立川の姉妹都市サンバーナディノと世界──東京で最初の姉妹市と、国際司法裁判所長になった交換高校生

国際司法裁判所の所長になった「サン・キッズ」

立川市の「姉妹市提携50周年」の頁に、さらりと一人の名前が出てくる。2009年11月28日、立川市女性総合センター・アイムで記念講演会が開かれた。演題は「交換学生の経験と今の国際的活動」。講師の肩書は、東京大学法学部教授、国連の自由権規約委員会の委員長、そして1971年度の姉妹市派遣高校生。岩澤雄司氏である(市の頁の表記は「岩沢」)。

その後の経歴は、東京大学の発表に書かれている。岩澤氏は2018年6月にオランダのハーグにある国際司法裁判所の裁判官に就き、2025年3月3日、同裁判所の所長に選ばれた。日本から国際司法裁判所長が出るのは、小和田恆氏に続いて2人目だという。

国と国の争いを裁く世界の法廷の長が、高校生のころ、立川の代表としてカリフォルニアの家庭で一夏を過ごしていた。立川の交換高校生の名簿は、思っていたより遠くまで続いている。

もちろん、交換高校生の誰もが国際機関の長になるわけではない。たいていは、ひと夏の記憶を胸に、普通の大人になる。それでよいのだと思う。けれど、地方の小さな委員会が洗車とバザーで集めた旅費の先に、ときどき、こういう人生が伸びていく。市民どうしの交流の効き目は、何十年もたってから、思いもよらない形で現れる。

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50周年と60周年、中学生たちのアメリカ

姉妹市の節目の年には、立川から大人の訪問団が海を渡った。市の記録では、1990年11月の30周年には市民26人が、1994年10月の35周年には委員会の一行16人がサンバーナディノを訪ねた。1999年の40周年には、4月にサンバーナディノから24人の訪問団が立川へ来て、10月には35人の訪問団が向こうへ渡った。

2009年の50周年からは、そこに中学生と高校生が加わる。3月25日、サンバーナディノから13人の公式訪問団を迎え、市内のホテルの記念式典には関係者約200人が集まった。10月には立川市長がサンバーナディノを公式訪問し、両市の関係者が友好の誓約書に署名した。同行したのは、前の年度の「中学生の主張大会」で入賞した中学生と高校生14人である。

2019年の60周年では、同じように選ばれた中高生15人が、5月23日から28日まで、4泊6日でアメリカへ渡った。市が発行した訪問記の文集を読むと、旅の手ざわりがよく分かる。

出発便は機材のトラブルで5時間遅れた。約11時間の飛行のあと、5月24日、一行はロサンゼルスの日本総領事公邸に招かれる。総領事館の発表では、この日、60周年を祝って、立川・サンバーナディノの姉妹市委員会に総領事の表彰が贈られた。式典の幕開けに日本の国歌を歌ったのは、立川の高校生だった。続いてアメリカの国歌を歌ったのは、プロの歌手のアンドレア・プレス。南カリフォルニアの姉妹都市協会の報告によれば、セルマ・プレスの娘である。

60年前に縁組みを結んだと伝えられる夫婦の娘が、60年後に、立川の子どもたちの前でアメリカの国歌を歌った。こういう巡り合わせは、資料を読んでいて、いちばん鳥肌の立つところである。

翌日はサンバーナディノで、地元の学生との交流会と、60周年の記念式典。一行は立川音頭を披露し、そのあとは両国の生徒どうしのハイタッチである。式典は4時間に及んだと、文集はねぎらいの言葉を添えて記している。最終日の予定は、アナハイムのディズニーランドの「視察」。文集にはたしかにそう書いてある。視察の成果は、雨の中で日本に無いアトラクションと買い物を存分に楽しんだ、とある。公務とはかくも厳しい。

生徒の感想文には、英語の教科書には載らない小さな場面が並ぶ。ある中学生は、交流会で固まっていたところへ、地元の学生が「職場には病気だって言って、ここに来たんだ」と冗談を言ってくれて、緊張がほぐれたと書く。別の中学生は、帰りの空港の売店で、緊張のあまり「質問してもいいですか。いくらですか」と英語で言ってしまった。店員は微笑んで「いい質問だね。9ドルだよ」と答えたという。あとで、最初の一文は要らなかったと気づいたが、その「いい質問」がとても優しく感じられた、と。

もう一人は、アメリカで驚いたことを四つ挙げている。食べ物が大きいこと。建物が個性的なこと。スーパーのレジで店員がその日の調子を尋ねてくること。そして空気が乾いていること。立川にも個性の光る建物をもっと増やしてほしい、と結んでいる。中学生に宿題を出された気分である。

二つの基地のその後──公園と、国際空港

あのころ、二つの街の空には、軍の輸送機が飛んでいた。

サンバーナディノの最初のマクドナルドの店の跡。いまは博物館になっている(2014年撮影)
サンバーナディノの最初のマクドナルドの店の跡。いまは博物館になっている(2014年撮影)
写真: Marykdan / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

いま、立川の基地の跡には国営昭和記念公園があり、休日には芝生の上に家族連れのレジャーシートが並ぶ。この特集で何度も書いてきたとおり、立川基地は1977年(昭和52年)に全面返還され、1983年に公園の一部が開園した。返された土地は、広場と森と、研究所と美術の街に変わった。

サンバーナディノの基地も、同じ道をたどった。ノートン空軍基地の博物館の記録では、基地は1988年に基地再編閉鎖委員会によって閉鎖が決まり、1994年3月31日に閉じられた。跡地はいま、サンバーナディノ国際空港になっている。立川が基地の跡を公園にし、サンバーナディノは空港にした。軍の飛行場を手放した二つの街が、片方は空を見上げる芝生を選び、片方はもう一度、空へ向かう道を選んだ。

1959年に「同じ補給基地の街だから」と結ばれた二つの街は、どちらも、もう補給基地の街ではない。似た者どうしの縁組みは、似た理由を失ったあとも続いている。それはたぶん、縁組みの理由が途中で入れ替わったからだと思う。基地が似ているから、ではなく、毎年夏に誰かの子どもが泊まりに来るから、へ。

サンバーナディノは、ほかにもいくつか顔をもつ街である。英語版の百科事典は、1940年にリチャードとモーリスのマクドナルド兄弟が、この街でマクドナルドを始めたと書く。最初の店の跡にはいま、国道66号線の博物館があり、毎年9月には、ルート66を祝う4日間の祭りが中心街で開かれる。立川の名物が東京うどなら、姉の街の名物はハンバーガーの発祥地である。うどとハンバーガー。並べると、姉妹の食卓はずいぶん賑やかだ。

もう一つ、私の好きな話がある。サンバーナディノ市の旧公式サイトの歴史の頁によれば、1854年に市になったとき、人口1,200人のうち900人がモルモン教徒で、酒も賭け事も許されない街だったという。立川には競輪場がある。姉妹にも、性格の違いはある。

もう一人の姉妹、長野県大町市

立川には、山の向こうにもう一人の姉妹がいる。北アルプスのふもとの長野県大町市だ。

きっかけは1987年(昭和62年)9月、国の「都市と農村を結ぶ交流事業」で、立川の市民48人が大町を訪ねたことだった。その後、立川の催しへの大町の出店や、ゲートボールなどのスポーツ交流が続き、1991年(平成3年)3月25日、大町市で姉妹都市の提携を結んだ。1995年4月には、災害のときに互いに人や資材を出し合う協定も結んでいる。

立川の統計年報の最新号は、大町市のことを律儀に紹介している。人口は2万5,152人(2025年3月31日現在)。面積は565.15平方キロメートルで、立川市の24.36平方キロメートルのおよそ23倍。市役所の標高は726メートル、最低気温は零下14.1度、降雪量は346センチ。立川の人がこの数字を読むと、少し身構える。ちなみに同じ統計年報の「姉妹都市」の欄に載っているのは、大町市だけである。長姉のサンバーナディノの人口も気温も、そこには無い。理由は年報のどこにも書かれていない。姉は、ときどき家族写真に写り忘れる。

この二つの姉妹は、立川を通じてつながっている。市の頁には、サンバーナディノからの交換高校生は、1998年度から大町市も訪れ、ホームステイで大町の市民と交流している、とある。カリフォルニアの高校生が、立川を経由して北アルプスのふもとに泊まる。姉妹の姉妹は、やはり姉妹なのだ。

立川の中学生も、大町と行き来している。2015年度からは、両市の中学校の代表の生徒が互いの街を訪ねる「中学生サミット」が開かれてきた。2016年度、初めて大町の生徒を立川に招いたとき、一行は「普段は立ち入ることができない」たちかわ競輪場の宿泊施設に泊まった、と市の頁にある。2018年度には、東京オリンピック・パラリンピックに向けて立川の良さを英語で紹介しよう、という題で発表会が開かれた。長野と東京の中学生が、英語で立川を売り込む。姉妹の国際化は、こういうところからも進んでいる。

大町の味は、立川の街なかでも出会える。立川市の案内では、コトリンクの1階にある「のーかるバザール」には、立川産の野菜と並んで、大町市の地酒や名産品が置かれている。

立川に暮らす6,591人の外国籍の隣人

姉妹市の話から少し離れて、もっと身近な「世界」に目を向けてみる。

立川市の住民基本台帳の統計によれば、2026年1月1日現在、立川で暮らす外国籍の住民は6,591人。市の人口18万7,440人の3.5%、およそ28人に1人である。2017年には3,859人だったから、9年で1.7倍になった。

国籍の内訳を眺めると、街の変わり方が見えてくる。いちばん多いのは中国で2,459人。次がベトナムで810人。2017年には142人だったから、9年で5倍を超えた。ネパールは127人から539人、インドネシアは32人から242人、ミャンマーは6人から162人に増えた。一方、韓国は717人から748人とほぼ横ばいで、朝鮮籍の人は109人から80人へ減っている。アメリカ国籍の住民は200人。かつて基地の街だった立川で、いまアメリカ国籍の人は、ネパール国籍の人の半分にも満たない。街の「外国」の顔は、半世紀で大きく入れ替わった。

市は2016年(平成28年)12月19日、「多文化共生都市宣言」を出した。国籍や民族や文化の違いを互いに尊重し、共生する地域社会をめざす、という宣言で、英語、中国語、韓国語の版もある。宣言の4つの項目の一つは、「ともに地域社会の一員として、笑顔で交流します」。偶然だが、2019年にアメリカへ渡った中学生が感想文の題に選んだ言葉も「笑顔」だった。

市は2023年、18歳以上の外国籍の住民1,000人を無作為に選んでアンケートを送り、面接と合わせて248人から答えを得た。その報告書を開くと、「これからも立川市に住みたい」と答えた人は82.8%。理由には買い物や交通の便利さが多かったが、自然や緑が多いから、と答えた人も6割を超えた。昭和記念公園の緑は、国籍を問わず効いている。一方で、困っていることの1位は「日本語のコミュニケーション」で15.3%、2位は「お金」で12.5%だった。チラシをどの言葉で読むかという問いでは、ベトナムやフィリピンなどの人は、ふつうの日本語より「やさしい日本語」や英語を選ぶ人が多かった。この調査は、2025年度から始まった市の第5次多文化共生推進プランの土台になった。

その「日本語の壁」の前で、毎週、黙々と手を動かしている人たちがいる。市の頁によれば、市は立川国際友好協会の協力で、外国人のための日本語教室を開いている。協会の紹介では、教室は市の委託事業として年40回、3学期制で開かれ、柴崎学習館の木曜の昼と土曜の夜、西砂学習館の土曜の夜の三つがある。教えるのはボランティアで、市の頁は、日本語教師の資格がなくても、外国語が話せなくても大丈夫だと書いている。

協会の活動報告を読むと、教室の外の顔が見えてくる。2017年1月からは毎月一度、「多文化交流サロン えんがわ」を開いてきた。縁側。家の内と外のあいだにある、あの細長い場所である。名付けた人のセンスに拍手を送りたい。2026年の夏には、熊野神社の例大祭で、受講生とボランティアの計11人が高松町の自治会の神輿を担いだ。七夕には短冊に願いごとを書き、土曜教室ではボランティア19人と受講生28人が笹を囲んだという。

もう一つ、NPO法人のたちかわ多文化共生センターも、立川と近隣に住む外国の人を支えている。外国人のための相談窓口を開き、外国につながる子どものための日本語教室「つばさ」を運営する。毎年秋には、昭和記念公園で「世界ふれあい祭」を開いてきた。センターの頁によれば、2026年は第18回で、11月14日と15日の2日間、公園のみどりの文化センターで開かれる。

基地の跡の公園で、世界の人と立川の人が屋台を囲む。60年あまり前、フェンスの向こうの友好祭に立川の人が招かれていたことを思うと、主客がひっくり返って、ちょうどいい場所に落ち着いたように見える。

寄り道クイズの答え

答えは(B)国際司法裁判所。立川市の頁によれば、1971年度の姉妹市派遣高校生だった岩澤雄司氏は、2009年に立川で記念講演をしている。東京大学の発表によれば、岩澤氏は2018年6月に国際司法裁判所の裁判官に就き、2025年3月3日に所長に選ばれた。

訪ねる前に

  • 立川市役所(立川市泉町1156-9): 市の頁によれば、多摩モノレールの高松駅付近から裁判所の方へ約10分歩く。立川バスなら立川駅北口から「立川市役所」バス停まで約5分で、降りると目の前。姉妹市の担当は市民協働課の多文化共生係で、立川・サンバーナディノ姉妹市委員会の事務局も同じ係の中にある。行き方: https://www.city.tachikawa.lg.jp/shisei/gaiyo/1005931/1005970.html
  • 姉妹市サンバーナディノとの交流の概要(日英併記): https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/bunka/1003078/1003093/1003098.html
  • 立川・サンバーナディノ姉妹市委員会: https://sites.google.com/site/tachisanb/ 。高校生の派遣は再開が決まっておらず、2026年度は姉妹市の高校生とのオンライン交流を募集した(募集は6月10日で締め切り)。次の募集は市と委員会の頁で確かめてほしい。
  • 長野県大町市との交流: https://www.city.tachikawa.lg.jp/kanko/bunka/1003078/1003094/1003100.html 。大町の地酒や名産品は、コトリンク1階の「のーかるバザール」で(営業時間は市の頁で): https://www.city.tachikawa.lg.jp/sangyo/nogyo/1004077/1025863.html
  • 世界ふれあい祭(第18回): 2026年11月14日(土)・15日(日)10時〜16時、国営昭和記念公園みどりの文化センター。主催はたちかわ多文化共生センター: https://www.tmc.or.jp/ 。昭和記念公園の開園時間と入園料は公園の公式で確かめてほしい。
  • 外国人のための日本語教室とボランティア講師: 立川国際友好協会 https://tifa-class.net/ 。市の案内: https://www.city.tachikawa.lg.jp/kurashi/shiminkatsudo/1002047/1002053.html
  • 都心からは、JR中央線で新宿から立川へ。神奈川からは、JR南武線で川崎駅から乗り換えなしで立川駅に着く。
  • 組み合わせるなら: 基地の時代の立川を知る「基地の歴史」と「基地の町の文化」の回、横田から立川への週末の回、外国からの旅人の回をあわせて読むと、立川とアメリカ、立川と世界の距離がつかめる。

世界から帰ってきた体を、駅の北口で

ひと月のホームステイから帰った高校生は、たいてい時差と、慣れない食事の大きさと、たくさんの英語で、体の芯まで疲れているはずだ。旅人も、留学帰りも、ここで暮らしはじめたばかりの人も、体は正直である。

立川駅の北口から徒歩1分、立川市曙町2-14-10のエトロワビル3階に、オンザショア立川店がある。溶岩プレートを敷いたスタジオで行うホットヨガのスタジオで、常温のヨガやピラティス、女性専用のキックボクササイズ、ボクササイズ、HIIT、パーソナルトレーニングもある。ヨガだけで25種類以上のレッスンがある。

営業は8時から23時30分まで、年中無休で、曜日による違いはない。

ヨガの体験レッスンは税込1,980円。60分のレッスンに、バスタオル2枚、フェイスタオル1枚、ヨガマットのレンタルが含まれる。身ひとつで参加できる。

妊娠中の人は溶岩ホットヨガには参加できないが、常温のマタニティヨガがある。医師から運動を止められている人は利用できない。

料金は https://ontheshore.jp/price/ 、店の案内は https://ontheshore.jp/ 、体験の予約は https://site.locaop.jp/C0aVK?_src=hp で確かめられる。

1962年の夏、最初の立川の高校生が太平洋を渡った。あれから60年あまり、海の向こうでは、いまも誰かが、立川の子を「サン」と呼んで待っている。

冒頭の写真: 立川市泉町の立川市役所の庁舎。姉妹市の窓口も、この建物の中にある(2011年撮影)(写真: Altomarina / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons)

この記事の情報は2026年10月時点のものです。

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