ピラティスの説明でほぼ必ず登場するのが「コア」という言葉です。しかしこの言葉ほど、使う人によって意味が違うものもありません。腹筋のことだと思っている人、お腹をへこませることだと思っている人、体幹全体を指していると思っている人——どれも部分的には正しく、どれも全体ではありません。

この記事では、コアと呼ばれる構造を解剖学と力学の観点から整理します。どの筋肉がどう配置され、呼吸とどう関係し、腹腔内圧という現象が体幹の安定にどう関わるのか。そして、ここが重要なのですが、研究で確かめられている部分と、もっともらしく語られているだけの部分を分けて示します。

コアは「筋肉の塊」ではなく「囲い」である

コアを解剖学的に捉えると、腹部を取り囲む立体的な構造として理解するのが最も実態に近くなります。

  • 上面(フタ):横隔膜。ドーム状の筋で、収縮すると下がり、息が入る
  • 底面(床):骨盤底筋群。骨盤の底をハンモックのように張る筋の集まり
  • 前面と側面(壁):腹横筋。腹部をぐるりと横向きに走る、最も深い層の腹筋
  • 背面(後ろの壁):多裂筋。背骨の一つひとつをつなぐ細かい筋

この4つで囲まれた空間が腹腔です。つまりコアとは「鍛える対象の筋肉」というより、内臓を収めた圧力容器として理解したほうが機能がわかりやすくなります。

なぜ「囲い」だと理解が変わるのか

コアを「腹筋」だと思っていると、トレーニングは「腹筋を硬くすること」に向かいます。しかし囲いとして捉えると、目的は容器の圧力を必要なときに必要なだけ調整することになります。常に硬く固めることではありません。

この違いは実際の動きに現れます。歩く、階段を上る、物を持ち上げる、咳をする、笑う——それぞれで必要な体幹の硬さは違います。常に最大限に固めていたら、呼吸もできませんし、滑らかに動くこともできません。

腹腔内圧(IAP)という仕組み

腹腔内圧(intra-abdominal pressure、IAP)は、腹腔の中の圧力のことです。風船を両手で軽く押さえると張りが出るのと同じで、囲いの筋が働くと内部の圧が上がり、体幹全体が構造的に硬くなります。

ここで呼吸が関わります。横隔膜が収縮して下がると、腹腔は上から押される形になります。このとき腹横筋や骨盤底筋が釣り合う形で働かなければ、圧はお腹を前に突き出す方向や、骨盤底を押し下げる方向に逃げてしまいます。

研究の文脈では、横隔膜が腹腔内圧を調整することを通じて姿勢の安定に寄与すること、そして横隔膜が下がって内圧が上がるときに、腹横筋と骨盤底筋の活動が伴う必要があることが報告されています。呼吸と姿勢制御は別々の機能ではなく、同じ構造が両方を担っているということです。

ピラティスの呼吸が独特である理由

ピラティスでは、息を吸うときにお腹を大きく膨らませるのではなく、腹部を引き込んだ状態を保ちながら胸郭を左右・後方に広げるように指導されることが多くあります。腹部の筋を等尺性(長さを変えずに張力を出す状態)に保ったまま、横隔膜の下降による圧の上昇と釣り合わせる、という考え方です。

この方法は、いわゆる腹式呼吸とは狙いが異なります。腹式呼吸がリラックスや換気量の確保に向くのに対し、ピラティスの呼吸は動作中に体幹の張りを維持したまま呼吸を続けることを目的としています。どちらが優れているという話ではなく、目的が違います。

なお、呼吸法を組み合わせたピラティスが肺機能や姿勢、姿勢安定性に及ぼす影響を調べた無作為化比較試験も報告されています。ただしこの領域はまだ研究の数が限られており、対象も限定的です。「呼吸が変われば全身が変わる」といった大きな主張を支えるだけの蓄積があるとは言えません。

腹横筋 — 何がわかっていて、何が言い過ぎか

コアの話で最も頻繁に登場する筋が腹横筋です。ここは丁寧に扱う必要があります。

わかっていること

健常者では、腕を素早く上げるような動作において、腹横筋が体幹の筋のうち最初に働くことが示されています。しかも腕を動かす方向に関係なく先行して働きます。一方、腰痛を持つ人ではこの発火が遅れることが報告されました。

Hodges PW, Richardson CA. Inefficient muscular stabilization of the lumbar spine associated with low back pain: a motor control evaluation of transversus abdominis. Spine. 1996;21(22):2640–2650.

この「先行収縮」という現象自体は、繰り返し観察されている確かな知見です。体幹は、手足が動く前に準備を始めている——これは運動制御を考えるうえで重要な事実です。

言い過ぎであること

問題はここから先です。「腰痛の人は腹横筋の発火が遅い」から「腹横筋を鍛えれば腰痛が治る」への飛躍には根拠がありません。この点を体系的に批判したのが次のレビューです。

Lederman E. The myth of core stability. Journal of Bodywork and Movement Therapies. 2010;14(1):84–98.

指摘の要点は三つです。第一に、発火の遅れが痛みの原因か結果かは区別できていないこと。第二に、筋は力の発揮、硬さの調整、呼吸、姿勢、動作を同時に担っており、特定の筋群を「安定化専用の装置」として切り出す見方に無理があること。第三に、訓練で発火のタイミングが変わったとしても、それが痛みの改善につながるとは限らないことです。

その後の診療ガイドラインも、深部コアの単独強化を他の運動より特別に優れたものとしては扱っていません。「腹横筋を意識しなさい」という指導が有害だという話ではなく、それが唯一の正解ではないということです。

「お腹をへこませる」と「お腹を固める」の違い

実践の場でよく議論になるのが、腹部の使い方の二つの流儀です。

ドローイン(hollowing)は、お腹を薄く引き込む方法です。腹横筋を選択的に働かせることを意図しており、ピラティスの指導でよく使われます。

ブレーシング(bracing)は、腹部全体を四方から固める方法です。重い物を持ち上げる直前に身構えるときの状態に近く、筋力トレーニングの文脈で推奨されることが多い方法です。

どちらが優れているかについては議論が続いており、決着していません。研究レベルでは、課題の種類によって適した戦略が異なる可能性が示唆されています。軽い動作で細かく制御したい場面と、大きな負荷に耐える場面では、必要な硬さがそもそも違うからです。

実際的には、「どちらか一方が常に正しい」と教える指導者には注意してよいでしょう。場面によって使い分ける、というのが現在の理解に近い立場です。

熟練度によって筋の使い方は変わるのか

ピラティスの経験が筋活動に与える影響を、表面筋電図(EMG)で調べた研究があります。表面筋電図は、皮膚の上から電極を貼って筋の電気的な活動を記録する方法です。

女性を対象に、ピラティスの習熟度によって機能的動作と体幹筋の活動を比較した研究では、経験者のほうが機能的動作スクリーニングの得点が有意に高く、外腹斜筋の平均活動がすべての種目で有意に大きかったと報告されています。

また、ピラティスを用いた安定化エクササイズの生体力学的解析では、経験者は非経験者に比べ、腹直筋よりも内腹斜筋をより多く働かせる傾向が示され、その差は骨盤を後傾させて背中を丸めた姿勢で最も大きかったと報告されています。

これらが示唆するのは、同じ種目をやっていても、経験によって「どこを使っているか」が変わるということです。見た目が同じでも中身が違う。初心者が指導を受ける意味はここにあります。独学で形だけ真似ても、狙った筋が働いているとは限りません。

ただし注意すべき点

これらの研究は横断研究、つまりある時点で経験者と初心者を比べたものが中心です。「ピラティスを続けたからそうなった」のか「もともとそういう人が続けている」のかは、この設計では区別できません。因果を示すには、同じ人を追跡する縦断研究や無作為化比較試験が必要です。

また表面筋電図は皮膚の上から測るため、腹横筋のような深い層の筋を単独で正確に評価することは困難です。腹横筋の活動を厳密に見るには超音波画像や細い針電極が必要になります。研究で「体幹筋」と書かれていても、実際に測っているのは表層の筋であることが多い点は知っておいてよいでしょう。

骨盤底筋という「床」

コアの底面を担う骨盤底筋は、ピラティスの文脈で頻繁に言及されます。産後や更年期の不調と結びつけて語られることも多い部位です。

ここでも事実を正確に押さえておく必要があります。ピラティスと骨盤底筋機能について調べたシステマティックレビュー・メタアナリシス(Journal of Bodywork and Movement Therapies、2018年)では、4,434件の文献から2件が採用され、ペリネオメーター(骨盤底筋の収縮圧を測る機器)で評価した骨盤底筋機能に群間差は認められませんでした(p = 0.32)。健常女性がピラティスを行うことで骨盤底筋機能が変化するという根拠は示されなかった、というのが結論です。

骨盤底筋を鍛えたい場合は、骨盤底筋トレーニング(PFMT)として設計された運動を別に行う必要があると考えるのが、現時点では妥当です。ピラティスをやっていれば自動的に骨盤底が強くなる、とは言えません。この点は、ピラティスを紹介する記事でしばしば誇張される部分です。

多裂筋 — 背骨をつなぐ細かい筋

コアの後ろの壁を担うのが多裂筋です。背骨の突起から1〜3個離れた椎骨へと斜めにかかる、短く細かい筋の集まりで、脊柱起立筋のような大きな筋の下に隠れています。

多裂筋の役割は、背骨を大きく動かすことではなく、椎骨どうしの細かい位置関係を保つことにあると考えられています。大きな筋が幹を動かすとすれば、多裂筋は各関節のブレを抑える調整役です。

腰痛との関連では、腰痛を持つ人で多裂筋の断面積が小さくなっている、あるいは脂肪に置き換わっているという画像所見が報告されてきました。ただしここでも因果の問題が残ります。痛みで動かさなくなった結果として筋が痩せたのか、痩せていたから痛みが出たのか、この種の観察研究では区別できません。

実践上の含意は、「多裂筋だけを狙って鍛える」ことに固執しない、という点です。多裂筋は背骨を細かく分節的に動かす動作——たとえば背骨を一つずつ順番に丸めたり伸ばしたりする動き——の中で自然に働きます。ピラティスにこの種の動作が多いのは、偶然ではありません。

「体幹が安定している」とはどういう状態か

安定性(stability)という言葉も、曖昧に使われがちです。力学的には、外乱を受けたときに元の状態に戻る能力を指します。硬いことと安定していることは同じではありません。

鉄の棒は硬いですが、想定外の方向から力を受ければ折れます。しなやかな竹は、たわみながら元に戻ります。体幹に求められるのは後者に近いものです。必要なときに硬くでき、不要なときに緩められること——この切り替えの能力が安定性の実体です。

硬くしすぎることの問題

体幹を常に固めていると、いくつかの不都合が生じます。呼吸が浅くなる、腹腔内圧が上がり続けることで骨盤底に持続的な負担がかかる、股関節や胸椎の動きが減り他の部位が代償する、といったことです。

「常にお腹を締めていなさい」という指導を見かけることがありますが、これは前述の「囲い=圧力容器」という理解からすると不自然です。容器の圧は、課題に応じて上下するものです。

呼吸を止めないことの意味

力を出すとき、人は自然に息を止めます。声門を閉じて腹圧を高める動作(バルサルバ法)は、重い物を持ち上げる場面では理にかなった戦略です。しかし血圧を急激に上昇させるため、高血圧のある方や心血管系に不安のある方では注意が必要とされています。

ピラティスが「動きながら呼吸を続ける」ことを重視するのは、この点でも意味があります。呼吸を止めずに体幹の張りを保つ練習は、日常動作により近い条件で体幹を使う訓練になります。

胸郭と股関節 — コアの「隣」を見る

コアの話は腹部に集中しがちですが、実際に体幹の使われ方を左右するのは、その上下にある胸郭と股関節の動きです。

胸郭(肋骨のかご)は呼吸のたびに形を変えます。肋骨と胸椎の関節が硬くなると、息を吸うときに胸郭が広がりにくくなり、その分を腰の反りや肩の挙上で代償することになります。ピラティスで「肋骨を閉じる」「背中側に息を入れる」といった指示が出るのは、この代償を減らすためです。

股関節は、脚と体幹をつなぐ大きな関節です。股関節の屈曲が乏しい人は、前かがみになるときに腰椎を過剰に曲げて補います。逆に股関節の伸展が乏しいと、立ったときに腰を反らせて姿勢を作ることになります。

つまり、「腰が動きすぎる」問題の多くは、腰そのものではなく隣の関節の動きの乏しさに起因している可能性があります。腰だけを鍛えても解決しない理由がここにあります。

研究の読み方 — 機序と効果を混同しない

この記事で繰り返し強調してきたのは、「そう説明できる」ことと「そうなると証明されている」ことの違いです。最後にこの点を整理しておきます。

機序(メカニズム)の研究は、体の中で何が起きているかを調べます。筋電図で筋の活動を測る、超音波で筋の厚さを見る、圧力センサーで腹腔内圧を測る、といった研究です。これらは「どう動いているか」を教えてくれます。

効果(アウトカム)の研究は、介入によって人がどう変わったかを調べます。痛みが減ったか、日常生活の制限が軽くなったか、転倒が減ったか。無作為化比較試験がその代表です。

問題は、機序の研究から効果を推測してしまうことです。「腹横筋が先に働く」という機序の知見から「だから腹横筋を鍛えれば腰痛が治る」という効果を導くのは、飛躍です。実際にその飛躍が検証にかけられた結果、支持されなかったというのが、この20年の経過でした。

健康情報を読むとき、その主張が機序の話なのか効果の話なのかを見分ける習慣は、非常に役に立ちます。機序の説明は直感的で説得力がありますが、説得力と正しさは別物です。

「なぜ効くか」がわからなくても効くことはある

逆のパターンもあります。運動が慢性腰痛に有効であることは複数の研究で支持されていますが、なぜ効くのかは完全には解明されていません。筋力の向上、可動域の改善、恐怖回避の軽減、痛みの感じ方そのものの変化、睡眠や気分の改善——複数の経路が関わっていると考えられていますが、どれがどれだけ寄与しているかは明確ではありません。

機序がわからなくても効果は使える。効果が示されなくても機序は正しいかもしれない。この二つを別々に扱うのが、研究を実生活に活かすときの基本姿勢だと考えています。

この記事のまとめ

構造として言えること

  • コアは横隔膜・骨盤底筋・腹横筋・多裂筋に囲まれた圧力容器として理解できる
  • 横隔膜は呼吸だけでなく、腹腔内圧の調整を通じて姿勢の安定に関わる
  • 健常者では腹横筋が体幹筋のうち先行して働く(Hodges & Richardson 1996)

言い過ぎてはいけないこと

  • 腹横筋の発火遅延が腰痛の原因だとは示されていない(Lederman 2010)
  • ドローインとブレーシングのどちらが優れているかは決着していない
  • 熟練者と初心者の筋活動の違いは横断研究が中心で、因果は示されていない
  • ピラティス単独で骨盤底筋機能が改善するという根拠は示されていない

コアという言葉は便利ですが、便利さゆえに曖昧なまま使われがちです。解剖と力学に戻って考えると、「固める」ことより「調整する」ことが本質だとわかります。そしてその調整は、呼吸と切り離せません。ピラティスが呼吸にこだわる理由は、精神論ではなく、この構造にあります。

出典

  1. Hodges PW, Richardson CA. Inefficient muscular stabilization of the lumbar spine associated with low back pain: a motor control evaluation of transversus abdominis. Spine. 1996;21(22):2640–2650.
  2. Lederman E. The myth of core stability. Journal of Bodywork and Movement Therapies. 2010;14(1):84–98.
  3. The pilates method in the function of pelvic floor muscles: Systematic review and meta-analysis. Journal of Bodywork and Movement Therapies. 2018.
  4. Comparisons of functional movements and core muscle activity in women according to Pilates proficiency.(表面筋電図による熟練度比較)
  5. The Relationship of Trunk Muscle Activation and Core Stability: A Biomechanical Analysis of Pilates-Based Stabilization Exercise.

この記事は研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。症状のある方は医療機関にご相談ください。

author avatar
宮川涼 Founder
PAGE TOP
ご体験予約