立川のお土産と名物──59品の「立川のたいこばん」と、酒蔵のない街にある東京の地酒の本部

立川のお土産と名物は何を買うか。立川観光コンベンション協会が認める名産品「立川のたいこばん」から、元祖を名乗る5本指ソックス、世界のデザイン賞を取った紙の器、飛行機会社の流れをくむビール、アニメの街のお茶と海苔、昭和の立川の写真の暦、酒蔵のない立川にある東京の地酒の本部まで、由来と作り手をたどる。

立川には、酒蔵が一軒もない。それなのに、東京じゅうの酒蔵がつくる組合の事務所と、その酒を飲み比べて買える店は、立川駅の南口から歩いて3分のビルの6階にある。

立川のお土産は何か、と聞かれて、すぐに答えられる人は多くない。立川に住む人でも、たぶん少し黙る。駅ビルにも百貨店にも全国の銘菓は並んでいるが、「立川の」と言える品となると、とたんに心もとない。名物はうどだと聞いたことはあっても、うどを一本抱えて手土産にする勇気は、私にはない。

ところが調べはじめると、妙な事実は酒のほかにも出てきた。5本指ソックスの「元祖」を名乗る会社の本社が立川にあり、ドイツの世界的なデザイン賞で最高の賞を受けた紙の器は、立川の紙の工場で生まれた。

酒を造らない街に、なぜ東京の酒が集まるのか。名物が無いと思われている街で、何が作られ、何が選ばれているのか。立川観光コンベンション協会が「立川のたいこばん」と名づけた品々を手がかりに、立川のお土産の来歴をたどってみることにした。

立川のお土産は「立川のたいこばん」から──協会が認めた名産品の選ばれ方

立川で、立川らしいお土産を探すなら、いちばん確かな手がかりは「立川のたいこばん」だ。立川観光コンベンション協会は、これを「立川の魅力がぎっしり詰まった立川の名産品の愛称」と説明している。太鼓判を押した品、というわけだ。ひらがなで書くと、少し肩の力が抜けて見える。

立川市内のバス停に停まる市民バス「くるりんバス」。市のキャラクターと同じ名を持つ
立川市内のバス停に停まる市民バス「くるりんバス」。市のキャラクターと同じ名を持つ
写真: Suikotei / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

誰が太鼓判を押すのか。協会の募集の知らせを読むと、選ばれ方がわかる。対象は、オリジナルの商品で、立川市内で扱われた実績のあるもの。食べ物も飲み物も、料理も雑貨も応募できる。審査会で、立川らしさ、商品としての独自性、品質などを見て認定する。応募するには協会の会員であることが条件で、年会費は1万円。審査そのものに費用はかからず、選ばれなかったときにもお金は取られない。認定されると、市内の大きな催しや昭和記念公園の繁忙期のテント販売、協会と市の冊子への掲載、駅のパンフレット棚、市のキャラクター「くるりん」の使用といった後押しが受けられる。ただ店に並べるのではなく、街ぐるみで売り出す仕組みなのだ。

協会は2025年10月、たいこばんを紹介する新しいちらしを作り、厳正な審査を通った49種類の品を載せた。ちらしは、多摩モノレールの立川北、立川南、立飛、玉川上水、高幡不動、多摩センターの駅の棚などに置かれた。2026年3月には、〒190Tシャツ、紙の盆栽「kami-bonsai」、5本指ソックスの3品が新たに認定されている。私が2026年10月に協会のお土産の頁で、たいこばんの印のついた品を数えてみると、59品あった。

59品の中身は、思っていたよりずっと雑多だ。うどのパイ、ブランド豚の弁当、烏骨鶏の卵のプリン、クラフトビール、薬草茶、東京の地酒、紙の器、建築模型、5本指ソックス、焚き火台、恐竜のフィギュア、Tシャツ、昭和の写真の暦。食べ物の頁を見ていたつもりが、いつのまにか雑貨店の棚の前に立っている。

東京うどを使った品も、もちろん入っている。うどパイ、笹らぎ、うどドレッシングだ。協会の紹介によれば、うどパイは老舗の和菓子屋のレシピを引き継いだ伝統の品だ。笹らぎは、笹の葉で包んだ一口の鮨で、旬の魚に、東京うどと佃煮を挟んでいる。白いうどの来歴は、この特集の東京うどの回で詳しく書いたので、ここではこれだけにしておく。

たいこばんのほかに、協会が自ら立ち上げた「立川公認おみやげプロジェクト」もある。その最初の品が、焼き菓子の詰め合わせ「タマとぼく FROM TACHIKAWA」だ。協会は、これを立川で初めての「おみやげプロジェクト」から生まれたお菓子だと書き、立川のまちをモチーフにした、立川でしか手に入らない限定のデザインの箱に、地元で愛される洋菓子店の焼き菓子を詰めたと紹介する。4種類12枚入り。売っている場所には、駅の2階、改札の外のNewDays立川や、駅南口の駅ビルの店も挙がっている。電車に乗る直前に買える。お土産にとって、これはかなり大事なことだ。

なぜ、立川にこういう仕組みが要るのか。数字が一つ、答えのかわりになる。東京都の統計によれば、令和2年の国勢調査で、立川市の昼間の人口は20万7,832人、夜の人口は18万3,581人。昼のほうが2万4千人あまり多く、昼夜間人口比率は113.2で、都内の市の中でいちばん高い。立川は、昼に人が集まり、夜に人が帰っていく街なのだ。帰っていく人の手に、何を持たせるか。たいこばんは、その問いへの街の答えなのだと思う。

では、酒の話に移ろう。59品の中に、ひときわ謎めいた一品がある。東京の5つの蔵の酒を詰め合わせたセットだ。

初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。

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酒蔵のない街にある東京の地酒の本部──東京都酒造組合と「東京酒造セット」

東京都酒造組合の頁を開くと、東京で日本酒を造る蔵元は、23区に1社、多摩地域に9社とある。青梅に1、福生に2、あきる野に2、八王子に2、東村山に1、府中に1、そして港区に1。ほかに狛江の蔵が1軒、休んでいる。この一覧のどこを探しても、立川の名はない。

東村山市にある豊島屋酒造。東京酒造セットに入る「金婚」の蔵(立川の写真ではない)
東村山市にある豊島屋酒造。東京酒造セットに入る「金婚」の蔵(立川の写真ではない)
写真: Asanagi / CC0 / Wikimedia Commons

それなのに、組合の住所は、東京都立川市錦町1-1-23、酒造組合ビルの6階だ。JR立川駅の南口から歩いて約3分。組合は同じフロアで、東京の地酒の専門店「東京蔵元だより」を開いている。組合の案内によれば、実際に飲んで、試して、買えるのが好評で、手に入りにくい限定品や季節の品、贈り物のセットもそろえている。ワンカップから四合瓶、一升瓶まで、好きな大きさで選べるという。酒蔵のない街の、駅前のビルの6階に、東京の酒蔵の酒が全部そろっている。

たいこばんの「東京酒造セット」は、この組合がつくった品だ。協会の紹介によれば、組合の傘下の蔵元5社、澤乃井、多満自慢、嘉泉、千代鶴、金婚の清酒を、300ミリリットルずつ5本、飲み比べられる。組合ならではのオリジナルの商品だという。蔵の一覧で創業の年を見ると、金婚を造る東村山の豊島屋酒造は慶長元年(1596)、澤乃井の青梅の小澤酒造は元禄15年(1702)。立川で買える一箱の中に、関ヶ原の戦いより古い蔵の酒が入っている。福生の二つの蔵の来歴は、この特集の福生の酒蔵の回で歩いた。

組合は、東京の酒造りの始まりについて、一つの逸話を紹介している。江戸の町が栄え、人々が関西で造られた酒を大量に飲むため、お金が西へ流れていく。老中の松平定信はこれを嘆き、寛政2年(1790)、江戸の有力な酒造家11軒を集めて相談し、幕府の米1万4,700石を貸し与えて、上等の酒3万樽を造らせた。その酒は江戸で、看板を掲げて民衆に直接売られた。お金の流出を止めるために、地元の酒を造らせる。230年あまり前の地酒振興は、ずいぶん本気だった。

さて、謎だ。なぜ、酒蔵のない立川に、東京の酒蔵の組合があるのか。組合の頁は、その理由を書いていない。だから、ここから先は私の見立てである。東京の10の蔵のうち9つは、多摩にある。青梅、福生、あきる野、八王子、東村山、府中。地図に点を打つと、その真ん中あたりに立川が来る。市の概要は、立川駅に中央線、青梅線、南武線、五日市線が乗り入れ、多摩モノレールが南北に走り、立川駅が多摩地域の交通の要衝になっていると書く。青梅線の奥の蔵からも、南武線の先からも、人が集まりやすい。酒を造る場所ではなく、酒を持ち寄る場所。立川の役回りは、たぶん昔からそちらにある。

酒のほかにも、立川の名で売られる飲み物はある。たいこばんの「宇右衛門」は、市内の古い果樹園のぶどうから生まれた品だ。協会の紹介によれば、その果樹園は江戸時代の初めから300年以上続く、立川で最も古い果樹園の一つで、農薬を極力抑え、種のあるぶどうを育てている。種があるとワインに深みが出るのだという。低農薬で除草剤を使わない畑には、ミツバチやモグラなど、都会では見かけにくい生き物がいる。モグラがいる畑のぶどう。ラベルには書かれていないが、たぶん、いちばん誇っていい成分である。

ビールもある。立飛麦酒醸造所は、立川市高松町で、TACHIHIの名のビールを造っている。醸造所は自らの来歴を「クラフトマンの魂は、飛行機からビールへ」と書く。立飛グループの前身は、立川で飛行機を造っていた立川飛行機で、部品一つにまで妥協を許さなかったその精神が、ビール造りに息づいているのだという。協会の紹介によれば、ペールエールは2022年の国際的な品評会で日本の部門の最高賞と銀賞を受け、ピルスナーは2024年の国際的なビールの品評会で、ジャーマンスタイル・ピルスナーの部門の金賞を受けた。飛行機の会社の流れをくむビールが、世界の品評会で飛んでいる。

もう一つのビールは、柴崎町の小さな醸造所の「柴崎セッション」だ。協会の紹介によれば、醸造所が2020年に開いたとき最初に造ったビールで、柑橘の香りのホップと、ノルウェーの酵母を使っている。醸造所の名は「坂道」。日本じゅう、世界じゅうの坂道を自転車で走り抜けてきたオーナー二人が、運命の場所として選んだのが立川だった、と協会の頁は書く。市の概要が、地形は平坦です、と書く街を、坂道を愛する二人が選んだ。人生の坂道は、案外、平らな街の上にあるのかもしれない。

数字で読む立川のお土産

  • 59 — 品。2026年10月に協会の頁で数えた「立川のたいこばん」。食べ物から焚き火台まで、棚の端が見えない。
  • 0 — 軒。東京都酒造組合の蔵元一覧に載る、立川の酒蔵の数。それでも組合の事務所は立川にある。
  • 1596 — 年。東京酒造セットに入る金婚の蔵の創業。立川の駅前で、関ヶ原より古い酒が買える。
  • 3 — 分。立川駅南口から、東京の地酒の店までの歩く時間。改札を出て、乾杯まで遠くない。
  • 113.2 — 立川市の昼夜間人口比率。昼のほうが2万4千人あまり多い。お土産を持って帰る人の数でもある。
  • 1930 — 年。昭和の立川の写真の暦をつくる印刷所が、活版と石版の印刷を始めた年。

酒の次は、手で持ち帰れる小さなものの話をしたい。立川の工場では、世界に届く紙と布が作られている。

紙と模型と5本指──立川の工場が作る、世界に届く小さなもの

福永紙工は、立川市錦町の紙の印刷と加工の会社だ。会社の沿革によれば、1963年、錦町2丁目に福永紙工所として創立した。長く製造工場として紙の印刷加工を手がけ、2006年からは、さまざまな分野のクリエイターと組んで、自社のオリジナル製品の企画と開発に乗り出した。

立川市緑町にある壽屋の本社ビル。模型とフィギュアの会社の拠点
立川市緑町にある壽屋の本社ビル。模型とフィギュアの会社の拠点
写真: 103momo / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

その代表作が「空気の器」だ。2010年に発表された、紙の器である。協会の紹介によれば、空気を包みこむように、かたちを自由に変えられる紙の器で、広げ方によっていろいろなかたちになる。ドイツの世界の三大デザイン賞の一つ、red dot design award で、最高の賞にあたる best of the best を受けた。会社の沿革は、2018年にスイスのデザインの催しに、空気の器とテラダモケイを出品してグランプリを受けたことも記している。立川の工場から、空気を入れる器が、ヨーロッパの賞をさらっていった。

テラダモケイは、2011年に建築家の寺田尚樹と始めた協働の企画だ。協会の紹介によれば、建築事務所に向けた「1/100建築模型用添景セット」を出してから、世界の都市、スポーツ、樹木などをシリーズにしてきた。100分の1の人や木を、紙から切り出して立てる。同じ会社の「トータス MEDAL」は、神経衰弱のようにメダルをひっくり返し、書かれた数字を足して10にすれば取れる、というゲームで、2017年のキッズデザイン賞を受け、GOOD TOY2020にも選ばれた。会社の沿革によれば、本社の横には直営の店も開いている。

この会社は、昭和記念公園の中の協会の店「TiSTORE」の物販も担っている。協会によれば、TiSTOREは花みどり文化センターの中にあり、たいこばんの品を中心に扱う協会の新しい情報発信の拠点だ。店舗の設計も福永紙工が手がけた。紙をテーマにしたワークショップも開くという。ただし、飲み食いを伴うたいこばんの品は、ここでは扱っていない。うどパイを探しに公園の店へ行くと、紙の盆栽に出会うことになる。

その紙の盆栽、「kami-bonsai」の協会の紹介文には、こうある。日本を持ち帰る。Bringing Japan home。松、桜、紅葉、金豆の4種類で、はさみも糊も要らない。はがきほどの大きさで、かさばらない。これを読んで、私は基地の時代の立川駅の写真を思い出した。その話は、この記事の終わりのほうでしたい。

福永紙工は、ファーレ立川のアートを題材にした紙の品も手がけている。協会の紹介によれば、人気の作品をかたどったポストカードは、浮き出し加工と型抜き加工で作品の特徴をとらえたもので、収益の一部はファーレ立川のアート作品の修復と維持に使われる。絵はがきを1枚買うと、駅前の車止めの彫刻が、少しだけ長生きする。

紙の次は、布だ。立川市錦町には、5本指ソックスの会社、ラサンテの本社がある。会社の頁は、自らを「元祖五本指ソックス専門店」と名乗る。その始まりは、和歌山の海辺の街の、5本指ソックスの草分けだという会社の社屋の一室だった。1974年から5本指ソックスの研究と開発を続けてきた創始者が、販売の会社を設立し、店は2003年に立川に開いた。社名は、フランス語で「健康」を意味する la santé から取った。5本指の靴下の元祖が、フランス語の名前で、立川にいる。

この会社が、立川アスレティックFCと組んで作ったのが、たいこばんの「3次元スポーツPRO5本指ソックス」だ。協会の紹介によれば、トップアスリートのプレー中の動きや感覚を基に設計した、競技者のための5本指ソックスで、足とソックスの一体感を高めるために、あえて滑り止めをなくしている。滑り止めをなくして、滑らなくする。理屈はよくわからないが、プロのフットサル選手がそう言うのだから、たぶんそうなのだ。

金属の会社もある。立川で創業して60年の金属加工の会社は、得意の技術を生かして、「見ていて楽しい、癒される」をコンセプトにした焚き火台を作った。ブランドの名はPINECOCO(ピネココ)。協会によれば、いま3つのシリーズが売られている。同じブランドは、市のキャラクター、くるりんの木のミニスタンドも作っていて、こちらは330円から。焚き火台からミニスタンドまで、一つの工場の手の幅は広い。

そして、立川には模型とフィギュアの会社、壽屋がある。本社は立川市緑町。その来歴は、この特集の買い物の回とまんがぱーくの回で書いた。たいこばんには、壽屋が組んだ品がいくつか入っている。恐竜の催し「DINO-A-LIVE」の全長8メートルのティラノサウルスを3Dスキャンして作った、約18分の1の精巧なフィギュア。陸上自衛隊立川駐屯地限定の「赤とんぼサイダー」「飛行サイダー」のラベルは、立川市内の壽屋が監修した。そして、「立川市公認なりそこねキャラクター」ウドラのソフビ人形には、【2024年産】と書かれている。協会の紹介によれば、2024年産の新色は緑。人形に、野菜のような産年がついている。うどから生まれた怪獣としては、正しい表記である。

紙と布と鉄と樹脂。どれも手のひらに載るか、せいぜい両手で抱えられるほどの品だ。だがその小さな品が、ドイツの賞を取り、プロの選手の足を包み、恐竜を18分の1に縮めている。次は、もう少し街に近い品の話をしよう。この街は、アニメの中では「とある自治体」と呼ばれている。

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