊り橋をイメージしたというコンクリートの貝殻坂橋まで歩く。吊ってはいない。
- 多摩川の河原に出て、日野の渡し碑へ。大正時代までここには橋が無く、冬は仮の橋を架け、夏は渡し船で人を運んだ。
- 帰りは、立川公園から徒歩約1分の柴崎体育館駅からモノレールに乗る。
この道筋の一部は、市のウォーキングマップのAコース(柴崎体育館から水辺と普濟寺を歩く約4.5km、所要約67分)と重なる。神社と寺と川を半日で回れる、南側の背骨のような道である。
コース4 北の玉川上水と砂川を歩く半日
順路: 多摩モノレール玉川上水駅 → 玉川上水の緑道 → 阿豆佐味天神社 → 川越道緑地古民家園
- 立川北駅からモノレールで北へ、玉川上水駅で降りる。駅の南側を玉川上水が東西に流れ、沿道は緑道になっている。
- 上水沿いを歩き、砂川の村へ入る。1629年に分社されたと伝わる阿豆佐味天神社がある。境内の蚕影神社は、著名人の行方不明の飼い猫がお参りのあとに戻ってきたと雑誌に載ったことがあり、観光の案内では「猫返し神社」の名で紹介されることが多い。
- 江戸末期の茅葺きの民家、小林家住宅を移築した川越道緑地古民家園へ。
市のウォーキングマップは、この道筋をCコース「玉川上水駅〜阿豆佐味天神社〜古民家園」として約5.7km、所要約86分と示している。ただし古民家園は、管理施設の改修のため2026年6月1日から2027年3月31日まで休園の予定と市が告知している。休園中は、市の散歩コースが案内する金比羅山へ足を延ばすのもよい。高さ10mほどで、市のウォーキングマップは「山」と書いている。登頂の所要時間は、たぶん書くまでもない。
旅人の寄り道クイズ
立川飛行場が開かれた1922年、立川村の人口は前年から何%増えたか。
- A 約8%
- B 約28%
- C 約108%
答えは、この頁の終わり近くで明かす。
立川観光のよくある問い
立川に行くならどこに行くべき?一つだけなら、国営昭和記念公園である。立川飛行場の跡地にできた総面積180haの国営公園で、季節ごとに花が入れ替わる。駅の近くで済ませたいなら、ファーレ立川のアートとGREEN SPRINGSを組み合わせるとよい。
立川駅から観光するのにおすすめの場所は?北口なら、ファーレ立川が徒歩3分、GREEN SPRINGSが約8分、昭和記念公園のあけぼの口が約10分。南口なら、諏訪神社が徒歩10分、根川緑道のある立川公園が約15分である。
立川で時間を潰せる場所は?無料で過ごせる場所が多い。ファーレ立川のアートは無料で見られ、南極・北極科学館と立川防災館も入館無料だ。昭和記念公園のみどりの文化ゾーンも無料区域である。
立川市はなぜ人気があるのですか?人が集まる理由は、まず交通にある。JR立川駅には中央線・青梅線・南武線が乗り入れ、多摩モノレールが南北に交差し、JRだけで1日約15万人が乗る。2020年の国勢調査では、昼の人口が夜より1割あまり多く、その比率は東京都の市でいちばん高い。米軍基地の返還地に、公園、国の研究機関、商業と文化の施設が順に整えられたことも大きい。
立川で電車で遊べるスポットは?多摩モノレールそのものが乗って楽しい乗り物である。立日橋で多摩川を渡る区間があり、冬至前後の約2か月半は、多摩センター駅から立川南駅付近で、富士山の頂に夕日が沈む「ダイヤモンド富士」が車窓から見える。天候によって見えない日もある。
立川市の散歩コースは?立川市は公式サイトで「立川市の散歩コース」を公開していて、古い村を歩くコース、矢川から多摩川方面へのコース、近・現代を歩くコース、砂川新田発祥の地や砂川と玉川上水を歩くコース、根川緑道の詩歌の道などがある。この頁のモデルコース4本も、それらを手がかりに組んだ。
立川の名産品は何ですか?東京うどである。生産量は都内1位で、令和4年産の都内の収穫量の32.9%を立川市が占める。短い規格の「立川こまち」や、うどパイなどの認定土産品もある。
立川でイベントは何がありますか?夏の昭和記念公園の花火大会、8月の諏訪神社例大祭、秋の昭和記念公園のコスモスまつりと黄葉・紅葉まつり、春と秋のファーレ立川のミュージアム・デーなどがある。2月にはうどの品評会、元日には阿豆佐味天神社にだるま市が立つ。
立川市はいつできた?市制が施行されたのは1940年12月1日である。その後、1963年に砂川町と合併して、いまの立川市の形になった。村から町になったのは、飛行場ができた翌年の1923年だった。
東京の都心や神奈川から、立川へはどう行く?都心からは、JR中央線で新宿から乗り換えなしで着く。そもそも立川駅は、1889年4月、甲武鉄道、いまの中央線が新宿から最初に線路を延ばした先の駅として生まれた。八王子まで線路が延びたのは、その4か月後である。神奈川からは、JR南武線が川崎駅と立川駅を結んでいて、全長35.5km、乗り換えなしで来られる。南武線は1929年に立川まで全通した鉄道で、もとは多摩川の砂利を運ぶために敷かれた。横浜方面からは、横浜線の終点の八王子で中央線に乗り換える道もある。新宿からも川崎からも、立川は「終点の向こう」ではなく「一本でつながった先」にある。
昭和記念公園を一周するのにどれくらい時間がかかりますか?公式の案内では、園内をめぐるパークトレインが約50〜60分で一周する。自転車なら、約14kmの自転車専用コースがある。歩いて回る場合の所要時間は公式に示されていないので、入口と見たい場所を先に決めておくのがよい。
特集の全記事 どこから読むか
最後に、立川さんぽ特集の全編を、読む目的で分けておく。
- はじめての立川なら: 国営昭和記念公園を歩く/ファーレ立川アートを歩く/GREEN SPRINGSを歩く/立川駅の物語
- 歴史が好きなら: 立川の歴史年表/普済寺と諏訪神社を歩く/米軍基地と砂川闘争/町名の謎/立飛をゆく
- 水と緑を歩くなら: 根川緑道から多摩川へ/玉川上水と砂川をゆく/こもれびの里と日本庭園
- 乗り物と空が好きなら: 多摩モノレールに乗って/自転車で走る立川/立川けいりん
- 子どもと、雨の日に: 立川まんがぱーく/南極北極科学館と緑町の研究所街/防災館と広域防災基地/シネマシティと映画の街
- 食べて、夜を過ごすなら: 東京うどの話/立川の麺/夜の横丁/祭りと花火
この街の面白さは、住んでいる人の暮らしと、地元で長く商いを続けてきた人たちの手の中にある。作品を磨く市民、うどの室に潜る農家、雑木林の下草を刈るボランティア。その人たちが守ってきたものを、立川をまだ知らない東京と神奈川の人に見てほしい。新宿から一本、川崎から一本。今度の週末、途中の駅だと思っていた街で、一度降りてみてほしい。
さて、クイズの答えである。正解はB、約28%。市の人口推移の表によれば、1921年の4,772人が、1922年には6,115人になった。増加率は28.14%。表の摘要欄には、その年の出来事として「立川飛行場開設」とだけ書かれている。たった一行の摘要が、村の行く末を変えていた。百年後のいま、その村の駅では、市の人口とほぼ同じ数の人が毎日改札を通っている。
訪ねる前に
- 都心からは、JR中央線で新宿から乗り換えなしで立川駅へ。神奈川からは、JR南武線が川崎駅と立川駅を結んでいて(全長35.5km)、乗り換えなしで来られる。横浜方面からは、横浜線で八王子へ出て中央線に乗り換える道もある。立川駅にはほかに青梅線が乗り入れ、多摩モノレールが南北に交差する。時刻と所要時間は JR東日本の公式で確かめてほしい。
- 立川市の観光案内: 立川観光コンベンション協会「たちかわ観光ナビ」 https://www.tokyo-tachikawa.org/
- 国営昭和記念公園: https://www.showakinen-koen.jp/ (入園料・開園時間・休園日、パークトレインやレンタサイクルの料金と運行は公式で確かめてほしい。昭和天皇記念館は2026年11月27日まで休館と案内されている)
- 南極・北極科学館: https://www.nipr.ac.jp/science-museum/ (休館日が日曜・月曜・祝日などなので、事前に確認を)
- ファーレ立川アート: https://www.faretart.jp/
- 多摩モノレール: https://www.tama-monorail.co.jp/
- 立川市の散歩コース(古村を歩く): https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/bunka/1004244/1004848/1004889.html
- 川越道緑地古民家園の休園の告知: https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisetsu/1008065/1008100.html
- 祭り・花火・催しの日程は年ごとに変わる。最新は各主催者の公式で確かめてほしい。
歩いたあとは、立川駅北口で
どのコースを歩いても、最後はたいてい立川駅に戻ってくる。結び目の街とは、そういうものだ。この特集を作った店もまた、立川と近くの街の人々、そして地元の小さな商いに支えられてきた。この特集は、その街へのささやかな恩返しのつもりで書いている。
立川駅北口から徒歩1分、曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオでのホットヨガのほか、常温のヨガ、ピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングがある。ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。
営業は8時から23時30分まで、年中無休で、どの曜日も同じ時間だ。朝に体をほぐしてから公園へ向かうこともできるし、夜の横丁へ出る前に一汗かくこともできる。
初めてなら、ヨガの体験レッスンがある。税込1,980円で、60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。歩いてきた荷物のままで寄れる。
妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できず、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。
料金は https://ontheshore.jp/price/ に、店のことは https://ontheshore.jp/ にある。体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp から。
飛行機に呼ばれて大きくなった街で、一日歩いた脚を伸ばし、呼吸をひとつずつ深くする。結び目の街の旅は、やはり結び目で終わる。
冒頭の写真: GREEN SPRINGSから見た多摩モノレール。紅葉した木々の上の軌道を、車両が走っていく(写真: DiKnK8713 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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