連載「ピラティスの6原則を科学で検証する」全10回の第5回です。

「お腹を膨らませず、肋骨を横と後ろに広げて」——ピラティスの呼吸は、一般的な腹式呼吸とは異なる形で指示されます。側方拡張呼吸、あるいは胸郭呼吸と呼ばれる方法です。腹壁の張りを保ったまま息を吸うため、中心の支えを失わずに換気ができる、というのが説明の骨子になります。

この説明は、横隔膜が呼吸だけでなく姿勢の制御にも関わるという生理学の知見に支えられています。では、その知見はどこまで、何を示しているのか。

結論を先に述べます。横隔膜が姿勢に関わること、そして腹腔内圧が体幹の支えとして働くことは、直接の計測で確かめられている。一方、側方拡張呼吸という特定の呼吸法が他の呼吸法より優れるという比較試験は見当たらない。機序は堅く、処方の根拠は薄い、という配置です。

ピラティスの6原則を科学で検証する 第5回 呼吸側方拡張呼吸と腹腔内圧|オンザショア立川店 立川駅徒歩1分年中無休の溶岩ホットヨガスタジオ

横隔膜は、腕を上げる前に収縮している

出発点は、立位で腕を素早く上げる課題を使った実験です。胃内圧・食道内圧・経横隔膜圧を測定しながら、横隔膜に筋内電極を刺入して筋電図を記録し、さらに超音波で横隔膜の長さの変化を追いました。

Hodges PW, Butler JE, McKenzie DK, Gandevia SC. Contraction of the human diaphragm during rapid postural adjustments. The Journal of Physiology. 1997;505(Pt 2):539-548.

視覚刺激に応じて肩を屈曲させると、横隔膜の肋骨部と脚部の筋電図活動が、三角筋の活動より約20ミリ秒早く現れました。この先行収縮は、腕を動かし始めた呼吸の位相にかかわらず起きています。そして横隔膜の筋電図の立ち上がりは、腹横筋のそれと一致していました。

圧の変化も測られています。胃内圧と経横隔膜圧は、それぞれ13.8±1.9 cmH2Oと13.5±1.8 cmH2O上昇しました(平均±標準誤差)。この上昇は横隔膜の筋電図が立ち上がってから49±4ミリ秒後に起き、四肢が動き出す63±7ミリ秒前に先行していました。

つまり、腕を上げるという運動に対して、身体は先に腹腔の圧を上げ、体幹を固めてから動いている。横隔膜は呼吸筋であると同時に、姿勢の筋でもあるということです。

腹腔内圧はどう作られるか

では、その圧はどのように作られるのか。同じ研究グループが、反復する四肢運動で体幹の安定を繰り返し脅かしながら、横隔膜・腹筋・脊柱起立筋の筋電図と、腹腔内圧・胸腔内圧・経横隔膜圧を同時に記録しました。

Hodges PW, Gandevia SC. Changes in intra-abdominal pressure during postural and respiratory activation of the human diaphragm. Journal of Applied Physiology. 2000;89(3):967-976.

四肢運動の間、横隔膜と腹横筋は持続的に活動し、そこに呼吸の周期と四肢運動の周期の両方で変動が重なりました。他の体幹筋の活動は呼吸で変動しませんでした。腹腔内圧は、運動から生じる反力に比例して上昇しています。

著者らの整理はこうです。横隔膜と腹筋が同時に働くことで腹腔内圧の持続的な上昇が生まれ、吸気と呼気は、横隔膜と腹筋が互いに逆向きに働いて、加圧された腹腔の形を変えることで制御される。圧を保ちながら息を吸うという、側方拡張呼吸の指導が前提にしている状態は、生理学的にはこの「形を変える」働きにあたります。

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呼吸の要求が増えると、姿勢の働きは減る

ただし、この二つの役割は無限に両立するわけではありません。呼吸の要求を人工的に高めたときに何が起きるかを調べた研究があります。

Hodges PW, Heijnen I, Gandevia SC. Postural activity of the diaphragm is reduced in humans when respiratory demand increases. The Journal of Physiology. 2001;537(Pt 3):999-1008.

健常者13名に、死腔を増やした状態で呼吸させながら、脊柱の安定を乱すための素早い反復腕運動を行わせました。呼気終末の二酸化炭素濃度と換気量は最初の60から120秒で上昇し、その後は横ばいになります。

高炭酸ガス血症が60秒続いた後に腕を動かすと、呼気時の持続的な横隔膜活動と、腕運動に伴う相動性の活動が、減弱するか消失しました。同じ変化が呼気筋である腹横筋にも起き、脊柱起立筋には起きませんでした。腹腔内圧の平均振幅と、腕運動に伴う変動も小さくなっています。著者らは、呼吸の中枢性駆動が増すと、運動ニューロンに届く姿勢の指令が減弱するのだろうと述べました。

実務的な含意は明快です。息が上がる状況では、体幹の支えは相対的に弱くなる。呼吸と姿勢は競合しうるということであり、「呼吸を整えれば体幹は常に安定する」という説明はそのままでは成り立ちません。

どの呼吸が、どれだけ圧を上げるのか

では、呼吸の仕方によって腹筋の活動や腹腔内圧はどう変わるのか。姿勢と呼吸パターンを組み合わせて測った横断研究があります。

Kawabata M, Shima N. Interaction of breathing pattern and posture on abdominal muscle activation and intra-abdominal pressure in healthy individuals: a comparative cross-sectional study. Scientific Reports. 2023;13(1):11338.

スポーツ科学を専攻する健常な大学生14名が、仰臥位と肘つま先支持(プランク)の2姿勢で、静かな鼻呼吸・深い鼻呼吸・完全な努力性呼気・腹筋を等尺性に収縮させながらの努力性吸気の4課題を行いました。

課題腹横筋・内腹斜筋の活動腹腔内圧
静かな鼻呼吸・深い鼻呼吸20%未満15%未満
努力性呼気(仰臥位)47.6%24.9%
努力性吸気(プランク)35.7%15%未満

数値は最大随意収縮に対する割合です。外腹斜筋はプランク姿勢で22.5から30.6%、仰臥位では5%未満と、姿勢の影響を強く受けました。読み取れるのは二点。第一に、深く吸うだけでは深部腹筋の活動も腹腔内圧もほとんど上がらないこと。第二に、圧を明確に上げたのは努力性の呼気だったことです。

もうひとつ、呼吸法が姿勢の安定に与える影響を調べた研究もあります。Foskolouらは、直立・四つん這いから腰を高く上げた姿勢・肘つきサイドブリッジ・逆立ちの4姿勢で、通常の呼吸と腹式呼吸を40秒ずつ行わせ、足圧中心の軌跡と呼吸筋の活動を記録しました。腹式呼吸は姿勢の安定性を有意に悪化させ、呼吸筋の活動を増やしましたが、その程度は姿勢によって一様ではありませんでした。著者らは、フィットネスの場面で腹式呼吸を求める前に、その姿勢の要求を確かめるべきだと述べています。

yogaのレッスン前の様子生徒の足もとにあるヨガマット 立川駅徒歩1分年中無休の溶岩ホットヨガスタジオ

呼吸を含む練習で、呼吸機能は変わるか

ここまでは急性の反応です。では、呼吸を原則に組み込んだ練習を続けると、呼吸機能そのものは変わるのでしょうか。

Vieira KJV, Carvalho LC, Borges JBC, Reis CJD, Iunes DH. The respiratory effects of a Pilates method protocol: Randomized clinical trial. Journal of Bodywork and Movement Therapies. 2022;32:149-155.

18歳から44歳の健常女性62名を、ピラティス群33名と対照群29名に無作為に割り付け、ピラティス群は週2回で計16回のセッションを行いました。対照群には介入がありません。測定項目は最大吸気圧・最大呼気圧・最大呼気流量・1回換気量・呼吸数・分時換気量・緩徐肺活量です。

有意差が出たのは最大吸気圧(p=0.001)と1回換気量(p=0.047)の2項目だけでした。最大呼気圧や肺活量では差がついていません。この研究には対照群が無介入であるという限界があり、他の運動と比べた優位性は評価できません。

対照群を置かない試験では、より多くの項目が動きます。Giacominiらは座りがちな女性16名に8週間の練習を行わせ、最大吸気圧(p=0.001)、最大呼気圧(p=0.031)、最大換気量(p=0.020)、および腹横筋・内腹斜筋・外腹斜筋の厚みの増加を報告しましたが、肺機能そのものには変化がありませんでした。単群の前後比較なので、慣れや測定の反復による変化を切り分けられません。

対照群を「別の運動」にすると、差は消えます。強直性脊椎炎の患者40名を、監督下のピラティス群と自宅での従来型運動群に割り付けた試験です。

Baglan Yentur S, Sarac DC, Sari F, et al. The effects of Pilates training on respiratory muscle strength in patients with ankylosing spondylitis. Physiotherapy Theory and Practice. 2024;40(1):31-41.

36名(ピラティス群19名、対照群17名)が8週間を完了しました。ピラティス群では呼吸筋力・1秒量と努力性肺活量の比・胸郭拡張・疾患活動性・生活の質・6分間歩行がいずれも改善し、対照群でも吸気筋力・1秒量と努力性肺活量の比・胸郭拡張・6分間歩行が改善しました。しかし変化量を比べたとき、群間に有意差はありませんでした。呼吸機能に効いたのは運動であって、ピラティス特有の呼吸法ではない、と読むのが妥当です。呼吸機能に関する既存の記事も併せてどうぞ。

「側方拡張呼吸」を直接検証した研究はあるか

ここまで引いた研究を並べ直すと、ひとつの空白が見えてきます。横隔膜が姿勢に関わること、腹腔内圧がどう作られるか、呼吸の要求と姿勢の競合、呼吸パターンによる腹筋活動の違い——これらはいずれも測られています。しかし、肋骨を側方に広げる呼吸と、腹部を膨らませる呼吸を、同じ課題のもとで割り付けて比較し、動作の質や症状の改善を追った試験は、今回の検索では見つかりませんでした。

見つかったのは、呼吸法を含むピラティスの練習と、含まない対照との比較です。この設計では、効いたのが呼吸法なのか、動作そのものなのか、通う習慣なのかを切り分けられません。第1回で示した三段階でいえば、呼吸の原則は第一段階(現象は測れる)を通過しているものの、第三段階(その指示の有無で結果が変わるか)に到達していないことになります。

この空白を埋めるには、呼吸の指示だけを変えた二群を用意し、動作の再現性や主観的な負担、あるいは症状を主要評価項目にした試験が要ります。よく語られる原則ほど検証が手薄になるという傾向は、この連載で繰り返し出会うことになります。

なぜ、この比較は行われないのか

「やればいいのに誰もやっていない」で済ませると、話が雑になります。この比較試験が組みにくい理由は、少なくとも四つあります。

第一に、介入を分離できません。呼吸の指示は動作の指示と一体で出されます。肋骨を広げる呼吸は、胸郭の位置・肩の力み・腹壁の張りと連動しており、呼吸だけを入れ替えて他をすべて同じに保つことは、実際の指導ではほぼ不可能です。薬物試験でいえば、有効成分だけを抜いた偽薬が作れないという状況にあたります。

第二に、盲検化ができません。参加者は自分がどちらの呼吸を指示されたかを当然知っています。第1回で見たとおり、これは運動療法の試験全般の弱点ですが、呼吸という自覚しやすい操作ではとりわけ強く効きます。主観的なアウトカムを主要評価項目に置けば、期待が入り込みます。

第三に、測る対象が定まっていません。何をもって「側方拡張呼吸ができている」とするのか。胸郭の周径の変化か、腹壁の張りか、横隔膜の動きか、本人の感覚か。Kawabataらが示したように、呼吸課題による腹腔内圧の違いは測れますが、それは努力性呼気のような大きな操作での話でした。日常的な呼吸の指示レベルの違いを、再現性をもって測る指標が確立していません。

第四に、想定される効果が小さいことです。深い鼻呼吸では腹横筋・内腹斜筋の活動が20%未満、腹腔内圧が15%未満にとどまったという数値は、呼吸パターンの違いが生む差がそもそも小さい可能性を示唆します。小さな差を検出するには大きな標本が要り、費用と労力が跳ね上がります。

では何を測れば埋まるのか。現実的な順序としては、まず測定の側を整えることでしょう。二つの呼吸法を行ったときの胸郭・腹壁の動きと腹腔内圧を、同一の課題・同一の姿勢で並べて記録し、その差が測定誤差を超えるかを確かめる。次に、その差が動作の再現性や疲労感に結びつくかを短期の交差試験で見る。臨床アウトカムを主要評価項目に置いた大規模試験は、その先の話です。いまの段階で「側方拡張呼吸のほうが良い」と言えないのは、研究者の怠慢ではなく、順序の問題でもあります。

第5回のまとめ

  • 横隔膜は腕を上げる約20ミリ秒前に収縮し、腹腔内圧の上昇はその49ミリ秒後、四肢の運動の63ミリ秒前に起きる。姿勢制御への関与は直接の計測で確かめられている。
  • 腹腔内圧は横隔膜と腹筋の同時収縮で作られ、吸気と呼気は両者が逆向きに働いて腹腔の形を変えることで制御される。
  • 呼吸の要求が増すと、横隔膜と腹横筋の姿勢活動はむしろ減弱する。呼吸と姿勢は競合しうる。
  • 深く吸うだけでは深部腹筋の活動も腹腔内圧もほとんど上がらない。圧を明確に上げたのは努力性の呼気だった。
  • ピラティスの練習で最大吸気圧が改善したという報告はあるが、他の運動と比べた優位性は示されていない。
  • 「側方拡張呼吸が他の呼吸法より優れる」という比較試験は見当たらない。Wellsらのレビューによれば、呼吸は腰痛の論文で唯一言及が残っていた原則でした。もっとも語られながら、もっとも比較されていない原則ということになります。

次回予告

第6回は「プリシジョン——フォームの精度は結果を変えるか」を扱います。正確に動くことが強調される理由と、精度の違いが実際の結果にどう反映されるか(あるいはされないか)を見ます。

この連載の全10回

  1. 第1回|ピラティスとは何だったのか——起源・6原則・定義のずれ
  2. 第2回|センタリングと「パワーハウス」——中心という概念の実像
  3. 第3回|腹横筋の神話——選択的収縮は本当に起きるのか
  4. 第4回|コントロールと運動学習——なぜ「ゆっくり」なのか
  5. 第5回|呼吸——側方拡張呼吸と腹腔内圧(この記事)
  6. 第6回|プリシジョン——フォームの精度は結果を変えるか
  7. 第7回|フローと運動強度——有酸素運動になりうるか
  8. 第8回|コンセントレーション——注意の向け方と筋活動
  9. 第9回|マシンは原則をどう実装するか——ばね負荷の力学
  10. 第10回|総括——6原則のうち検証されたもの、されていないもの

出典

  1. Hodges PW, Butler JE, McKenzie DK, Gandevia SC. Contraction of the human diaphragm during rapid postural adjustments. The Journal of Physiology. 1997;505(Pt 2):539-548.
  2. Hodges PW, Gandevia SC. Changes in intra-abdominal pressure during postural and respiratory activation of the human diaphragm. Journal of Applied Physiology. 2000;89(3):967-976.
  3. Hodges PW, Heijnen I, Gandevia SC. Postural activity of the diaphragm is reduced in humans when respiratory demand increases. The Journal of Physiology. 2001;537(Pt 3):999-1008.
  4. Kawabata M, Shima N. Interaction of breathing pattern and posture on abdominal muscle activation and intra-abdominal pressure in healthy individuals: a comparative cross-sectional study. Scientific Reports. 2023;13(1):11338.
  5. Foskolou A, Emmanouil A, Boudolos K, Rousanoglou E. Abdominal Breathing Effect on Postural Stability and the Respiratory Muscles’ Activation during Body Stances Used in Fitness Modalities. Biomechanics. 2022;2(3):478-493.
  6. Vieira KJV, Carvalho LC, Borges JBC, Reis CJD, Iunes DH. The respiratory effects of a Pilates method protocol: Randomized clinical trial. Journal of Bodywork and Movement Therapies. 2022;32:149-155.
  7. Giacomini MB, da Silva AM, Weber LM, Monteiro MB. The Pilates Method increases respiratory muscle strength and performance as well as abdominal muscle thickness. Journal of Bodywork and Movement Therapies. 2016;20(2):258-264.
  8. Baglan Yentur S, Sarac DC, Sari F, et al. The effects of Pilates training on respiratory muscle strength in patients with ankylosing spondylitis. Physiotherapy Theory and Practice. 2024;40(1):31-41.
  9. Wells C, Kolt GS, Bialocerkowski A. Defining Pilates exercise: a systematic review. Complementary Therapies in Medicine. 2012;20(4):253-262.

この記事は公表された研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。呼吸の練習中に息苦しさ、めまい、動悸、胸の痛みが出る場合は中止してください。呼吸器や循環器の病気で治療を受けている方、妊娠中の方は、開始前に主治医にご相談ください。

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