連載「老化と運動」全10回の第8回です。

「運動は脳にも効く」という話は、この20年でほとんど常識のように語られるようになりました。海馬が大きくなる、認知症のリスクが下がる、神経が新しく生まれる——どれも研究に由来する言い方です。ところが、この分野の証拠は近年、期待の方向とは逆に動いてきました。

結論から書きます。よく動いている人の認知機能の低下が緩やかに見えるという観察は、多数あります。しかし、運動を割り付けて比べた大規模な介入試験では、認知機能に差がつかない結果が続いています。初期の小規模な試験で見えた効果は、規模を大きくすると消えました。

この回は、希望を煽らずに書きます。それでも最後に、運動を勧める理由が減らないことも書きます。認知機能は運動の効果を測る唯一の物差しではないからです。ヨガや筋力トレーニングと認知機能を扱った個別の検討は、別の記事と別の記事にまとめてあります。

老化と運動 第8回 脳の加齢と運動認知機能はどこまで守れるか|オンザショア立川店 立川駅徒歩1分年中無休の溶岩ホットヨガスタジオ

観察研究が描いてきた絵

まず、期待の出発点となった観察研究から見ます。ブロンデル(Blondell)らは、前向きコホート研究47件を統合し、身体活動の水準が高い群では認知機能の低下のリスクが相対危険度0.65(95%信頼区間 0.55〜0.76)、認知症のリスクが0.86(0.76〜0.97)と低いことを報告しました。ただし、重みの大きい1件の研究を除くと認知症のリスク低下は18%(0.82、0.73〜0.91)に縮みます。著者らは、質の高い研究、調整変数が多い研究、追跡が長い研究に限ると推定値はより保守的になる、とも書いています。

この「限定すると縮む」という現象を、正面から検討した統合があります。

Iso-Markku P, Aaltonen S, Kujala UM, et al. Physical Activity and Cognitive Decline Among Older Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis. JAMA Network Open. 2024;7(2):e2354285.

104件の研究・341,471名を対象とした解析です。出版バイアスを補正したうえで、身体活動は認知機能の低下や障害の発生と関連していました(統合相対危険度 0.97、95%信頼区間 0.97〜0.99)。しかし追跡期間が10年を超える研究では、この関連は有意ではなくなりました。追跡時点の全般的認知機能との標準化回帰係数は0.03(0.02〜0.03)、変化量との係数は0.01(0.01〜0.02)。関連が見られた領域はエピソード記憶(0.03、0.02〜0.04)と言語流暢性(0.05、0.03〜0.08)でした。著者らの結論は率直です——身体活動は後年の認知機能の良さと関連するが、その関連は弱い。

逆因果という、この分野に固有の難しさ

追跡が短いほど関連が強く見え、長いほど弱くなる。この形は、逆因果を強く示唆します。認知機能の低下は、診断がつく何年も前から始まっていて、その過程で外出が減り、運動量も落ちます。つまり「運動しなくなったから認知機能が落ちた」のではなく、「認知機能が落ち始めたから運動しなくなった」という向きが、データの一部を作っているということです。

同じ理由で、横断的な比較もほとんど役に立ちません。いま活動的な高齢者と、そうでない高齢者を比べたとき、両者を分けている要因は運動だけではありません。教育歴、収入、同居者の有無、聴力、視力、うつ——どれも認知機能と活動量の両方に影響します。統計的な調整は、測れた変数についてしか行えません。測っていない要因が残っているかぎり、関連の一部は交絡のままです。

この向きの混入は、統計で完全には取り除けません。追跡開始から数年以内の発症例を除外する、開始時の認知機能で調整する、といった手当ては行われますが、どこまで除けば十分かを決める基準はありません。だからこそ、割り付けて比べる試験の結果が重要になります。

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初期の試験が見せた希望

2000年代の後半から2010年代の前半にかけて、小規模ながら肯定的な試験が相次ぎました。ラウテンシュラーガー(Lautenschlager)らは、記憶の問題を自覚しているが認知症の基準は満たさない50歳以上の170名を、自宅での24週間の運動プログラム群と教育・通常ケア群に割り付けました。介入終了時点の認知機能尺度の差は-1.3点(95%信頼区間 -2.38〜-0.22)で、運動群がわずかに良い結果でした。138名が18か月の評価まで残っています。

そして、この分野で最もよく引用される研究があります。

Erickson KI, Voss MW, Prakash RS, et al. Exercise training increases size of hippocampus and improves memory. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 2011;108(7):3017-3022.

高齢者120名を対象とした無作為化比較試験で、有酸素運動のトレーニングが海馬の前部を大きくし、空間記憶の改善につながったと報告されました。海馬の体積は2%増加し、加齢による1年から2年分の減少を相殺したとされています。体積の増加は神経新生に関わるBDNFの血中濃度と関連していました。対照群では海馬の体積が低下したものの、開始時の体力が高いほど低下が小さかったとも書かれています。

この結果は強い印象を残しました。「運動で脳が大きくなる」という言い方は、ここから広まったといってよいと思います。問題は、その後に何が起きたかです。

なお、この時期の試験には共通した特徴があります。参加者は数十人から百数十人、追跡は半年から1年半、そして多くが単一の施設で行われました。規模が小さいと、偶然による偏りが結果を左右しやすくなります。加えて、良い結果の出た試験のほうが発表されやすいという出版の偏りも働きます。初期に肯定的な報告が並ぶこと自体は、その分野の効果が本物であることの証拠にはなりません。確かめる方法はひとつ——規模を大きくして、同じことをやり直すことです。

大規模試験で、差がつかなくなる

Sink KM, Espeland MA, Castro CM, et al. Effect of a 24-Month Physical Activity Intervention vs Health Education on Cognitive Outcomes in Sedentary Older Adults: The LIFE Randomized Trial. JAMA. 2015;314(8):781-790.

米国8施設で、座位中心の70歳から89歳までの高齢者1,635名を、歩行・筋力・柔軟性を組み合わせた24か月の運動プログラム818名と、健康教育817名に割り付けた試験です。認知機能は1,476名(90.3%)で評価されました。24か月時点の数字を見てください——符号照合課題は運動群46.26点、健康教育群46.28点(差 -0.01点、95%信頼区間 -0.80〜0.77、P = 0.97)。言語学習検査の遅延再生は7.22語と7.25語(差 -0.03語、-0.29〜0.24、P = 0.84)。他のどの認知指標でも差は見られませんでした。軽度認知障害または認知症の発症は運動群98名(13.2%)、健康教育群91名(12.1%)で、オッズ比1.08(0.80〜1.46)です。

唯一の例外は部分集団の解析でした。80歳以上の307名と、開始時の身体機能が低い328名では、実行機能の複合得点の変化が健康教育群より良い結果でした(いずれも交互作用 P = 0.01)。ただしこれは事前に主要評価項目として設定されたものではなく、仮説を生む材料であって、結論ではありません。

yogaのレッスン前の様子生徒の足もとにあるヨガマット 立川駅徒歩1分年中無休の溶岩ホットヨガスタジオ

その後の試験も、同じ方向を向いている

軽度認知障害のある人に絞った試験があります。

Baker LD, Pa JA, Katula JA, et al. Effects of exercise on cognition and Alzheimer’s biomarkers in a randomized controlled trial of adults with mild cognitive impairment: The EXERT study. Alzheimer’s & Dementia. 2025;21(4):e14586.

健忘型の軽度認知障害がある座位中心の高齢者296名を、中〜高強度の有酸素運動群と、低強度のストレッチ・バランス・可動域運動群に割り付け、18か月追跡しました。監督下のセッションへの出席率は81%と87%と高いものでした。結果は、認知機能への介入効果が2群で違わないというものです(回帰係数 -0.078、標準誤差 0.074、p = 0.3)。注目すべきは、どちらの群でも12か月時点で認知機能の低下が見られなかったことです。著者らは、監督つきの運動がどちらの強度でも軽度認知障害の進行を足止めした可能性を挙げつつ、さらなる検討が必要だとしています。

より新しい試験も見ておきます。

Zhang R, Vidoni E, Vongpatanasin W, et al. Effects of Exercise and Intensive Vascular Risk Reduction on Cognitive Function in Older Adults: A Randomized Clinical Trial. JAMA Neurology. 2026;83(5):424-434.

認知症のない60歳から85歳までの513名を、有酸素運動、血圧と脂質を薬で厳格に下げる介入、その併用、通常ケアの4群に割り付けた24か月の試験です。480名が主解析に含まれました(平均年齢68.7歳、女性323名、63.0%)。主要評価項目である全般的認知機能の複合得点は、運動なし群で0.2単位(95%信頼区間 0.1〜0.3)、運動群で0.3単位(0.2〜0.4)上昇しましたが、群間差は0.1単位(-0.1〜0.2、P = 0.37)で有意ではありません。血管危険因子の介入でも同様でした。

脳の容積が変わることと、成績が変わること

ここで、容積の話に戻ります。EXERT試験では、12か月間の海馬の体積の減少が両群とも0.51%と小さいものでした。一方で認知機能に群間差はありません。エリクソン(Erickson)らの試験では体積が2%増え、記憶も改善しました。体積と成績が同じ方向に動くこともあれば、動かないこともある——これが現在の状況です。

考えてみれば当然でもあります。脳の容積は、神経細胞の数だけでなく、血流、細胞外の水分量、グリア細胞、血管の状態など多くのものを反映します。運動の直後に測れば、血流や水分の変化が体積として写ることもあり得ます。そして、体積が数パーセント変わったとして、それが記憶課題の得点に翻訳される保証はどこにもありません。脳の画像所見は、認知機能そのものではなく、その代理指標です。この連載で繰り返してきた構図が、ここでも成り立ちます。

研究の種類示していること限界
観察研究(追跡が短い)活動的な人ほど認知機能が良い逆因果が最も入りやすい
観察研究(追跡が10年超)関連は有意でなくなる脱落と競合リスクが増える
小規模な介入試験肯定的な結果が出やすい検出力が低く、偶然の変動を拾う
大規模な介入試験認知機能に群間差なし対照群も何かをしていることが多い
脳画像容積や血流が動くことがある認知機能そのものではない

系統的レビューはどう評価しているか

公的機関の依頼で行われた評価があります。ブラシュア(Brasure)らは、認知障害と診断されていない成人を対象に6か月以上続いた試験32件を精査し、そのうちバイアスのリスクが低〜中程度の16件を無介入対照と比較しました。結論は、有酸素運動・筋力トレーニング・太極拳のいずれについても、認知機能の改善を判断するには証拠が不十分というものでした。多要素の運動介入については「認知機能への効果なし」という低い強度の証拠があり、認知症の予防についてはすべての運動介入で証拠が不十分とされています。

一方で、運動に食事や認知トレーニングを組み合わせた多因子の介入には、認知機能の低下を遅らせるという低い強度の証拠がある、とも書かれています。この方向で最近の大規模試験を見ておきます。

Brodaty H, Chau T, Heffernan M, et al. An online multidomain lifestyle intervention to prevent cognitive decline in at-risk older adults: a randomized controlled trial. Nature Medicine. 2025;31(2):565-573.

認知症のない55歳から77歳までのオーストラリア在住者6,104名を、身体活動・栄養・認知活動・気分に関する個別化されたオンライン指導群と、情報提供のみの対照群に割り付け、3年間追跡した試験です。全般的認知機能の複合得点の変化は、介入群0.28(95%信頼区間 0.25〜0.32)、対照群0.10(0.07〜0.13)、群間差0.18(0.13〜0.23、P < 0.001)でした。複数の要素を組み合わせ、規模を大きくした設計では、小さいながら差がついています。ただしこれは運動単独の効果ではありません。

それでも運動を勧める理由

ここまでの整理は、失望させるものかもしれません。しかし、読み方を間違えないでください。「認知機能の改善は示されていない」は、「運動に意味がない」ではありません。

第一に、これらの試験が測っているのは認知機能の検査得点です。LIFE試験の参加者は、認知機能に差はつかなかったものの、移動能力を保つことを目的とした試験に参加していました。第7回までに見てきたとおり、運動は筋力・歩行・心肺機能・骨に働きかけます。それらは認知機能の得点には表れませんが、自立して暮らせるかどうかを直接左右します。

第二に、EXERT試験のように、どちらの群も低下しなかったという結果の読み方があります。監督つきで定期的に体を動かす環境に置かれること自体に、何らかの意味があった可能性は残ります。対照群が「何もしない群」ではないとき、群間差がないことは効果がないことと同じではありません。

第三に、認知症の予防を目的に運動を勧めることと、健康のために運動を勧めることは、別の主張です。前者にはまだ十分な根拠がありません。後者には、第9回で見るとおり、死亡率という最も硬い転帰にもとづく根拠があります。過大な約束をしないことと、勧めないことは違います。

次回予告

第9回は「運動量と死亡率——用量反応の疫学」を扱います。この連載で唯一、中間指標を経由せずに最終的な転帰を扱う回です。どれだけ動けばどれだけリスクが下がるのか、その曲線はどこで頭打ちになるのか、そして観察研究であることの限界をどう見積もるのかを見ていきます。

この連載の全10回

  1. 第1回|老化とは何か——生物学的年齢という考え方
  2. 第2回|有酸素能力の低下——運動で取り戻せる幅
  3. 第3回|筋はなぜ減るのか——加齢性筋減少の機序
  4. 第4回|ミトコンドリアと運動
  5. 第5回|テロメアと運動——期待と実測のずれ
  6. 第6回|慢性微小炎症——インフラメイジング
  7. 第7回|骨と関節の加齢——何が可逆で何が不可逆か
  8. 第8回|脳の加齢と運動——認知機能はどこまで守れるか(この記事)
  9. 第9回|運動量と死亡率——用量反応の疫学
  10. 第10回|総括——「アンチエイジング」の主張をどう読むか

出典

  1. Blondell SJ, Hammersley-Mather R, Veerman JL. Does physical activity prevent cognitive decline and dementia?: A systematic review and meta-analysis of longitudinal studies. BMC Public Health. 2014;14:510.
  2. Iso-Markku P, Aaltonen S, Kujala UM, et al. Physical Activity and Cognitive Decline Among Older Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis. JAMA Network Open. 2024;7(2):e2354285.
  3. Lautenschlager NT, Cox KL, Flicker L, et al. Effect of physical activity on cognitive function in older adults at risk for Alzheimer disease: a randomized trial. JAMA. 2008;300(9):1027-1037.
  4. Erickson KI, Voss MW, Prakash RS, et al. Exercise training increases size of hippocampus and improves memory. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 2011;108(7):3017-3022.
  5. Sink KM, Espeland MA, Castro CM, et al. Effect of a 24-Month Physical Activity Intervention vs Health Education on Cognitive Outcomes in Sedentary Older Adults: The LIFE Randomized Trial. JAMA. 2015;314(8):781-790.
  6. Baker LD, Pa JA, Katula JA, et al. Effects of exercise on cognition and Alzheimer’s biomarkers in a randomized controlled trial of adults with mild cognitive impairment: The EXERT study. Alzheimer’s & Dementia. 2025;21(4):e14586.
  7. Zhang R, Vidoni E, Vongpatanasin W, et al. Effects of Exercise and Intensive Vascular Risk Reduction on Cognitive Function in Older Adults: A Randomized Clinical Trial. JAMA Neurology. 2026;83(5):424-434.
  8. Brasure M, Desai P, Davila H, et al. Physical Activity Interventions in Preventing Cognitive Decline and Alzheimer-Type Dementia: A Systematic Review. Annals of Internal Medicine. 2018;168(1):30-38.
  9. Brodaty H, Chau T, Heffernan M, et al. An online multidomain lifestyle intervention to prevent cognitive decline in at-risk older adults: a randomized controlled trial. Nature Medicine. 2025;31(2):565-573.

この記事は公表された研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。運動は認知症の予防法として確立したものではなく、この記事は治療の代わりになるものではありません。もの忘れが増えた、道に迷う、同じことを繰り返し尋ねるといった変化が続く場合は、年齢のせいと自己判断せず医療機関にご相談ください。持病のある方、高齢の方が新しい運動を始めるときは、開始前に主治医に相談してください。

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