昭和記念公園のドッグランと、こどもの森
犬を連れた人が、立川ゲートの左手へ吸い込まれていく。その先に、昭和記念公園のドッグランがある。

写真: Kakidai / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
公式の案内によれば、ドッグランは愛犬のリードを外して遊ばせることのできるエリアで、公園の入園料だけで使える。入口は立川口ゲートの左横で、公園の入園口も兼ねている。各ゲートから入園したあと、園の内側から入ることもできる。中にはドッグライフカウンセラーの資格を持つ専門のスタッフがいるという。
エリアは犬の大きさと気質で分けられている。体高40cm以上の大型・中型犬専用のエリア、大きさに関係なく遊べる全犬種対応のエリア、体高40cm以下の小型犬専用のエリア、そして全犬種対応だがボールやおもちゃが使えない「わんぱくエリア」。さらに、ドッグランに慣れていない犬の練習用に「ビギナーズエリア」まで用意されている。犬にも新人研修があるのだ。
決まりは細かく、そして筋が通っている。入る犬は毎回、接種から1年以内の三種以上の混合ワクチンの証明書と、狂犬病の予防注射済証か注射済票を見せる必要がある。コピーや写真でもよいが、ペットショップの売買契約書は不可で、国内の動物病院が出したものに限る。毎回見せるのが面倒なら、登録料を払って「わんパス!」という愛犬登録カードを作れば、1年間は提示が免除される。攻撃的な犬、発情中の雌、ワクチンを受けていない犬は使えない。エリア内での飲食は、人も犬も水だけ。かかとの高い靴は禁止。フライングディスクも禁止。
かかとの高い靴でドッグランに来る人がいたからこそ、この一行が書かれたのだろう、と私は想像する。規則というものは、たいてい誰かの前例でできている。
国営公園の中に、犬の体格別のエリアと専門のスタッフ、登録カードの制度まで備えた場所がある。多摩でどれほど珍しいかを数で示す資料は見つからなかったが、犬の側から見れば、ここは間違いなく一等地だ。
立川ゲートから歩いて約35分のところには、こどもの森がある。平成4年に全面が開いた、不思議な遊具の森だ。白いドーム状の巨大なトランポリン「雲の海」は中学生以下専用で、高校生以上は幼児に付き添う保護者を除いて使えない。大人は見ているしかない。そのかわり、大人の目の前には「虹のハンモック」がある。公式の説明には「日本一の大きさのハンモック」とある。日本一を名乗る遊具が、多摩の公園の森の中に、さらりと吊られている。ただしこちらは小学生以下専用である。大人にとって、こどもの森はつくづく見る場所なのだ。
霧の森では、決まった時間に真っ白な霧がたちこめる。冬は凍結を防ぐために霧を休む。ドラゴンの砂山には大きなドラゴンが4匹いるが、遊具の安全基準が強化されて、ドラゴンには登れなくなったと公式は正直に書いている。ドラゴンも、時代に合わせて丸くなる。
水の遊び場は、少し事情が変わった。昭和60年、公園が開いて2年目の夏に、レインボープールが開いた。飛行場の跡地に、水を張った夏の遊び場ができたのである。多摩で子ども時代を過ごした世代には、真夏の昭和記念公園といえばこのプールだった人も多いだろう。そのプールと水あそび広場は、施設の老朽化や昭島口周辺の再整備のため、営業を終えた。公式の案内では、官民連携の再整備によって、子どもから大人までが年間を通じて水とふれあえる「親水空間」に生まれ変わる予定だという。あのころは夏のあいだだけの水だった。これからは、一年じゅうの水になる。
旅人の寄り道クイズ
みんなの原っぱの真ん中に立つ大ケヤキ。この木は、どうやってそこに立つことになったのか。
- A 開園を記念して、苗木から植えられた
- B 公園ができる前から、その場所に立っていた
- C 都心の再開発で切られそうになった木を、移植してきた
答えは、この記事の終わり近く、「訪ねる前に」の直前で明かす。その前に、季節をひとめぐりしておきたい。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
冬から春、そして夏へ 四季をめぐる昭和記念公園
秋だけを見て帰るのは、少しもったいない。この公園の花の予定表は、真冬にも空白が無い。

写真: Hotate Chan / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons
冬 サザンカ、ロウバイ、梅のころ
冬の公園は、少し寂しくなる。だが寂しさの中にこそ、目が向く花がある。サザンカは10月下旬から2月下旬まで、園内の各所でピンクの花を咲かせる。ツバキが花ごと落ちるのに対し、サザンカは花びらが一枚ずつ散る。ソシンロウバイは12月下旬から2月中旬、ろう細工のような黄色い花で、品のある香りを漂わせる。クリスマスローズは12月下旬から4月上旬。花びらに見えるのは実は萼で、だから長く楽しめる。
梅は1月中旬から3月中旬。花木園の梅園には、早咲きから遅咲きまでさまざまな品種が植えられている。花木園は花木約200種、草花約200種を抱える広いエリアで、冬の澄んだ空気の中を歩くと、香りがまっすぐ届く。日本庭園では冬になると、マツの雪吊りが見られる。縄を円錐に張られたマツは、骨だけの傘を差して、雪を待っている。
春 桜、チューリップ、花の丘のポピー
春は、この公園がもっとも華やぐ季節だ。毎年フラワーフェスティバルが開かれる。
サクラは3月下旬から4月中旬。園内には31品種、約1,500本が植えられ、その半数がソメイヨシノである。桜の園の大木の下に座れば、顔の前で花が見られる。花木園の中にある「旧桜の園」では、ふれあい橋から北を見ると、残堀川に沿ってソメイヨシノの薄いピンクと陽光桜の濃いピンク、レンギョウの黄色が重なる。
渓流広場のチューリップガーデンは、オランダのキューケンホフ公園の元園長の監修のもと、平成16年(2004)から始まった。木々の中、渓流沿いをチューリップが彩る。チューリップの本場の元園長が、旧陸軍の飛行場の跡で、球根の並べ方を考えた。オランダから見れば、ずいぶん遠い出張先である。原っぱの花畑には、サクラの開花に合わせてナノハナが咲き、背景に桜の園が並ぶ。4月中旬から5月中旬にはネモフィラの青い絨毯、4月下旬からはブーケガーデン。花の丘には、春にポピーが咲く。面積は約10,000㎡、公園でいちばん大きな花畑で、平成23年(2011)にできた、公園の中では新しい丘だ。丘の上からは立川駅の方向が一望できる。
夏 こもれびの里と、瓦礫の丘
夏の公園で私が気になるのは、花よりも、砂川ゲートに近い一角にある「こもれびの里」だ。
ここは昭和30年代の武蔵野の農村風景と暮らしを再現した場所で、平成19年に開園した。水田、畑、農家と屋敷林。「昭和・武蔵野・農業」をテーマに、計画の段階から市民が参画し、いまも市民の参加で整備と運営が続けられている。平成25年には農家の主屋、長屋門、内蔵、外蔵の4棟が移築・復元された。主屋と長屋門と内蔵は東京都狛江市から移されたもので、立川市指定の有形文化財になっている。
主屋の前に立つと、若い人には時代劇のセットに見え、祖父母の世代には、どこかで見た屋根に見えるだろう。同じ建物が、見る人の年齢で、資料にも記憶にもなる。飛行場の跡地に、飛行場ができる前の暮らしを復元する。考えてみれば、奇妙な時間の折り返しである。陸軍が来る前、この台地の上には何があったのか。公園は、その問いに直接は答えない。代わりに田んぼをつくり、ハスを咲かせる。ハスは6月中旬から7月中旬、こもれびの里の池で咲く。
隣のこもれびの丘は、もっと率直だ。平坦だった場所に、米軍基地を撤去したときの瓦礫と、多摩ニュータウンの工事で出た残土を使って人工的に造成した雑木林だという。もとの良い表土をいったん剥ぎ取り、芯に瓦礫や残土を入れ、関東ローム層、剥ぎ取った表土の順に盛って丘をつくり、木を移植した。いまでは下草刈りや落ち葉かきを続けるボランティアのおかげで、林床に約180種の山野草が季節ごとに咲く。春のカタクリやキンラン、夏のヤマユリ、秋のツリガネニンジン、冬のシモバシラ。
基地の瓦礫の上に、武蔵野の雑木林が根を張っている。「緑の回復」という理念の、もっとも文字どおりの姿がここにある。
夏の原っぱは木陰が少なく、大ケヤキの影の輪郭がくっきりと濃くなる。アジサイは6月中旬から7月中旬、アジサイロードを中心に咲き、サルスベリは7月下旬から9月下旬、青空に映える。漢字で「百日紅」と書くのは、花の期間が長いからだという。
園内を流れる残堀川は、多摩川水系の川だ。地層は洪積層の立川ローム層、土は植物の生育に適した黒ボク土。公園事務所の資料には、そんな地面の素性まで書かれている。滑走路を支えた安定した地盤が、いまは木を支えている。
そして夏が終わり、10月が来る。この公園の一年でいちばん色の多い季節に、あの四角い並木の謎も、ようやく解ける。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。




